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12 散策

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 二日後、王都から派遣された兵士たちに伯爵たちを引き渡した。
 ジェレミーは、一息ついてルーファスの部屋で二人でお茶をしていた。
 今日も今日とてもカラッとして気持ちのいい晴天である。

「無事に代官は王都へ送りました潮、ひとまずこれで完了ですね。あとは、自白を待ちましょう」
「…………」
「殿下?」

 ぼうっとしているルーファスの肩に手をおくと、我に返ったみたいにはっとした。

「な、何だ?」
「これでひとまずは完了ですね、と」
「あ、ああ……。そうだな」
「まだ気にされているんですか。あれだけの人数だったんです。殿下たちのほうが数の上で劣っていたんですから、仕方ありません」
「そのこともそうなのだが……。我ながら功を逸り、騎士たちに無茶をさせてしまったと思ってな。軽はずみな行動は控えるべきだった」

 ルーファスはもしかしたら、自分の悪評を払拭したくて焦っていたのかもしれない。
 しかしルーファスの胸中を考えると、やむをえないとも思える。

「こちらに怪我人は出ませんでしたし、あそこで殿下が動いていなければ、あの男はきっと証拠隠滅に動いていたはずです」
「ジェレミー……お前の言葉に甘えてしまいそうだ」

 ルーファスが力なく微笑む。

「僕で良ければ、いくらでも好きなだけ甘えてくださいっ」
「お前は、優しいな」
「これくらい当然ですよ」

 ルーファスすでにジェレミーの命運を握る悪役王子ではない。
 それでも彼のために何かをしたいと思う気持ちはなくなることがなかった。
 彼の境遇への同情か、憐れみか、それとも忠誠心か……。

(いや、そういうマイナスだったり、格好いい感じじゃなくて……)

 友、と呼んでくれた彼の気持ちを裏切りたくないという情のため、かもしれない。

「殿下、王都へ戻るのは明日ですよね。今日は気分転換に街へ繰り出しませんか? 王都から来た役人の方が必要な事務仕事をやってくださると言っておられますし」
「気分転換、か」
「温泉、殿下も楽しまれてましたよね。気分転換は大切ですよ。特にあれだけの大仕事を終えたあとは」
「そうだな」

 ルーファスが笑顔を見せてくれると、ほっとする。

「じゃあ、行きましょう」

 ジェレミーはルーファスの右手を握ると、ぐいぐいと引っ張るように歩き出した。

「そんな風に焦らなくても街は逃げないぞ」

 ルーファスが慌てた声を漏らす。

「時間は有限ですからね。それに、今なら護衛の騎士に気付かれず、外出できます。何かあれば僕が守りますから、大船に乗ったつもりでいてください!」
「そうだな。お前がいれば百人力だ」

 街は代官逮捕の知らせで一時的に騒がしくなったものの、今は平常運転。
 庶民たちにとって代官の不正は自分たちとは関わり合いのない上の連中のゴタゴタであり、ゴシップ以上の価値はないのだ。
 さすがは貴金加工が名物の街。
 そこかしこにアクセサリーを取り扱った店が軒を連ねている。

「何をしましょうか」
「クリスへの土産を買うのではなかったか?」
「あ、そうでした」
「いい店がある。初日に代官に聞いておいた。逮捕される前に聞いておいて良かった」

 ルーファスは冗談めかして笑う。

「おお、さすがは殿下。そつがありませんね」
「お前こそ、調べておかないのは手落ちだぞ」
「す、すみません」

 そこは味のあるたたずまい。大通りに面したお洒落で花のある店とは一線を画した、店の中がよく分からず、初見では入店に二の足を踏んでしまいそうな佇まいだ。

「ここがいいものを取り扱っているらしい」

 カランカラン。静か過ぎる店内にドアベルの音がやけに大きく響く。

「らっしゃい」

 嗄れた声が奥から聞こえた。

「……なんだか不気味ですね」
「店主が職人堅気らしいからな」

 照明が乏しいのか、店内は全体的に薄暗い。
 棚には所狭しと、細工物が陳列されている。いい意味で雑然とした雰囲気だ。
 ザ・高級店ではないところは気分的に楽だ。

「これ、綺麗じゃないですか?」
「……そうだな」

 美しい装飾のほどこされた、純金の三日月を模したラペルピン。

「この彫られた文字って何ですか? 外国語……?」
「古代語だ。これは授業でもやってるんじゃないか?」
「あー……見たことがあるような……?」
「まったく。『幸運をあなたに』と書いてある。お守りのようなものだな」
「へえ、オシャレですね。じゃあ、これにします。クリスは月が好きなので。値段も予算内ですから」
「きっと喜ぶ」
「あとは……殿下、何か気に入ったものがありましたら教えて下さい」
「ん?」
「殿下からも誕生日プレゼントを頂いたので」
「私にお返しは不要だ」
「遠慮しないでください。僕が渡したいんですから。それとも僕のセンスで選んじゃいますけど?」
「……それじゃ、選んでもらおうか」
「そうですねえ……」

 ジェレミーはとある商品の前で足を止めた。

「これはどうですか?」

 それは六角形の雪の結晶を金と銀をより合わせて作った首飾り。
 雪の色を銀で、日射しを浴びてきらめく様子を金で示しているらしい。

「見事な細工だな」
「少し埃をかぶっているようですけど」
「せっかくお前が選んでくれたんだ。それにしよう」

 ルーファスは首飾りを手に会計を済ませようとするのを、ジェレミーは慌てて引き留める。

「僕が払いますっ」
「予算が足りないんじゃないか?」
「えーっと……大丈夫ですっ」

(……今回の視察でもらえるお金が考えてもだいぶ足が出るけど、でも!)

 ルーファスにお返しがしたいという気持ちが勝った。
 遠慮するルーファスを放置し、ジェレミーは会計を済ませてしまう。

「はい、もう会計は済ませましたからね」
「プレゼントの押し売りなんて初めてだ」

 ルーファスは苦笑まじりに呟いた。

「殿下、これは包みますか? それとも」
「いや、今すぐつけるから包まなくてもいい」
「分かりました」

 クリスへのプレゼントだけ包んでもらう。

「殿下、よろしければ僕がつけましょうか」
「頼めるか?」
「屈んでください」
「こう……か?」

 少し手間取りつつもつける。

「どうです」

 ルーファスは試着用の鏡にうつしながら、結晶に触れる。

「殿下の白い肌に、よくお似合いだと思います」
「……ありがとう。素敵だな」

 ルーファスは照れくさそうに、屈託ない笑みを浮かべてくれる。
 不覚にもドキッとしてしまうほど、破壊力抜群の笑顔。
 店を出てからも、ルーファスは首飾りを気に入ってくれたようで、しきりに触れていた。
 その時、ジェレミーの腹が、ぐぅ、と鳴る。

「もう食事時か。せっかくだから街で食べて行くか。どの店にするか……」
「でしたら、ここでしかできないことをしませんか?」
「ここでしか? ツートンは細工で有名だが、何かそこまでの名物があったかな」
「食べ物ではなく、食べ方です」
「?」

 ジェレミーが指さしたのは庶民を相手にした屋台だ。

「王都では、立ち食いなんて出来ませんよね」

 ここならばまだルーファスが王族であることは一部の人間しか知らない。せいぜい都からの金持ちくらいにしか見られないだろう。

「まずは、あのお肉ですっ」
「美味しそうな匂いだ」

 串焼きを二本購入する。

「皿はないのか?」
「こうしてかぶりつくんですっ」
「こう……か?」
「そうです!」
「ん……香ばしくて、うまいな。肉汁がすごいぞっ。こんなうまい肉はじめてだ」

 炭火焼きなだけに、炭のいい香りが肉について、これまた乙だ。
 ルーファスは唇と指先を脂でテカテカと光らせながら、微笑んだ。

「しかし店主とのやりとりが堂に入っていたが、屋台で食べたりはよくするのか?」
「まあ、時々。男爵家の次男なんで自由ですから」

 ちなみに全て前世の経験である。男爵といえども貴族が外で気軽に食事というのはさすがにありえない。
「なるほど」

 屋台を買い食いして回る。果実酒を味わい、果物を飴でコーティングしたスイーツも一緒に食べた。
 お腹いっぱいになり、満足だ。

「屋台もいいものでしょう」
「そうだな。色々な種類の料理をこんなにもたくさん食べられるなんてすごいな。コース料理とは違う、また別の良さがあった。王都でも」
「それには騎士の方々を撒かないといけませんね」
「さすがに骨が折れそうだ」

 ルーファスは溌剌とした笑顔を浮かべる。
 屋敷に戻ると護衛を撒いたことは護衛隊長から厳重注意されたものの、悩んでいたルーファスが笑顔になってくれたのなら、どれだけ叱責されても問題なかった。
 しかしルーファスは自分のせいで叱責されたと思ったようで、

「全ての責任は私にある。私が提案したのだ。隊長、罰するのなら私にしてくれ」

 そう告げたのだ。
 提案したのは自分なのだと本当のことをジェレミーは言おうとしたのだが、ルーファスがそれを言わせる余地を与えてはくれなかった。
 ルーファスにここまで言われてしまえば、隊長もそれ以上は突っ込んでこなかった。

「今後は気を付けてください」

 それで済んだ。
 ルーファスの部屋に戻る。

「どうして庇ってくれたんですか? あんな嘘までついて」
「最終的にお前の提案にのったのは私の意思だ。私に最終的な決定権があるのだから、お前が責められるのはお門違いだ」
「でも」
「なら、もし私が護衛は絶対につれて行くと言い張ったとしても、お前は自分の意見を貫き通したか?」
「それは……」

 きっとそんなことはしなかった。

「つまりそういうことだ。だから気にするな」

 こうしてジェレミーたちは王都へ帰還することになった。
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