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第四章 緋色(ひいろ)の記憶

親友を想う

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 翌日。旬果は、城内を輿《こし》に乗って移動していた。
 最少人数でも担ぎ手が八人に、護衛の泰風を入れて九人。
 泰風は、担ぎ手は路傍の石同然でこちらの話が外に漏れることがないと請け負ってくれるが、それでもやはり旬果としては泰風と話す時にはついつい小声になってしまう――普段ならば。

 しかし、今日はその声は担ぎ手を憚らなかった。
 一日経ってみて、やはり瑛景の和解の宴の提案を鵜呑みにして、間違ったという気がしてならなかった。
 それを泰風に打ち明けてみると、彼も本心では同意見だった。
 しかしその一方で、現実的には旬果が折れるしかないとも、言う。

 それは分かる。分かるのだが、釈然としない。
(……私が皇后になったら覚えておきなさいよ)
 思わずそんなことを考えてしまい、慌てて打ち消す。
(だめだめ。あくまで悪女の振りなんだから。本当に悪女になってどうするのよっ!)
 というか悪女ならば、でことちびっ子の動きを観察していれば、すぐになれそうな気がする。

 泰風が言う。
「ご不満でしょうが、ここはこらえて下さい。それに和解の宴の席には、陛下も同席されるのですから、とりなして下さるはずです」
「……何気にそれが一番の不安要素だったりもするのよねー」

 泰風は苦笑する。
「それも分からなくは、ないですが」
「陛下のことだから」旬果は一応、担ぎ手に配慮して陛下と呼ぶ。「余計なことをしそうな気もする。私を応援するつもりで実際は追い詰める、みたいな」
「……その時は私がお支えします」
「そうね。そっちの方が何十倍も心強い」
 旬果と、泰風は微笑みを交わした。

 と、向こう側から兵士の一団がやってくる。
 五人の歩兵と騎乗者が一人。騎乗者は旬果の輿を見るや下馬をして、馬の轡を取り、頭を下げる。
 その騎乗者の顔を見た旬果は、「止めて」と声を上げた。

 泰風が怪訝な顔をする。
「いかがされましたか?」
 突然、目の前で輿が止まり、下馬した将が顔を上げる。
「あなた……洪周のお兄さん?」
 洪仁傑は怪訝な顔をする。

 こうして陽の下で改めて見ると、まだ少年のようにあどけない顔立ちをしているのが分かった。そして眉や目元が洪周によく似ている。
「そうですが……?」
「申し遅れました。私は王旬果と申します」
「これは……」

 と、仁傑は泰風を見る。
「お前は……」
 泰風は頭を下げる。
「武泰風と申します。以前は錦衣衛におりました」
「やはり。魁夷か」
「そうです」

 仁傑は、うっすらと笑みを浮かべる。
「噂は聞いている。お前を魁夷と嘲った者共と一人一人と立ち合いをし、全員を見事に叩きのめしたとか」
 泰風は苦笑する。
「……将軍のお耳にも入っておりましたか」
「将軍などと。家名でなったに過ぎん。――こうして皇后候補の方に、名を知って戴けているとは光栄に存ずる」

 旬果は言う。
「妹君の、洪周殿とお会いしたことがございます」
「左様で御座いますか。ご迷惑をおかけしませんでしたか? あれは気の強いところがございますので」

 旬果はかぶりを振った。
「いえ……。洪周殿はお元気ですか? 近頃、私は後宮に行く機会がございませんので。どうされているかと……」
「元気にしているようです」
「そうですか」
「妹にはよく言っておきます」
「あ、そうだ。もし妹さんに会ったら、陛下主催の宴に私も参りますとお伝え下さい」
「……かしこまりました。では、我々はこれで」
 深々と一礼し、仁傑たちは去って行った。

 それを見送った旬果は泰風に言う。
「優しそうなお方ね」
「仁傑殿は、武芸に卓越した腕をお持ちですよ」
「そうなんだ」
(宴の席で、洪周と話せれば良いんだけど)
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