7 / 31
第二章(1)
しおりを挟む
彰と再会した二日後、由季は駅前の個人経営の焼き鳥屋で、さつきと合流した。
ここは酒も料理もうまいということで、行きつけの店だ。
店の大将ともすっかり顔なじみで、女将さんにテーブル席に案内してもらう。
まずは生中で乾杯して、串盛りを味わう。
「じゃあ、早速聞かせてもらいましょうか」
「なにを?」
「とぼけないでよ。彰さんのことっ」
「……覚えてたのね」
「忘れられるわけないでしょ。少女漫画の世界から抜け出てきたようなイケメンなのに!」
「……私も入学式ではじめて見た時、そう思った」
彰は、入学式から目立っていた。
新入生総代として壇上に立ち、挨拶を述べた。
事前に練習したのだろうが、それでも高校一年生とは思えないくらい堂々として、ハキハキしていた。
それから彼が有名な商社の御曹司だと知り、「あの挨拶も堂々していたのも、英才教育の賜物だったんだ」と納得もした。
成績優秀で運動神経抜群。一年生にして百七十五センチくらいあって、顔立ちも整っているといえば、同級生はもちろん、上級生も黙ってはいない。
聞くともなしに、今、彰は三年の先輩と付き合っているらしいとか、あの三年の先輩とは別れて今は二年の先輩に乗り換えたらしい、とか真偽不明の噂が飛び交った。
しかしどんな噂でも、あの司馬彰ならばありうると思えた。
同級生というより、たまたま同年代にすぎない芸能人の熱愛ニュースでも聞いているような気分だった。
「……そんな大人気な人と付き合ったら、だいぶやっかまれたんじゃない? 私なら絶対やっかむ。自分が彰さんと付き合える可能性が0%だったとしてもぜっっっっったい、やっかむ。だってらやましすぎるし」
「……やっかみかどうかは分からないけど、あんな地味子と付き合うなんてありえないとは陰でよく言われた」
「苦労したねえ」
よしよしと、頭を撫でられた。
「まあでも由季と彰さん、お似合いだと思うよ」
「やめてよ。釣り合いが取れてないっていうのは私が一番自覚してるんだから、下手によいしょされても冷める」
「冗談じゃないって。だって彰さんが由季を見る目、すごく優しかったよ?」
「……そう?」
確かにこの間は紳士的ではあった。
別れた時の状況を考えれば、ふざけるなと文句を言われてもおかしくはないのに。
「んで、一緒に飲みに行った時は何があったの?」
「悪いけど、期待してることは何もないよ。一緒にバーで飲んで、タクシーで帰宅。それだけ。すっごく健全」
「さすがはイケメン。いきなりは狙わないかぁ」
ちょうどビールに口をつけようとしていたところだったから、さつきの言葉でむせてしまう。
「な、なによ、狙うって……」
「なにって。由季のことに決まってるじゃん」
「決まってるわけないでしょ。相手は彰よ。指折のスタートアップ起業の重役よ? 引く手数多だろうに、今更私なんかと……」
「じゃあ、なんでわざわざ誘うの?」
「こんな広い東京で偶然出会って、舞い上がったんじゃない? 私だって同級生と一緒に仕事することになったら、飲みに誘うかもしれないし」
「じゃあ、連絡先交換は?」
「名刺を渡したでしょ」
「プライベートのSNSとか、メッセージアプリのIDとかは?」
「まあ、IDの交換はしたけど」
さつきは「なるほどなるほど」と訳知り顔でニヤついた。
「じゃあ、次があるわね」
――またな、とは言われたけど、あれは単なる社交辞令みたいなものだろうし。
だいたい彰のような忙しい人間が、フリーライターの由季と頻繁に飲む利点がない。
学生時代の話だったら、他にできそうな人もいるはずだ。
「是非、進捗を聞かせてよ。あ、その前に、プライベートの取材もこれからするわけだから、それを入り口に仲が深まる可能性も……」
「ないない……って、なにっ」
いきなりさつきが身を乗り出してくるせいで、ビクッとしてしまう。
「なく、ないっ。由季はさぁ、自分が分かってないよ。自分は地味地味って念仏のように言うけどさぁ、そんなことないよ。確かに派手ではないし、芸能界デビューができるほど美人ってわけじゃない。でも卑下するほどひどいわけじゃないし、私は愛嬌があって好きだよ。彰さんもそういうところにホレたんでしょ。だって、どういう理由かは分からないけど、彰さんがあんたと付き合ったのは本当なんでしょ。何かの罰ゲームであんたにコクって、ゴメンあれ、実は罰ゲームで~とかふざけたネタばらしとかされたわけじゃなくって、本気だったんでしょ?」
「……まあ」
たしかに自己卑下がひどいな、とは由季も思う。でも彰と一緒にいたら、不釣り合いな自分を意識してしまうのは許して欲しい。もちろん、それで付き合っていた当時、ぎくしゃくしたことはなかったけど。
「高校時代は別れたけど、大人になって再会して当時の想いが蘇る、ってていうのもよく聞く話だし。由季は彰さんのことどう思ってるの?」
「……まあ、イイ男だよね」
