【完結】もう二度と離さない~元カレ御曹司は再会した彼女を溺愛したい

魚谷

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第五章(5)

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 由季の笑顔を見られて、心からほっとできた。こんなにも誰かの反応で一喜一憂するのは、相手が由季だからだ。
 あとは彼女の笑顔を陰らせる原因を、摘めば良い。
 リクライニングチェアに座り、パソコンで書類仕事を進めていると、プリペイドケータイが着信を知らせる。

「はい」

 彰はワンコールで出た。

『……誰だ』

 ドスのきいた声。由季から話を聞いていなければどこのチンピラだと思っただろう疲弊した由季がこんな声を聞いていたら、ますます精神的に追い詰められ、どんな過ちを犯してもおかしくない。
 顔も知らない由季の父親への怒りを滾らせながら、落ち着いた声で応じる。

「由季とお付き合いさせてもらっている者です」
『へえ』

 バカにした声。自分の娘への愛情は当然だが、微塵もないのだろう。ただ利用できる駒の一つだ。

「だいぶお金に困っているみたいですね。会社も潰れて……」

 由季の父親が経営した会社を検索したら、六年前に倒産していた。

『だが元手さえあればいつでも復活できる。俺は娘とやり直したい。娘に代われ』
「無理です。俺はあなたにこれ以上、娘さんと関わって欲しくないんですよ」
『おい、ふざけるなっ! 俺が話させろと言ったら話させるんだ!』

 想像以上の瞬間湯沸かし器だ。どこから連絡しているのかは分からないが、苛立ちを発散するように今何かを蹴ったのが鈍い音で分かった。
 まさしく裸の王様にふさわしい。これまで自分よりも立場の下の人間しか相手にしてこなかっただろう。
 どれだけ捲し立てようが、威嚇しようが、彰には小心者の臭いしかしなかった。

「手切れ金を用意します。それで手を打っていただけませんか?」
『お前にどれだけの金が用意できるんだ?』
「すぐに用意できるのは、四千万円程度。時間を頂ければ、二億円くらいは」
『ハッ! そんな口先だけで信用できると思うのか?』
「でしたら口座を教えて下さい。前金で三百、振り込みます。残りの金は、直接、お渡ししたい。もう二度と由季とは関わらないという念書にサインが欲しいので」

 迷っているのか、間が空いたかと思うと、口座名を口にした。海外口座で、名義人が別人。なるほど。ここに財産を隠しているのか。
 手早くメモする。

『今日の三時までに入金しろ。確認したら、また連絡する』

 彰はメモした口座に入金する。
 もちろん金を与えれば大人しくしているような相手ではないことは分かっている。
 きっと金が尽きれば、また色々な理由をつけてたかってくるはずだ。

 ――抹殺しないと、な。

 不思議なことに一度興した会社を成功させた人間は、なぜか次もうまくいくと考え、身の丈に合わない投資を迷わない。しかし一度破産した人間に多額の融資をするような銀行は存在しない。そんな人間に金を融資するのは、ロクでもない連中と相場が決まっている。
 それを調べられれば。
 彰は通話アプリを立ち上げ、友哉に連絡をする。
 まだ友哉は起きているはずだ。昨晩から一睡もせず。

『……何?』

 不機嫌そうな声が聞こえてきた。

「おはよう。起きてたか?」
『今寝るところ。悪いな』
「待て、切るな。頼みがある」

 彰はこれまであったことをかいつまんで話す。

「どこから金を借りてるかとか調べられないか?」
『条件がある』
「おい、こんな大事な時にかよ。俺たちパートナーだろ?」
『社長を降りるから、お前がなれ。最初から嫌だって言ったのに、お前がしつこいからなってやったんだ』

 社交性皆無の友哉を社長にしたのは、AORが技術職を大切にする企業だと印象づけたかったからだ。

「……分かった」
『できるかぎり急ぐ』
「助かる」



 友哉からメールが返ってきたのは、午後一時を回った頃。
 その時、彰は書斎のリクライニングチェアで船を漕いでいた。
 案の定、ろくでもないところから多額の資金を調達していたらしい。それも満足な返済をしないまま逃げ回っているらしい。
 警察に頼っていたら、何をされていたか分かったものではない。
 今の由季の父親は何も失うものがない、俗に言う、無敵の人だ。
 それからしばらくして、由季の父親から連絡があった。

『金を確認した。まずは四千万もってこい。明日の午後七時。××公園だ。場所はネットで調べろ』
「分かりました」

 電話を切る。彰はさらに別のところに電話をかけ、明日の準備を進めた。
 全てが終わると、書斎を出てリビングに顔を出す。

「由季……」

 しかしそこには誰もいなかった。嫌な予感に全身の鳥肌が立ち、慌てて玄関に向かう。そこに彼女の靴があってほっと胸を撫で下ろす。
 それから脱衣所を覗くが、風呂場の電気は消えている。
 寝室に顔を出すと、彼女は横になっていた。穏やかな寝息が聞こえた。
 起こさないよう静かにベッドの縁に腰かけると、髪を撫でる。

「俺が守るから」
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