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30 国王との再会、そして処刑場

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 どれだけ牢屋に閉じ込められていただろう。

 ――キャサリンさんがせっかく仕立ててくれたドレスなのに……すっかり汚れてしまった……会ったら、謝らないと。

 意識を失うように眠り、そしてはっと飛び起きる。牢屋は時間の感覚がなくなる。
 ただ本能が、体力を残しておかなければと訴え、粗末な食事を残すことはなかった。
 再び目を閉じ、気絶するように眠りに落ちる。

 何度かシュヴァルツの夢を見た。
 不思議な夢だ。小さなルゥと一緒に遊ぶ夢。
 かくれんぼをしていた。鬼はアリッサ。屋敷の中を隅々まで見て周り、そしてワードローブを開ける。
 すると、中からシュヴァルツが出てくる。彼に抱きしめられる。でも声は嗄れ自身のものではなく、ルゥのものだった。
『迎えに着たよ、アリッサ!』
 そしてアリッサとシュヴァルツは口づけを交わす――。

 目を覚ます。
 全ては夢の中。ここは懐かしい屋敷ではなく、冷たい牢獄。

 ――でも夢にしてはすごく不思議で、胸が温かくなる……。

 カツンカツン、と足音がこちらへ近づいてくる。
 アリッサは壁に背をもたれかけさせ、ぼんやりとした眼差しで、現れた人を見つめる。

 看守のかざしたランプで、その人、ヨアヒムの姿が闇の中に浮かびあがった。
 最後に見た時より少しやつれたように見える。

 リンカルネの貴公子と評された、国中の令嬢も羨ましがらせるほどの青い瞳も心なし曇っているように見えるし、可憐な花びらに形容された艶めかしかった唇も輝きを失っている。
 正直、国王としての威厳は感じられない。ルリアのほうがよっぽどそれらしい。

 まるで彼女に生気を吸い取られてしまったようだ。

「久しぶりだな」
「久しぶり」
「おい! なんだその口に聞き方は! 頭を下げぬか!」
「知らないわ。私はもう、この国と無関係なんだから。丁寧な言葉なんて知らないし、下げる頭も持っていないわ」

 看守が声を荒げるが、ヨアヒムは手で制し、「お前は行け」と告げる。

「ですが」
「早く。二人で話がしたいと言ったはずだ」
「……はっ」

 看守はそそくさと去って行った。

「お前、魔法を使うのか?」
「使えるようになったの」
「悪魔と……」
 思わず笑えてしまう。
「魔法は悪魔とは無関係よ。一体いつまでそんな迷信を信じこんでいるの? あなたは本物の魔法を見たことがある? ないでしょう。ただ迷信にとりつかれた司祭からの受け売りをを疑っていないだけ。魔法は大勢の人々を救うもの。私は魔塔所属の騎士団の方々と生活を共にし、大勢の人々を救う姿を見てきた。彼らが悪魔? では、私を誘拐させた、あなたの妃……ルリアは何っ? 王妃でありながら民を想わず、私利私欲のために権勢を振るう。あれこそ、まさに悪魔じゃないの! あなたはそんな妃を止めもしない。いえ、止められない……?」

 ヨアヒムの目に怯えが現れる。
 これだけアリッサに言われても、反論ひとつ口にしない。

「明日の夕刻、君を処刑する。今度は誰にも邪魔されぬよう、厳重に警備を敷く。以前のような奇跡は起こらないと思え」
「私を処刑するのは、陛下の意思? それとも、ルリア?」
「……王妃の提案を裁可したのは私だ」

 その声が強張っている。ルリアが怖くて逆らえないのではない、とまるで自分に言い聞かせているようだった。

 婚約が決まってから一度も、ヨアヒムのことを愛しいと思ったことはなかったが、あらためて彼の姿を見ても心が動くどころか、失望が大きくなっていく。

 フッ、と思わず笑いがこぼれた。

「なにがおかしい」

 ここにきて、はじめてヨアヒムの感情の一端が表に出る。それは怒り。

「……思えば、あれで良かったと改めて思ったの。私に呪紋が浮かび、あなたとの婚約がなかったことになって。私はこの狭く苦しい国を出て、素敵な人と、たくさんの仲間と出会ったわ。あなたなんかよりも、人のために行動できる人たちに……」

 アリッサの心を占めているのはシュヴァルツ。

「私を処刑したところで、あなたが変わらなければこの国は立ち枯れるわ。それともあなたご自身の愚かさを糊塗するため、生け贄を殺し続ける? それで一時、民の目は欺けても、いずれ民は気付くわ」
「……さらばだ。こうして話すことももうあるまい」

