悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです

魚谷

文字の大きさ
上 下
14 / 22

14 日記

しおりを挟む
 帰宅すると、すでに夜会の招待状が届いているらしく、屋敷は大騒ぎになっていた。
 ジェレミーはすぐに、父に呼ばれて書斎へ。
 部屋に入るなり、昂奮した父に抱きしめられた。

「これは我が家はじまって以来の名誉だぞ! 陛下主催の夜会の主役がお前だなんて!」
「僕はただ一緒にいただけですから。本当の主役は殿下で……」
「そんなことはどうでもいい! 形式上だろうがなんだろうが、お前の晴れ舞台には他ならない! あっはっはっは! めでたいぞ、めでたい!」
「父上、つかぬことをお伺いしますが」
「ん? どうした?」
「僕が殿下と知り合ったのはいつだったか、覚えていますか?」

 父は呆れた風な顔をする。

「しっかりしろ。お前が十歳のときだ。他家のパーティーに出かけた時、第二王子殿下もそこにいらっしゃったんだ」
「そうなんですね」
「まさか殿下に聞かれて、忘れただなんて、答えた訳じゃないよな!?」

 喜んでいたと思ったら、すぐに不安な顔になる。忙しい人だな。

「大丈夫です。ただ確認をしたかっただけですので」
「それならいいが……いいか、何が逆鱗に触れるか分からない。言葉にはせいぜい気を付けろ。今の関係を壊されでもしたら……」

 ちょっと前までルーファスを毛嫌いしていた人の言葉とは思えない。
 そもそもルーファスが心の狭い人間であったら、誕生日の招待状を出さなかっただけでとっくに男爵家なんて木っ端微塵に吹き飛んでいる。
 ジェレミーは書斎から部屋に戻る最中、思い出す。

 そう、たしかジェレミーは日記をつけていたはず。
 原作単行本の巻末のおあそびコーナーで、デフォルメされたルーファスとジェレミーの会話で「偉大なこの私に仕えられるんだ。お前のつまらない日記が毎日、素晴らしい事柄で埋め尽くされるだろう」とめちゃくちゃ上から目線で言われていた。
 あれは厳密に言うと本編ではないから日記が本当に存在するのかは分からないが、設定として存在しているのならば、この世界にも反映されているかもしれない。
 部屋に戻ったルーファスは本棚や引き出しを見て回った。

(見つけた!)

 書棚の一部に隠しスペースがあり、そこに緑色の背表紙の本が何冊も収められていた。

(悪い、ジェレミー。でもこれも今後のためだから!)

 日記は、文字の練習がてら家庭教師から提案されたから書いてみることにしたようだ。

(それでこれだけ続けられるなんて、ジェレミーってすごい)

 日記の内容そのものは大したものではない。
 その日の天気と何かあればそれについて。何もなければ『特になし』。
 何かあっても一、二行程度の短い文章でまとめられている。
 でもある箇所だけ、見開き二ページを使って書かれていた。それが父の言っていた、ルーファスとはじめて出会った日のこと。

【知らない人と話すのが嫌で僕は父上の目を盗んで人気のないほうへ歩いて行った。そこできれいな子に出会った。ルーファス君と言う人で、すごくえらそう。嫌な人だなって思ったけど、僕がいなくなろうとしたら服をつかんで離してくれなかった。さびしがり屋な子だって分かった。話してみると、ぼくと一緒で本が大好きだった。父上に言われてさがしにきた兄上がぼくにひどいことをしようとすると、ルーファス君は木の棒で兄上をぶんなぐった! 何度も何度も。兄上のほうが体も大きいし力だって強いはずなのに、ルーファス君は身軽さで兄上の攻撃を避けて、また殴った。兄上は泣き出した。ルーファス君は兄上に、またぼくにひどいことをしようとしたら、もっとひどいめにあわせてやる、僕は王族なんだ、と叫んだ。兄上は見たことがないくらい情けない顔をして逃げていった。ルーファス君はぼくを見ると、『お前は今日から僕のと……とりまききだから!』と言われた。取り巻きがなんのことか分からなかったから、家に帰ってメイドに聞いたら、家来みたいなものだって言われた。僕はあの子の家来になるのか。でも王族は僕より偉い人だからおかしくはないのかな】

(だから、バルセットはルーファスをあんなに怖がっていたのか)

 ジェレミーがルーファスと一緒にいる理由も分かった。
 ルーファスは、孤独な自分のそばにいてくれたジェレミーに対して特別な想いを抱いたのだ。
 その後も日記にはルーファスのことはたびたび出て来た。
 内容は詳細に書き込まれ、ジェレミーも一緒にいることを楽しんでいるのが文章から伝わった。
 二人の関係性も取り巻きとは言いながらも、ジェレミーはルーファスのことを『ルー君』(どうやら亡き母親が、ルーファスをそう呼んでいたらしい)、ルーファスはジェレミーを呼び捨てにする気安い関係だったみたいだった。

 王族だぞと威張りながらもルーファスは、父親の目を盗んで体の小さなジェレミーがバルセットにいじめられたりすると必ず守ってあげていた。
 素直になれないけれど、ジェレミーを大切に想っているのが伝わるルーファスの姿に、口元が緩んだ。
 二人の関係が徐々に変化していったのは、ジェレミーが成長し、ルーファスのことを『殿下』と呼び、王族として接するようになってからだ。
 それまでは王族と認識していても、二人の関係は友人そのものだったのに。
 最初、殿下と呼ぶようになってもルーファスは抵抗して、『やめろ、前の呼び方に戻せ』と言っていたようだったが、ジェレミーはそれは出来ないと変えようとしなかった。
 二人の関係はそれから本当に主従へと変わっていき、気安さはなくなった。

(いきなり壁を作られたみたいで、ルーファスは寂しかったんだな)

 だからといって、ジェレミーに無茶苦茶な命令を下していいことにはならないけど。
 ジェレミーはルーファスが悪役王子化していっても、離れようとはしなかった。
 日記には親からルーファスと関わるなと言われたことに対して抗ったことがたびたび出て来た。あの大人しいジェレミーが親に逆らうなんて、ルーファスのことくらいだ。
 ジェレミーはジェレミーで王族と貴族という関係性は壊さないようにしながらも、ルーファスと一緒にいると、自分の意思で選んでいたのだ。

(ジェレミーとルーファスの関係、マジで尊いな……)

 とはいえ貴族だからこそ逆らえぬ秩序の前に、二人の関係は歪になっていった。
 視察先で、ルーファスが堅苦しい話し方を嫌がったのは、昔のような関係を懐かしんでのことだったのだろう。
 ジェレミーは日記を棚に戻す。
 日記からは、ジェレミーにとってルーファスがどれほど大切な人であるかが痛いほど伝わって来た。
 それは今のジェレミーにとっても同じだ。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!

冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。 「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」 前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて…… 演技チャラ男攻め×美人人間不信受け ※最終的にはハッピーエンドです ※何かしら地雷のある方にはお勧めしません ※ムーンライトノベルズにも投稿しています

公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。 8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。 序盤はBL要素薄め。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました!

処理中です...