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第21話 黒魔導士

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 来年の初春に行われる成年式の準備が始まりつつあった。
 いよいよアルバートの成年式。
 豪華なものにしてやりたいというのが兄心ではある。

(もう、他の攻略キャラと一緒になるところを見たくないからひっそり消える、なんてことをしなくてもいい訳だし)

 まだアルバートの告白に対する明確な返事はしていないが、彼と一緒にいることで他の人間には感じない胸の高鳴りを覚えることは確かだった。
 あとはどう告白するべきか。
 一つ屋根の下に住んでいるからこそ難しい。

(特別感を出すならやっぱり、成年式だな)

 そんなことを宰相府への通勤の馬車内で考えている間に、到着する。
 そしていつものように担当者たちとの会議。
 農林部の責任者が厳しい表情で発言する。

「閣下。実は東部の農作物が枯れるという報告が上がってきておりまして。調査員を派遣したところ、作物が黒く変色し、枯れるという状況を確認いたしました」
「病気か?」
「今は調査の最中ですが、専門家によると、これまで見たことのない現象だとか……」
「他の地域へ広がらないよう徹底的な調査、それから定期的な報告を」
「かしこまりました」

 収穫の季節に病気なんて厄介極まりない。
 一つ間違えれば飢餓が起こらないとも限らないのだ。
 これは初動を誤るわけにはいかない。
 すぐに国王へ報告に出向く。

「うむ、そうか。では原因が分かり次第、処理を頼むぞ」

 国王は事態の深刻さをまるきり分かっていないらしく、丸投げである。
 少しは危機感というものを持って欲しいものである。

「なんだ、まだ何かあるのか?」
「いえ」
「では下がれ」
「……失礼します」

 それからいつものように執務を行い、帰宅する。

「兄上、お疲れのようですね」

 夕食を共に摂っていると、アルバートから指摘された。
 オルティスは作物に関することと、国王の危機感の無さを愚痴ってしまう。

「あの方はそういう人ですから、いちいち腹を立てるだけ時間の無駄というものですよ」

 アルバートは何でもないことのようにさらっと言ってのける。

「達観しているな」
「期待するだけ無駄ですから。でも下手にあれやこれやと口出しをされても煩わしいだけではありませんか?」
「……まあな」

 前世、自分の無能を棚に上げながら、やたらと細かく報告だけはあげさせる上司の下で働いた時のことを思い出し、げんなりする。
 確かに自分がチェックしなければ気が済まないという部下のやる気と士気を奪う毒上司に比べれば、こちらに丸投げしてあとは頼むと言うほうが、たしかに楽ではある。

「そんな事なかれ主義の人間が、俺を宰相に抜擢したんだからな。あの時は一体何を考えていたんだか……」
「どんな人間も一生に何度かは正しい選択をすると言いますから」
「そういうものなの、か?」

 アルバートの言葉には妙な説得力があってそうなのかもしれないと思った。

(それにしても転生者である俺ならまだしも、アルも国王への敬意がないな)

 血は繋がっていなくとも、兄弟は似るというものなのか。
 それから数日後、作物の黒色化の調査報告が届いた。
 黒色化の現象はジャガイモだけでなく、他の植物にも急速に広がっているらしかった。
 オルティスは自ら現地を見に行くことを決め、出発当日。
 アルバートが護衛任務の隊長を務めてくれることになった。

「お前がいてくれると心強い」
「兄上の為ならば」

 こうして東部地域へ向かって旅立った。
 街道沿いを馬車で移動する最中、「待て」とオルティスは御者に命じて停めさせた。

「兄上、いかがなさいましたか?」
「これを」

 路傍の草を指さす。
 それはまるで炭化でもしたみたいに真っ黒だった。
 その草だけでなく、目立つほどではないが、他にも黒い植物が点在している。
 ただ色が黒いだけでなく、その部分が腐食し、簡単に手折れてしまう。

「どう思う?」
「……ただ枯れたようには見えませんね」
「何か嫌な予感がするな。急ごう」

 この黒色化が穀倉地帯のある南部まで広がったらそれこそ大変なことになる。
 収穫間近の農作物が全滅すれば、人心にも大きな影響が出るだろう。
 オルティスたちが東部の現場に到着したのは、翌日の夕方。

