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17 トラウマ
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その日から特訓が始まった。
学校が終わると、ルーファスと一緒に王宮に入る。
狩猟祭までおよそ一ヶ月。
それまでに魔法を使えるようになることはもちろん、魔法を使う貴族たちと対等に渡り合えるまでにならなければいけない。
そう考えると、一ヶ月で足りるのかと怖くなったりもするが、やるしかない。
特訓場所は人目につかない中庭の奥。
「殿下、はじめましょうか……」
「ジェレミー」
「え、あ、はい。そうでした。ルーファス、はじめよう」
「どうしたらいい?」
「意識を集中し、自分の中に流れる魔力のうねりを感じ取る」
それは魔導書に洗脳され、暴走したルーファスを倒す為、クリスが己の中にある力を覚醒する時のシーンにあった台詞。
「自分の中の魔力……」
ルーファスは深呼吸を繰り返し、目を閉じる。
どれだけそうしていただろうか。
(さすがはすごい集中力だ)
不意にルーファスは口元を押さえ、しゃがみこんだ。
ジェレミーは慌てて寄り添い、背中をさする。
「大丈夫!?」
「……す、すまない」
「どうしたの?」
ルーファスは小さくえづきをこぼす。額は脂汗でじっとりと濡れていた。
体も小刻みに震えていた。
(体調が悪い? でも今の今まで普通だったのに)
「も……もう大丈夫だ。続けよう」
そういうルーファスの顔色は青白い。
「でも無理は」
「狩猟祭まで時間がない。魔法が使えなくては話にならない」
ルーファスはまた目を閉じて意識を集中する。しかしやっぱり途中でその顔が歪み、さっきのようにしゃがみこんでしまう。
「やっぱり今日はもうこれで終わりにしよう」
「だが」
「そんな状態で無理しても、うまくいかないからっ」
「……すまない。せっかく時間を割いてくれたのに」
「いいよ。別に。急いだってうまくいくわけじゃない」
その日は練習を打ち切り、王宮を後にした。
(ルーファス、様子がおかしかった)
ジェレミーは屋敷に戻ると、日記を見てみることにした。
そこにも魔法の訓練の最中のルーファスは出てくる。十二歳の頃のことだ。
文字を追っていると、とある場所で目が留まった。
『最近、ルー君はいつも傷だらけになっていた。大丈夫?と聞いても何でもない、見た目ほどひどい傷じゃないと笑った。でもどうして治してもらわないんだろう。王宮には回復魔法が使える人がいるんだから。心配。』
(傷だらけ……)
ルーファスは昨日のことを思い出す。
国王が実績のある一流の教師を呼ぼうと提案したところ、ルーファスは拒否した。その時はジェレミーのほうが気安くていいからだと思っていたが、それだけが理由ではなかったとしたら?
傷ならば回復魔法を使えばすぐに治療できる。でも傷ができた理由を聞かれるはず。
それが教師によるもので、それも自分がいつまでも魔法を使えないがゆえにつけられた傷だとしたら、ルーファスが怪我の治療をして欲しいなどと言うだろうか。
一流の教師陣の期待に応えられない自分が悪いと、治療をして欲しいとは言わないだろう。
当時からルーファスは一刻も早く魔法を使いたいと望み、そのためには一流の教師の存在は絶対に欠かせないと分かっていたはず。
(とんでもないトラウマを植え付けられたんだ……)
※
翌日、学校に登校したジェレミーは昼休み、ルーファスと話そうと教室を覗くが、彼の姿はなかった。
「ルーファスなら、いないぞ」
ラインハルトに声をかけられた。
「今どちらにいらっしゃるか分かりますか?」
「今日は休んでる」
「え!?」
「なんだ。あいつ、お前に何も言ってなかったのか」
ラインハルトは少し驚いた風に言った。
「え、ええ。まあ……」
「ま、そういうことだ」
「ありがとうございます」
頭を下げ、自分教室に戻る。
昨日の今日だ。どうしたって関連づけてしまう。
ジェレミーは学校が終わるとすぐに王宮へ向かった。
(……来てはみたものの、どうやって中に入ろう)
厳重な守りを前に途方にくれてしまう。
これまではルーファスと一緒に馬車に乗ったり、ルーファスの使いと一緒だったから難なく門を越えられたが、本来であればしがない男爵家の次男坊なんて王宮へ出入りできるような立場にはない。
王宮はこの国の中心地。コンビニ感覚で出入りできるような場所でもない。
明日、無事に登校してくるかもしれない。でも違ったら?
