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アルズールとシェリル

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 グラハムは緊張の面持ちで馬車を下りる。

 今日こうしてアルズールの屋敷に足を運んだのは、白き竜の代表として竜帝オルシウスの婚儀に出席する報告をするため。

「グラハム殿、こちらでございます」

 護衛の兵士に促され、屋敷の奧の内庭に案内される。

 日射しの降り注ぐ、美しい庭。

 そこに一組の男女が寄り添い、和やかな会話に花を咲かせていた。

「アルズール様、グラハム殿がご挨拶にいらっしゃいました」

「ああ、グラハム。来たか。出立は今日だったか」

「は……っ」

 アルズールは杖をつき、ゆっくりとした歩みで近づいてくる。

 そんな彼にぴったりと寄り添うのが、聖女のシェリル。

‘驚いた……。数ヶ月前とは全く別人だ……’

 オルシウスに角を折られた当初は自分の殻に閉じこもり、一日中暗い部屋で過ごし、全ての者を拒絶していた。

 このまま廃人になるだろうと、グラハムを含め誰もが考えていた。

 しかし今はどうだ。

 今はまだ肉体的な不自由こそ残っているが、車椅子がなくても生活ができるところまで回復しているし、金色の瞳に宿った輝きも力強さを取り戻しつつあった。

‘これも、聖女の癒やしの力によるものか?’

「竜帝によろしく伝えてくれ」

 アルズールは自分に生き地獄を味あわせた相手に対しての憎悪などすっかり忘れてしまったみたいに、笑みまじりに告げる。

「……かしこまりました」

 アルズールはどこか夢見心地な表情で、シェリルに笑いかける。

「たしか竜帝と結婚するのは、シェリル、君の姉だったね」

「はい」

「本当は君こそ、祝いに行きたいんじゃないか?」

「そうですね。でも今はあなたとの時間が何よりも大切ですから」

「……そうか。嬉しいよ。私もだ。あぁ、シェリル。君は不思議な人だ。私の胸に渦巻いていたオルシウスへの憎悪も何もかも、君を愛することでどうでもよくなった……」

「憎悪は、心への毒ですもの」

「そうだ……。君の言う通り」

 人目も憚らず、二人は口づけを交わし、くすくすと笑みを交わす。

‘まだ結婚もしてはいないというのに’

「で、では、アルズール様。私はこの辺で失礼いたします」

「……見送ろう」

 歩き出そうとするアルズールの袖を、シェリルはそっと引く。

「アルズール様は少しお休みになってください。私が見送りに。みんな、アルズール様のことを見ていてくれる?」

「はっ」

 兵士たちは当然のように、聖女とはいえ、人でしかないシェリルに片膝を折るという最敬礼を取り、指示に従う。

「すまない、シェリル。気を遣わせて……」

「構いません。これも未来の妻としての務めですもの」

 確かに聖女は竜族にとって特別な存在には違いないが、普通ここまで敬いはしない。

 あくまで聖女は竜の子を身籠もるための器で、添え物だ。

 そうして二人きりなったところを見計らったように、シェリルが話しかけてくる。

「――グラハム殿、お願いがあります。これを姉に渡して下さい。結婚祝いの品です」

 木箱を渡される。

「かしこまりました」

「それからもう一つ。人をやって、姉を監視させてください」

「は?」

「同行させる従者の中に間者をもぐりこませれば、難しいことではないでしょう。あなたが帰ったあとも、姉のことを逐一報告させて欲しいのです」

「おそれながらシェリル殿。相手は竜帝の妻。そのようなことは非礼にあたります」

「出来ないのですか?」

「申し訳ございません。それに、あなたの姉君なのですから探らせるような真似はせずとも、手紙のやりとりでもすれば……」

 シェリルは「くすっ」と微笑むと、耳打ちをしてくる。

「アルズール様はあの悲劇の記憶が曖昧でいらっしゃるわ……。だからあなたとも和やかに会話を交わしたのです。でもあなたが真っ先に、あの穢れた黒き竜へ忠誠を誓ったことを知れば……どうなるでしょう」

「っ!」

‘この女、私を脅すのか!?’

 背筋を冷たいものが流れる。

 白き竜を統率する役目を弟に譲ったといえども、アルズールが白き竜の中で最も優れた力を持っていることに変わりはない。

 本気になればグラハムなど簡単に殺せる。

「……出来る限り、やってみます」

「出来る限りではなく、必ずやってもらいます」

「……分かりました」

 シェリルの浮かべる虫も殺せぬような笑みに、肝を冷やしたグラハムは逃げるように馬車へ乗り込んだ。
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