「これは……」

 目の前に広がるジャガイモ畑が真っ黒だった。
 それだけではない。
 そばにあった花畑も同じ。花は萎れ、草木も見る影もなかった。
 オルティスは近くの集落の村長の元へ向かった。
 村長は都からやって来た一団に平服せんばかりに頭を下げる。

「いつ頃からこのような事態になったんだ?」

 オルティスは村長に尋ねる。

「ここ最近のことでございます。今年は嵐や水害もなく、順調に生育していたと思えば、いきなり……」
「このような現象は過去にあったか?」
「いいえ。少なくとも私の知る限りございません」
「……何か普段と違うことは?」
「申し訳ありません」
「そうか……」
「是非、今日は村へお泊まり下さい。都からわざわざ調査に来てくださった皆様を歓待させていただければと……」
「歓待はいらない。雨露をしのぐことができればそれで十分だ」

 オルティスは村の空き家を借りあげ、そこを拠点にしばらく周辺の調査をすることにした。

(ゲームでは、こんなことは起こらなかったはず)

 そこへノックの音がした。出ると、アルバートだった。

「まだお休みになっていなかったのですね」
「何か思いつければと頭をひねっていたところだ」
「兄上が、農作物にも造詣がおありだったとは知りませんでした」

 尊敬の眼差しを向けられるのが気まずく、オルティスは苦笑いをこぼし、「ま、まあな」と曖昧に頷くのにとどめる。

「アルこそ、休んだらどうだ?」
「兄上をお守りするのが私の役目ですから」

 何を言ってもアルバートはオルティスが休むまで、決して休まないだろう。

「分かった。俺もそろそろ休むから、お前も休め。いいな?」
「分かりました」

 アルバートに微笑みかけ、オルティスは寝台に横になった。
 屋敷にあるものと比べると粗末だし、硬い。
 しかし前世の一人暮らしをしていた時のベッドを思い起こさせ、むしろよく眠れそうな気がした。
 天井の染みを眺めている間にいつしか眠りに落ちた。
 ギッ、という床板の軋む音に、意識がうっすらと覚醒する。

(……?)

 誰かが見下ろしているのが、寝ぼけ眼にも分かった。
 声を上げようとした刹那、口を塞がれた。

「っ!!」

 手を外そうと藻掻いている時に聞き慣れた声がした。

「兄上、私です」
「……あ、アル? な、何をして……」

 暗闇に目が馴れ、よく見知った義弟の輪郭がぼんやりと浮かび上がる。
 彼は静かに、とジェスチャーをする。

「こっちへ。ばれないように確認してください」

 アルバートの指示を受け、オルティスはこっそりと窓際へ寄る。
 するとまだ夜明けを迎えていないにもかかわらず、外がほんのりと明るい。

「っ!」

 覚悟を決めていなければ声をあげていたかもしれない。
 村人が松明を手に、この家をぐるりと取り囲んでいたのだ。
 松明だけでなく、フォークや鋤、棍棒や包丁などそれぞれが思い思いの武器を持っている。

「あれは、なんだ。どうして村人たちが……」
「分かりません。しかし、彼らが我々に危害を加えようとしていることは確かです」

 廊下側から扉が開けられると、他の騎士たちが現れる。
 腕利きの騎士団員たちだから、ただの村人たちを相手にこちらが押し負けるとは思えないが、問題は彼らの意図だ。

(……いや、今はそんなことを考えてる場合じゃないか)

「アル、どうやって抜け出す?」
「こちらから先制攻撃を仕掛けます。兄上はこちらでお待ち下さい」
「……殺すな。事情を聞きたい」
「分かっています」

 しかし先制攻撃と言ってもどこから仕掛けるのか。
 オルティスが見守っていると、アルバートの号令一下、騎士たちは一斉に窓から外へ飛びだした。
 アルバートたちは頭上から飛びかかると、混乱する村人たちを一方的に次々と気絶させていく。

(さすがは騎士団!)

