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26 虜囚
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無事に屋敷まで到着したヨハネは、私を軽々と横抱きにすると、そのまま屋敷に入っていく。
「ヨハネ、ひとりで歩けるから!」
こういうことはたしかに前にもあった。
「だろうな」
「だ、だったら下ろして欲しいんだけど!」
「駄目だ」
「どうして……っ」
「俺がしたいから」
「そんな子どもみたいなことっ」
「どうやら、俺はユリアと一緒にいると子どもっぽくなるみたいだ。お前を独占したくて、構いたくってしょうがなくなる」
前もこんな風に抱き上げられていたけど、部屋の前で下ろしてくれたはず。
私は赤面しながらじっとこらえる。
でも部屋の前にきても下ろしてはくれず、そのままヨハネは部屋に入り、さらに寝室に入り、ようやくベッドに下ろしてくれた。
「…………」
「…………ヨハネ?」
ヨハネはなかなか立ち去らなかった。
私をじっと見下ろす、その真剣な眼差しは何かを思い起こさせる。
少し考えて思いつく。
(遊んで欲しい犬みたい)
そう言えば、ヨハネはあの時計塔の上で、本当はしたいことがあったけど、止まらなくなりそうだからという理由で何もしなかったんだっけ。
(私にしたいことがあるけど、我慢してるってことよね)
いくら恋愛事に疎くても、恋人たちが何をするのかは分かっている。
ただ私から唇に……というのは、さすがに恥ずかしい。
頭に思い浮かんだのは、子どもの頃にシスターが眠る前に子どもたち一人一人にしてくれたこと。
あれだったら、私からしてもはしたないということにはならないと、思う。
「……今日は助けてくれて、ありがとう」
私はヨハネの頬にそっと口づけをする。
こんな子ども染みたことでも、喜んでくれれば嬉しいんだけど。
「っ!」
ヨハネは虚を突かれたようにしばらく頬を手でおさえながら、私のことを穴が開くほどじっと見つめる。
じわじわとその頬を赤くする。
(え!?)
その予想外の初々しい反応に驚かされてしまう。
「ど、どうして」
ヨハネがどもった。
「……じっと私のことを見てたから、なにかを待ってるのかなって」
説明するのも恥ずかしい。
「離れがたかったから、ユリアの姿を網膜に焼き付けておきたくて……」
「え」
なんて紛らわしいの!
「ユリアからこんなことをしてくれるなんて、感動だ」
ヨハネは私を痛いくらいぎゅっと抱きしめてくれる。
「あなたが私にしてくれたことを考えれば、これくらいじゃ足りないけど」
「ユリアからこんなことをしてくれるなんて、俺は大陸一幸せな男だよ」
真剣な声と目でそんな大袈裟なことを口にする。
(今ので、そんなに喜んでくれるのなら嬉しい)
ありがとう、とヨハネは私の左頬に口づけを返してくれた。それもその口づけは、あと数ミリずれれば、唇に届きそうなくらい近くて。
「っ!」
ヨハネは優しく微笑し、「それじゃ、よく休んでくれ。明日もまた忙しくなる」と言い置いて、部屋を出ていく。
はっきりと、彼の唇の感触が残っている。
(や、休めないよ!)
彼からのお返し(?)に私は俯くことしかできなかった。
※
翌日、私は近衛騎士団に守られ馬車に乗り込もうとしていた。ヨハネは今日も自身の騎士を率いて同行してくれる。
そこへ、二頭の馬に乗った男性たちが駆け込んでくると、ヨハネの前で下馬をする。
「王太子殿下より伯爵様に命令がでました。魔物討伐支援のため、至急、赴くようにとのご命令でございます!」
「駄目だ。これから聖女ユリアの護衛として出かけなければならない」
使者たちがぎょっとした。
「お、王太子殿下のご命令ですが」
「それが?」
ヨハネは全く温度を感じさせない、冷ややかな声音で言う。
明らかに異変を感じ取り、王宮からの使いが顔を青くする。
「他の奴らが行けばいい。それで事足りるだろう」
「それが、応援に出た騎士団たちの手に余る用で……」
「たとえそうであっても――」
「ヨハネ、私のことは大丈夫だから行って。殿下からの命令なんだし……」
「たとえ国王からの命令でも聞くわけにはいかない。今日も魔物に襲われたらどうするんだ」
「そのために殿下は近衛兵を護衛につけてくださったのよ。魔物の被害が増えるのは問題だわ。私のことが心配ならぱぱっと片付けて合流して」
渋面を作るヨハネの顔にははっきりと『嫌だ』と書いてあった。ここまで分かりやすい人も珍しいかもしれない。
「こうして迷っている時間ももったいないわ。お願い。私には私にしかできない務めがあるように、あなたもあなたにしかできない務めがあるんだから」
ヨハネは溜息をつくと、「分かった」と頷いた。
そしてヨハネは、近衛騎士たちに目を向ける。騎士たちがびくっと反応する。
「俺がいない間、ユリアに僅かな傷でもつけてみろ。お前ら全員、その首を刎ねてやるから覚悟しろ! 分かったかっ!」
「は、はいっ!」
こうして私たちは別れ、それぞれの目的地を目指して王都を出立した。
大丈夫、とは言ったものの、やっぱりヨハネがいないと不安だ。
他の騎士を信用してないわけじゃないけど、ヨハネの姿を見ているだけで心強かった。
私は頭を左右に振った。
(何を弱気になってるの。大丈夫って送り出したくせに!)
