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第二章(1)
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彰と再会した二日後、由季は駅前の個人経営の焼き鳥屋で、さつきと合流した。
ここは酒も料理もうまいということで、行きつけの店だ。
店の大将ともすっかり顔なじみで、女将さんにテーブル席に案内してもらう。
まずは生中で乾杯して、串盛りを味わう。
「じゃあ、早速聞かせてもらいましょうか」
「なにを?」
「とぼけないでよ。彰さんのことっ」
「……覚えてたのね」
「忘れられるわけないでしょ。少女漫画の世界から抜け出てきたようなイケメンなのに!」
「……私も入学式ではじめて見た時、そう思った」
彰は、入学式から目立っていた。
新入生総代として壇上に立ち、挨拶を述べた。
事前に練習したのだろうが、それでも高校一年生とは思えないくらい堂々として、ハキハキしていた。
それから彼が有名な商社の御曹司だと知り、「あの挨拶も堂々していたのも、英才教育の賜物だったんだ」と納得もした。
成績優秀で運動神経抜群。一年生にして百七十五センチくらいあって、顔立ちも整っているといえば、同級生はもちろん、上級生も黙ってはいない。
聞くともなしに、今、彰は三年の先輩と付き合っているらしいとか、あの三年の先輩とは別れて今は二年の先輩に乗り換えたらしい、とか真偽不明の噂が飛び交った。
しかしどんな噂でも、あの司馬彰ならばありうると思えた。
同級生というより、たまたま同年代にすぎない芸能人の熱愛ニュースでも聞いているような気分だった。
「……そんな大人気な人と付き合ったら、だいぶやっかまれたんじゃない? 私なら絶対やっかむ。自分が彰さんと付き合える可能性が0%だったとしてもぜっっっっったい、やっかむ。だってらやましすぎるし」
「……やっかみかどうかは分からないけど、あんな地味子と付き合うなんてありえないとは陰でよく言われた」
「苦労したねえ」
よしよしと、頭を撫でられた。
「まあでも由季と彰さん、お似合いだと思うよ」
「やめてよ。釣り合いが取れてないっていうのは私が一番自覚してるんだから、下手によいしょされても冷める」
「冗談じゃないって。だって彰さんが由季を見る目、すごく優しかったよ?」
「……そう?」
確かにこの間は紳士的ではあった。
別れた時の状況を考えれば、ふざけるなと文句を言われてもおかしくはないのに。
「んで、一緒に飲みに行った時は何があったの?」
「悪いけど、期待してることは何もないよ。一緒にバーで飲んで、タクシーで帰宅。それだけ。すっごく健全」
「さすがはイケメン。いきなりは狙わないかぁ」
ちょうどビールに口をつけようとしていたところだったから、さつきの言葉でむせてしまう。
「な、なによ、狙うって……」
「なにって。由季のことに決まってるじゃん」
「決まってるわけないでしょ。相手は彰よ。指折のスタートアップ起業の重役よ? 引く手数多だろうに、今更私なんかと……」
「じゃあ、なんでわざわざ誘うの?」
「こんな広い東京で偶然出会って、舞い上がったんじゃない? 私だって同級生と一緒に仕事することになったら、飲みに誘うかもしれないし」
「じゃあ、連絡先交換は?」
「名刺を渡したでしょ」
「プライベートのSNSとか、メッセージアプリのIDとかは?」
「まあ、IDの交換はしたけど」
さつきは「なるほどなるほど」と訳知り顔でニヤついた。
「じゃあ、次があるわね」
――またな、とは言われたけど、あれは単なる社交辞令みたいなものだろうし。
だいたい彰のような忙しい人間が、フリーライターの由季と頻繁に飲む利点がない。
学生時代の話だったら、他にできそうな人もいるはずだ。
「是非、進捗を聞かせてよ。あ、その前に、プライベートの取材もこれからするわけだから、それを入り口に仲が深まる可能性も……」
「ないない……って、なにっ」
いきなりさつきが身を乗り出してくるせいで、ビクッとしてしまう。
「なく、ないっ。由季はさぁ、自分が分かってないよ。自分は地味地味って念仏のように言うけどさぁ、そんなことないよ。確かに派手ではないし、芸能界デビューができるほど美人ってわけじゃない。でも卑下するほどひどいわけじゃないし、私は愛嬌があって好きだよ。彰さんもそういうところにホレたんでしょ。だって、どういう理由かは分からないけど、彰さんがあんたと付き合ったのは本当なんでしょ。何かの罰ゲームであんたにコクって、ゴメンあれ、実は罰ゲームで~とかふざけたネタばらしとかされたわけじゃなくって、本気だったんでしょ?」
「……まあ」
たしかに自己卑下がひどいな、とは由季も思う。でも彰と一緒にいたら、不釣り合いな自分を意識してしまうのは許して欲しい。もちろん、それで付き合っていた当時、ぎくしゃくしたことはなかったけど。
「高校時代は別れたけど、大人になって再会して当時の想いが蘇る、ってていうのもよく聞く話だし。由季は彰さんのことどう思ってるの?」
「……まあ、イイ男だよね」
「それが聞きたかった! その気があるなら突撃あるのみ! がんばれ。応援してる。んで、無事に付き合えたら、彰さんの友だちを紹介して。このとーりっ!」
なるほどそういう目的か。由季は苦笑する。
フリーランスという特性上、ここまでいろんな話ができる人はいないので、さつきのような存在は、由季にとってはとてもありがたかった。
