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2 主人公
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翌朝、目覚めたジェレミーは学校の制服に袖を通す。
メイドがちゃんと手入れをしてくれたお陰で、汚れはない。
自分でしなくても使用人がしてくれるのは、さすがは貴族と思う。
前世を思い出したせいか、人に何かをしてもらうことが当然という認識には少し抵抗を覚えるが、そういうものだと割り切る。
貴族社会で生きるには馴れなければいけないことがたくさんだ。
朝食を終えると、ジュレミーは父に挨拶をしてから、馬車に乗り込んだ。
ジュレミーは、貴族の子女が通う王立高等学院の二年生。
ちなみに主人公のクリスは一年、ラインハルトとルーファスは三年だ。
ザ・ヨーロッパの街並みを車窓から眺める。
さすがは王都。
ゴミ一つ落ちておらず、綺麗な石畳みはもちろん、大聖堂やクリーム色の外壁にオレンジ色の屋根に統一された民家も惚れ惚れするくらい綺麗だ。
そんな街並みの向こうに、真珠のように輝く白亜に青い三角屋根の王城がそびえる。
季節は初夏。
汗ばんでしまいそうな陽気だ。
校門前で馬車を降り、他の生徒たちと一緒に、蔦が絡みついた歴史を感じさせる校舎へ続く、赤い煉瓦敷きの道を進む。
貴族と言っても、そこは前世の学生と変わらない。
下世話な話で盛り上がったり、カップルだって存在する。
と言っても貴族社会であることを考えると、自由恋愛ではなく、許嫁なのだろう。
(物語の世界だけど、描写されていないところもちゃんと細かく出来てるんだよな)
現実と変わらない。昨日の傷がまだ疼いているのと同じように。
「あのっ」
高めの声を背中で聞いたジュレミーが振り返ると、はっと胸を突かれた。
ブルネットの短髪に、ルビーのように美しい紅い瞳を持った少年、物語の主人公、クリスである。
(主人公からの接触!?)
予想外の展開だ。
まさか昨日の今日で主人公から話しかけられるとは。
が、すぐに寒気と同時に鋭い視線に射られてしまう。
クリスの背後には、銀髪緑眼に、がっちりとした肩幅、厚い胸板、制服で見えないがバッキバキの腹筋、百九十センチはあろう青年、ラインハルトが仁王立ちしている。
狼も真っ青な鋭い眼差しで、ジェレミーを睨み付けてきていた。
もはや蛇に睨まれたカエル状態である。
「ライン、睨むのはやめて」
「お前を傷つけようとした奴だぞ。そんな奴を心配するなんて、いくらお前でも気が知れない。俺がいなかったら今ごろどうなっていたか……」
「昨日のは明らかにやり過ぎだったよ。火の上級魔法を使うなんて」
「すぐに消しただろ」
「それでもだよ。ラインならもっと力の調整ができるのに、おかげでラインだって魔法省から呼び出しを受けたでしょ」
「どうでもいい。呼び出しには馴れてる」
「僕はどうでも良くないんだよ」
呼び止められたジュレミーを放置し、二人は言い争う。
「あ、あのぉ~」
恐る恐る声をかけると、クリスははっとした。
「ごめんなさい、先輩。昨日は大丈夫でしたか?」
「あ、うん、全然平気」
ジェレミーは満面の笑顔で頷く。
クリスとラインハルトとの関係は、この世界で生きていくには重要だ。
「本当にラインがごめんなさいっ」
「ええ!?」
被害者から謝られ、動揺してしまう。
「ほら、ラインも謝って」
「はっ? なんで俺が」
「約束、したよね」
ぐ、と言葉に詰まるラインハルト。
「……昨日は少しやりすぎたお前ごとき下級魔法で十分だった元はと言えばお前が何もしなけりゃこっちだって何もせずにすんだんだそれを忘れるなっ」
ラインハルトは一息に告げた。
謝っているのか威嚇しているのか分からなかったが。
ここまでクリスに従順なのは、惚れた弱みというやつだろうか。
「もう」
「やってられるか。馬鹿らしいっ」
吐き捨て、そっぽを向くラインハルト。それでもクリスのそばを離れない姿は、微笑ましい。
「……なに、ニヤニヤしていやがる」
「! す、すみません……。とにかく僕は大丈夫だし、先輩の言う通り、悪いのは僕だから」
「ほらみろ。だから言っただろ」
「……分かりました。それでは先輩、失礼します。行こう、ライン」
ラインハルトと自然に手をつなぎ、二人は生徒たちの人並みの中に消えていく。
(主人公、人格者すぎないかっ?)
