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10 手伝い

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 アリッサが起床すると、寮の人にお願いして用意してもらった一番サイズの生成りのシャツの上下に袖を通す。

 これはドレスが完成するまでの仮の服だ。

 一番サイズが小さいと言っても、小柄なアリッサからしたら十分大きいから袖や裾を幾重にも折らなければいけなかった。

 アリッサは一階へ下りて食堂に入った。

「あの……」

 声をかけると、料理の準備をしているおばさんたちがカウンターの向こうから顔を出した。

「あら、アリッサちゃん。ごめんねぇ。まだ準備中なのよ」
「違うんです。何かお手伝いすることはないかなと思いまして」

 おばさんたちが顔を見合わせる。

「でもあなた、団員でしょう?」
「違います。ちょっと理由がありましてこちらにご厄介になっているだけなんです。居候の身で何もしないのは申し訳ないので」
「包丁は使える?」
「野菜の皮むきや料理は得意ですっ」
「それじゃ、野菜の下拵えを手伝ってもらえる?」
「はい!」

 厨房に入ると、早速大量のたまねぎとの格闘がはじまる。

 こぼれる涙を拭いつつ、丁寧に皮を剥き、みじん切りにしていく。

 団員全員の腹を満たさなければいけないから、野菜一つとってもその数はかなりのもの。

「あら、手際がいいのねぇ。料理を作るお仕事でもしてたの?」
「はい、まあ……」

 たまねぎの次は、山盛りのジャガイモ。

 身を削りすぎないよう皮を剥き、ジャガイモはざくぎりにしていく。

 他にもニンジン、ピーマン、かぶ、芋……と野菜をどんどん切っていく。

 料理の下拵えを終えた頃、訓練の汗を流した団員たちが食堂へ入ってくる。

「みなさん、おはようございますっ」

 アリッサがカウンターから顔を出すと、団員たちは驚く。

「アリッサさん、ここで働いてるんですか?」
「お手伝いをさせてもらってるんです」
「いやあ、若い子が朝から挨拶してくれるとやっぱ最高だよなぁ」
 そう口を滑らせた団員にはすかさず、ベテランのおばちゃんが「悪かったわね、若くなくて。あんた、今日一日、マッシュポテトでも食べてなっ」とすかさずツッコミが入り、「いや、あの違うんですよ……」と団員はしどろもどろになった。それを見て、他の団員が腹を抱えて笑う。
「何をしてる」
「あ、シュヴァルツ様、おはようございます」
「俺もいるよ~」
「カーティス様もおはようございますっ」

 カウンターの奧から頭を下げると、シュヴァルツは眉をひそめた。一方のカーティスは面白そうにニヤニヤしている。

「アリッサちゃん、お手伝い?」
「せっかくこちらにご厄介になっているので少しでも何かしたいと思いまして。魔法は使えませんけど、料理の下ごしらえくらいはできますのでっ」
「そんなことをする必要はない。お前は雇われてるわけじゃないんだ」
「分かってます。でも何かしたくて」

 呆れられたのか、シュヴァルツはため息をこぼす。

「シュヴァルツ様はステーキですか?」
「……ああ」
「俺はサンドイッチをよろしくねー」

 二人の注文の品を厨房へ伝え、出来上がった料理をカウンターに置く。

 注文の品をテキパキとさばいていく。

「アリッサちゃん、お手伝いありがとね。あなたもご飯食べちゃいなさい」
「はい。それじゃサンドイッチとトマトスープをお願いします」

 料理を出してもらい、空いている席を探していると、カーティスが「こっちこっち」と手を振ってくれる。

 アリッサは席に着く。二人はすっかり料理を食べ終えていた。

「アリッサちゃん、うちのマスコットキャラみたいだよなぁ」
「……それは、褒められてるのでしょうか……?」
「もちろん」
「あ、ありがとうございます……?」

 いつも通り陽気なカーティスにくらべ、シュヴァルツはあいかわらず表情に乏しく、じっと見つめてくる眼差しが鋭い。

「おーい、シュヴァルツ。そんなにじっと睨んでないで、用があるなら口で言え」

 睨んでない、とシュヴァルツは言ってから、「体の調子はいいのか?」と聞いてくる。

「はい。今朝はすごく気分が良くって」
「ならいい」
「なにが、ならいい、だよ。冷静ぶりやがって。こいつ、アリッサちゃんの部屋に行ったらしいんだけどさ。アリッサちゃんがどこにもいないって、あっちこっち探し回ってたんだよ。俺にもアリッサを知らないかって慌てた様子で……」
「話を作るな。別に慌ててない」
「聞いてきたのは本当だろ?」
「当然だ。こいつの面倒を見るのは俺の責任なんだからな。アリッサ。何かをするんだったら事前に言え。お前の行動を把握するのも俺の務めなんだ」
「すみません。次からは気を付けます……」
「アリッサちゃん。謝る必要ないって。こいつは単に心配してるだけだからさ。お前も言葉には気を付けろよ。そんな怖い顔で迫ったら、余計にアリッサちゃんをビビらせるだけだぞ」
「よく喋る奴だな。そんなに体力がありあまってるなら、昼まで俺に付き合え。徹底的に扱いてやる」
「はあ!? お前に付き合ったら俺の体がバラバラになるだろうが。俺はお前と違って繊細なんだよ」
「副団長命令だ。付き合え」
「権力を振るうとかずるいだろ! 俺は親友としてだな……」
「ほら、行くぞ」

