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15 ドレス
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はじめてシュヴァルツと交わってから二日が経った。
あの時のことがアリッサは忘れられず、ぼうっとしてしまう。
今朝も野菜の下拵え中に思い出してしまって手元が狂い、危うくまた指を傷つけてしまうところだった。
たとえシュヴァルツの女性嫌いが女性全てを嫌っているわけではないということが分かっても、あれに恋愛感情などないことは十分わかっている。
シュヴァルツはアリッサを助けた。アリッサに関する事柄の責任を全て負うと騎士団で一番偉い団長に誓った。だから、アリッサの面倒をみている。あくまでシュヴァルツはお役目としてこなしているだけ。
問題はアリッサのほうだ。命を救ってもらい、情熱的な口づけを教えられ、そして全てが蕩けていくような交わりをシュヴァルツに教えられた。
それで彼を意識するなというほうが無理な話だ。
――こんな気持ち、シュヴァルツ様には迷惑なだけなのに。あんなに優しくされなかったから、私……。
アリッサの体に刻まれた虐げられた痕跡に口づけをくれ、殺してやりたいとまで言ってくれた。そんな風に言われてしまって何事もなく過ごせるほど、アリッサは図太くもない。
もちろんこの胸にある打ち明けるつもりなんてない。
今はまだ呪紋がある。これがある限り、シュヴァルツに優しくしてもらえる。
でも彼にとって面倒でしかない感情を打ち明ければ、あんな風に熱っぽい眼差しを向けられることはなくなるだろう。
寮に押しかけて来た魔塔のお偉いさんの女性のように、軽蔑の視線を向けられる。
そんなことは耐えられない。
――憂鬱……。
アリッサが昼食後の休憩時間中に自分の部屋で物思いに耽っていると、扉が叩かれた。
シュヴァルツかもしれないと何の根拠もなく扉を開けると、そこにいたのは団員の人だった。がっかりしていることを自覚しながら、務めて笑顔で応じる。
「アリッサさん、お客様が一階の応接室にいらっしゃいますよ」
「ありがとうございます」
――お客様? 誰?
このあたりに知り合いなんていないのにと首を傾げながら一階の応接室を訪ねると、ソファーに座っていた人が振り返る。
「はあい」
「キャサリンさん!」
「アリッサちゃん、元気してる?」
今日のキャサリンは黒いシックなドレス。スタイルがいいだけに、装飾を極力なくした簡素なデザインのドレスでもよく似合う。
「はい、お陰様で。どうされたんですか?」
「あなたのドレスを届けに来たの」
「わざわざですか? ありがとうございます!」
「アリッサちゃんとお話もしたかったから、そのついで」
キャサリンは衣装ケースから取り出したドレスを、テーブルに並べていく。
「すごい」
どれもこれもカタログで見た時以上に素敵な仕上がりだった。
「……私が着るのがもったいないです。素敵すぎて、似合わないかも……」
「なに言ってるの。全部あなたのために仕立てたのよ。どれもあなたに似合うわ。私の審美眼を甘くみないでね」
ドレスを自分の体にあてがう。
まるで子どもの頃に戻ったみたいに、ウキウキした。
「防御魔法をしっかりかけてあるから、多少は無茶な着方をしても大丈夫よ」
「防御魔法? そんなものまであるんですね」
「そ。魔法は攻撃魔法だけじゃなくて、私が使うような防御やら速度上昇、筋力上昇みたいな支援魔法もあるの。地味だけどね」
「キャサリンさんは騎士団に入ろうと思ったことはないんですか?」
「入ってたわよ。ここに、ね」
「そうなんですか!?」
「ええ。ちゃんと団員服も来て、厳しい訓練だって受けてたし、魔獣退治にもでかけてたんだから」
キャサリンが華麗に魔法を使って活躍する姿を想像すると、すごく華がありそう。
同時に、キャサリンとシュヴァルツが親しげだったことを思い出す。
「シュヴァルツ様たちとは同僚だったんですか?」
「そう。シュヴァルツたちとは魔塔の同期なの」
――だからシュヴァルツ様は、キャサリンさんには他の女性みたいな対応を取らなかったんだ。
「今は辞められてるんですよね。怪我をされたんですか?」
「お前には向いないからやめろ、このままじゃ死ぬぞって言われたんだ」
「シュヴァルツ様にですか?」
「外れ。でもね、そう言ってもらえて正直、肩の荷が下りたっていうか、やっぱりなぁって思ったんだ。私、魔獣と戦うのすごく怖くって、いつもみんなの後ろでブルブル震えてたから。はっきり言ってもらえて、踏ん切りがついたの。でも団員のみんなのことは好きだし、応援もしたかった。みんなに役に立てて、私に出来ることはなんだろうって考えて、それで仕立て屋を始めることにしたんだ。仕立て屋なら団員服を納入する時とかにみんなとも会えるし」
「そういうのも素敵だと思います!」
「ありがと。ふぅ。若い子に昔話するなんて、私もすっかりおばさんだわ。とにかくそのドレス姿でシュヴァルツの前に出たら、イチコロよ?」
「!!」
うまく言葉を返せないアリッサは、みるみる頬が熱くなるのを自覚した。
「え、あ、その……ど、どうして……?」
「どうしても何も分かりやすかったもの。あなたがシュヴァルツを見つめる眼差し、すごく熱っぽくて。どうやらあの時よりもずーっと、さらにシュヴァルツへの想いが募ってるみたいね?
