悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです

魚谷

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7 誕生日

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 いよいよ、誕生日当日。

 午後五時から次々と招待客が男爵家へやってくる。普段回している使用人では足りないので臨時の使用人を何人か雇ってもいた。
 今日も今日とて兄のバルセットは、「せいぜい大勢の前で恥をかくなよ。ランドルフ家は俺が継承するんだからな」と緊張している弟の前で盛大な嫌味を言ってきた。
 そんなに家のことが大切だというのなら弟を追い詰めるような真似はせず、応援すればいいものを、余計緊張させるなんて何を考えているのか分からない。

(何も考えていないんだろうけど)

 ジェレミーは父と一緒に玄関で客たちを出迎える。
 この日のために招待客の顔と名前、爵位とその領地などを徹底的に頭に叩き込んでいた。

「男爵、今日はおめでとうございます」
「これはシャフト子爵様、ありがとうございます」
「はじめまして、子爵様」
「君がジェレミーか。息子から話は聞いてるよ。第二王子殿下ともども学院で色々とよくしてもらっているとか」
「ええ。でもこちらもクリス君と話せて楽しいので」
「それは良かった」

 父親と並んだクリスは照れくさそうにはにかみ、耳元で「クラバット、よく似合っていてよかったです」と囁く。今日のこの晴れ舞台に、クリスからプレゼントされたクラバットを身につけていた。

「今日は楽しんでいってください」

 招待客の出迎えが終わると、あらためて客人たちへの挨拶回りを行う。
 ジェレミーをこれからよろしく、というお願いだ。
 次男だから家こそ継がないものの、他家の養子になったりすることは考えられる。あとは、将来の妻探しのつなぎだ。

 とはいえ、ジェレミーとしてはやっぱり前世の感覚があるから十六歳で早くも結婚の話をすることには抵抗しかない。しかし父はそちらのほうにも熱心で、まだ許嫁のいない気立ての良さそうな令嬢の情報を入手しようと躍起になっていた。
 しかし招待客たちはと言えば、それよりもルーファスのことが気になるらしい。

「ジェレミー君。友人の子どもが学院生なんだが、第二王子殿下が以前とはまるっきり別人のようだと言っていたのだが、本当かね」
「それは少し違います。殿下は別人のようではなく、元々お持ちになっていた品性の良さを人前で見せるようになられた、だけです。それまでは色々と鬱屈としていたものを抱えられていたので」
「ふん、なるほどねえ。たしかにあの年頃は色々と気難しいところがあるから。なるほど、今の第二王子殿下が本来の姿というわけかぁ」

 父は、ルーファスを思いっきり否定していただけに、彼の噂がここまで広がっていることに衝撃を受けているようだった。
 今ごろ、招待客へ向ける笑顔の裏で、招待しなかったことを心底、後悔しているに違いない。
 なにせたかが男爵家の、それも次男坊の誕生日パーティーに王族が来たとなれば、これから本格的にはじまる社交界の話題を独占すること間違いなし。
 それこそ男爵家の家格を本来以上に高くみせられる好機だったのだ。

(せいぜい後悔すればいい)

 そんなひねくれた思考をせずにはいられない。
 ジェレミーは、クリスのところへ立ち寄る。

「どう、パーティーは楽しめてる?」

 クリスは微妙な笑みを見せた。

「まだこういう場にはぜんぜん馴れなくて緊張しまいます」
「肩の力を抜いて楽しんでくれればいいよ。パーティーと名ばかりで、大した席じゃないし」
「そんなことはありませんが、御言葉に甘えさせていただきますね」
「何か困ったことがあったら遠慮無く言って」
「ありがとうございます。でも先輩の誕生日の席だから、ルーファス先輩もいらっしゃるかと思ったんですけど」
「えっと、まあ……招待できなかったんだ。色々とあって」
「お二人の関係性、とても素敵だと思います」
「主従関係っていうこと?」
「そうではなくて、空気感と言いますか……ルーファス先輩は普段気を張っていらっしゃるようですけど、ジェレミー先輩の前だととても自然で、楽しそうなので」
「そうかなぁ?」
「外野から見ているとすごく感じます。あぁ、仲がいいんだなぁって」
「仲がいいとはちょっと違うかなぁ。取り巻きだから……」
「そうなんですか? 僕はてっきりその……僕とラインみたいな関係かと」

