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序章 戦火の古城
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青々とした草原地帯の一角にある丘陵《きゅうりょう》に古色蒼然たる古城がそびえたっている。
朗らかな春の日射しの中でそれはどこか誇らしげにたつ――はずだった。
しかし実際は今にも消えてしまいそうな灯火のように頼りなげ。
というのも、いつもは地平線まで見渡せるであろうその草原は数万という大勢の兵士により埋め尽くされ、十重二十重《とえはたえ》に包囲され、蟻《あり》の這《は》い出る隙も無い。
城の尖塔《せんとう》で翻《ひるがえ》る、勇ましく前脚《まえあし》を掲げた獅子の旗も儚《はかな》げ。
包囲する軍勢に目を転じれば整然と居並んだ将兵の中、炎を吐き出す双頭の竜の染め抜かれた紅い軍旗の翻る一角がある。
軍旗の下にいる兵士たちのまとう曇りの無い象牙《ぞうげ》色の特異な鎧は際だっていた。
そんな中で騎乗する人物の姿の異相はさらに目を惹く。
美しい金髪に鮮血のような双眸を持った長身痩躯《ちょうしんそうく》の偉丈夫《いじょうふ》――。
象牙色の鎧をまとい、大木すら一撫でで断ち切れんばかりの剣を腰に携《たずさ》えていた。
ジクムント・フォン・ハイメイン。
大陸の中原《ちゅうげん》に覇《は》を唱える、ハイメイン王国の若き王であった。
不吉さを漂わせる紅い眼(まなこ)の見据える先には、件《くだん》の古城。
その表情は敵への憎悪で充ち満ちている。
「……陛下、兵の体勢は万事整ってございます」
誰をも寄せ付けぬ、触れれば切れてしまうような緊張感を漲《みなぎ》らせるジクムントに、騎乗した将の一人が近づき、告げる。
短く刈られた黒髪に、女性を魅了すると評される日に焼けた細面――ジクムントの側近であるヨハン・マージェントである。
彼もまた主君と同様、白い鎧に身を包んでいた。
「遅いぞ」
ジクムントは呟き、空を仰ぐ。
戦というより午睡でも楽しんだほうが良いような、のどかな天気だ。
青空に数片の雲が泳いでいる。
もうすぐ太陽は中天に上ろうとしていた。
「陛下っ!」
そこへ伝令の兵士が馬を走らせてくる。ジクムントの前に出ると下馬して控えた。
「どうした」
ヨハンが伝令に応対する。
「ただいま城内より、ポラリス伯爵より降伏の使者が参りましたがいかが為さいましたか」
ヨハンが主君を見やる。
「陛下――」
「爵位はすでに取り上げた。奴はすでに我が臣下では無い」
ジクムントが何者をも戦《おのの》かせる睨《にら》みと共に告げる。
伝令ははっとして言い直す。
「ポラリスからの降伏の使者はいかがなさいますか」
「首を切り、城内へと投げ込め。――ポラリスとその一族は抵抗しない限り出来る限り生きたまま捕らえよ」
ヨハンはうなずくと、伝令に告げる。
「使者を斬り、攻撃を開始せよっ!」
「ははっ!」
伝令は土煙を巻き上げながら駆けていく。
※
数刻後。
黒煙の筋が幾つも晴れやかな空へ昇らせている城内に、ジクムントは入場を果たした。
城外では数万の兵士たちが昂奮に目を輝かせ、頬を染め、勝鬨《かちどき》の声を高らかに上げている。
ジクムントはただ一人、その熱気とは無縁で、側近たちと共に縄目《なわめ》を打たれてうな垂れた男の前に進み出た。
ジクムントは口を開ける。
「ポラリス、久しいな」
白髪の男が顔を上げる。
最後に会ったのは半年前であったはずだが、中年ほどの齡《よわい》の男が今ではすっかり老いさらばえてしまっている。
