上 下
27 / 38

過去③

しおりを挟む
 魔塔の話題を出して以来、ルゥは部屋にこもって籠城の構えを崩さない。
 食堂にも姿を見せないため、メイドに言って食事を届けてもらっている。
 食事はぜんぶ、食べているようだから、そこは安心だ。

 でもこのままでいいとは思わない。
 現状をどうにかするために、魔塔の話を棚上げにするつもりもアリッサにはなかった。
 魔塔の話はルゥの将来に大きく関わる。もしかしたら命にも。
 だからこそ、アリッサに折れるつもりはなかった。

 ――魔塔に行くのがルゥのためだと、信じているから。

 たとえこのせいでルゥと仲違いしても。
 アリッサは今日も部屋の戸を叩き、『話がしたいの』と呼びかけるが、あいかわらず無視。

 ――そっちがその気なら!

 アリッサは屋敷の裏手、ルゥの部屋の窓へ、庭師がつかう梯子をたてかけた。
 高い所は怖いけど、ルゥのためだと震える手と足で梯子を登っていく。
 どうにかルゥの部屋の窓まで来ると、ノックする。
 ルゥはっとしてこっちを見るや、逃げようとする。

『待って! ……きゃっ!』

 バランスを崩した拍子に梯子が動く。

 ルゥと眼が合う。

 梯子が大きな音をたてて地面に倒れる。
 アリッサの体を、ルゥは両手で掴んでびっくりするくらいの力で引き上げてくれる。

『あ、ありがとう……』
『バカ! 危ないだろ! 何してるんだよ!』
『こうでもしなきゃルゥ君は話を聞いてくれないでしょ!?』
『だ、だからって、一つ間違えてたら死んでたぞ、バカ!』
『バカって言うほうがバカでしょ!』

 アリッサとルゥは見つめ合い、そしてどちらからともなく口元を緩め、笑う。
『……ルゥ君、寂しかった』
『お、俺も』

 アリッサは小柄なルゥを抱きしめた。ルゥも背中に腕を回してくれる。
 拒絶されないことが嬉しい。

『でも魔塔へは行かない』

 しっかりそう言うことを忘れなかった。

『魔塔で魔術師として勉強したら、きっとルゥ君は誰にも傷つけられない、強い人になれるよ!』
『……そういうことじゃない。お前と離れたくない。離れたら、俺のことなんて忘れて、もう二度と会えなくなるだろ』
『忘れないし、会えるよ』
『うそつくな。俺を子ども扱いするなっ』
『だったら、おまじないをしよっ』
『おまじない……?』

 アリッサは首からさげた布製の袋を外すと、テーブルの上に袋の中身を出す。
 出てきたのは、二つの黒い石だ。
 その黒い石の中には赤や黄色、緑と様々な色の結晶が入っている。

『これはお母様のうちで受け継がれてる双星石っていう宝石。お母様が、将来、大切な人ができたらあげなさいってくれたの』
『……それがどうしたんだよ』
『見てて?』

 双星石同士を近づけあうと、石が青白く輝く。ルゥは目を輝かせた。

『すげえ……』
『この二つの石は元々、一つの石だったの。それを二つ分けて、綺麗に磨いたのがこの宝石。近づけると、こうして綺麗に光るんだよ。これを持っていると、どれだけ離れていても絶対にまた会えるっていう伝説があるの』

 アリッサは、ルゥに双星石を渡せば、大切そうに両手で握る。
『……魔塔へは行くけど、それはお前を守るため……強い男になるために行くんだからな。忘れるなよっ』
『うんっ』

 ルゥは眼を輝かせながら、石を近づけたり、離したり、と夢中だ。

 ――こういうところは、子どもね。

 子どもの時は変に背伸びをせず、子どもらしく無邪気でいて欲しい。でも魔法という特別な力が、子どもらしくあるという時間を奪ってしまうなんて、皮肉だ。
『……これがあれば、俺だってすぐ分かるよな。名前を変えても……』
『もう、まだ言ってるの?』
『あたりまえだろ。魔塔に行くことになるんだから、余計に名前変える。ルゥ、なんてそんな名前じゃ、他の魔術師に絶対バカにされる!』

 少し頬を赤らめるルゥを、アリッサは優しい眼差しで見つめた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる

西野歌夏
恋愛
 ロザーラ・アリーシャ・エヴルーは、美しい顔と妖艶な体を誇る没落令嬢であった。お家の窮状は深刻だ。そこに半年前に陛下から連絡があってー  私の本当の人生は大陸を横断して、辺境の伯爵家に嫁ぐところから始まる。ただ、その前に最初の契約について語らなければならない。没落令嬢のロザーラには、秘密があった。陛下との契約の背景には、秘密の契約が存在した。やがて、ロザーラは花嫁となりながらも、大国ジークベインリードハルトの皇帝選抜に巻き込まれ、陰謀と暗号にまみれた旅路を駆け抜けることになる。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

人形な美貌の王女様はイケメン騎士団長の花嫁になりたい

青空一夏
恋愛
美貌の王女は騎士団長のハミルトンにずっと恋をしていた。 ところが、父王から60歳を超える皇帝のもとに嫁がされた。 嫁がなければ戦争になると言われたミレはハミルトンに帰ってきたら妻にしてほしいと頼むのだった。 王女がハミルトンのところにもどるためにたてた作戦とは‥‥

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【完結】私は義兄に嫌われている

春野オカリナ
恋愛
 私が5才の時に彼はやって来た。  十歳の義兄、アーネストはクラウディア公爵家の跡継ぎになるべく引き取られた子供。  黒曜石の髪にルビーの瞳の強力な魔力持ちの麗しい男の子。  でも、両親の前では猫を被っていて私の事は「出来損ないの公爵令嬢」と馬鹿にする。  意地悪ばかりする義兄に私は嫌われている。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

処理中です...