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第四章(3)
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他の人間たちは秋光へ批判的だ。このままでは秋光は単独で動かなければなくなる。そうなればどうなるか。大月の精力の強さは短期間あの館で過ごしていた太郎も知っている。一体どれだけの武士が国隆に頭を垂れて従っているのか。確かに奇襲をすれば可能性はあるかもしれないが、賛同者がいなければ結局討ち取られてしまうのではないか。
太郎は話し合いを最後まで聞かず、その場を後にする。秋光にはやめろと言われた。しかし太郎は自分にしか出来ないことがあると覚悟を決めてもいる。
(ごめん、秋光。約束したけど、俺はやるよ)
この決断は彼は許してはくれないだろう。
疼きを感じ、右肩を見やる。秋光がきつくしばってくれた彼の着物の生地がどす黒く濡れそぼっていた。血は完全に止まりきっていない。
(大丈夫。俺はやってみせる。あの男を殺してみせる)
喧々諤々の議論を尻目に、太郎はそっと館を出た。
※
秋光は高春と共に廊下を進みながら、話しかける。
「すまないな。さっきは助かった。俺も少し冷静で無くなっていた」
「おやおや。満寿に褒められるとはねえ。槍でも降りそうだ」
高春は歌うように言う。普段は縊(くび)り殺したくなるような軽口だったが、今は助かった。秋光は将兵たちの為に炊き出しをするため忙しそうにくるくると立ち働いている下男や下女たちを捕まえ、「太郎を知っているか」と聞いて回った。
高春が思わずと言ったように笑う。
「おやおや本当にご執心だねえ。ふふ。彼の顔を見たいとは、あぁ、自分の家よりも愛する稚児を、かな?」
「訂正する。やはりお前は煩わしいだけだ。……あいつは今、深手を負っているんだ」
「ふうん。それにしては誰も彼を知らないじゃないか」
秋光はようやく三郎を見つけ出した。彼は炊き出しなどの指示を出していた。
「三郎! 太郎はどこだっ」
「太郎、でございますか。部屋で休めと言いましたが」
秋光は話の半ばで踵を返し、彼の部屋へ向かう。しかしどこにもいなかった。
三郎も気になったらしく、太郎を捜し回ったが、誰も知る者はいなかった。
(太郎、どこへっ)
尚も探そうとする秋光の袖を、高春は掴む。
「邪魔をするなっ!」
高春は冷静沈着な声で言う。それが秋光を我に返らせた。
「……秋光。そろそろ戻らなければ。待たせたままでは連中、ますます臍を曲げるぞ」
「――殿。三郎のことは私めにお任せを」
三郎が促すように言う。秋光はかすかな逡巡をはさみ、頼んだ……と言わざるを得なかった。と、話し合いの場の庭先。篝火の炎で赤々と照らされた地面に何かを見つけ、庭へ下り立った。篝火によって照らし出されたそれは、血痕だった。指先でなぞると、それはまだ乾いていない。血痕は点々と、門の外に向かって続いていた。
(まさか……っ)
※
ずっと逃れたいと思っていた鳥籠へ太郎は舞い戻ってきた。
館はしんと静まりかえっている。
(本当にまだ大月は秋光の動きを知らないんだ)
ならばこれ以上の好機はないかもしれない。太郎が近づけば、門前の警備に当たっていた雑兵が長刀を突きつけてくる。
「誰だっ!」
「白桜丸だ。太守様にお目通りいたしたい」
まさか忌まわしい名前を自分から口にするとは思いもしなかった。
雑兵は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに一人が脇門をくぐって中へ消えていく。しばらくして正門が開けば、兵士たちがわらわらと寄ってくる。
国隆の宿直を務めていた侍がその中にいた。侍が鼻で笑い、満身創痍な太郎に向けて言う。
「……進退窮(きわ)まり戻って来たか」
「太守様にはお目通りを……」
「頭が高い!」
雑兵が長刀の柄の部分で背中を殴りつけ、太郎を組み敷く。
「喜べ。太守様は貴様にお会いするそうだ。来い」
顎をしゃくり、髪を掴まれ乱暴に起こされ、そして長刀の柄で突かれながら歩かされる。
見慣れた館の中をもう一度見れば、まるで数年ぶりに戻って来たような気さえした。それほどに外の世界での――秋光との生活は濃厚だったのだ。そして終わりゆく人生に花を添えてくれた彼への恩返しが間もなく出来るのだと思うと身体が熱くなる。
そうして寝殿の前提に引きずり出され、跪かされる。
やがて寝殿より夜着に身を包んだ国隆が現れた。
(相変わらず醜い奴だ)
国隆は肥満した腹を揺すり、甲高く笑う。
「ふふ。遅かったのう、白桜。待ちくたびれた。八方手を尽くして探させたおったのじゃぞ? 一体どこへいた」
「遠くにおりました」
「遠くか……。そしてもう一度麻呂の元へ戻ってきたか。ん? やはり外は過酷であったろう」
「過酷でございました」
従順な太郎の受け答えに、国隆は満足そうに頷いた。
「他の村を襲わせたところだ。そこより戦利品が届いてからではこうしてお前と会おうなどとは考えもしなかったであろう」
(そいつらはもう全滅だ)
太郎は胸の中で笑うが、おくびにも出さない。
「怪我をしておるか。お前が外の世界で得たものはそれだけか。愚かものが。……じゃが、お前の忠節心と、その麗しい容貌に免じ許してやろう」
脂下がった国隆は大仰に言うと、顎をしゃくる。立ち上がった太郎が寝殿へ上がろうとするのを、「待て」と侍が制した。侍は着物ごしに武器をもっていないかを検分した。