感動してしまう。
取り巻きになるのなら、あんな人が良かった。
(ま。無理だろうけど)
クリスのそばには常にラインハルトがいて変な虫がつかないようにしているから、取り巻きなんて言語道断だろう。
(よし、こっちも破滅回避に向けて行動だ!)
ジュレミーは学校に到着すると、さっそくルーファスと接触を図るために探し回る。
「おい」
お目当ての人物が向こうからやってきてくれる。
肩に掛かるほどに伸ばした曇りのないサラサラ金髪に、端正な顔立ちの美青年。
眼差しは海のように澄みきった青で、背はすらりと高く、百八十センチを少し越えるくらい。
ラインハルトのような精悍さはないが、それでも均整の取れた体格であることは制服ごしにもはっきり分かる。
ジェレミーはうやうやしく頭を下げる。
「殿下、おはようございます」
「ああ。ちょっと来い」
顎をしゃくられさっさと歩き出す。
そんな何気ない仕草だけで、当然ながら二人の関係性が分かるというものだ。
ルーファスに連れてこられたのは、温室。
季節を代表する色とりどりの花々が咲き誇り、蝶が飛び回っている。
(さっさと縁を切ろう)
「殿下――」
「……怪我は、もういいのか」
「へ?」
ルーファスは今、ジュレミーに背中を向けているのだが、これまでの自信満々の、俺様オーラが薄らいだかと思えば、少しモジモジしながら聞いてくる。
「あ、は、はい……」
まさかの反応に、ジュレミーは戸惑いながらも頷く。
「そうか。なら…………いいんだ。良かった」
消え入らんばかりに呟かれる。
さらりとした金髪から覗く耳が、ほんのりと赤い。
(え、ちょ……ちょっと、待って待って……)
前世の知識を総動員した彼の印象と言えば、俺様キャラで傲慢で他者のことなんて少しも気にしない、大事なのは自分のことだけの、悪役王子にふさわしいクソ野郎。
しかし目の前のルーファスはその印象を全てぶった切る勢いで、初々しいというか、不器用そうな雰囲気。
ルーファスは大きく咳払いをすると、向き直った。
「それで?」
「はい?」
ルーファスは形のいい柳眉をひそめ、不満を露わにした。
「何かを言いかけただろう」
「えーっと……まあ……その……」
手切れをするだけ。楽勝じゃないか。
それとも一蓮托生で一緒に破滅したいのか? ありえない。
悪役王子に慈悲はいらない。
破滅するなら勝手に一人でどうぞ――そう考えていたはずなのに、今、一瞬見せられた姿に決意が揺らぐ。
「話がないなら行くぞ」
「あ! ま、待ってください、殿下。僕が言いたいのはですね……路線を変更しませんか、ということです」
「? 路線?」
ルーファスは眉をひそめた。
「このまま嫌がらせをしても無理です。クリスは、殿下には絶対に靡かないし、ラインハルトはクリスを守るためにますます執着していきますっ」
ルーファスの顔が不愉快さに歪んだ。
「あの一年生に相応しいのは私だと教えてやっているんだ! それのどこが、嫌がらせだとっ!?」
「残念ながらぜんぜん伝わっていません。やるだけ無駄です。不審を買うだけです。殿下はこのままのやり方で、クリスの心が手に入ると本気で考えているんですかっ?」
「おい、男爵家の次男のくせに、王族に意見をするのかっ!? 一緒にいさせてやってるだけでもありがたいと思え!」
(……今のさすがにイラついたけど、殿下の境遇を考えると、なんだか精一杯虚勢を張って、ツンツンしてる、素直になれない猫みたいに可愛く見えなくもない)
実際、整った顔立ちのルーファスはかなりのイケメンだ。
馬鹿な真似さえしなければ、そしてもっと理性的であれば、もっと魅力的になるだろうに。
(……取り巻きをやめるのはいつでもできる)
ルーファスを変えることができれば、彼の断罪を防げる。
そもそも悪役王子になったのも、元はと言えば、クリスへの想いをこじらせ、暴走しているせいだ。
原作を読んで彼に同情するべき過去があることを知っている身としては、ぞんざいにするのも躊躇してしまう。
(やっぱり、いざ実物を見ちゃうと……ほだされるよな)
特にこれだけのイケメンだと。
「殿下、ひとまず頭を冷やしてください。また昼休みにここで会いましょう。それまでに僕の提案を検討してみてください。今のままじゃ絶対に、クリスは振り向きませんから。それでは」