宮中においてはしっかりと梳《くしけず》られていた髪は乱れきり、衣服は土埃《つちぼこり》にまみれて汚れていた。
「ジクムントっ! 貴様ぁっ!」
ポラリスは嗄《しゃが》れた声を上げ、身を乗り出そうとするが、「陛下の御前であるぞっ!」と兵士に縄目を掴まれ、押しとどめられる。
「この恩知らずの若造めっ。一体誰のお陰で王になれた!? ダートマス様の温情があればこそ、お前のような人間が王になれたのだぞっ! それを、それをぉっ」
「貴様、無礼であろう――」
兵が怒鳴るのを、
「良い。言わせておけ」
ジクムントは押しとどめさせる。
ポラリスは憔悴《しょうすい》しきった顔に憤《いきどお》りの朱を上らせ、吠え続けた。
口の端には涎《よだれ》の泡が滲《にじ》む。
「一族の者の命は庶人として生かしてやる。安心して冥土へゆけ」
「恩知らずの昏君めがっ! 安逸な死など望めないと思えっ! はらわたを腐らせてのたうち回り、血を吐きながら永劫の苦しみの果てに死んでしまえぇぇぇぇ……っ!」
ジクムントは温度を感じさせない紅い双眸《そうぼう》でポラリスを見すえたまま腰の剣を抜く。
「ひっ」
ポラリスは喉から小さく呻きをこぼすと、身を引く。
逃げようとするのを左右から兵士に押さえつけられた。
鏡面のように磨き抜かれた両刃の刀身がポラリスの姿を映す。
ポラリスは兵士に首根っこを掴まれ、無理矢理顔を俯《うつむ》かせられる。
「やめよっ、やめよぉっ……」
ポラリスはわめき続ける。
ジクムントは剣を高々とかかげると、迷い無く振り下ろす。
「――――ッ……」
わめき声がぶつっと途切れれば、血を撒き散らしながら皺首がごろごろと足下を転がる。
ポラリスの顔は恐怖に引き攣《つ》り、惨《みじ》めだった。
鮮血がジクムントの象牙色の鎧に数滴飛び散る。
ジクムントは血払いをした剣を鞘《さや》に収めるとヨハンに告げる。
「逆賊の首を王都で曝《さら》せ」
朗らかな春の日射しの中でそれはどこか誇らしげにたつ――はずだった。
しかし実際は今にも消えてしまいそうな灯火のように頼りなげ。
というのも、いつもは地平線まで見渡せるであろうその草原は数万という大勢の兵士により埋め尽くされ、十重二十重《とえはたえ》に包囲され、蟻《あり》の這《は》い出る隙も無い。
城の尖塔《せんとう》で翻《ひるがえ》る、勇ましく前脚《まえあし》を掲げた獅子の旗も儚《はかな》げ。
包囲する軍勢に目を転じれば整然と居並んだ将兵の中、炎を吐き出す双頭の竜の染め抜かれた紅い軍旗の翻る一角がある。
軍旗の下にいる兵士たちのまとう曇りの無い象牙《ぞうげ》色の特異な鎧は際だっていた。
そんな中で騎乗する人物の姿の異相はさらに目を惹く。
美しい金髪に鮮血のような双眸を持った長身痩躯《ちょうしんそうく》の偉丈夫《いじょうふ》――。
象牙色の鎧をまとい、大木すら一撫でで断ち切れんばかりの剣を腰に携《たずさ》えていた。
ジクムント・フォン・ハイメイン。
大陸の中原《ちゅうげん》に覇《は》を唱える、ハイメイン王国の若き王であった。
不吉さを漂わせる紅い眼(まなこ)の見据える先には、件《くだん》の古城。
その表情は敵への憎悪で充ち満ちている。
「……陛下、兵の体勢は万事整ってございます」
誰をも寄せ付けぬ、触れれば切れてしまうような緊張感を漲《みなぎ》らせるジクムントに、騎乗した将の一人が近づき、告げる。
短く刈られた黒髪に、女性を魅了すると評される日に焼けた細面――ジクムントの側近であるヨハン・マージェントである。
彼もまた主君と同様、白い鎧に身を包んでいた。
「遅いぞ」