 その頼もしさに、オルティスは感動してしまう。

「兄上、もう大丈夫です」

 アルバートから声をかけられ、オルティスは階下へ降りて外に出る。
 村人たちは「うう……」と呻きをこぼす。
 オルティスはのたうち回る村人の中から村長を捜し出す。

「村長、これは一体どういうつもりなんだ――」

 その時、不意に村長が目をカッと見開く。
 その目は人のそれではなく、血のように真っ赤だった。

「っ!」

 村長が「グアアアッ!」とまるでケダモノのような雄叫びを上げるや、飛びかかる。

「兄上!」

 アルバートが飛びかかり、村長を羽交い締めにする。

「グアアッ! ギャアッ!」

 人の言葉を忘れたように村長は足掻く。まるでゲームに出てくるゾンビだ。
 仕方なくアルバートは村長を締め上げ、落とす。
 様子が変わったのは村長だけではない。
 他の村人たちも目を鮮血のように染め、それまで起き上がれないほど呻いていたのが嘘のように飛びかかってくる。

「クソ!」

 騎士の一人が剣を抜く。

「やめろ! 殺すなっ!」
「し、しかし!」
「いいから、逃げるぞ!」

 あの赤い目には、見覚えがありすぎるほどあったのだ。

「……村人たちは操られているだけだ」
「どういうことですか」
「あの赤い目……あれは闇の力の影響だ」

 最終的なボスが闇魔導士だった。
 闇の力に操られた人々の目は血のように真っ赤に染まる。
 つまり、あの植物の黒色化もまた闇の力の影響の可能性があった。

「どうして分かるのですか。魔法など、とうに失われた技術だというのに」
「俺は宰相だぞ。それくらいのことは知識として頭に入っている!」

 少々乱暴過ぎると思ったが、これまで能臣としての実績を積み上げてきたおかげか、団員たちは納得してくれたらしい。

「この集落のどこかに、闇魔導士がいるはずだ!」

 その時、「閣下、あれを!」と騎士の一人が宙空を指さした。
 目元を隠す仮面をつけた、黒いローブの人間が宙に浮いていた。
 声からして男。
 同時に、野犬が現れる。その目もまた真っ赤。

「お前たちはここで、死ね」

 闇魔導士の体が黒いオーラをまとったかと思えば、そのオーラが野犬に取り付く。
 野犬たちはみるみるその体の大きさを元の三倍近くにし、異常発達させた牙を剥き出しにする。

 ギイアアアアアッ!

 真っ赤な口を開け、鋭い犬歯を光らせる。
 ゾクッ、と全身に鳥肌が立った。

「お前ら、兄上を命がけで守れ。傷一つつければ、首を刎ねる」

 アルバートは冷ややかに命令を下したかと思えば、巨大化した野犬の群と対峙する。

「アル、いくらお前でも……!」
「宰相閣下、ご安心を!」
「副団長はソードマスターなのですからっ!」

 ギャアアアアアアアア!

 巨大化した野犬がアルバートめがけ飛びかかる。
 迎え撃つアルバートの体や剣を青白い光が包み込む。

「っ!」

 その光景を目の当たりにしただけで、全身が総毛立つ。
 アルバートを中心に氷の粒子を含んだ風が渦を巻き、足下の大地に霜が降りる。

「ハアアアアアアアアアアアア……っ!!」

 アルバートが剣を振り下ろせば、青白いオーラの塊が飛ぶ。
 巨大化した野犬がオーラの直撃を受ければ、みるみる氷漬けになり、元の野犬の姿に戻っていく。

(す、すごい……)

 さすがは主人公。さすがは推し。

(格好良すぎるだろ……!)

 手に汗にぎるとはこのことで、オルティスは感動してしまう。
 さすがにあっという間に倒されるのは予想外だったのか、闇魔導士が舌打ちをする。

「次は貴様だ!」

 アルバートが氷のオーラを闇魔導士めがけ飛ばす。
 闇魔導士は周囲に防御壁を展開し、オーラと相殺する。それでも闇魔導士はかすかにだが体勢を崩す。
 さらにアルバートが波動を放とうとするが、闇魔導士は姿を消した。
 同時に村人たちは意識を失い、ばたばたと倒れていった。
 目を覚ました村人たちは全員正気を取り戻し、自分たちの体が打撲傷などで傷ついていることを不思議がっていた。
 オルティスたちを襲った時の記憶はまるごと無くなっているようだ。
 オルティスはその地の領主に使者を送り、物資と人材を派遣するよう命じ、その地を離れた。
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