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第四章(3)

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 たっぷり眠ったこともあって起床すると頭がスッキリしていた。

 ――インタビュー目的なのに、夕方まで一度も起きずに爆睡とか恥ずかしい……。

 あくまでインタビュワーとして接するということは無理なのは車中で思い知ったが、しっかり仕事をこなさなければならない。

 由季はスマホとメモ帳を手に、階段を下りていく。
 一階まで降りると、ウッドデッキに黒いエプロンをした彰がいた。彼の前にはバーベキューコンロが置かれている。

「起きたか。寝坊助」

 彰は口の端を持ち上げた。

「……い、言わないで」
「だいぶ疲れてたみたいだな。まさか前日、俺との旅行が楽しみでなかなか寝付けなかったとか?」
「そんなわけないでしょ。子どもじゃないんだから」
「残念。俺は寝付けなかったんだけどな。付き合ってからはじめての旅行だ」
「確かに……」

 学生時代は遠出と言っても、遊園地に行くくらいだった。

「って、旅行じゃない! これはあくまで取材だから」
「おいおいそれはあくまで建前だろ? また取材ごっこするか?」
「しない。でも大人なんだから建前はちゃんと大切にしなきゃ。さっきから何してるの?」
「夕食の準備。腹すいたろ?」

 コンロのそばにおかれた折りたたみ式のテーブルに肉や海鮮が大皿に盛られていた。
 彰は海鮮を焼き始める。車エビにホタテ、イカ、カニ、サザエ……。

 そしてもう一つのコンロには厚みのある一枚肉をのせる。しばらくして、脂が炭に滴るジュウジュウという音と一緒に、食欲を誘う香ばしい匂いがしはじめる。
 彰が海鮮や、焼けた肉を切ったものを皿に盛りつけてくれる。

「中で食うか? それとも、こっちで食うか?」
「せっかくだからデッキで食べる。あ、でも」
「ん? どうした?」
「私が食べてたら、彰は自分の分が食べられないから……」
「俺は焼きながらこうして抓むから平気だ」

 彰は焼けた肉をトングでつまむと、はふはふ言いながら食べた。

「だから、お前は好きだけ食え」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 不慣れな自分が手伝ってもかえって邪魔になるだけと、由季は甘えさせてもらうことにして、デッキに置かれた椅子に座る。

 夕焼けで茜色に染まる市街地。そして昼間と違って西に沈みゆく真夏の太陽を浴びて白くきらめく海を眺める。
 彰は一度部屋に引っ込むと、冷蔵庫から瓶ビールを持って来る。

「グラス使うか? それとも、このまま?」
「そのままで」
「ノリが良いなっ」

 水滴のついたキンキンに冷えたビール瓶を軽く打ち付け、飲む。
 水分もとらずに眠っていたせいか、渇いた体に良い具合にアルコールが染み渡る。
 冷めてはいけないと海鮮や肉にも手をつける。
「美味しい!」
 食材が上質なのはもちろん、この景色の良さも気分を盛り上げるのに一役買っていた。



 食事を終えると、片付けを手伝う。
 彰はコンロを洗い、由季は皿や調理に使った道具を台所で洗う。
 時間の流れは速く、気付けば午後八時。

「そろそろ風呂に入ったらどうだ?」
「私はあとで良いよ。先に彰が……」
「俺は片付けなきゃいけない仕事があるから先に入れよ。風呂に案内するな。地下に大浴場もあるけど、俺のお薦めは断然こっち」
「うわ!」

 案内してもらったのは、総檜造りの露天風呂。泳げそうなほどに広い。
 そして浴室からは満天の星空、そして夜景が見えた。風呂から濛々と上がる湯気が、薄墨に砂金を撒いたような夏の鮮やかな夜空へのぼっていく。

「温泉だから、ゆったり楽しんでくれ。何かあったら、そこに内線があるから」
「ありがとう」

 彰は説明をするとさっさと浴槽から出ていく。
 由季は脱衣所で服を脱ぎ、籠に入れる。かけ湯をし、体と髪を洗い、温泉に爪先からそっと入る。
 熱めのお湯。ゆっくりと足から入り、肩まで浸かる。

 少しの間熱さに耐えると、体が馴染んでいく。
 手足を思いっきり伸ばせば、「はあぁぁぁ~」と自然と声がこぼれる。
 おばさん臭いと思いながらも止められない。というか、こんな普段出さないような声を出すのも温泉の醍醐味だ。

 温泉と言えば硫黄臭さが定番なイメージがあったが、ここの温泉は違う。ほんのりと潮の香りがしたし、少し舐めてみるとしょっぱかった。

 ――海が近いからかな。

 そんなことを考えながら夜空を眺めていると、ふと頭に浮かんだ。
 もしかしたら彰が途中で入ってくるかもしれない、と。
 少し身構えたが、結局、彰が来ることはなかった。
 それにほんの少しガッカリしている自分に気付き、慌ててしまう。

 ――何を考えてるのよ。彰は野獣じゃないんだから。さすがに考えてくれたのよ……。

 風呂から上がる。
 水道水を沸かした風呂とは違って、体が芯から温まっているのが分かる。温泉から上がって体を拭いても、うっすらと汗ばむほど。
 脱衣所に備え付けのウォーターサーバーで冷えた水を飲んで汗が引くのを待ちつつ、寝巻に着替えてリビングに戻る。

「お風呂上がったわ」

 彰はリビングでノートパソコンを操作していた。

「どうだった?」
「最高だった」
「だろ? じゃ、俺も入って来るわ」

 うん、と彰を見送った由季はソファーにごろんと横になる。
 スイートルームよりもここのほうが過ごしやすい気がした。
 ここも内装や設備にかなりお金がかかっているんだろうけど、部屋そのものはアットホームな雰囲気があって、自宅のようにリラックスできる。
 気付けばウトウトして、自然と瞼が重たくなっていた。
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