ジクムントは呟き、空を仰ぐ。
戦というより午睡でも楽しんだほうが良いような、のどかな天気だ。
青空に数片の雲が泳いでいる。
もうすぐ太陽は中天に上ろうとしていた。
「陛下っ!」
そこへ伝令の兵士が馬を走らせてくる。ジクムントの前に出ると下馬して控えた。
「どうした」
ヨハンが伝令に応対する。
「ただいま城内より、ポラリス伯爵より降伏の使者が参りましたがいかが為さいましたか」
ヨハンが主君を見やる。
「陛下――」
「爵位はすでに取り上げた。奴はすでに我が臣下では無い」
ジクムントが何者をも戦《おのの》かせる睨《にら》みと共に告げる。
伝令ははっとして言い直す。
「ポラリスからの降伏の使者はいかがなさいますか」
「首を切り、城内へと投げ込め。――ポラリスとその一族は抵抗しない限り出来る限り生きたまま捕らえよ」
ヨハンはうなずくと、伝令に告げる。
「使者を斬り、攻撃を開始せよっ!」
「ははっ!」
伝令は土煙を巻き上げながら駆けていく。
※
数刻後。
黒煙の筋が幾つも晴れやかな空へ昇らせている城内に、ジクムントは入場を果たした。
城外では数万の兵士たちが昂奮に目を輝かせ、頬を染め、勝鬨《かちどき》の声を高らかに上げている。
ジクムントはただ一人、その熱気とは無縁で、側近たちと共に縄目《なわめ》を打たれてうな垂れた男の前に進み出た。
ジクムントは口を開ける。
「ポラリス、久しいな」
白髪の男が顔を上げる。
最後に会ったのは半年前であったはずだが、中年ほどの齡《よわい》の男が今ではすっかり老いさらばえてしまっている。
宮中においてはしっかりと梳《くしけず》られていた髪は乱れきり、衣服は土埃《つちぼこり》にまみれて汚れていた。
「ジクムントっ! 貴様ぁっ!」
ポラリスは嗄《しゃが》れた声を上げ、身を乗り出そうとするが、「陛下の御前であるぞっ!」と兵士に縄目を掴まれ、押しとどめられる。
「この恩知らずの若造めっ。一体誰のお陰で王になれた!? ダートマス様の温情があればこそ、お前のような人間が王になれたのだぞっ! それを、それをぉっ」
「貴様、無礼であろう――」
兵が怒鳴るのを、
「良い。言わせておけ」
ジクムントは押しとどめさせる。
ポラリスは憔悴《しょうすい》しきった顔に憤《いきどお》りの朱を上らせ、吠え続けた。
口の端には涎《よだれ》の泡が滲《にじ》む。
「一族の者の命は庶人として生かしてやる。安心して冥土へゆけ」
「恩知らずの昏君めがっ! 安逸な死など望めないと思えっ! はらわたを腐らせてのたうち回り、血を吐きながら永劫の苦しみの果てに死んでしまえぇぇぇぇ……っ!」
ジクムントは温度を感じさせない紅い双眸《そうぼう》でポラリスを見すえたまま腰の剣を抜く。
「ひっ」
ポラリスは喉から小さく呻きをこぼすと、身を引く。
逃げようとするのを左右から兵士に押さえつけられた。
鏡面のように磨き抜かれた両刃の刀身がポラリスの姿を映す。
ポラリスは兵士に首根っこを掴まれ、無理矢理顔を俯《うつむ》かせられる。
「やめよっ、やめよぉっ……」
ポラリスはわめき続ける。
ジクムントは剣を高々とかかげると、迷い無く振り下ろす。
「――――ッ……」
わめき声がぶつっと途切れれば、血を撒き散らしながら皺首がごろごろと足下を転がる。
ポラリスの顔は恐怖に引き攣《つ》り、惨《みじ》めだった。
鮮血がジクムントの象牙色の鎧に数滴飛び散る。
ジクムントは血払いをした剣を鞘《さや》に収めるとヨハンに告げる。
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