「おい、待て――」
ルーファスは呼び止めるが、ジュレミーは足を止めることなく、駆け足でその場を後にした。
メイドがちゃんと手入れをしてくれたお陰で、汚れはない。
自分でしなくても使用人がしてくれるのは、さすがは貴族と思う。
前世を思い出したせいか、人に何かをしてもらうことが当然という認識には少し抵抗を覚えるが、そういうものだと割り切る。
貴族社会で生きるには馴れなければいけないことがたくさんだ。
朝食を終えると、ジュレミーは父に挨拶をしてから、馬車に乗り込んだ。
ジュレミーは、貴族の子女が通う王立高等学院の二年生。
ちなみに主人公のクリスは一年、ラインハルトとルーファスは三年だ。
ザ・ヨーロッパの街並みを車窓から眺める。
さすがは王都。
ゴミ一つ落ちておらず、綺麗な石畳みはもちろん、大聖堂やクリーム色の外壁にオレンジ色の屋根に統一された民家も惚れ惚れするくらい綺麗だ。
そんな街並みの向こうに、真珠のように輝く白亜に青い三角屋根の王城がそびえる。
季節は初夏。
汗ばんでしまいそうな陽気だ。
校門前で馬車を降り、他の生徒たちと一緒に、蔦が絡みついた歴史を感じさせる校舎へ続く、赤い煉瓦敷きの道を進む。
貴族と言っても、そこは前世の学生と変わらない。
下世話な話で盛り上がったり、カップルだって存在する。
と言っても貴族社会であることを考えると、自由恋愛ではなく、許嫁なのだろう。
(物語の世界だけど、描写されていないところもちゃんと細かく出来てるんだよな)
現実と変わらない。昨日の傷がまだ疼いているのと同じように。
「あのっ」
高めの声を背中で聞いたジュレミーが振り返ると、はっと胸を突かれた。
ブルネットの短髪に、ルビーのように美しい紅い瞳を持った少年、物語の主人公、クリスである。
(主人公からの接触!?)
予想外の展開だ。
まさか昨日の今日で主人公から話しかけられるとは。
が、すぐに寒気と同時に鋭い視線に射られてしまう。
クリスの背後には、銀髪緑眼に、がっちりとした肩幅、厚い胸板、制服で見えないがバッキバキの腹筋、百九十センチはあろう青年、ラインハルトが仁王立ちしている。
狼も真っ青な鋭い眼差しで、ジェレミーを睨み付けてきていた。
もはや蛇に睨まれたカエル状態である。
「ライン、睨むのはやめて」
「お前を傷つけようとした奴だぞ。そんな奴を心配するなんて、いくらお前でも気が知れない。俺がいなかったら今ごろどうなっていたか……」
「昨日のは明らかにやり過ぎだったよ。火の上級魔法を使うなんて」
「すぐに消しただろ」
「それでもだよ。ラインならもっと力の調整ができるのに、おかげでラインだって魔法省から呼び出しを受けたでしょ」
「どうでもいい。呼び出しには馴れてる」
「僕はどうでも良くないんだよ」
呼び止められたジュレミーを放置し、二人は言い争う。
「あ、あのぉ~」
恐る恐る声をかけると、クリスははっとした。
「ごめんなさい、先輩。昨日は大丈夫でしたか?」
「あ、うん、全然平気」
ジェレミーは満面の笑顔で頷く。
クリスとラインハルトとの関係は、この世界で生きていくには重要だ。
「本当にラインがごめんなさいっ」
「ええ!?」
被害者から謝られ、動揺してしまう。
「ほら、ラインも謝って」
「はっ? なんで俺が」
「約束、したよね」
ぐ、と言葉に詰まるラインハルト。
「……昨日は少しやりすぎたお前ごとき下級魔法で十分だった元はと言えばお前が何もしなけりゃこっちだって何もせずにすんだんだそれを忘れるなっ」
ラインハルトは一息に告げた。
謝っているのか威嚇しているのか分からなかったが。
ここまでクリスに従順なのは、惚れた弱みというやつだろうか。
「もう」
「やってられるか。馬鹿らしいっ」
吐き捨て、そっぽを向くラインハルト。それでもクリスのそばを離れない姿は、微笑ましい。
「……なに、ニヤニヤしていやがる」
「! す、すみません……。とにかく僕は大丈夫だし、先輩の言う通り、悪いのは僕だから」
「ほらみろ。だから言っただろ」
「……分かりました。それでは先輩、失礼します。行こう、ライン」
ラインハルトと自然に手をつなぎ、二人は生徒たちの人並みの中に消えていく。
(主人公、人格者すぎないかっ?)
