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22 はじめての遠征

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 夜明け前、アリッサたち討伐隊は出陣した。

 体力訓練と並行して、乗馬の練習もしていた。

 剣や体力はまだまだだが、乗馬の筋はいいらしく、練習をする中で一番上達を実感できていた。

 派遣先は、シュラッセル帝国南部。帝国は、リンカルネ王国と国境を接し、長らく戦争をしていたが、五年ほど前に和解をしている。

 事前に帝国側と交渉しており、魔獣がひそむ森のそばにある町の空き家を討伐隊の宿所として借りる手筈になっていた。

 魔塔から派遣された討伐隊であるということは、団員服で一目で分かる。

 途中、川の畔で昼食休憩をする。

 アリッサは他の団員と一緒に昼食作りに精を出す。黒パンに肉と野菜を挟んだサンドイッチとスープである。

「アリッサさん、副団長に食事を持って行ってくれますか?」
「私ですか?」
「副団長と仲がいいでしょう。俺たち、やっぱり萎縮しちゃって」
「分かりました」

 たしかにシュヴァルツは迫力があるけれど、だからといってそこまでなのかなと思ってしまう。

 シュヴァルツは馬の身体を洗っているところだった。

「アリッサ?」
「シュヴァルツ様、昼食です」
「悪い。そこの石の上においておいてくれ」
「はい。馬の世話ですか?」
「遠征の時には馬は普段以上に大切だからな。こうしてコンディションを確認するのも乗り手の大切な務めだ。異常を見逃すと、いざという時に大きな失敗につながる」
「肝に銘じますっ」
「そうしろ」

 一通り馬の世話が終わると、

「私もここで食べていいですか?」
「好きにしろ」

 シュヴァルツと一緒に並んで食事を取る。

 のどかな昼下がりだ。これから魔獣退治に出るとは思えないくらいのんびりしている。

 空は晴れわたり、空気は澄んで、気持ちがいい。

「遠征だが、不足はないか?」
「問題ありません。あ、無理はしていませんから」
「……ならいいが、お前は衝動の時もそうだが、お前はすぐに無理をする」
「たしかに仰る通りですけど、シュヴァルツ様には言われたくありません」
「なぜだ」
「シュヴァルツ様だって毒で大変な時なのに、問題ないって言ってました」
「あれは、皆に心配をかけまいと思ったからだ」
「私だってそうです」
「……分かってる。俺もやせ我慢はしない。お前は特に気をつけろ」