「丸腰だ。安心したか」
侍は無視して引き下がった。
国隆が猫なで声で言う。
「さあ、白桜よ。来るが良い」
太郎は話し合いを最後まで聞かず、その場を後にする。秋光にはやめろと言われた。しかし太郎は自分にしか出来ないことがあると覚悟を決めてもいる。
(ごめん、秋光。約束したけど、俺はやるよ)
この決断は彼は許してはくれないだろう。
疼きを感じ、右肩を見やる。秋光がきつくしばってくれた彼の着物の生地がどす黒く濡れそぼっていた。血は完全に止まりきっていない。
(大丈夫。俺はやってみせる。あの男を殺してみせる)
喧々諤々の議論を尻目に、太郎はそっと館を出た。
※
秋光は高春と共に廊下を進みながら、話しかける。
「すまないな。さっきは助かった。俺も少し冷静で無くなっていた」
「おやおや。満寿に褒められるとはねえ。槍でも降りそうだ」
高春は歌うように言う。普段は縊(くび)り殺したくなるような軽口だったが、今は助かった。秋光は将兵たちの為に炊き出しをするため忙しそうにくるくると立ち働いている下男や下女たちを捕まえ、「太郎を知っているか」と聞いて回った。
高春が思わずと言ったように笑う。
「おやおや本当にご執心だねえ。ふふ。彼の顔を見たいとは、あぁ、自分の家よりも愛する稚児を、かな?」
「訂正する。やはりお前は煩わしいだけだ。……あいつは今、深手を負っているんだ」
「ふうん。それにしては誰も彼を知らないじゃないか」
秋光はようやく三郎を見つけ出した。彼は炊き出しなどの指示を出していた。
「三郎! 太郎はどこだっ」
「太郎、でございますか。部屋で休めと言いましたが」
秋光は話の半ばで踵を返し、彼の部屋へ向かう。しかしどこにもいなかった。
三郎も気になったらしく、太郎を捜し回ったが、誰も知る者はいなかった。
(太郎、どこへっ)
尚も探そうとする秋光の袖を、高春は掴む。
「邪魔をするなっ!」
高春は冷静沈着な声で言う。それが秋光を我に返らせた。
「……秋光。そろそろ戻らなければ。待たせたままでは連中、ますます臍を曲げるぞ」
「――殿。三郎のことは私めにお任せを」
三郎が促すように言う。秋光はかすかな逡巡をはさみ、頼んだ……と言わざるを得なかった。と、話し合いの場の庭先。篝火の炎で赤々と照らされた地面に何かを見つけ、庭へ下り立った。篝火によって照らし出されたそれは、血痕だった。指先でなぞると、それはまだ乾いていない。血痕は点々と、門の外に向かって続いていた。
(まさか……っ)
※
ずっと逃れたいと思っていた鳥籠へ太郎は舞い戻ってきた。
館はしんと静まりかえっている。
(本当にまだ大月は秋光の動きを知らないんだ)
ならばこれ以上の好機はないかもしれない。太郎が近づけば、門前の警備に当たっていた雑兵が長刀を突きつけてくる。
「誰だっ!」
「白桜丸だ。太守様にお目通りいたしたい」
まさか忌まわしい名前を自分から口にするとは思いもしなかった。
雑兵は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに一人が脇門をくぐって中へ消えていく。しばらくして正門が開けば、兵士たちがわらわらと寄ってくる。
国隆の宿直を務めていた侍がその中にいた。侍が鼻で笑い、満身創痍な太郎に向けて言う。
「……進退窮(きわ)まり戻って来たか」
「太守様にはお目通りを……」
「頭が高い!」
雑兵が長刀の柄の部分で背中を殴りつけ、太郎を組み敷く。
「喜べ。太守様は貴様にお会いするそうだ。来い」
顎をしゃくり、髪を掴まれ乱暴に起こされ、そして長刀の柄で突かれながら歩かされる。
見慣れた館の中をもう一度見れば、まるで数年ぶりに戻って来たような気さえした。それほどに外の世界での――秋光との生活は濃厚だったのだ。そして終わりゆく人生に花を添えてくれた彼への恩返しが間もなく出来るのだと思うと身体が熱くなる。
そうして寝殿の前提に引きずり出され、跪かされる。
やがて寝殿より夜着に身を包んだ国隆が現れた。
(相変わらず醜い奴だ)
国隆は肥満した腹を揺すり、甲高く笑う。
「ふふ。遅かったのう、白桜。待ちくたびれた。八方手を尽くして探させたおったのじゃぞ? 一体どこへいた」
「遠くにおりました」
「遠くか……。そしてもう一度麻呂の元へ戻ってきたか。ん? やはり外は過酷であったろう」
「過酷でございました」
従順な太郎の受け答えに、国隆は満足そうに頷いた。
「他の村を襲わせたところだ。そこより戦利品が届いてからではこうしてお前と会おうなどとは考えもしなかったであろう」
(そいつらはもう全滅だ)
太郎は胸の中で笑うが、おくびにも出さない。
「怪我をしておるか。お前が外の世界で得たものはそれだけか。愚かものが。……じゃが、お前の忠節心と、その麗しい容貌に免じ許してやろう」
脂下がった国隆は大仰に言うと、顎をしゃくる。立ち上がった太郎が寝殿へ上がろうとするのを、「待て」と侍が制した。侍は着物ごしに武器をもっていないかを検分した。
「丸腰だ。安心したか」
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国隆が猫なで声で言う。
「さあ、白桜よ。来るが良い」
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