キャサリンは真っ赤な口紅を塗った唇を、笑みの形にした。
「このことは誰にも……」
「当然よ。人の恋を吹聴して邪魔する趣味はないもの」
ほっと胸を撫で下ろす。
「それにしてもあの冷酷騎士にねぇ。フフ……まあたしかにシュヴァルツはすごく美形で、格好いいものねえ。浮いた話もないし。ちなみに彼のどこが好きなの?」
「……シュヴァルツ様には命を救っていただいたんです。最初は怖い人に見えましたけど、でも、色々気遣っていただけて……」
「フフ、頑張ってね。シュヴァルツは魔塔の頃から女嫌いで恋路には不慣れだと思うから、押せば案外どうにかなるかも」
「お、押す!? 無理です……!」
「あら、がんばってみたら。好きなんでしょう。相手をものにするんだったら、頑張らないと駄目よ。フフ。それじゃあ、私はそろそろお暇するわね。また何か進展があったら是非、聞かせてね?」
キャサリンはネコのように円らな瞳をキラキラさせながら言った。
アリッサは曖昧に頷いておくことにした。
キャサリンと一緒に部屋を出ると、騎士団団長の秘書官であるジェリドと鉢合わせた。
「ジェリド様、こんにちは……」
アリッサは頭を下げた。ジェリドの神経質そうな眼差しが、アリッサの持っている衣装ケースを一瞥する。
「あなたのせいで、魔塔が王国への対応におおわらわだというのに、ご自分は呑気に服ですか。ずいぶんと呑気なものですね」
「……す、すみません」
キャサリンがキッと目をつり上げた睨み付けた。
「ちょっとジェリド。いきなりそれはないんじゃない? 何が気にくわないのか知らないけど、年端もいかない子にそうやって威圧的に接するのは関心しないわね。あんたって昔から変わらない嫌味野郎よね!」
「キャサリンさん、駄目ですよ」
ジェリドは鼻で笑う。
「戦うことをやめたあなたに言われたくないですね。あなたがやめた後も我々は命を惜しまず、魔獣と戦っているんですよ」
「ハッ! 何が我々よ。あんたは魔術師っていうより、ただの小役人でしょうが!」
「何ですって!?」
「何を揉めている」
そこへシュヴァルツとカーティスが現れる。
ジェリドがかすかに焦った表情で振り返る。
「別に」
キャサリンが鼻を鳴らす。
「なにが別に、よ。人の顔を見るなり嫌味を言ってきたくせに」
「ジェリド。アリッサに言いたいことがあるなら俺に言え。彼女の処遇についての全責任を負っているのは俺だ」
「べ、別に言いたいことなどありません」
ジェリドは明らかに色をなくしている。カーティスが笑う。
「立場の弱い奴にしか威張れないから、副団長の座をシュヴァルツに奪われるんだ」
ジェリドは怒りで顔を赤黒くしながら「失礼するっ」と逃げるように立ち去っていく。
「カーティス様、大丈夫なんですか。あんなこと言って……」
「いいんだよ。普段から団長の権威を傘に来て偉そうにああだこうだ言っていやがるんだから。時々痛い目に遭わせないとな。実戦も何もしらねえ事務官風情が」
カーティスには珍しく吐き捨てるように言うと、すぐに笑顔になって、キャサリンを見る。
「で、なんでキャサリンがここに?」
「ドレスが出来たから届けにね。ついでにあんたたちの顔を見ようと思ったの」
「そっか。で、外の面白い話は仕入れてないのか?」
「呆れた。本当にあなたってゴシップ好きねえ」
「ここじゃそういう刺激とは縁遠いんだよ。魔獣討伐の依頼も最近はないし。刺激に飢えてるんだよ」
「そうねえ……あ、最近だと、リンカルネの話が耳に入ったわ」
アリッサの心臓が、ドキッと跳ねた。
「なんでもリンカルネの王様、結婚したらしいんだけど、その王妃ってのがかなりの浪費家みたいでねえ。ただでさえ今年は飢饉で民が苦しんでるのに豪華なパーティーを毎日のように開いてるっていう話が民に伝わったらしく、王への抗議で大変みたい」
