ゲーム世界の悪役令息に転生した俺は、腹黒策士な義弟に溺愛される

魚谷

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第15話 夏祭り(打ち合わせ)

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(ぜんぜん、眠れなかった……っ)

 翌朝、目覚めたオルティスは溜息をこぼしながら起床した。
 鏡を覗くと、我ながらひどい顔だった。
 顔を洗い、身支度を整え、一階の食堂へ降りる。
 昨日の今日だ。
 アルバートとどんな顔をして会えばいいのか分からないが、仕事もあるのだから部屋にとじこもっている訳にもいかない。
 そう思いながら食堂前で足踏みをしていると、背後に気配を感じた。

「兄上、おはようございます」
「! お、おはよう、アル……」

 アルバートはいつもの自然な笑顔を浮かべ、声をかけてきた。
 その一方で、オルティスは動揺の余り、声が上擦る。
 なのに、アルバートから目を逸らせない。

「どうかしたの?」

 アルバートは分かっているくせに、平然とそう聞いてくるのだ。

「な、なんでも」

 オルティスはそう言葉少なに答えるのがやっとだった。
 食堂に入り、席に着くと食事が運ばれてくる。
 アルバートは昨日のことなどなかったかのように世間話をしてくる。
 オルティスは味の分からない朝食を咀嚼し、水で流し込むという作業を繰り返し、相づちを打つのでやっとだった。
 朝食を終え、迎えの馬車に乗り込んで宰相府へ。

 もうそろそろ警護の騎士団もいらないのではと思うのだが、アルバート曰く、貴族たちから恨みを買ってしまっている以上、油断は禁物、とのことで、警護は継続していた。
 アルバートに心配を掛けるのは本意ではないから、受け入れている。
 会議をこなし、仕事に没頭する。
 そうすればアルバートのことを考えなくても済むと思ったが、そう単純なものでもなかった。
 打ち明けられた想いをどうするべきなのか、答えは出ていない。
 正直、推しから愛していると言われて、喜んでいる自分がいることは否定しない。

 一方で自分のようなモブではなく、れっきとした攻略キャラたちと結ばれるべきと考える冷静な自分もいる。
 この世界が同性愛にも寛容とはいえ、そこに義理とは言え兄弟としての恋愛であってもいいのか、と考えてしまう。
 アルバートこそ、未来の公爵であるべきだ。
 彼の人生を考えるのならば、このままの状況を受け入れるべきではないだろう。
 しかしそれをオルティスが言えるのかというと、今のところ伝えられそうにはなかった。

(俺はゲイじゃないのに、なんで心がこんなにも揺れるんだ?)

 前世では人並みに女性と恋愛をしていたし、同性愛というのは考えたこともなかった。
 このゲームに出会ったのだって本当に偶然で、深夜帯にたまたまこのゲームを原作とした全年齢版アニメを見て、健気な受けの主人公のアルバートにはまり、そこから原作ゲームに手を出したのがはじまりだ。
 気付くと、昨夜のことを思い返している自分に思い至る。
 おかげで普段しないようなミスまでする始末。
 部下たちも普段のオルティスらしくない行動に心配そうな目を向けてくる。

「体調が悪いんですか?」
「あとは我々に任せて、早退しても……」

 そんな風に気を遣われてしまった。
 もちろんオルティスは問題ないと、部下たちに心配させまいと猛烈に仕事をこなした。
 そんな日々が続いたある日、商業部の責任者のリックスが部屋を訪ねてきた。

「閣下、少しよろしいでしょうか」
「どうした?」
「実は、近々開かれる夏祭りのことで商業ギルドの代表たちと話をしているのですが」

 夏祭りは前世いうところの御盆に該当する祭りだ。
 この世界にも一年に一度、冥界の門が開き、亡くなった先祖が現世に戻り、末裔たちの様子を見に来るという伝承がある。
 祭りは元々、先祖の御霊を歓迎するために開かれたのがはじまりらしい。
 しかし今となっては大きなイベントとして根付いている。
 国民にとっては日頃の憂さを晴らすガス抜きの役割を担っていることもあって、国にとっては決して疎かにはできない。
 そしてゲーム上においては主人公と攻略キャラのデートが楽しめるイベントでもある。

「それで、警備の件で騎士団とも打ち合わせをしているのですが、騎士団の代表が是非、宰相様にも出席して頂きたいとのことで。ギルドの方々も是非、閣下に同席してもらいたいとの声が上がりまして……」
「……ちなみに、騎士団の代表というのは?」
「閣下の弟君です」
「……そ、そうか」

 アルバートに別の目的があるのは明らかだが、ギルドまで要請しているというのは無下にはできない。 災害などの緊急事態の際にはギルドとの繋がりがものを言う。
 ここはギルドたちとの関係を密にしておくのも大切だろう。

「分かった。スケジュールを調整して会おう」
「助かります!」



 そして祭りの打ち合わせ当日。
 馬車から下りようとしたところ、騎馬の一団が近づいてくるのと鉢合わせた。

「兄上、今日はよろしくお願いします」

 こうして鉢合わせたのは、偶然ではないのだろう。
 どこからかオルティスを見張っている『烏』からの報告を聞き、こうして同じタイミングで到着したに違いない。
 私物化もいいところだ。

