悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです

魚谷

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15 宣戦布告

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 夜会当日、男爵家に王家からの遣いが派遣されたのは、正午。
 夜会に向けてジェレミーの服などは全て揃えてあるというルーファスからの伝言を携えていた。何も聞いていなかったジェレミーは驚きながらも、馬車で王宮へ向かった。
 王宮へ到着すると、すぐにルーファスの私室へ通された。

「来たか。伝言は受け取っただろうが、服は用意してある。まだ時間はあるが、念の為に袖を通してサイズを確認しておけ。もし大きかったり小さかったりしたら、すぐに修繕させる
「分かりました」

 用意された白に金の飾りのついた豪華な服装を前に目を瞠った。

「これを着るんですか?」
「そうだ。私と揃いだ」
「さすがに豪華すぎて、僕では釣り合いが取れないと思うんですけど!?」

 服に着られる、というのはまさにこのことだ。ジェレミーが着るには格式が高すぎる。

「今日の夜会の主役だ。服装に統一感があったほうがいいと思って用意させた。いいから着てみろ。着る前から文句を言うな」

 そう言われれば、着ないわけにもいかない。ジェレミーは侍従に手伝ってもらい、袖を通す。サイズはまるで計ったようにピッタリ。

「……どうですか?」

 ルーファスは満足そうに頷く。

「よく似合ってる」
「本当ですか? どうせ夜会に出れば似合ってないのはすぐに分かるんですから、下手なお世辞は……」
「本当だ。それとも私がわざと似合わない服を着させていると言うのか?」
「そんなことはありませんけど」
「世辞ではないから、褒め言葉は素直に受け取っておけ。私のも見てくれ」

 ルーファスも着替える。

「どうだ?」
「本当に同じ服ですか!? ぜんぜん違って見えるんですけど……」

 溢れんばかりの高貴さと、服の豪華さが最高にマッチしている。
 白馬に跨がれば、王都中の人間を虜にできる白馬の王子様のできあがり。

「……今からでも別の服装に替えられませんか? 絶対、招待客に馬鹿にされます」
「駄目だ。もしお前を馬鹿にするやつがいたら、私が許さないから安心しろ」
「それは安心していいのでしょうか……?」
「当然だ。時間までお茶でも飲もう」

 すぐに侍従がティーセットを運んで来る。侍従も下がらせ、二人でお茶を楽しむ。

「王太子殿下とはどうですか? 図らずも、取り巻きの一人の逮捕をさせる結果になったわけですけど」
「当然、擦れ違うたびに睨まれるが、後ろ暗いことはないのだから堂々としている。向こうも睨むだけで、何もしてこない」
「……けど心配です」

 作中とはだいぶ状況が変わっている。
 作中ではルーファスは悪役王子、敵として登場し、断罪される。
 王太子の地位は揺るぎなく、クリスとラインハルトの将来は希望で満ちあふれている、という形で終わっているのだから。
 でも今のルーファスは王太子と比較してもまったく遜色がないどころか、見目の良さともあいまって、どちらが王太子か分からないという状況だ。

「私なら大丈夫だ。それより私が心配なのは、お前のほうだ」
「僕? 何を心配することが」
「相手は王太子。男爵家に手を出そう思えば、やりようはいくらでもある。男爵家には私兵はいないだろう」
「まあ……」
「騎士団の一部を派遣する」
「いりませんし、いくら殿下でも騎士団をどうこうはできないでしょう」
「そこは今回の褒賞で……」
「そんなことをしたら、殿下が王族の権利を私用した、また元のわがままな第二王子に戻ったって口さがない貴族たちに言われます」
「私はなんと言われても構わない」
「僕は構います」

 思わず力が入った。ルーファスにもそれが伝わったのか、驚いた顔をされてしまう。

「あ、すいません……。つい昂奮して」

(なにをムキになってるんだよ、恥ずかしい)

「……殿下が中傷されるのは嫌なんです。殿下はご自分を変えられたんですから。足を引っ張るような真似をしたくはありません」

 ルーファスは小さく溜息をこぼす。ジェレミーの頑固さにあきれているのだろう。

「分かった。でも何か異変を察知したら言ってくれ。いいな?」
「はい」

 そうして時間を潰していると、そろそろ準備をする時間となり、あらためて夜会服に着替える。
 そんな彼の胸元には、あの首飾りがきらめく。
 改めてもやっぱりルーファスの色白の肌によく金と銀の細工が似合うと思う。