――王妃ってルリアのことだよね、多分。
昔から甘やかされて育ったルリアは派手好きだ。
確かに王妃となったら見栄も手伝って無駄なことにお金を使いそうではある。
「そいつはいいな。じゃ、俺はキャサリンを送るから、シュヴァルツはアリッサちゃんを頼むな」
カーティスはキャサリンの腰を抱く。
キャサリンも別に悪くなさそうな顔で、カーティスに身を預け、寄り添うように玄関から出て行く。
――もしかしてキャサリンさんがやめるきっかけを作ったのって……。
「あの二人、お付き合いしてるんですか?」
「カーティスのほうはほれてるみたいだけど、どうだろうな。荷物を持つ」
「いいえ。これくらい大丈夫です」
「階段を持ってあがれないだろ。いいから貸せ」
「……それじゃあ、お願いします」
衣装ケースを二つ、軽々と持ち上げたシュヴァルツは、アリッサの前を歩く。
キャサリンからの言葉が脳裏を過ぎる。
――お、押す……って、抱きついたりすればいい……?
今はアリッサは手が空いていて、シュヴァルツは両手が荷物で塞がっている。
――え、えい!
思いっきり背中に抱きつく。びくっとシュヴァルツがかすかに震えたかと思えば、動きを止めた。
振り返ったシュヴァルツにギロリと睨まれた、ように見えた。
「なんだ?」
「あ、あ、あの……その……今、シュヴァルツ様の体が不安定に見えましたので、さ、支えようと……」
――ああもう、馴れないことをするから!
「問題ないから離れていろ。むしろ抱きつかれてるほうが危ない」
「……す、すいません」
おろおろしながら距離を取ると、シュヴァルツはそのまま黙々と階段を上がっていった。
――キャサリンさん、私には押すといのは無理みたいです……。
あの時のことがアリッサは忘れられず、ぼうっとしてしまう。
今朝も野菜の下拵え中に思い出してしまって手元が狂い、危うくまた指を傷つけてしまうところだった。
たとえシュヴァルツの女性嫌いが女性全てを嫌っているわけではないということが分かっても、あれに恋愛感情などないことは十分わかっている。
シュヴァルツはアリッサを助けた。アリッサに関する事柄の責任を全て負うと騎士団で一番偉い団長に誓った。だから、アリッサの面倒をみている。あくまでシュヴァルツはお役目としてこなしているだけ。
問題はアリッサのほうだ。命を救ってもらい、情熱的な口づけを教えられ、そして全てが蕩けていくような交わりをシュヴァルツに教えられた。
それで彼を意識するなというほうが無理な話だ。
――こんな気持ち、シュヴァルツ様には迷惑なだけなのに。あんなに優しくされなかったから、私……。
アリッサの体に刻まれた虐げられた痕跡に口づけをくれ、殺してやりたいとまで言ってくれた。そんな風に言われてしまって何事もなく過ごせるほど、アリッサは図太くもない。
もちろんこの胸にある打ち明けるつもりなんてない。
今はまだ呪紋がある。これがある限り、シュヴァルツに優しくしてもらえる。
でも彼にとって面倒でしかない感情を打ち明ければ、あんな風に熱っぽい眼差しを向けられることはなくなるだろう。
寮に押しかけて来た魔塔のお偉いさんの女性のように、軽蔑の視線を向けられる。
そんなことは耐えられない。
――憂鬱……。
アリッサが昼食後の休憩時間中に自分の部屋で物思いに耽っていると、扉が叩かれた。
シュヴァルツかもしれないと何の根拠もなく扉を開けると、そこにいたのは団員の人だった。がっかりしていることを自覚しながら、務めて笑顔で応じる。
「アリッサさん、お客様が一階の応接室にいらっしゃいますよ」
「ありがとうございます」
――お客様? 誰?