感動してしまう。
取り巻きになるのなら、あんな人が良かった。
(ま。無理だろうけど)
クリスのそばには常にラインハルトがいて変な虫がつかないようにしているから、取り巻きなんて言語道断だろう。
(よし、こっちも破滅回避に向けて行動だ!)
ジュレミーは学校に到着すると、さっそくルーファスと接触を図るために探し回る。
「おい」
お目当ての人物が向こうからやってきてくれる。
肩に掛かるほどに伸ばした曇りのないサラサラ金髪に、端正な顔立ちの美青年。
眼差しは海のように澄みきった青で、背はすらりと高く、百八十センチを少し越えるくらい。
ラインハルトのような精悍さはないが、それでも均整の取れた体格であることは制服ごしにもはっきり分かる。
ジェレミーはうやうやしく頭を下げる。
「殿下、おはようございます」
「ああ。ちょっと来い」
顎をしゃくられさっさと歩き出す。
そんな何気ない仕草だけで、当然ながら二人の関係性が分かるというものだ。
ルーファスに連れてこられたのは、温室。
季節を代表する色とりどりの花々が咲き誇り、蝶が飛び回っている。
(さっさと縁を切ろう)
「殿下――」
「……怪我は、もういいのか」
「へ?」
ルーファスは今、ジュレミーに背中を向けているのだが、これまでの自信満々の、俺様オーラが薄らいだかと思えば、少しモジモジしながら聞いてくる。
「あ、は、はい……」
まさかの反応に、ジュレミーは戸惑いながらも頷く。
「そうか。なら…………いいんだ。良かった」
消え入らんばかりに呟かれる。
さらりとした金髪から覗く耳が、ほんのりと赤い。
(え、ちょ……ちょっと、待って待って……)
前世の知識を総動員した彼の印象と言えば、俺様キャラで傲慢で他者のことなんて少しも気にしない、大事なのは自分のことだけの、悪役王子にふさわしいクソ野郎。
しかし目の前のルーファスはその印象を全てぶった切る勢いで、初々しいというか、不器用そうな雰囲気。
ルーファスは大きく咳払いをすると、向き直った。
「それで?」
「はい?」
ルーファスは形のいい柳眉をひそめ、不満を露わにした。
「何かを言いかけただろう」
「えーっと……まあ……その……」
手切れをするだけ。楽勝じゃないか。
それとも一蓮托生で一緒に破滅したいのか? ありえない。
悪役王子に慈悲はいらない。
破滅するなら勝手に一人でどうぞ――そう考えていたはずなのに、今、一瞬見せられた姿に決意が揺らぐ。
「話がないなら行くぞ」
「あ! ま、待ってください、殿下。僕が言いたいのはですね……路線を変更しませんか、ということです」
「? 路線?」
ルーファスは眉をひそめた。
「このまま嫌がらせをしても無理です。クリスは、殿下には絶対に靡かないし、ラインハルトはクリスを守るためにますます執着していきますっ」
ルーファスの顔が不愉快さに歪んだ。
「あの一年生に相応しいのは私だと教えてやっているんだ! それのどこが、嫌がらせだとっ!?」
「残念ながらぜんぜん伝わっていません。やるだけ無駄です。不審を買うだけです。殿下はこのままのやり方で、クリスの心が手に入ると本気で考えているんですかっ?」
「おい、男爵家の次男のくせに、王族に意見をするのかっ!? 一緒にいさせてやってるだけでもありがたいと思え!」
(……今のさすがにイラついたけど、殿下の境遇を考えると、なんだか精一杯虚勢を張って、ツンツンしてる、素直になれない猫みたいに可愛く見えなくもない)
実際、整った顔立ちのルーファスはかなりのイケメンだ。
馬鹿な真似さえしなければ、そしてもっと理性的であれば、もっと魅力的になるだろうに。
(……取り巻きをやめるのはいつでもできる)
ルーファスを変えることができれば、彼の断罪を防げる。
そもそも悪役王子になったのも、元はと言えば、クリスへの想いをこじらせ、暴走しているせいだ。
原作を読んで彼に同情するべき過去があることを知っている身としては、ぞんざいにするのも躊躇してしまう。
(やっぱり、いざ実物を見ちゃうと……ほだされるよな)
特にこれだけのイケメンだと。
「殿下、ひとまず頭を冷やしてください。また昼休みにここで会いましょう。それまでに僕の提案を検討してみてください。今のままじゃ絶対に、クリスは振り向きませんから。それでは」
「おい、待て――」
ルーファスは呼び止めるが、ジュレミーは足を止めることなく、駆け足でその場を後にした。
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