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過去④

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 木漏れ日が差す。

 アリッサは肌に、初夏の爽やかな風を感じた。
 隣には、ルゥ。その口元は「へ」の字に曲がっている。

『いよいよ、だね。ルゥ君』
『その名前で呼ぶなよ。だっせえ』
『なら新しく考えた名前、教えて?』
『……ま、まだ考え中』
『じゃあ、ルゥ君だね?』
『うぐ。ぜったい、アリッサがびっくりするくらい格好いい名前考えるんだからな!』
『ふふ。楽しみにしてる。でも、名前なんて変えなくても、ルゥ君は絶対に強い男の人になれるよ
『……本当にそう思うか?』
『うん、そのためにこれから魔塔へ修行に行くんだから』

 ルゥを助けたのがちょうど一年前。
 その時のことを考えると、時間が過ぎるのはあっという間だった。
 姉弟と言うたび、ルゥは怒り出した。

『私がお姉ちゃんで嫌だよね。ごめんね』

 そう言うと、

『は? そういう意味で怒ってるんじゃねえよ!』

 と色白の肌を赤くしながら、乱暴に怒るのがおきまりになっていた。

 正直、ルゥの為とはいえ、離れたくない。

 本当に姉弟みたいというのは茶化して言っているのではなく本当にそう思っていて、ずっと一緒に暮らしたかった。

 でもそれは叶わない。いや、それはちょっと違う。ずっとこのままここにいることは、ルゥの可能性を潰すことになる。

 ルゥとの別れの日が晴れていて本当に良かった。
 もし雨が降ったりしていたらそれこそ、悲しみが大きくなってしまうから。

『……俺、絶対に強くなって絶対、お前を迎えに来るからな! そうしたら、俺と結婚しろよっ』

 ルゥがぽつりと呟く。

『ルゥ君、気持ちは嬉しいよ。でも私には……結婚しなきゃいけない人がいるの』

 ルゥはムッとして、その円らな瞳をキッと鋭くさせる。

『関係ない! お前がそいつと結婚しても、俺はそいつから絶対にお前を奪うからな! 俺がそいつよりお前の幸せにしてやるから! だって……アリッサはそいつのこと、好きじゃないんだろ』
『これはね、好きとか嫌いとかそういうことじゃなくって……』
『子ども扱いするな。せーりゃくけっこんなんだろ。そうじゃなくって、アリッサの気持ちを聞いてるんだ。そいつのこと、好きなのか?』

 王国の未来の国王。まだ言葉を数度した交わしていない人。

 いい人なんだろうとは思う。周りの子たちも、アリッサの婚約が決まると、口をそろえて「うらやましい!」と言っていたから。
 両親もこんな良縁他にない、と喜んでいたくらいだ。だからアリッサはにこにこして、「結婚したい」と無邪気に答えていた。もちろん、それは本心ではない。

『……好きじゃない』

 その時、ルゥが肩を掴むと、強い力で自分のほうへ抱き寄せ、唇を押しつけてきた。

『っ!!』

 キスというよりも勢いが付きすぎて、正面衝突言ったほうがいいかもしれないけど、確かに唇が触れあった。

 年下の子どもとのキスだ。得に気にする必要もないはず、だった。

 なのに、ルゥの力強い言葉と何かを決意した瞳の中の光を、アリッサはそれからもずっと忘れることができなかった。

『る、ルゥ……君……』
『い、今のは俺の気持ち……お、俺はお前のこと、好きだから!』

 なんと言えばいいのか分からないアリッサとルゥは、それでも手はしっかり繋いだままそこに立っていた。

 いきなりこんなことされて怒るべきなのかもしれない。でもルゥは耳や頬を真っ赤にして、手は汗でびしょびしょだった。それが分かると、不思議と笑みが浮かんだ。

『な、なにがおかしいんだよ……ふ。ふざけてあんなこと』
『うん、分かってる。ルゥ君はそんなことしないものね』
「……急に、して、ごめん……でも俺……お前が誰かのものになるって考えただけで……』

 今にも泣き出してしまいそうな顔。ルゥに対して『結婚しないよ』と言えたらどれだけいいだろう。でも残念ながらそう言う権利を、アリッサはもっていない。自分の結婚にもかかわらず。

 アリッサが何も言えないでいるうちに、馬車が二人の前で停まると、扉が開き、外套をまとった青年が下りてくる。

『君がルゥ、だね』

 ルゥは緊張に表情を強張らせたまま、こくりと頷く。

『乗って』

 ルゥがさっきまでの決意した瞳が嘘のように、心細そうな眼差しでアリッサを振り返った。アリッサは小さく頷く。
『ばいばい、ルゥ君。また、会おうね』
『うん、絶対……』

 ルゥは首にさげていた双星石を出す。アリッサもそれに倣う。
 そして互いに石を近づけ合えば、鮮やかな光が生まれた。

 青年に手を引かれ、二人が馬車に乗り込むと、馬車がゆっくりと進み出す。

 窓からルゥが覗く。アリッサは大きく手を振った。馬車の中でルゥもそれに応えるように手を振り返してくれる。

 ――あの光がある限り、ルゥ君がどれだけ変わっても、見間違えたりしないよね。

 馬車が見えなくなるまで、アリッサは手を振り続けた。
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