その日は終電間近まで飲んだ。
ここは酒も料理もうまいということで、行きつけの店だ。
店の大将ともすっかり顔なじみで、女将さんにテーブル席に案内してもらう。
まずは生中で乾杯して、串盛りを味わう。
「じゃあ、早速聞かせてもらいましょうか」
「なにを?」
「とぼけないでよ。彰さんのことっ」
「……覚えてたのね」
「忘れられるわけないでしょ。少女漫画の世界から抜け出てきたようなイケメンなのに!」
「……私も入学式ではじめて見た時、そう思った」
彰は、入学式から目立っていた。
新入生総代として壇上に立ち、挨拶を述べた。
事前に練習したのだろうが、それでも高校一年生とは思えないくらい堂々として、ハキハキしていた。
それから彼が有名な商社の御曹司だと知り、「あの挨拶も堂々していたのも、英才教育の賜物だったんだ」と納得もした。
成績優秀で運動神経抜群。一年生にして百七十五センチくらいあって、顔立ちも整っているといえば、同級生はもちろん、上級生も黙ってはいない。
聞くともなしに、今、彰は三年の先輩と付き合っているらしいとか、あの三年の先輩とは別れて今は二年の先輩に乗り換えたらしい、とか真偽不明の噂が飛び交った。
しかしどんな噂でも、あの司馬彰ならばありうると思えた。
同級生というより、たまたま同年代にすぎない芸能人の熱愛ニュースでも聞いているような気分だった。
「……そんな大人気な人と付き合ったら、だいぶやっかまれたんじゃない? 私なら絶対やっかむ。自分が彰さんと付き合える可能性が0%だったとしてもぜっっっっったい、やっかむ。だってらやましすぎるし」
「……やっかみかどうかは分からないけど、あんな地味子と付き合うなんてありえないとは陰でよく言われた」
「苦労したねえ」
よしよしと、頭を撫でられた。
「まあでも由季と彰さん、お似合いだと思うよ」
「やめてよ。釣り合いが取れてないっていうのは私が一番自覚してるんだから、下手によいしょされても冷める」
「冗談じゃないって。だって彰さんが由季を見る目、すごく優しかったよ?」
「……そう?」
確かにこの間は紳士的ではあった。
別れた時の状況を考えれば、ふざけるなと文句を言われてもおかしくはないのに。
「んで、一緒に飲みに行った時は何があったの?」
「悪いけど、期待してることは何もないよ。一緒にバーで飲んで、タクシーで帰宅。それだけ。すっごく健全」
「さすがはイケメン。いきなりは狙わないかぁ」
ちょうどビールに口をつけようとしていたところだったから、さつきの言葉でむせてしまう。
「な、なによ、狙うって……」
「なにって。由季のことに決まってるじゃん」
「決まってるわけないでしょ。相手は彰よ。指折のスタートアップ起業の重役よ? 引く手数多だろうに、今更私なんかと……」
「じゃあ、なんでわざわざ誘うの?」
「こんな広い東京で偶然出会って、舞い上がったんじゃない? 私だって同級生と一緒に仕事することになったら、飲みに誘うかもしれないし」
「じゃあ、連絡先交換は?」
「名刺を渡したでしょ」
「プライベートのSNSとか、メッセージアプリのIDとかは?」
「まあ、IDの交換はしたけど」
さつきは「なるほどなるほど」と訳知り顔でニヤついた。
「じゃあ、次があるわね」
――またな、とは言われたけど、あれは単なる社交辞令みたいなものだろうし。
だいたい彰のような忙しい人間が、フリーライターの由季と頻繁に飲む利点がない。
学生時代の話だったら、他にできそうな人もいるはずだ。
「是非、進捗を聞かせてよ。あ、その前に、プライベートの取材もこれからするわけだから、それを入り口に仲が深まる可能性も……」
「ないない……って、なにっ」
いきなりさつきが身を乗り出してくるせいで、ビクッとしてしまう。
「なく、ないっ。由季はさぁ、自分が分かってないよ。自分は地味地味って念仏のように言うけどさぁ、そんなことないよ。確かに派手ではないし、芸能界デビューができるほど美人ってわけじゃない。でも卑下するほどひどいわけじゃないし、私は愛嬌があって好きだよ。彰さんもそういうところにホレたんでしょ。だって、どういう理由かは分からないけど、彰さんがあんたと付き合ったのは本当なんでしょ。何かの罰ゲームであんたにコクって、ゴメンあれ、実は罰ゲームで~とかふざけたネタばらしとかされたわけじゃなくって、本気だったんでしょ?」
「……まあ」
たしかに自己卑下がひどいな、とは由季も思う。でも彰と一緒にいたら、不釣り合いな自分を意識してしまうのは許して欲しい。もちろん、それで付き合っていた当時、ぎくしゃくしたことはなかったけど。
「高校時代は別れたけど、大人になって再会して当時の想いが蘇る、ってていうのもよく聞く話だし。由季は彰さんのことどう思ってるの?」
「……まあ、イイ男だよね」
「それが聞きたかった! その気があるなら突撃あるのみ! がんばれ。応援してる。んで、無事に付き合えたら、彰さんの友だちを紹介して。このとーりっ!」
なるほどそういう目的か。由季は苦笑する。
フリーランスという特性上、ここまでいろんな話ができる人はいないので、さつきのような存在は、由季にとってはとてもありがたかった。
その日は終電間近まで飲んだ。
応援ありがとうございます!
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