「それが聞きたかった! その気があるなら突撃あるのみ! がんばれ。応援してる。んで、無事に付き合えたら、彰さんの友だちを紹介して。このとーりっ!」
なるほどそういう目的か。由季は苦笑する。
フリーランスという特性上、ここまでいろんな話ができる人はいないので、さつきのような存在は、由季にとってはとてもありがたかった。
その日は終電間近まで飲んだ。
ここは酒も料理もうまいということで、行きつけの店だ。
店の大将ともすっかり顔なじみで、女将さんにテーブル席に案内してもらう。
まずは生中で乾杯して、串盛りを味わう。
「じゃあ、早速聞かせてもらいましょうか」
「なにを?」
「とぼけないでよ。彰さんのことっ」
「……覚えてたのね」
「忘れられるわけないでしょ。少女漫画の世界から抜け出てきたようなイケメンなのに!」
「……私も入学式ではじめて見た時、そう思った」
彰は、入学式から目立っていた。
新入生総代として壇上に立ち、挨拶を述べた。
事前に練習したのだろうが、それでも高校一年生とは思えないくらい堂々として、ハキハキしていた。
それから彼が有名な商社の御曹司だと知り、「あの挨拶も堂々していたのも、英才教育の賜物だったんだ」と納得もした。
成績優秀で運動神経抜群。一年生にして百七十五センチくらいあって、顔立ちも整っているといえば、同級生はもちろん、上級生も黙ってはいない。
聞くともなしに、今、彰は三年の先輩と付き合っているらしいとか、あの三年の先輩とは別れて今は二年の先輩に乗り換えたらしい、とか真偽不明の噂が飛び交った。
しかしどんな噂でも、あの司馬彰ならばありうると思えた。
同級生というより、たまたま同年代にすぎない芸能人の熱愛ニュースでも聞いているような気分だった。
「……そんな大人気な人と付き合ったら、だいぶやっかまれたんじゃない? 私なら絶対やっかむ。自分が彰さんと付き合える可能性が0%だったとしてもぜっっっっったい、やっかむ。だってらやましすぎるし」
「……やっかみかどうかは分からないけど、あんな地味子と付き合うなんてありえないとは陰でよく言われた」
「苦労したねえ」
よしよしと、頭を撫でられた。
「まあでも由季と彰さん、お似合いだと思うよ」
「やめてよ。釣り合いが取れてないっていうのは私が一番自覚してるんだから、下手によいしょされても冷める」
「冗談じゃないって。だって彰さんが由季を見る目、すごく優しかったよ?」
「……そう?」
確かにこの間は紳士的ではあった。
別れた時の状況を考えれば、ふざけるなと文句を言われてもおかしくはないのに。
「んで、一緒に飲みに行った時は何があったの?」
「悪いけど、期待してることは何もないよ。一緒にバーで飲んで、タクシーで帰宅。それだけ。すっごく健全」
「さすがはイケメン。いきなりは狙わないかぁ」
ちょうどビールに口をつけようとしていたところだったから、さつきの言葉でむせてしまう。
「な、なによ、狙うって……」
「なにって。由季のことに決まってるじゃん」
「決まってるわけないでしょ。相手は彰よ。指折のスタートアップ起業の重役よ? 引く手数多だろうに、今更私なんかと……」
「じゃあ、なんでわざわざ誘うの?」
「こんな広い東京で偶然出会って、舞い上がったんじゃない? 私だって同級生と一緒に仕事することになったら、飲みに誘うかもしれないし」
「じゃあ、連絡先交換は?」
「名刺を渡したでしょ」
「プライベートのSNSとか、メッセージアプリのIDとかは?」
「まあ、IDの交換はしたけど」
さつきは「なるほどなるほど」と訳知り顔でニヤついた。
「じゃあ、次があるわね」
――またな、とは言われたけど、あれは単なる社交辞令みたいなものだろうし。
だいたい彰のような忙しい人間が、フリーライターの由季と頻繁に飲む利点がない。
学生時代の話だったら、他にできそうな人もいるはずだ。
「是非、進捗を聞かせてよ。あ、その前に、プライベートの取材もこれからするわけだから、それを入り口に仲が深まる可能性も……」
「ないない……って、なにっ」
いきなりさつきが身を乗り出してくるせいで、ビクッとしてしまう。
「なく、ないっ。由季はさぁ、自分が分かってないよ。自分は地味地味って念仏のように言うけどさぁ、そんなことないよ。確かに派手ではないし、芸能界デビューができるほど美人ってわけじゃない。でも卑下するほどひどいわけじゃないし、私は愛嬌があって好きだよ。彰さんもそういうところにホレたんでしょ。だって、どういう理由かは分からないけど、彰さんがあんたと付き合ったのは本当なんでしょ。何かの罰ゲームであんたにコクって、ゴメンあれ、実は罰ゲームで~とかふざけたネタばらしとかされたわけじゃなくって、本気だったんでしょ?」
「……まあ」
たしかに自己卑下がひどいな、とは由季も思う。でも彰と一緒にいたら、不釣り合いな自分を意識してしまうのは許して欲しい。もちろん、それで付き合っていた当時、ぎくしゃくしたことはなかったけど。
