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20 歓迎会

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 いつもの日常が戻る。

 アリッサはその日いつものように食堂の手伝いをしていると、団員の人から声をかけられた。

「アリッサさん! うちの団に所属するって聞いたんですけど本当ですか?」

 食堂にいる全員の視線が集まる。

「は、はい。臨時ではありますが……」

 団員たちは大きく盛り上がり、「うぉぉぉ! 久しぶりの女性団員だぁ!」と雄叫びがそこかしこから上がった。

 その様子におばちゃんが「男ってやつは何歳になっても子どもねえ」とのんびり呟き、微笑ましそうである。

 アリッサは「あはは」と苦笑いするしかない。

「新人がはいると、歓迎会をするのが恒例なんですが、アリッサさんはどうですかっ? 参加してくださりますか!?」
「無理に参加する必要ない。お前らはただ騒ぎたいだけだろう。アリッサを巻き込むな」

 シュヴァルツが立ち上がり、盛り上がる団員たちを一瞥する。

 あれほど目を輝かせていた団員たちは、その絶対零度の眼差しに、たちまち勢いが萎んでいく。

 その姿には同情を覚えてしまう。

「構いませんよ。ぜひ参加させてください」
「本当ですか! 安心してください! 無理矢理酒を飲ませたりとかはしないんで! みんなで楽しく交流するだけですので!」
「分かりました。誘ってくださってありがとうございます」

 誘ってくれた団員がそそくさと席に着く。入れ替わりに、シュヴァルツがやってくる。いつも通り隙のない無表情ぶりだが、むっとして見えるのは気のせいだろうか。

「シュヴァルツ様、ごめんなさい……」
「なぜ謝る」
「わざわざ私のために助け船を出してもらったのに。無下にしてしまって」
「お前が嫌じゃないならそれでいい。無理をさせたくなかっただけだ」
「本当ですか?」
「ああ」
「シュヴァルツ様も参加されますか」
「野犬の群の中にお前を一人行かせるわけにはいかないだろう」

 シュヴァルツは食堂を出て行く。

 ――歓迎会か。楽しみっ。

 まるでお祭りの前みたいに胸が弾んだ。

 こんなにワクワクするのは久しぶりかもしれない。



 歓迎会は、クリルの酒場で行われる。

 すでに騎士団が借り切っているらしく、アリッサたちが来た時にはテーブルにはところ狭しと食事やお酒が並んでいた。そして。

「キャサリンさん!」
「アリッサちゃん。こんばんは」
「こんばんは。どうしてキャサリンさんが?」
「カーティスからあなたの歓迎会を開くって教えてもらってね。今、あなたの団員服も制作中だから完成を待っててね」
「本当ですか! 楽しみです!」
「ふふ、まさかあなたも魔術師だなんて驚きだわ。おまけに回復魔法だもの」
「実は私もなんです」
「あなたのお陰でシュヴァルツが無事だったのだから当に感謝してる。彼はこの街の人々にとって、なくてはならない心強い存在ですもの」

 アリッサはいわゆるお誕生日席と言われる上座に案内され、恐縮してしまう。

 団員たちがあらかた席に着いたところで、カーティスが酒を手に立ち上がる。

「我ら銀竜騎士団の新しい団員である、アリッサちゃんの歓迎式をここに行う! 今日をたっぷり楽しんで、明日からのお務めがんばろうぜ! かんぱーいっ!」

 かんぱーい、と合唱をして、早速、歓迎会が行われた。

 肉料理をのせた皿が、シュヴァルツから差し出される。

「あの、こんなに食べられません……」
「これから団員としてやっていくんだったら、体力をつけるためにも、よく食え。そんな細腕じゃすぐにばてるぞ」

 団員として、と言われると、やる気が湧いてくる。

 みんなの足を引っ張るわけにはいかない。

「分かりましたっ」
「っていうか、シュヴァルツも参加するとか、明日は空から槍でもふるんじゃないか?」

 カーティスが呟く。

「シュヴァルツ様はふだん参加しないんですか?」
「上役がいたら、楽しめるものも楽しめないだろ。配慮してるだけだ」

 シュヴァルツはここでも分厚いステーキを食べ、ワインをごくごくと飲む。

「はーい! アリッサさんのため、団員ジョーンズ! 手品をお見せいたします!」

 周りの団員たちが「いいぞ」やら、「一発目からトランプマジックって地味だろー!」とか囃し立てる。

「さあ、アリッサさん。このトランプの山札から一枚をお選びください! 選んだら覚えて、山札にもどしてください」
「……覚えました」

 ジョーンズはトランプの山札をよくシャッフルし、アリッサにもシャッフルさせる。そしてカードを一枚見せる。

「クラブの6!」
「正解ですっ! すごい!」
「あ、い、いえぇ……それほどでもぉ」

 アリッサが拍手をすると、ジョーンズは顔を真っ赤にした。

 他の団員たちが口々に、「アリッサさん、かわいいいいい!!」と絶叫しはじめる。

「はい! 次は俺が剣舞をお見せします!」
「俺が火の魔法を使った炎上カクテルを!」
「私の風魔法で、アリッサさんに空の旅をお届けします……!」
「み、皆さん、落ち着いてください……」

 シュヴァルツが、テーブルへビールのジョッキを思いっきり叩きつけた。しん、と場が静まる。

 ギロッと睨み付ける。

「お前ら、調子に乗りすぎだ」
「ひいいいいいい、すいません、副団長ぉ……!」

 全員は平謝りすぎる勢いで、縮こまった。

「まあ、シュヴァルツってばまるでアリッサちゃん専属の番犬ね」

 キャサリンがほのぼのと笑う。

「マジでそれは言えてる。なんか投げたら、取ってきそうだもんなぁ。ほーら、スペアリブだぞー。投げるからとってこーい」

 冗談めかしてカーティスが言うと、眉間の皺を深くしたシュヴァルツが彼の手をがっしりと掴んでうなった。

「……まずはお前の喉笛から噛みきってやろうか?」
「ただの冗談だから。落ち着けよ」

 同期の気安さなのか、キャサリンとカーティスは盛り上がる。

「アリッサさん、お酒はいかがですか?」

 団員の一人がワインボトルと手に来る。

「じゃあ、少しだけ頂きます」
「いやあ、アリッサさんってすごくお上品ですよねえ。まるで貴族の方みたいだぁ」
「あはは。そ、そうですか?」
「お顔立ちも美しくって、その……いつも俺、アリッサさんを見るとドキドキして……」
「おい」

 シュヴァルツの声が一オクターブほど下がる。

「副団長! これは、別に、く、口説いているわけでは!」
「口説くつもりだったのか?」
「ひいいい! なんでもありませーん!」

 団員は慌てて自分の席へ戻っていく。

「あのなぁ、シュヴァルツ。せっかくのアリッサちゃんの歓迎会なんだから、威嚇してどーすんだよ」

 カーティスが呆れ顔だ。

「馬鹿は注意しないと際限がなくなるからな」
「だからって今日くらい殺気はやめとけよ」

 アリッサはお酒を、シュヴァルツの空いたグラスへそそぐ。

「シュヴァルツ様も是非、楽しんでください」
「楽しんでる」
「その仏頂面で、か?」
「顔は関係ないだろ」

 色々とあったがそれでも、他の団員たちが(シュヴァルツの顔色を窺いつつも)話をしたりしてくれたおかげで、これまで交流のなかった団員の人たちとも知り合えて楽しかった。

 アリッサは席を立つと、盛り上がる店からこっそり抜け出し、お店の前に置かれたベンチに座る。

 ――久しぶりにあんなたくさんの人たちと話したせいで少し疲れちゃった。

 決して不快な疲労感ではない。それどころかとても心地いい。

 これまでと違う人生を歩んでいる。

 最初は戸惑うことばかりだったが、それでも誰かに必要とされる喜びを噛みしめる。

 酒場からシュヴァルツが出てくる。

「大丈夫か?」
「大丈夫です。少し風に当たりたくって」
「調子にのりやすい連中だが、悪い奴らじゃない」
「分かってます」

 ふふ、とアリッサは微笑んだ。

 シュヴァルツが眼顔で座ってもいいかと聞いてくる。

 アリッサは左にずれて席を空ける。

 先日までの大雨が嘘のように月の綺麗な晩だ。

 王都は明るすぎるから、ここまで綺麗な夜空はなかなか見られなかった。

「アリッサ。お前のお陰で、俺はこうして今、生きている。ありがとう」
「え……」

 感謝の言葉に、アリッサは不意を突かれた。

 シュヴァルツの艶めく菫色の瞳で見つめられる。その瞳がどこか熱っぽく見えるのは、満天の星らのきらめきを、瞳が反射しているからだろうか。

「真っ先に言うべきことだったのに言えなかったからな」
「そんな。感謝なんて。私こそ、シュヴァルツ様へどれだけ感謝していることか……それにくらべれば私がしたことなんて」

 彼からの言葉が嬉しくて、口元が緩んでしまう。だらしなくなった顔なんて見られたくないのに。

 このまま彼のふところへ飛び込むことができたら、どれだけ幸せだろう。

 そう考えつつ、自制しなきゃと言い聞かせる。

 ――シュヴァルツ様の優しさは、呪紋で苦しんでいる者への優しさ。勘違いしたらダメ。

 そう己に言い聞かせる。そうでしなければ、体が動いてしまいそうだったから。

 ――今、衝動が起これば、大手を振ってシュヴァルツ様に抱いてもらえるのに。

 ふと、そんな邪な考えが頭を過ぎってしまう。

 浅ましいと思いながら、素面の自分であれば、シュヴァルツに拒絶されるのは分かっている。色欲にあてられたら情熱的な口づけをし、熱く火照った身体をその逞しい身体で包み込んでくれるだろう。

 ――はぁ……なんて馬鹿げたことを考えるんだろう。

 我ながら呆れてしまう。

「どうかしたか?」

 シュヴァルツの穏やかな声。寝台の時に、アリッサを気遣ってくれる時にも似た声だ。

 でもその優しさが、今のアリッサには辛い。つい期待してしまうのに、そこにアリッサが求めるものがないことが分かりきっているから。

 いいえ、とアリッサは首を横に振る。

「そろそろ戻りましょう」
「もういいのか?」
「はい。それにみんな呼んるみたいなので」

 店の中からは「アリッサさんがいない!?」と悲鳴にも似た声が上がっていた。

 アリッサはシュヴァルツと一緒に立ち上がり、店に戻る。
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