 思わぬ一言に、ジェレミーは小さくむせてしまう。
 いくらここがBLマンガの世界だからと言って、誰も彼もが男性同士の愛情を追求しているわけではない。
 それに、ジェレミーとルーファスはそんな甘い時間を過ごしたことは一度もない。
 どう、ひいき目に見ても主従以上の関係ではない。

(たしかに殿下が僕のことを友だって言ってくれたけどね)

「先輩、大丈夫ですかっ?」
「へ、平気……なんでそう思ったの?」
「お茶をしているとき、ルーファス先輩は何度もジェレミー先輩のことを気にしてたり、見つめてたりしてましたよ? 気づいてなかったんですか?」
「本当に……?」

 ぜんぜん気付かなかった。

「はい。だからてっきり」
「いや、僕たちは二人みたいに親密じゃないよ。ま、僕がそそっかしいから心配したんじゃないかな」
「うーん。そんな事務的な感じには見えませんでした。すごく親愛のこもった眼差しだったので。それこそ、ラインみたいな」
「……ラインみたいっていうのは具体的には……?」
「ラインは、瞳の奥がすごく優しいんです。ラインを怖がる人たちはあのむすっとした顔しか見てないです。ラインが感情表現が苦手で、人前で喜んだり嬉しがったりするのはできない不器用な性格だっていうこともあるんですけどね」

 なるほど。クリスが言うのだからその通りなのだろう。
 その時、場がざわつく。

「ごめん」

 何か問題があったのかと、クリスのもとを離れ、全員が注目する玄関へ向かう。

「近くを通りかかったものだから挨拶だけでもと思ったんだ」

 それは、白銀に、金の装飾で飾った夜会服に身を包んだルーファス。

(殿下、台詞と服装がまったく噛み合っていませんよ!)

 ぷらっと立ち寄ったなんて誰も信じない、やる気満々の礼装。
 その場の誰もが右手を胸に当て深々と頭を下げ、王族への敬意を示す。

「皆さん、楽に。私は正式なゲストではないので。ただ、私の友であるジェレミーに直接、おめでとうと言いたくて。ジェレミー、誕生日おめでとう」
「あ、ありがとうございます……」

 その颯爽と決まったイケメンからの言葉に、心臓がドクドクと脈打ち、顔が火照りだしてしまう。

「で、殿下……このような場所にわざわざお越し下さいまして……」

 父は首を痛めるんじゃないかという勢いで、ぺこぺこしている。

「男爵。いいんだ。招待状を持たぬのに押しかけてしまった非礼を許せ。すぐにお暇するから」
「いえ! も、もしお時間があれば是非……!」

 ジェレミーが説得した時とはまったく違う反応に苦笑いが漏れてしまう。
 招待状の一件についての事情は全てルーファスは承知しているから、心の中で父の慌て用を笑っているはず。

(それにしても、これが王族パワーか。すごいな)

 この場にいる誰もがこうべを垂れている。

「先輩、こんばんは」
「クリスか。楽しんでるか?」
「はい。とても」
「なら、良かった」

 あっさりと挨拶を終えたルーファスはバルセットの元へ向かう。
 自分より頭一つ分以上高いルーファスに見下ろされらバルセットは冷や汗をかき、伏し目がちになった。

「これは殿下。弟のパーティーによくお出でくださりました……」

 ルーファスがバルセットの襟をやんわりと掴む。

「曲がっているぞ。私の友の晴れ舞台だ。しっかりしろ」
「は、はい。申し訳ございません……っ」

 ジェレミーの前では出したことない、ぞくりとするような低い声で言うと、ルーファスは集まってくる貴族たちに微笑み、「話はまたあとで。それから少し、ジェレミーと二人きりになってもいいか? プレゼントを渡したいんだ」と父に尋ねる。