「高校時代は別れたけど、大人になって再会して当時の想いが蘇る、ってていうのもよく聞く話だし。由季は彰さんのことどう思ってるの?」
「……まあ、イイ男だよね」
「それが聞きたかった! その気があるなら突撃あるのみ! がんばれ。応援してる。んで、無事に付き合えたら、彰さんの友だちを紹介して。このとーりっ!」
なるほどそういう目的か。由季は苦笑する。
フリーランスという特性上、ここまでいろんな話ができる人はいないので、さつきのような存在は、由季にとってはとてもありがたかった。
その日は終電間近まで飲んだ。
22
お気に入りに追加
603
あなたにおすすめの小説
再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです
星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。
2024年4月21日 公開
2024年4月21日 完結
☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。
身代わりお見合い婚~溺愛社長と子作りミッション~
及川 桜
恋愛
親友に頼まれて身代わりでお見合いしたら……
なんと相手は自社の社長!?
末端平社員だったので社長にバレなかったけれど、
なぜか一夜を共に過ごすことに!
いけないとは分かっているのに、どんどん社長に惹かれていって……
警察官は今日も宴会ではっちゃける
饕餮
恋愛
居酒屋に勤める私に降りかかった災難。普段はとても真面目なのに、酔うと変態になる警察官に絡まれることだった。
そんな彼に告白されて――。
居酒屋の店員と捜査一課の警察官の、とある日常を切り取った恋になるかも知れない(?)お話。
★下品な言葉が出てきます。苦手な方はご注意ください。
★この物語はフィクションです。実在の団体及び登場人物とは一切関係ありません。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています
朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。
颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。
結婚してみると超一方的な溺愛が始まり……
「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」
冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。
別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)
捨てる旦那あれば拾うホテル王あり~身籠もったら幸せが待っていました~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「僕は絶対に、君をものにしてみせる」
挙式と新婚旅行を兼ねて訪れたハワイ。
まさか、その地に降り立った途端、
「オレ、この人と結婚するから!」
と心変わりした旦那から捨てられるとは思わない。
ホテルも追い出されビーチで途方に暮れていたら、
親切な日本人男性が声をかけてくれた。
彼は私の事情を聞き、
私のハワイでの思い出を最高のものに変えてくれた。
最後の夜。
別れた彼との思い出はここに置いていきたくて彼に抱いてもらった。
日本に帰って心機一転、やっていくんだと思ったんだけど……。
ハワイの彼の子を身籠もりました。
初見李依(27)
寝具メーカー事務
頑張り屋の努力家
人に頼らず自分だけでなんとかしようとする癖がある
自分より人の幸せを願うような人
×
和家悠将(36)
ハイシェラントホテルグループ オーナー
押しが強くて俺様というより帝王
しかし気遣い上手で相手のことをよく考える
狙った獲物は逃がさない、ヤンデレ気味
身籠もったから愛されるのは、ありですか……?
嘘は溺愛のはじまり
海棠桔梗
恋愛
(3/31 番外編追加しました)
わけあって“無職・家無し”になった私は
なぜか超大手商社の秘書課で働くことになって
なぜかその会社のイケメン専務と同居することに……
更には、彼の偽の恋人に……!?
私は偽彼女のはずが、なんだか甘やかされ始めて。
……だけど、、、
仕事と家を無くした私(24歳)
Yuma WAKATSUKI
若月 結麻
×
御曹司で偽恋人な彼(32歳)
Ibuki SHINOMIYA
篠宮 伊吹
……だけど、
彼には、想う女性がいた……
この関係、一体どうなるの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる