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景の自宅は学校から二十分ほどにある、築年数が二十年は経っていそうな古ぼけたマンションだ。帰宅すると、室内はしんと冷えている。
景はスーパーの買い物袋を下ろす。そこには夕飯の食材が入っていた。
1LDJKの間取りに置かれた家具はどれも年季が入っている。
隅にはまだ開封されていない段ボールが積まれている。
まだ完全に荷ほどきが終わっていないのだ。
進藤家は母一人、子一人の家庭だった。母は今、ここから二十分ほどの会社の事務員として務めている。だいたいは日付が変わる頃に帰宅してくる。
夕食はいつも景が作る。今日は麻婆豆腐の予定だ。
つい数ヶ月前まで、景には父親がいた。
両親の間に諍いが起きたのは、景に責任がある。景はゲイなのだ。
物心がつくようになった時には、景は同級生の男子に想いを寄せていた。それが“普通”ではない自覚はあった。だから気持ちを押し殺し続けた。
転機が訪れたのは中学校二年の時。親しい同性の友人が出来、その子に不意に告白をされたことだった。
気持ち悪いのは自覚している、でも景には聞いて欲しい。
その子はそう思いを打ち明けてくれた。
景もその友人に思いを寄せていたのだと、彼の思いを受け止めた。
そうして互いの家を行き来する生活が続き、もうすぐ卒業という頃。
友人についに一線を越えることを誘われたのだ。
高校はお互い、別の学校に進学することが決まっていた。彼の家は裕福で、進学する私立高校には、景の家では到底学費はまかなえなかった。
もうこれほどに好きな人とは巡り会えないかもしれない。
友人に言われ、景も受け容れた。そうしてお互いに身体を弄りあっている姿を、その日は帰りが遅くなるはずの彼の母に見つかり、大問題になった。友人が景に襲われた、景は自分がゲイだと言って襲いかかってきたと、自分と、景の両親の前で言った。
景は友人の裏切りに目の前が真っ暗になり、何も言えなかった。
そうして景が一方的に襲ったということとなったが、もうすぐ卒業ということや、今後一切景がその子に近づかないということを約束させられ、ことを公にしないということになった。
景は目の前で過ぎ去っていくことをただ眺めることしか出来なかった。
これから進学する名門私立学校で、噂程度であっても息子がゲイなどということが広まれば、問題になると危ぶんだのだろう。
それから両親が、というより、父が母をなじった。
お前がちゃんと教育しなかったらあいつは、カマ野郎になったんだ!
父親が母親にぶつけた言葉は、今でもはっきり思い出せる。
景は懸命に母は関係無いと言ったが、殴られるばかりだった。
卒業直前に両親は離婚し、景の親権は母に移った。そして生まれ育った地元からは遠く離れた公立高校に進学することになったのだった。
矢ヶ崎涼介。桜の中に静かにたたずむ彼を綺麗だと思った。そして、自然に口がきけた。
(友達になりたい)
そう強く思った。
※
翌日、教室に入って自分の席につくと、恐る恐るという風にクラスメートの男子が近づいて来た。
「なあ?」
「え?」
「お前、矢ヶ崎と親しいのか」
「……涼介君のこと?」
「え、涼介君!?」
そう言うと、他の男子たちが「うぉ、マジかよ」「あいつ、大人しそうなのに……」とコソコソと囁きあう。
「涼介君がどうかしたの?」景は小首を傾げた。
「あいつ、かなり有名な不良だぜ? もう何人も病院送りにして、少年院にも入っていたらしいぜ。三十人くらいの不良グループをたった一人でボコったとかさ」
「それ、本当なの?」
「この辺じゃ有名な話だぜ。でも成績はちょー良いらしい。そのせいで、うちの教師もうるさく言わないんだ。授業にだって出てこないだろ?」
地方からやってきた景には分からない話だ。
「え?」
「アイツ、うちのクラスなんだぜ」
「そ、そうなの」
「けど、来なくて正解だよ。来られたらまじこええしな……。なあ、もし何かされたんだったら一応は先生に言っておいたほうが良いぜ」
「だ、大丈夫。ただ声をかけられただけだし、別に変な事はされてないし」
「そうか。なら良いんだけど、気を付けろよ」
「あ、ありがとう」
(涼介君ってそんな人だったんだ)