このあたりに知り合いなんていないのにと首を傾げながら一階の応接室を訪ねると、ソファーに座っていた人が振り返る。
「はあい」
「キャサリンさん!」
「アリッサちゃん、元気してる?」
今日のキャサリンは黒いシックなドレス。スタイルがいいだけに、装飾を極力なくした簡素なデザインのドレスでもよく似合う。
「はい、お陰様で。どうされたんですか?」
「あなたのドレスを届けに来たの」
「わざわざですか? ありがとうございます!」
「アリッサちゃんとお話もしたかったから、そのついで」
キャサリンは衣装ケースから取り出したドレスを、テーブルに並べていく。
「すごい」
どれもこれもカタログで見た時以上に素敵な仕上がりだった。
「……私が着るのがもったいないです。素敵すぎて、似合わないかも……」
「なに言ってるの。全部あなたのために仕立てたのよ。どれもあなたに似合うわ。私の審美眼を甘くみないでね」
ドレスを自分の体にあてがう。
まるで子どもの頃に戻ったみたいに、ウキウキした。
「防御魔法をしっかりかけてあるから、多少は無茶な着方をしても大丈夫よ」
「防御魔法? そんなものまであるんですね」
「そ。魔法は攻撃魔法だけじゃなくて、私が使うような防御やら速度上昇、筋力上昇みたいな支援魔法もあるの。地味だけどね」
「キャサリンさんは騎士団に入ろうと思ったことはないんですか?」
「入ってたわよ。ここに、ね」
「そうなんですか!?」
「ええ。ちゃんと団員服も来て、厳しい訓練だって受けてたし、魔獣退治にもでかけてたんだから」
キャサリンが華麗に魔法を使って活躍する姿を想像すると、すごく華がありそう。
同時に、キャサリンとシュヴァルツが親しげだったことを思い出す。
「シュヴァルツ様たちとは同僚だったんですか?」
「そう。シュヴァルツたちとは魔塔の同期なの」
――だからシュヴァルツ様は、キャサリンさんには他の女性みたいな対応を取らなかったんだ。
「今は辞められてるんですよね。怪我をされたんですか?」
「お前には向いないからやめろ、このままじゃ死ぬぞって言われたんだ」
「シュヴァルツ様にですか?」
「外れ。でもね、そう言ってもらえて正直、肩の荷が下りたっていうか、やっぱりなぁって思ったんだ。私、魔獣と戦うのすごく怖くって、いつもみんなの後ろでブルブル震えてたから。はっきり言ってもらえて、踏ん切りがついたの。でも団員のみんなのことは好きだし、応援もしたかった。みんなに役に立てて、私に出来ることはなんだろうって考えて、それで仕立て屋を始めることにしたんだ。仕立て屋なら団員服を納入する時とかにみんなとも会えるし」
「そういうのも素敵だと思います!」
「ありがと。ふぅ。若い子に昔話するなんて、私もすっかりおばさんだわ。とにかくそのドレス姿でシュヴァルツの前に出たら、イチコロよ?」
「!!」
うまく言葉を返せないアリッサは、みるみる頬が熱くなるのを自覚した。
「え、あ、その……ど、どうして……?」
「どうしても何も分かりやすかったもの。あなたがシュヴァルツを見つめる眼差し、すごく熱っぽくて。どうやらあの時よりもずーっと、さらにシュヴァルツへの想いが募ってるみたいね?
キャサリンは真っ赤な口紅を塗った唇を、笑みの形にした。
「このことは誰にも……」
「当然よ。人の恋を吹聴して邪魔する趣味はないもの」
ほっと胸を撫で下ろす。
「それにしてもあの冷酷騎士にねぇ。フフ……まあたしかにシュヴァルツはすごく美形で、格好いいものねえ。浮いた話もないし。ちなみに彼のどこが好きなの?」
「……シュヴァルツ様には命を救っていただいたんです。最初は怖い人に見えましたけど、でも、色々気遣っていただけて……」
「フフ、頑張ってね。シュヴァルツは魔塔の頃から女嫌いで恋路には不慣れだと思うから、押せば案外どうにかなるかも」
「お、押す!? 無理です……!」
「あら、がんばってみたら。好きなんでしょう。相手をものにするんだったら、頑張らないと駄目よ。フフ。それじゃあ、私はそろそろお暇するわね。また何か進展があったら是非、聞かせてね?」
キャサリンはネコのように円らな瞳をキラキラさせながら言った。
アリッサは曖昧に頷いておくことにした。
キャサリンと一緒に部屋を出ると、騎士団団長の秘書官であるジェリドと鉢合わせた。
「ジェリド様、こんにちは……」
アリッサは頭を下げた。ジェリドの神経質そうな眼差しが、アリッサの持っている衣装ケースを一瞥する。