「襟が折れている。後ろを向け」
「あ、はい」
「細かいところもしっかり見ないとな」

 このやりとり、まるで夫婦みたいだなと思いかけ、慌てて頭の中の邪念を排除する。
 侍従が現れ、彼の先導で部屋を出る。
 向かうのは夜会の会場でもある大広間。
 王宮に仕える使用人も礼服姿で、今日が特別な日であることを意識した。
 近衛騎士の最敬礼を受け、彼らが会場に続く扉を開けた。
 会場には、紳士淑女の貴族たちだけでなく、国王、皇后、レイヴンがいた。
 今宵の夜会の主役であるルーファスとジェレミーが一番最後の登場、というわけだ。

「行くぞ」

 がちがちに緊張して動けないでいるジェレミーの背中を、ルーファスは優しく押してくれる。
 万雷の拍手を受け、会場を進み、国王たちに深々と頭を下げる。
 国王が立ち上がると、シャンパンの入ったグラスを手にする。
 ルーファスとジェレミーにも同じシャンパンが配られる。

「皆、国を支えてくれる若き獅子たちの功績を今宵、たたえよう! ――乾杯!」

 国王の音頭で、貴族たちがグラスを一斉に掲げ、王立楽団による演奏が行われる。

「……今ので終わりですか?」
「いいや、これからだ。踏ん張れよ」

 次々と貴族たちが押しかけ、家名を名乗り、親しげに話しかけてくる。
 どの人たちも、しがない男爵家の次男の立場ではとても会えないような高位貴族の当主たち。今度の視察の件を話してくれと、せがまれた。
 レイヴンは玉座から離れ、取り巻きたちと話している。

 ひとまずジェレミーたちと話をしたがる貴族たちの波が切れると、「クリスたちのところへ行こう」とルーファスに袖を引かれた。
 クリスの正装姿は前回の誕生日会の時見ているが、ラインハルトは初めてだ。
 髪を撫でつけた彼は、精悍さが強調されて見える。

「先輩たち、すっかり人気者ですね」
「人気者っていうか……まあ、物珍しいだけだけどね」

 ジェレミーは苦笑する。

「存分に楽しんでくれ」

 二人の親密な空気を察したルーファスに腕を掴まれ、その場を後にする。
 適当に時間を潰していると、夜会もいよいよ終わりの時刻を迎えた。
 国王の挨拶で閉会という段になって、「父上。私から一つ、よろしいでしょうか?」とレイヴンが声を上げる。

「レイヴン、いかがしたのだ?」

 予定になかったのだろう。国王は訝しげな顔で王太子を見る。

「今度、開かれます狩猟祭ですが、第二王子にも参加させるのはいかがでしょうか」

 狩猟祭というのは、狩猟の女神への感謝を捧げるため、腕に自信のある貴族や王族が競い合うという王国の行事の一つ。
 限られたフィールドで狩りをすると同時に、その狩りで得た獲物を奪い合うために戦うのだ。
 しかし動物の狩りだけならばともかく、獲物を奪い合う際には魔法が使われる。

「レイヴン。戯れ言がすぎるぞ」

 国王は眉をひそめる。

「なぜですか、父上……あぁ……これは失念しておりました。ルーファスは魔法が使えませんでしたね」

 その意地の悪すぎる冗談に、その場の貴族たちは笑うこともできず、気まずげな顔をする。

「王太子、酔いすぎではないのか」

 国王が気色ばむが、レイヴンは変わらず不敵な笑みを絶やさない。

「いいえ。私は素面です。ルーファス、お前が魔法が使えぬことを失念していた。許せ」
「……いえ」

 ルーファスは目を伏せる。グラスを握る手に力がこもり、全身が小刻みに震えていた。

(殿下……)

 国王は玉座より立ち上がる。

「王太子がいらぬことを言った。忘れてくれ。今宵は来てくれて嬉しく……」
「――できます」

 しんっと静まり返った宴の席上に、ジェレミーの声が大きく響く。
 すぐ隣で俯いていたルーファスが弾かれるように顔を上げ、悠々と玉座に戻ろうとしていたレイヴンが眉間にしわを刻み、睨み付けてきた。
 国王をはじめとする列席者全員の視線が、ジェレミーに集まる。

「殿下も十分、参加できます」
「狩猟祭までに魔法が使えるようになるとでもいうのか?」

 レイヴンが挑発的な声をかけてきた。

「そうです」

 場がどよめく。

「おい、ジェレミー」

 ルーファスがジェレミーを黙らせようと、腕を強く掴んでくる。指が食い込み、痛いくらいだ。
 しかしジェレミーは無視した。

「それは面白い! 今年は面白くなりそうだ! 今の言葉、忘れるなよ!」

 レイヴンはますます笑みを大きくした。
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