確かにガタイも大きく、逞しい感じはした。しかし噂の真偽はともかく、そんな噂のあるような人という印象は受けなかった。
景はスーパーの買い物袋を下ろす。そこには夕飯の食材が入っていた。
1LDJKの間取りに置かれた家具はどれも年季が入っている。
隅にはまだ開封されていない段ボールが積まれている。
まだ完全に荷ほどきが終わっていないのだ。
進藤家は母一人、子一人の家庭だった。母は今、ここから二十分ほどの会社の事務員として務めている。だいたいは日付が変わる頃に帰宅してくる。
夕食はいつも景が作る。今日は麻婆豆腐の予定だ。
つい数ヶ月前まで、景には父親がいた。
両親の間に諍いが起きたのは、景に責任がある。景はゲイなのだ。
物心がつくようになった時には、景は同級生の男子に想いを寄せていた。それが“普通”ではない自覚はあった。だから気持ちを押し殺し続けた。
転機が訪れたのは中学校二年の時。親しい同性の友人が出来、その子に不意に告白をされたことだった。
気持ち悪いのは自覚している、でも景には聞いて欲しい。
その子はそう思いを打ち明けてくれた。
景もその友人に思いを寄せていたのだと、彼の思いを受け止めた。
そうして互いの家を行き来する生活が続き、もうすぐ卒業という頃。
友人についに一線を越えることを誘われたのだ。
高校はお互い、別の学校に進学することが決まっていた。彼の家は裕福で、進学する私立高校には、景の家では到底学費はまかなえなかった。
もうこれほどに好きな人とは巡り会えないかもしれない。
友人に言われ、景も受け容れた。そうしてお互いに身体を弄りあっている姿を、その日は帰りが遅くなるはずの彼の母に見つかり、大問題になった。友人が景に襲われた、景は自分がゲイだと言って襲いかかってきたと、自分と、景の両親の前で言った。
景は友人の裏切りに目の前が真っ暗になり、何も言えなかった。
そうして景が一方的に襲ったということとなったが、もうすぐ卒業ということや、今後一切景がその子に近づかないということを約束させられ、ことを公にしないということになった。
景は目の前で過ぎ去っていくことをただ眺めることしか出来なかった。
これから進学する名門私立学校で、噂程度であっても息子がゲイなどということが広まれば、問題になると危ぶんだのだろう。
それから両親が、というより、父が母をなじった。
お前がちゃんと教育しなかったらあいつは、カマ野郎になったんだ!
父親が母親にぶつけた言葉は、今でもはっきり思い出せる。
景は懸命に母は関係無いと言ったが、殴られるばかりだった。
卒業直前に両親は離婚し、景の親権は母に移った。そして生まれ育った地元からは遠く離れた公立高校に進学することになったのだった。
矢ヶ崎涼介。桜の中に静かにたたずむ彼を綺麗だと思った。そして、自然に口がきけた。
(友達になりたい)
そう強く思った。
※
翌日、教室に入って自分の席につくと、恐る恐るという風にクラスメートの男子が近づいて来た。
「なあ?」
「え?」
「お前、矢ヶ崎と親しいのか」
「……涼介君のこと?」
「え、涼介君!?」
そう言うと、他の男子たちが「うぉ、マジかよ」「あいつ、大人しそうなのに……」とコソコソと囁きあう。
「涼介君がどうかしたの?」景は小首を傾げた。
「あいつ、かなり有名な不良だぜ? もう何人も病院送りにして、少年院にも入っていたらしいぜ。三十人くらいの不良グループをたった一人でボコったとかさ」
「それ、本当なの?」
「この辺じゃ有名な話だぜ。でも成績はちょー良いらしい。そのせいで、うちの教師もうるさく言わないんだ。授業にだって出てこないだろ?」
地方からやってきた景には分からない話だ。
「え?」
「アイツ、うちのクラスなんだぜ」
「そ、そうなの」
「けど、来なくて正解だよ。来られたらまじこええしな……。なあ、もし何かされたんだったら一応は先生に言っておいたほうが良いぜ」
「だ、大丈夫。ただ声をかけられただけだし、別に変な事はされてないし」
「そうか。なら良いんだけど、気を付けろよ」
「あ、ありがとう」
(涼介君ってそんな人だったんだ)
確かにガタイも大きく、逞しい感じはした。しかし噂の真偽はともかく、そんな噂のあるような人という印象は受けなかった。
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