 シュヴァルツは抵抗するカーティスの腕を掴んで、引きずるように食堂を出て行く。

「くっそぉぉぉぉぉぉ……! 鬼ぃぃぃぃぃぃぃぃ……!!」

 カーティスの絶叫が廊下に響きわたった。
 これはいつものことなのか、周りの団員たちは平然と食事を続けていた。

 微笑ましさで思わず微笑んだアリッサは、サンドイッチを頬張った。



 朝食を終えると団員たちが戻してくる食器を洗う。

 昼、夜と食堂のお手伝いをし、一日が過ぎていく。

 風呂は寮の大浴場を騎士団団長のザックスの特別な計らいで、他の団員の人たちに先んじて入らせてもらえている。

 一日の汗を流すと、さっぱりして気持ちも上向く。

 大浴場から部屋に戻る途中、廊下の窓から見える月を眺めると、今の平穏を噛みしめずにはいられなかった。

 そしてアリッサにこの平穏をくれたのは、シュヴァルツ。

 ――呪紋の解呪作業につきあってもらってる上にドレスを買ってもらって、ここでの生活も色々と配慮してもらって……。でも私はぜんぜん、シュヴァルツ様にお返しができていない。

 もちろん彼が見返りを期待していないのは分かっている。

 でも一方的にしてもらってるだけなのはやっぱり申し訳ないし、心苦しい。

 とはいえ、アリッサがシュヴァルツに出来ることは何もない。

 アリッサはシュヴァルツの部屋の前に立ち、ノックをした。

「誰だ」
「私です。すいません。夜遅くに」
「鍵は開いてる。入れ」

 失礼します、とアリッサは部屋に入った。

 シュヴァルツは机で書類をしていたらしい。

「衝動か?」
「いいえ。今日はまだ大丈夫みたいです」
「なら、どうした?」
「お洗濯ものかなにかないかなと思いまして。よろしければ私に洗わせてもらえないかと」

 シュヴァルツの双眸が、細くなる。

「どうしてお前がそんなことをするんだ」
「シュヴァルツ様に何かお礼がしたいんです。色々としてもらっているのに、私はただそれを受け入れるだけで何もお返しができていないので。だからせめて身の回りのお世話だけでもさせてもらえないかと」
「余計な気を回すな」
「でも何かしたいんです。どんな些細なことでも。私は命を助けてもらって、今は呪いも解いてもらっているんです……」

 シュヴァルツは何もをも見通してしまいそうな力強い眼差しで、じっと見つめてくる。

 神秘的な菫色の双眸。そして瞳に浮かんだ澄んだ光を見ているだけで、鼓動が早くなり、顔が火照る。

 こうして腕を少し伸ばしただけで届きそうなほど近い距離にいる、彼との体格差を自覚せずにはいられない。

 彼の筋肉のついた腕で抱きしめてもらったことが、生々しく蘇る。

 彼の薄い唇で、どれだけ口を塞がれただろう。

 ――どうしてこんなにシュヴァルツ様のことを意識してしまうんだろう。命の恩人だから?

 今感じている胸の高鳴りや、肌の火照りは呪紋の衝動とは違う。

 これはただ純粋に、アリッサが彼を意識してしまっているから起こってっていることなのだ。

「今日一日まだ呪紋が発動していないと言ったな。本当か? また我慢してるんじゃないだろうな」
「我慢していません」

 シュヴァルツは右手を伸ばし、手の甲でそっと頬を撫でるように触れてくる。

 彼の手はひんやりして冷たかった。いや、アリッサの肌があまりに火照りすぎてそう感じただけだろうか。

「顔が火照っているだろ。これでも違うと言うのか」

 ――ダメ! これ以上、シュヴァルツ様と一緒にいたら心臓が壊れちゃう!

「本当に違います。ほ、ほら、見て下さいっ」

 胸元をくつろげ、呪紋に異常がないことを示す。

「……それならどうしてそんなに肌が赤いんだ」
「こ、これは……あの………………夜分遅く来てしまってすみません! 失礼します! お、おやすみなさい!」

 アリッサは頭を下げると逃げるように部屋を出て、急いで自分の部屋に帰り着くと、ベッドに飛び込んだ。

 胸に手を当てると、バクバクと痛いくらい鼓動がうるさかった。
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