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16 魔法の素養

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「何を考えているっ。あんな勝手なことを!」

 部屋に戻るなり、ルーファスは声を荒げた。こんな取り乱した彼を見るのは、初めてかもしれない。
 一方、ジュレミーは落ち着いている。

「あ、あんな大勢の前で……もう取り返しがつかないのだぞ……」

 ルーファスは両手で顔を覆い、諦念の滲んだうめき声をこぼす。

「私が、魔法を使うための努力を怠ってきたとでも思っているのか……? これまでのこととは全然違う。私が少し態度を改めれば魔法が使えるとでも? そんなわけがない。私は……」

 日記の中にもルーファスが魔法を使えないことに思い悩んでいることは書かれていた。
 魔法が使えないということは、母親の身分の低さと並んで、第二王子を貶めるための方便としてさんざん使われてきた。
 しかし転生したことを思い出した今となっては、魔法が使えないことには違和感しかなかった。

 ルーファスが魔法が使えない。そんなはずがないのだ。
 なぜなら、ルーファスが断罪される大きなきっかけとして、禁断の魔導書に手を出すというものがあるから。
 そこにはすでに滅んだと言われる闇魔法が封じられていた。
 心の隙につけ込まれたルーファスはこの魔導書に魅入られ、洗脳されてしまう。
 ルーファスは闇魔法で恋敵であるラインハルトはもちろん、自分を蔑み、虐げてきた貴族社会全てに復讐を企てる。

 闇魔法に打ち勝てるのは、同じく滅びたと言われる光魔法のみ。
 このまま世界が滅んでしまうのかと思われたその時、クリスの中に眠っていた力が目覚める。
 彼はただの孤児ではなかった。天才と呼ばれながら、政争に巻き込まれて命を落とした王宮魔導士を両親に持ち、彼の中には光魔法が宿っていたのだ。
 それがルーファスが闇魔法を使ったことで目覚め、世界は救われる。
 いく魔導書があっても、そもそも魔力のない人間が魔法なんてつかえるはずがない。
 魔法で十重二十重に、厳重に封印された魔導書を見つけることもできるはずがない。

 つまり、ルーファスは魔法が使えるはずなのだ。
 何が悪かったのかは分からないが。

「殿下は絶対に魔法が使えます」
「なぜ分かるっ」
「あなたは誰よりも立派な王族ですから!」
「な、何を言って……。魔法を使える使えないのと、立派かどうかは関係ないだろう」
「僕がしっかりおそばで支えます。あなたを想う、友の一人として」
「……ジェレミー」
「ですから、もう一度だけ、魔法と向き合ってもらえませんかっ!?」

 彼のかすかに潤んだ美しい瞳を見つめる。
 ルーファスの顔が苦いものを含んだように引き攣る。それは怯えと恐怖。
 どれだけ努力を積み上げてもそれが呆気なく無に帰すことを知っているがゆえの、ためらい。
 残酷な提案をしている自覚はあった。
 本当のジェレミーであればこんなことを決してしなかっただろう。

(今の殿下なら……)

 原作から大きくかけ離れた今のルーファスだからこそ、乗り越えることができるはずだと、ジェレミーは確信していた。
 翼のない、飛びたいという意思のない生き物に空を飛ばせようとするわけじゃない。
 飛ぶための翼も、飛びたいという意思も、ルーファスにはある。
 ルーファスは下唇を噛みしめ、視線を虚空へさまよわせ、ぽつりとこぼす。

「……そうだな。私には父上の血が流れている、王族だ。今なら子どもの時とは違い、できることもあるかもしれない。それに、お前もいてくれる……のだろう?」
「当然です」
「なら……」
「殿下! ありがとうございます!」
「ただし、一つ条件がある」
「何ですか?」
「二人きりの時だけでも『殿下』はなしだ」
「…………る、ルー君、と呼べと仰るのですか?」

 ルーファスは頬を赤らめると同時に、照れ隠しに目を反らす。

「! さすがにそう呼ばれるほど、もう子どもではない……………いや、私としてはそれでも……」

 後半は何を言っているのかはよく聞き取れなかった。

「殿下?」

 ルーファスは咳払いをすると、その瞳に強い光を見せる。

「二人きりの時は、呼び捨てで構わない。言葉遣いも砕けたもので。友だというのなら、相応の態度で接してくれ。それならば、もう一度、恥を忍んで魔法を学ぼう。たとえどんな結果がでようともお前を恨んだりしない。私は私の意思で魔法と向き合うことを決めたのだからな」
「分かった。る……ルーファス」

 ルーファスは形のいい唇をふっと緩めた。

「お前も、要練習だな」
「……だね」

 そこへ、国王が部屋へ入って来る。
 ジェレミーたちは慌てて片膝を追って、最敬礼で出迎えた。

「ジェレミー! さっきのあれはどういうことだ!」

 これまで優しい国王しか知らなかったから、眦を決し、語気の強い彼の姿の、首をすくめてしまう。

「陛下……」
「もう引っ込みがつかないんだぞ! こ、これでは……!」
「陛下。私はもう一度、魔法と向き合う覚悟を決めました」
「ルーファス。お前……」
「ですから、ジェレミーを叱らないでください。元を正せば、王太子殿下が出した話題でございます」
「それはそうかもしれないが……だが、あれは……」

 国王はしばし無言で、ルーファスと視線を交わす。国王にもルーファスの瞳にある強い光が伝わったはず。

「ジェレミー。許せ。取り乱してしまった。余は冷静でなかったようだ」
「いいえ。私こそ身勝手なことを口にして……」

 国王は自分を落ち着かせようとするかのように、その場で大きく深呼吸をする。

「一流の教師を派遣する」
「必要ありません。ジェレミーに教わります」
「だがちゃんと実績のある者に教わったほうが」
「子どもの頃、それでうまくいかなかったのをお忘れですか?」

 ルーファスはやや表情を硬くしながら告げると、国王は「……分かった」と頷く。

「だが困った時はいつでも相談するように。余は国王である前に、父なのだから」
「ありがとうございます」

 国王が出ていくと、小さく息を吐き、ルーファスは立ち上がった。

「明日から、よろしく頼む。先生」

 ルーファスは冗談めかして笑った。
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