昨日の青白い顔のルーファスのことが頭から離れない。
ルーファスが心配だ。せめて一目会いたい。
(どうしたら……)
「……ジェレミー殿?」
声のしたほうを見ると、それは以前の視察で同行してくれた騎士団員の一人だった。
「あ、その説はお世話になりました」
いえいえ、と騎士団員は笑う。
「門前をうろついている不審人物がいると知らせを聞いて駆けつけたんですが、あなたでしたか」
え、とジェレミーは変な声を出してしまう。動物園のクマのようにうろうろしていたジェレミーの姿はしっかり捕捉されていたらしい。
「す、すみません……。殿下がご病気で学校を休まれたと知って心配で来たんですけど、どうやって王宮に入ったらいいのか分からなくて。もし可能なら、殿下に取り次いでもらえませんか?」
「かしこまりました。では許可が下りるまで騎士団の屯所で待機を」
取り次いでもらった結果、ルーファスの部屋まで通してもらった。
部屋の前まで案内してもらう。事前に指示があったのだろう。侍従は頭を下げて下がっていった。
「ルーファス……?」
ジェレミーが寝室に入ると、ルーファスはベッドで横になっていた。
眠ってはおらず、分厚い本を読んでいたようだ。
「わざわざ見舞いに来てくれたのか。悪かったな」
「いいんだ」
「明日からはすぐに入れるよう門番たちに通達をしておく」
ルーファスが横になるベッドのかたわらに椅子を置いて、腰かける。
「今日も横になってるなんて、回復魔法はきかなかったの?」
「……精神的なものだと言われた。外傷は治せても精神的なものは難しいらしい」
ルーファスは自嘲を漏らす。
「……子どもの頃、魔法を習っていた先生からひどいことをされてたことを思い出したんだね」
ルーファスがはっとしたように目を見開く。
「どうしてそれを」
「日記を読んでいて思い出したんだ。あの頃、ルーファスは全身に傷を作っていたから……もしかしたらって」
ルーファスは気まずそうに目を反らした。
「そうか……」
「一言いってくれれば」
「言えるはずがないだろう。お前が知る私は体の大きな相手にも怯まない勇敢な男だった。それが裏ではよぼよぼの爺さんに魔法も使えないのかと罵倒され鞭打たれ、痛みで眠れず、泣いていたなんて口が裂けても言えない。お前にだけは失望されたくなかったんだ」
「失望なんてするはずない」
ジェレミーは、ルーファスの手を握る。一瞬はっとした顔をしたルーファスだったが、すぐに手を握り返してくれた。
「生意気なやつ。守る役目は私の務めだ」
笑ってくれて安心する。笑えるのなら大丈夫。
「何を読んでいたの?」
「魔法の専門書だ。何かヒントがあるかもしれないと思って」
「魔法はイメージが大事だってことを思い出したんだ」
「イメージ?」
「呪文はそのイメージを補強するためのもの。王家の魔法ってたしか火魔法だよね」
「そのはずだ」
「イメージする練習なら、ベッドで横になりながらでも、できるよね」
「分かった。試してみる」
「……じゃあ、僕は行く。また明日」
「送る」
ベッドから出ようとするルーファスを、ジェレミー慌てて止めた。
「ルーファスはしっかり休んで。僕なら大丈夫だから。また明日」
「……分かった。気を付けろ」
「子どもじゃないんだから」
「そうだな」
ルーファスに呼ばれた侍従に案内され門へと向かう途中、「おい」と声をかけられた。 そんな乱暴に人を呼び止めるような輩に、ジェレミーは一人しか心当たりはない。
案の定、王太子だ。取り巻きは珍しくいない。
「王太子殿下」
形ばかりの敬意を払う。
「無駄なことに時間を費やしてるみたいだな。謝ったらなかったことにしてやるよ。もちろん土下座、だけどな」
「……どういうことですか?」
「どうせ、あの場で売り言葉に買い言葉だったんだろ。あいつには賤しい血が流れてる。そんな奴に魔法が使える訳がない。やるだけ時間の無駄……っていうことだ」
「第二王子殿下は魔法を使えます。あなたよりもずっとうまく」
「ハッ、ずいぶん大きくでたな。できなかったらどうするつもりだ?」
「あなたの言うことを何でも聞きますよ」
「面白い。その言葉、忘れるな」
「忘れません。殿下こそ、もし魔法が使える……いいえ、狩猟大会で第二王子殿下が優勝したらどうされるつもりですか?」
「俺も、何でも言うことを聞いてやるよ」
「その言葉、忘れないでくださいね」