「あなたのせいで、魔塔が王国への対応におおわらわだというのに、ご自分は呑気に服ですか。ずいぶんと呑気なものですね」
「……す、すみません」
キャサリンがキッと目をつり上げた睨み付けた。
「ちょっとジェリド。いきなりそれはないんじゃない? 何が気にくわないのか知らないけど、年端もいかない子にそうやって威圧的に接するのは関心しないわね。あんたって昔から変わらない嫌味野郎よね!」
「キャサリンさん、駄目ですよ」
ジェリドは鼻で笑う。
「戦うことをやめたあなたに言われたくないですね。あなたがやめた後も我々は命を惜しまず、魔獣と戦っているんですよ」
「ハッ! 何が我々よ。あんたは魔術師っていうより、ただの小役人でしょうが!」
「何ですって!?」
「何を揉めている」
そこへシュヴァルツとカーティスが現れる。
ジェリドがかすかに焦った表情で振り返る。
「別に」
キャサリンが鼻を鳴らす。
「なにが別に、よ。人の顔を見るなり嫌味を言ってきたくせに」
「ジェリド。アリッサに言いたいことがあるなら俺に言え。彼女の処遇についての全責任を負っているのは俺だ」
「べ、別に言いたいことなどありません」
ジェリドは明らかに色をなくしている。カーティスが笑う。
「立場の弱い奴にしか威張れないから、副団長の座をシュヴァルツに奪われるんだ」
ジェリドは怒りで顔を赤黒くしながら「失礼するっ」と逃げるように立ち去っていく。
「カーティス様、大丈夫なんですか。あんなこと言って……」
「いいんだよ。普段から団長の権威を傘に来て偉そうにああだこうだ言っていやがるんだから。時々痛い目に遭わせないとな。実戦も何もしらねえ事務官風情が」
カーティスには珍しく吐き捨てるように言うと、すぐに笑顔になって、キャサリンを見る。
「で、なんでキャサリンがここに?」
「ドレスが出来たから届けにね。ついでにあんたたちの顔を見ようと思ったの」
「そっか。で、外の面白い話は仕入れてないのか?」
「呆れた。本当にあなたってゴシップ好きねえ」
「ここじゃそういう刺激とは縁遠いんだよ。魔獣討伐の依頼も最近はないし。刺激に飢えてるんだよ」
「そうねえ……あ、最近だと、リンカルネの話が耳に入ったわ」
アリッサの心臓が、ドキッと跳ねた。
「なんでもリンカルネの王様、結婚したらしいんだけど、その王妃ってのがかなりの浪費家みたいでねえ。ただでさえ今年は飢饉で民が苦しんでるのに豪華なパーティーを毎日のように開いてるっていう話が民に伝わったらしく、王への抗議で大変みたい」
――王妃ってルリアのことだよね、多分。
昔から甘やかされて育ったルリアは派手好きだ。
確かに王妃となったら見栄も手伝って無駄なことにお金を使いそうではある。
「そいつはいいな。じゃ、俺はキャサリンを送るから、シュヴァルツはアリッサちゃんを頼むな」
カーティスはキャサリンの腰を抱く。
キャサリンも別に悪くなさそうな顔で、カーティスに身を預け、寄り添うように玄関から出て行く。
――もしかしてキャサリンさんがやめるきっかけを作ったのって……。
「あの二人、お付き合いしてるんですか?」
「カーティスのほうはほれてるみたいだけど、どうだろうな。荷物を持つ」
「いいえ。これくらい大丈夫です」
「階段を持ってあがれないだろ。いいから貸せ」
「……それじゃあ、お願いします」
衣装ケースを二つ、軽々と持ち上げたシュヴァルツは、アリッサの前を歩く。
キャサリンからの言葉が脳裏を過ぎる。
――お、押す……って、抱きついたりすればいい……?
今はアリッサは手が空いていて、シュヴァルツは両手が荷物で塞がっている。
――え、えい!
思いっきり背中に抱きつく。びくっとシュヴァルツがかすかに震えたかと思えば、動きを止めた。
振り返ったシュヴァルツにギロリと睨まれた、ように見えた。
「なんだ?」
「あ、あ、あの……その……今、シュヴァルツ様の体が不安定に見えましたので、さ、支えようと……」
――ああもう、馴れないことをするから!
「問題ないから離れていろ。むしろ抱きつかれてるほうが危ない」
「……す、すいません」
おろおろしながら距離を取ると、シュヴァルツはそのまま黙々と階段を上がっていった。
――キャサリンさん、私には押すといのは無理みたいです……。
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