 その時、ガサガサッと茂みがはねる。

 シュヴァルツは立ち上がり、アリッサを背に庇うように立ち上がると剣を抜く。

 ジリッとつま先を少し前に出し、腰を低く落とす。

 アリッサも束に手をかけて、ゆっくりと剣を抜く。心臓が壊れそうなくらいバクバクと高鳴っていた。

 その時、茂みから飛び出してきたのは、ウサギだった。

 アリッサとシュヴァルツは揃って息を吐き出す。

「可愛い!」
「あ、おい……」

 アリッサはシュヴァルツの前に出ると、パンを少しちぎって「おいで、おいで~」と猫撫で声を出して、えさを与える。ウサギは警戒しながらも、もふもふとパンを食べる。

 触ると、毛並みがふわふわして気持ちいい。

「何をしてるんだ、お前は」
「シュヴァルツ様も触ってみたらどうですか?」
「触らない。まったく……驚かせやがって」

 シュヴァルツは小さく舌打ちをする。

「ふふ」
「なんだ」

 ぎろりと睨み付けるられるが、恥ずかしそうに目元が赤らめているところが可愛い。

「守ってくださってありがとうございます」

 咄嗟に背中に庇ってくれたことが嬉しかった。

 その時、うさぎが不意に胸に飛び込んでくる。

「ひゃ!?」
「おい!」

 後ろに倒れ込んだアリッサを抱きしめるように受け止めたのは、シュヴァルツ。

「平気か?」
「あ、す、すみません……シュヴァルツ様」
「まったく、お前はそそっかしいやつだな」

 アリッサは自分がシュヴァルツの腕の中で抱きしめられていることに気づき、耳まで真っ赤にして距離を取った。

「すみません……!」

 もちろん抱き留められたことにドキドキしたことはもちろんだったが、そそっかしいやつ、とかすかに苦笑したシュヴァルツがとても優しい顔をしていたから。

 ウサギは地面に落ちたサンドイッチを夢中になって食べる。

「あー……」
「残念だな。さっさと飯を食う。これも遠征に必要な特殊スキルだぞ。そろそろ休憩も終わりだ。行くぞ」
「あ、はい!」

 なかなか団員というのも大変のようだ。



 夕方、目的の町に到着する。

「ようこそ、皆様! 首を長くして皆様の到着を待っておりました!」

 ――遅いっていうことを遠回しに避難してるのかな。

 外の世界の人々は魔法に対して懐疑的で、魔術師に対しては批判的だ。

 言葉をそのまま受け取るべきではない、これも遠征前に受けたレクチャーである。

 出迎えに出てくれた町長は一見すれば友好的に接してくれたが、腹の中では何を考えてるのかは分からない。

 事実、町の人々がアリッサたちを、胡散臭いものでも眺めるような目つきだった。

 子どもがアリッサたちに近づこうという素振りをみせようものなら、親が慌てて子どもの腕を引いて、家の中へ引っ込んでしまう。

 王国だろうと帝国だろうと、魔術師が悪魔の遣いであるという長年染みついた思い込みはなくならず、根深い。

 荷を空き家へ次々と荷物を運んでいく。

 ――覚悟はしていたつもりだけど……きついな。

 魔術師に対する軽蔑の視線は、火あぶりの場で見た人たちの目を思い起こさせ、正直、気持ち悪い。

 そのくせ魔獣討伐をして欲しいと要請する。

 自分たちを救ってくれる相手には礼儀を示すべきなのに。

 たしかに魔術師が忌み嫌われるのは何の根拠もないわけではない。

 過去、力を持たぬ人々を魔術師が奴隷同然に扱った時代があったからなのだが、そんな時代は千年ほど前の大昔だ。

 今そんな魔術師もいないし、今の魔術師が、外の人たちの領分をみだりに犯さぬよう細心の注意を払っているのは分かっているはずなのに。

 魔術師が求めているのは平穏。

 そして魔術師の素養を持つ子どもたちを保護したい。ただそれだけなのに。

「アリッサ、平気か?」

 シュヴァルツが声をかけてくる。

「覚悟はしていたつもりですけど、応えますね。でも平気です、頑張れますっ」
「呪紋は?」
「衝動を感じたらちゃんと報告します」
「分かっているのならいい。それからできるかぎり、外は出歩くな。女と侮って、いらぬ騒動に巻き込まれる可能性がある」
「分かっています」

 夕飯を食べると、明日にそなえて早めに眠りにつく。

 しかしなかなか眠れなかった。

 はじめての遠征ということで気持ちが昂ぶっているせいだ。

 とはいえ、アリッサはあくまで後方要員で直接、魔獣と対峙することはない。

 アリッサはあてがわれた二階の部屋で他の団員を起こさぬよう、窓辺に座り、外の風景をぼんやりと眺めていた。

 ここからは寝静まった町の広場を見渡せる。月明かりの綺麗な晩だ。

「ん?」

 その時、街の広場を小柄な影が横切っていくのが見えた。

 見間違いではない。その影の正体は、中年女性だ。

 手にはバスケットを持ち、こそこそと当たりを見回しながら小走りに過ぎっていく。

 ――こんな真夜中にどこへ?

 コソコソしながら南から北へ消えていく。

 気にはなったが、余計なことは考えるべきではないと、寝袋にもぐりこんだ。
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