「俺は王太子、未来の王だぞ! 忘れるものか!」
レイヴンは満足そうに去って行った。
(本当に人を不快にさせる天才だよな)
ますます負けられなくなった。
学校が終わると、ルーファスと一緒に王宮に入る。
狩猟祭までおよそ一ヶ月。
それまでに魔法を使えるようになることはもちろん、魔法を使う貴族たちと対等に渡り合えるまでにならなければいけない。
そう考えると、一ヶ月で足りるのかと怖くなったりもするが、やるしかない。
特訓場所は人目につかない中庭の奥。
「殿下、はじめましょうか……」
「ジェレミー」
「え、あ、はい。そうでした。ルーファス、はじめよう」
「どうしたらいい?」
「意識を集中し、自分の中に流れる魔力のうねりを感じ取る」
それは魔導書に洗脳され、暴走したルーファスを倒す為、クリスが己の中にある力を覚醒する時のシーンにあった台詞。
「自分の中の魔力……」
ルーファスは深呼吸を繰り返し、目を閉じる。
どれだけそうしていただろうか。
(さすがはすごい集中力だ)
不意にルーファスは口元を押さえ、しゃがみこんだ。
ジェレミーは慌てて寄り添い、背中をさする。
「大丈夫!?」
「……す、すまない」
「どうしたの?」
ルーファスは小さくえづきをこぼす。額は脂汗でじっとりと濡れていた。
体も小刻みに震えていた。
(体調が悪い? でも今の今まで普通だったのに)
「も……もう大丈夫だ。続けよう」
そういうルーファスの顔色は青白い。
「でも無理は」
「狩猟祭まで時間がない。魔法が使えなくては話にならない」
ルーファスはまた目を閉じて意識を集中する。しかしやっぱり途中でその顔が歪み、さっきのようにしゃがみこんでしまう。
「やっぱり今日はもうこれで終わりにしよう」
「だが」
「そんな状態で無理しても、うまくいかないからっ」
「……すまない。せっかく時間を割いてくれたのに」
「いいよ。別に。急いだってうまくいくわけじゃない」
その日は練習を打ち切り、王宮を後にした。
(ルーファス、様子がおかしかった)
ジェレミーは屋敷に戻ると、日記を見てみることにした。
そこにも魔法の訓練の最中のルーファスは出てくる。十二歳の頃のことだ。
文字を追っていると、とある場所で目が留まった。
『最近、ルー君はいつも傷だらけになっていた。大丈夫?と聞いても何でもない、見た目ほどひどい傷じゃないと笑った。でもどうして治してもらわないんだろう。王宮には回復魔法が使える人がいるんだから。心配。』
(傷だらけ……)
ルーファスは昨日のことを思い出す。
国王が実績のある一流の教師を呼ぼうと提案したところ、ルーファスは拒否した。その時はジェレミーのほうが気安くていいからだと思っていたが、それだけが理由ではなかったとしたら?
傷ならば回復魔法を使えばすぐに治療できる。でも傷ができた理由を聞かれるはず。
それが教師によるもので、それも自分がいつまでも魔法を使えないがゆえにつけられた傷だとしたら、ルーファスが怪我の治療をして欲しいなどと言うだろうか。
一流の教師陣の期待に応えられない自分が悪いと、治療をして欲しいとは言わないだろう。
当時からルーファスは一刻も早く魔法を使いたいと望み、そのためには一流の教師の存在は絶対に欠かせないと分かっていたはず。
(とんでもないトラウマを植え付けられたんだ……)
※
翌日、学校に登校したジェレミーは昼休み、ルーファスと話そうと教室を覗くが、彼の姿はなかった。
「ルーファスなら、いないぞ」
ラインハルトに声をかけられた。
「今どちらにいらっしゃるか分かりますか?」
「今日は休んでる」
「え!?」
「なんだ。あいつ、お前に何も言ってなかったのか」
ラインハルトは少し驚いた風に言った。
「え、ええ。まあ……」
「ま、そういうことだ」
「ありがとうございます」
頭を下げ、自分教室に戻る。
昨日の今日だ。どうしたって関連づけてしまう。
ジェレミーは学校が終わるとすぐに王宮へ向かった。
(……来てはみたものの、どうやって中に入ろう)
厳重な守りを前に途方にくれてしまう。
これまではルーファスと一緒に馬車に乗ったり、ルーファスの使いと一緒だったから難なく門を越えられたが、本来であればしがない男爵家の次男坊なんて王宮へ出入りできるような立場にはない。
王宮はこの国の中心地。コンビニ感覚で出入りできるような場所でもない。
明日、無事に登校してくるかもしれない。でも違ったら?