 ヨアヒムは逃げるように立ち去った。いや、逃げていった。

 ――馬鹿だわ。体力を温存しなきゃいけないのに話しすぎた……。

 遠ざかる足音に集中していると、また意識がふっと遠のいていく。



 次に意識が覚醒したのは、重たい足音が房の前で止まった時だ。
 昨夜の看守によって扉が開けられ、兵士に髪を掴まれ、まるで荷物のように乱暴に外へ出された。

「い、痛い!」
「黙れっ」

 兵士から殴り付けられる。

「黙れ、悪魔とつがった女め! 貴様も今日で終わりだ。国民の前で、薄汚い血をばらまきながら死ぬんだよ!」

 やがて地下牢かた階段をのぼらされ、裏口から外に出される。
 久しぶりの青空の眩しさに目が眩む。

「さっさと乗れっ」

 看守に背中を蹴られ、転がるように檻車に乗せられた。
 檻の扉がしっかり閉められると、檻車につながれた馬が御者の鞭で動き出す。
 見馴れた王都。ここへ来る時はいつだって美しいドレスに、馬車に乗っていた。

 婚約である王子に会うために。
 それがどうだろう。久しぶりにやってきたアリッサは罪人。

 檻車は王都の通りをゆっくり進んでいく。
 沿道の両脇にはすでに処刑の知らせを聞いたであろう、好奇心にかられた野次馬たちが立っている。
 口々に「悪魔め!」「この国の災い!」「くたばれっ!」と罵り、腐った果物や石を容赦なく投げつけてくる。

 彼らは今、自分が抱いている不満や鬱憤を、アリッサへ悪意をぶつけることで解消しようとしている。
 沿道の人々を檻車に近づけぬよう兵士たちが一定間隔ごとに立ってはいるが、民が檻車に何を投げても知らぬふりを決め込んでいる。

 小石がぶつかり肌が傷つく。
 檻車にあたった腐った野菜からは気持ち悪い臭気が溢れた。
 アリッサの姿を民へよく見えるように大通りを進んだ檻車は、王宮の前に広場に到着する。
 そこには断頭台が設置され、そこにも大勢の群衆が詰めかけていた。

 その断頭台がよく見えるように、即席の桟敷席が設けられ、そこには二つの玉座がすえられている。そこに座るべき者はまだ来ていない。

 檻車が止まると、兵士によって檻の扉が開かれ、アリッサは引きずり下ろされた。
 アリッサは力なく従うフリをして、階段を上らされる直前に、暴れるが、無駄だった。
 呆気なく地面に押しつけられて抵抗は無駄に終わる。

 そして階段をのぼらされ、断頭台に両手と首を固定される。

 自分の首を落とすであろう刃物が、陽光をあびて、歪んだ光を放つ。

「国王陛下、王妃陛下のおなりでございます!」

 この場に似付かわしくない溌剌とした声、そして楽団の演奏とともに、豪奢な馬車が広場へ入ってくる。

「国王陛下万歳! 王妃陛下万歳!」
「その悪魔を殺して、この国に平和を取り戻してください!」

 熱狂した民が歓呼の声で迎える。
 馬車から降り立つヨアヒムは爽やかな笑顔を浮かべ、ルリアの手を取り、桟敷席へ移動する。
 そして玉座についたかと思うと、ヨアヒムが口を開く。

「民よ、聞け! ここにいる悪魔は一度は裁きを免れた。しかし、この神の恩寵を受けているリンカルネ王国を守護する神の目からは何人も逃れることはできない! 今ここに、悪意を振りまく悪魔を退治し、この国に平和の光を取り戻そう!」

 ワアアアアアアアアア! 堂々たるヨアヒムの演説に、民が絶叫する。

「処刑せよ!」

 刃をつなぎとめていたロープを切ろうと、目だけが出た黒い頭巾をかぶった男が斧を手に、壇上に上がっていく。
 アリッサの頬を熱いものが流れる。

「……シュヴァルツ様、愛しています」

 告げられなかった告白が口からこぼれた。

「俺もだ、アリッサ」
「!?」

 不自由な状況で目を動かす。そばには処刑人しかいない。
 処刑人は斧を振り下ろす。しかし刃を落とすためのロープではなく、アリッサの両手と首を縛める枷を。

 アリッサを介抱した処刑人は頭巾を取った。

「しゅ、シュヴァルツ様……!?」
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