「も、もちろんでございますっ」
「ジェレミー。お前の部屋は?」
「二階です」

 ルーファスと一緒にジェレミーは階段を上がっていく。
 その親しげな様子を、招待客たちは驚きを交えながら眺めていた。
 部屋に案内されると、メイドは下がり、二人きりになった。

「父の顔を見ましたか。あんな媚びる父の顔、はじめて見ました」
「とても私への招待状を却下したような男には見えなかったな」
「貴族ですからね。腹芸は得意なんです」
「そうらしい」

 ルーファスはくすくすと無邪気に微笑む。普段は大人びているのに、不意な笑顔にはどこかあどけなさがある。

「それにしてもプレゼントを渡すくらいであれば、わざわざ二人きりにならなくても」
「お前があまりに疲れた顔をしていたからな。少し息がつきたいんじゃないかと思ったんだ。違ったか?」
「……わ、分かりましたか……?」

 正直、見ず知らずの人に会いすぎて辛かった。
 前世でもイベントに参加して大勢の人たちと名刺交換をするのは苦手で、すぐに人に酔ってしまう。

「当然だ。私たちはどれだけの付き合いだと思ってる。それに、私にも同じ経験がある」「本当ですか!?」
「はじめて人前に出た時だ。あの無数の視線に囲まれ、本心とは裏腹なおべっかを聞かされ続けていると、頭がどうにかなりそうだった。王宮の舞踏会の会場は広々としているはずなのに、今にも窒息してしまいそうで」

 当時の心境を思い出したルーファスは一瞬表情を暗くしたが、すぐに上品な笑みを浮かべる。
 二人きりになると、立つべきか座るべきかと落ち着きがなくなる。
 先程、甘い眼差しで見ていたとクリスから言われ、意識しているせいだ。

「じゃあ、プレゼントというのは方便だったんですね」

 二人きりでいるということに妙に緊張を覚えたジェレミーはバルコニーに面した窓を開けて、空気を入れ換える。

「違う。ちゃんと持って来たに決まってるだろう」

 ルーファスが見せてくれたのは、香水。

「私が使っているものと同じ、王室御用達のものだ。身だしなみが重要なのは当然だが、忘れがちなのは香りだ。残り香がかすかにかおる程度がポイントだ。手首を出せ」
「は、はい」

 軽く吹きかけられる。

「これくらいで構わない。なくなったら言え。新しいものをまた渡す」
「たしかに、殿下と同じ香り、ですね……」

 柑橘系と、ほんのりとした花の甘さ。
 同じ香りということを意識すると、妙にドキドキしてしまうのが気恥ずかしかった。
 ルーファスは艶然と微笑み、ジェレミーを見守る。
 やっぱりとんでもない色気の持ち主だと、ジェレミーは気恥ずかしくなってとても目を合わせられなかった。
 でもその手に持った香水の重みは胸の奥がくすぐったくなるほど心地いいものだ。

「これ、何の香りですか? オレンジ……ぽい」
「柑橘系のシトラス、あといくつか花の香りも調合されてるオリジナルブレンドだ。さ、そろそろ降りよう。いつまでも待たせるのはさすがに悪い」
「ですね」

 ジェレミーたちは一緒に部屋を出て、階下へ降りると待ってましたと貴族たちがこぞってルーファスのもとに集まる。

 ルーファスは、彼らに鷹揚として対応する。いつの間にかパーティーの主役はルーファスになっていたが、ジェレミーとしてはどうでも良かった。ルーファスの変化を実感して欲しいという気持ちのほうが強かったのだ。
 貴族たちもまた、ルーファスの変化がただの噂では終わらないことを実感してくれたと思う。
 パーティーがお開きになると、ジェレミーはルーファスを外まで見送る。

「殿下、今日は本当にありがとうございます」
「また明日」

 馬車を見送り、父に目を向ける。

「殿下が変わってくれたこと、分かってくれましたか?」
「……確かに、そのようだな。だがまさかあそこまでとは……」

 父も認めないわけにはいかないようだ。
 これからはルーファスと付き合っても、うるさく言われることもないだろう。
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