昨日の青白い顔のルーファスのことが頭から離れない。
ルーファスが心配だ。せめて一目会いたい。
(どうしたら……)
「……ジェレミー殿?」
声のしたほうを見ると、それは以前の視察で同行してくれた騎士団員の一人だった。
「あ、その説はお世話になりました」
いえいえ、と騎士団員は笑う。
「門前をうろついている不審人物がいると知らせを聞いて駆けつけたんですが、あなたでしたか」
え、とジェレミーは変な声を出してしまう。動物園のクマのようにうろうろしていたジェレミーの姿はしっかり捕捉されていたらしい。
「す、すみません……。殿下がご病気で学校を休まれたと知って心配で来たんですけど、どうやって王宮に入ったらいいのか分からなくて。もし可能なら、殿下に取り次いでもらえませんか?」
「かしこまりました。では許可が下りるまで騎士団の屯所で待機を」
取り次いでもらった結果、ルーファスの部屋まで通してもらった。
部屋の前まで案内してもらう。事前に指示があったのだろう。侍従は頭を下げて下がっていった。
「ルーファス……?」
ジェレミーが寝室に入ると、ルーファスはベッドで横になっていた。
眠ってはおらず、分厚い本を読んでいたようだ。
「わざわざ見舞いに来てくれたのか。悪かったな」
「いいんだ」
「明日からはすぐに入れるよう門番たちに通達をしておく」
ルーファスが横になるベッドのかたわらに椅子を置いて、腰かける。
「今日も横になってるなんて、回復魔法はきかなかったの?」
「……精神的なものだと言われた。外傷は治せても精神的なものは難しいらしい」
ルーファスは自嘲を漏らす。
「……子どもの頃、魔法を習っていた先生からひどいことをされてたことを思い出したんだね」
ルーファスがはっとしたように目を見開く。
「どうしてそれを」
「日記を読んでいて思い出したんだ。あの頃、ルーファスは全身に傷を作っていたから……もしかしたらって」
ルーファスは気まずそうに目を反らした。
「そうか……」
「一言いってくれれば」
「言えるはずがないだろう。お前が知る私は体の大きな相手にも怯まない勇敢な男だった。それが裏ではよぼよぼの爺さんに魔法も使えないのかと罵倒され鞭打たれ、痛みで眠れず、泣いていたなんて口が裂けても言えない。お前にだけは失望されたくなかったんだ」
「失望なんてするはずない」
ジェレミーは、ルーファスの手を握る。一瞬はっとした顔をしたルーファスだったが、すぐに手を握り返してくれた。
「生意気なやつ。守る役目は私の務めだ」
笑ってくれて安心する。笑えるのなら大丈夫。
「何を読んでいたの?」
「魔法の専門書だ。何かヒントがあるかもしれないと思って」
「魔法はイメージが大事だってことを思い出したんだ」
「イメージ?」
「呪文はそのイメージを補強するためのもの。王家の魔法ってたしか火魔法だよね」
「そのはずだ」
「イメージする練習なら、ベッドで横になりながらでも、できるよね」
「分かった。試してみる」
「……じゃあ、僕は行く。また明日」
「送る」
ベッドから出ようとするルーファスを、ジェレミー慌てて止めた。
「ルーファスはしっかり休んで。僕なら大丈夫だから。また明日」
「……分かった。気を付けろ」
「子どもじゃないんだから」
「そうだな」
ルーファスに呼ばれた侍従に案内され門へと向かう途中、「おい」と声をかけられた。 そんな乱暴に人を呼び止めるような輩に、ジェレミーは一人しか心当たりはない。
案の定、王太子だ。取り巻きは珍しくいない。
「王太子殿下」
形ばかりの敬意を払う。
「無駄なことに時間を費やしてるみたいだな。謝ったらなかったことにしてやるよ。もちろん土下座、だけどな」
「……どういうことですか?」
「どうせ、あの場で売り言葉に買い言葉だったんだろ。あいつには賤しい血が流れてる。そんな奴に魔法が使える訳がない。やるだけ時間の無駄……っていうことだ」
「第二王子殿下は魔法を使えます。あなたよりもずっとうまく」
「ハッ、ずいぶん大きくでたな。できなかったらどうするつもりだ?」
「あなたの言うことを何でも聞きますよ」
「面白い。その言葉、忘れるな」
「忘れません。殿下こそ、もし魔法が使える……いいえ、狩猟大会で第二王子殿下が優勝したらどうされるつもりですか?」
「俺も、何でも言うことを聞いてやるよ」
「その言葉、忘れないでくださいね」
「俺は王太子、未来の王だぞ! 忘れるものか!」
レイヴンは満足そうに去って行った。
(本当に人を不快にさせる天才だよな)
ますます負けられなくなった。
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