「ああ、そうだな。こちらこそよろしく頼む」

 できるかぎり素っ気なく応対したものの、アルバートはにこにこ微笑みながら、先を譲ってくれる。
 他の団員たちを外へ残し、二階へ続く階段を上がり、すぐのところにあった部屋に入る。

「宰相閣下、副団長様、ようこそ」

 ギルド幹部たちが立ち上がり、うやうやしく頭を下げて出迎えてくれる。
 オルティスには上座が勧められた。
 自己紹介からはじまり、早速、夏祭りの警備計画が発表された。
 それに関して説明するのはアルバートだ。
 他の都市や国から大勢の人々が押しかけるとあって、警備計画は重要だ。
 さすがはアルバート。
 流れるような説明に無駄はなく、ギルドの幹部たちの質問にも的確に答えている。
 その姿にオルティスは見とれてしまうことに、一人赤面してしまうのだった。

「──なので、今回も大局的には騎士団が、小規模な騒ぎや巡回に関しては市民の協力をしてもらいたいと考えている」
「了解しました。有志はすでに集めておりますので、あらためて騎士団本部へお伺いし、打ち合わせを。──閣下はいかがですか?」
「問題ないかと。警備上、必要な経費があればこちらからも融通しますので、いつでも言って欲しい」
「おお、それは心強い御言葉です。これまではなかなかそういう柔軟な言葉を仰ってはいただけなかったもので。今回は王室より直接、協賛金もいただけてただ恐縮するばかりでして」
「国民の多くが楽しみにしている行事なのだから、国としても協力することは当然だ」

 たしかに融通の利かないサイラスでは、協賛金の増額などありえないだろう。
 貴族からしてみれば夏祭りはあくまでただのお遊びイベントにしか見えないのだから。
 しかしそのお遊びイベントが民にとっては、大切なのだ。

 協賛金もただ出すだけでなく、王室の資金によって購入されたものに対しては、その旨を明記するよう言っておいた。
 これによって普段は王室のことをただ偉そうにふんぞり返っている連中、自分たちとは無関係な存在と思っている民に対して、その存在をアピールする意図がある。
 こうすることで国民に親近感を持ってもらうこと、それになにより協賛金を出すことでギルドに恩を売り、これから彼らの協力を得やすくするという目的もあった。

 協賛金ははっきり言って大した金額ではないが、頭の硬い前宰相のサイラスのお陰で、ギルド幹部たちは必要以上に感謝してくれているし、新しい宰相は話が分かるとオルティスの株も上がる。
 拠出した金額以上の効果を既に上げている。
 話し合いが終わり、オルティスは次の予定があるから、と急くように席を立つ。
 しかしそもそも体格差があるのだから、アルバートにはすぐに追いつかれてしまう。

「兄上、お疲れ様でした」
「あ、ああ。お前こそ」

 あからさまにオルティスが自分から離れようとしていることにこの賢い義弟は気付いているはずだが、特別気分を害した風もなく、微笑を絶やすことがない。

「王宮までお送りします」
「そこまでする必要はない。そもそも騎士団の護衛をつけてくれているんだし、お前はお前で忙しいだろうから」
「国の柱石たる宰相に何かあったら大変ですから、騎士団長も許してくれるでしょう」

 そしてなぜか、アルバートは一緒に馬車に乗り込んできた。

「おい、お前には馬が……」
「大丈夫ですよ。部下が引き連れてくれますから。護衛するなら、こうしたほうが守りやすいです」

 その目が鋭い光を帯びる。まるで獲物を物色するような肉食獣めいた眼差し。
 蛇に睨まれたカエル。
 恐怖心はないのに、その目で見つめられるとまるで何か魔法にでもかかったように目を逸らせなくなってしまう。
 馬車が石畳の上を進む、かすかな震動を感じる。
 対面に座るアルバートは無言で、ただじっとオルティスのことを見つめ続けた。
 さすがにこのままではいけないと思う。
 家に帰れば顔を合わせるのだから。

「アル……あの……」

 オルティスは小さく咳払いをし、口を開く。

「平気ですよ。私は気にしてませんから。兄上が私と一緒の空間にいることに戸惑ったり、気まずさを覚えていることも何も。だって、それは私を嫌っているのではなく、意識してくれているから、でしょう」
「う」
「兄上とどれだけ長い時間一緒にいると思っているんですか? 嫌われていないと分かっていますから。まあ、仮に私を嫌っていたとしても、気持ちは変わりませんが」

 アルバートはそう臆面もなく言う。
 品の良い微笑を、獲物を狙う肉食獣の舌なめずりのように錯覚しそうになった。

「! お、お前は……子どもの頃はそんなんじゃなかったのに……」
「私も大人になったってことです」
「普通の大人は、告白した相手の戸惑った姿を見て喜ばないだろ」
「告白をした相手が自分を拒絶していないことが嬉しいだけなんですよ」
「お前は大事な、弟だ。拒絶なんて──」

 それ以上の言葉を封じるように、アルバートは少し身を乗り出すと、右手の人差し指で口を塞ぐ。

「無理に答えを出す必要はありませんよ、兄上。私の気持ちを受け入れられなくても構いません。告白をしたのは、兄上に、私の気持ちを知って欲しかっただけですから。ただのわがままのようなものなんですから」

 間近に、美貌と言って差し支えないアルバートの顔がある。
 香り立つような色気に、意味も無く鼓動が速まる。

「……っ」

 息の詰まるような時間は、それから王宮に到着するまで続いた。
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