ここでしっかりやっていないと、次からどんな緊急事態にもヨハネは私のそばを今以上に離れなくなる。
そうしたら大変だ。
その時、ガタン、と馬車が大きく揺れると、急停車した。
何かあったのかと外の騎士に呼びかけようとしたその時、馬車を護衛していた騎士に矢が刺さり、落馬した。
「!」
はっと息を呑んだ次の瞬間、白銀の鎧をまとう一団と、私の馬車を守る騎士たちとの戦いが行われるのを目の当たりにした。
私はただ反射的に車内で頭を守るようにしゃがみこんだ。
馬のいななきや、人の絶叫、刃が肉を断つ生々しい音、悲鳴、甲冑が擦れる金属音――きな臭い音が錯綜した。
(ヨハネ……!)
不意に、音がぴたりとやんだ。
お、終わったの……?
ギッ、とかすかに扉の軋む音と共に、扉が開いた。
「せ、いじょ様……お、おにげくださ……ぐぁっ!」
「っ!!」
王宮騎士がぐったりと地面に崩れ落ちる。その背中には剣が突き立っていた。
騎士の背後にいたのは、白銀の甲冑をまとった男。ニヤリ、と男は笑う。
「これはこれは聖女様。ご機嫌麗しゅう……)
見覚えがあった。
剣術大会でヨハネに呆気なく破れた、大男。
「っ!」
私は逃げようと反対の扉に飛びつこうとするが、それよりも先に襟首を強く掴まれるほうが早かった。
乱暴な力で首がしまり、咳き込んだ。
私は後ろに引き倒される。
「どうか、我々とご同行を」
男はにたりと笑って言った。
※
「さあ、こっちだ!」
「い……痛ぁっ……」
私は大男に腕をねじあげられ、馬車から追いたてられるように外に連れ出された。
そこは見知らぬ屋敷。
敷地のあちらこちらに白銀の甲冑をまとった騎士たちが警備に当たっている。
(この白銀の甲冑って……間違いない。アーヴァンさんのと同じ……)
つまり侯爵の私兵。
(でもどうして彼らが王宮の騎士を倒してまで私のことを)
侯爵がしたことは明らかな反逆行為だということは、私にだって分かる。
私が連れて行かれた先の部屋には、侯爵、そしてカトレアの姿があった。
二人は優雅にワインを飲んでいた。
「侯爵様、ユリアを連れてきました」
「ご苦労」
「さあ、侯爵様と聖女様の御前だ。頭を下げろ!」
「……」
「下げろと言うのが聞こえなかったのかっ!?」
「っ!」
大男によって力ずくで跪かされ、頭を床へ押しつけられてしまう。
「ゴリアテ。そうあんまり乱暴にしないでちょうだい。大切な聖女なんだから」
「は、申し訳ありません」
大男が媚びを売るような笑顔になる。
カトレアは蔑むような笑みを私に向けている。
侯爵もまた同じ顔つきで、私のそばまでやってくる。
「聖女ユリア、ようこそ、我が別荘へ。剣術大会以来、ですかな?」
侯爵は薄気味悪い笑顔を向ける。
「これは一体どういうつもりなんですか……」
「少々、手荒な真似をして申し訳ない」
少々? その目はガラス玉か何か?
これのどこが少々なの!?
「実はあなたにお願いがありましてね、ここまでご足労いただいたわけです。あの水源の浄化ですが、少し待って頂きたいのですよ」
「何を仰っているんですか。あそこを浄化しないと、大勢の人たちが……」
「おい! 侯爵様がしゃべっているだろうがっ!」
私は頭を床に押さえつけられる。
「っ!」
痛みのあまり、涙がにじむ。
「あの身の程知らずの王太子に、その地位を降りるよう言って欲しいんです。さもなければ、力は使えぬ、と」
「……どうしてそんなことを」
「あの男が目障りだからですよ。王太子のせいでどれだけ我々の力が削がれているか……。ここまで王国を支えてきた私や、聖女カトレアを蔑ろにするなんて罰当たりもいいところだ」
「国を支えてきた……? 自分たちの欲望のためでしょう! 金儲けのために聖女の力を利用するなんて、恥を知るべきじゃないですか!」
「何だと?」
侯爵の目に剣呑な光が浮かぶ。
「どこまで身勝手な人たちなの! この期に及んで自分たちの権力のことしか考えられないの!?」
「侯爵様に向かってなんて無礼なことを! 口を慎みなさい、無能な聖女の分際で!」
カトレアが苛立ったように目をつり上げた。
「どうしますか、侯爵」
私を押さえつけているゴリアテが言った。
「地下牢へ放り込んでおけ。所詮は小娘。すぐに音を上げる」
私は髪を掴まれて乱暴に起こされる。
「うぁっ!」
「来い!」
乱暴に引きずられていった。
(ヨハネ、助けて……)
「ヨハネ、ひとりで歩けるから!」
こういうことはたしかに前にもあった。
「だろうな」
「だ、だったら下ろして欲しいんだけど!」
「駄目だ」
「どうして……っ」
「俺がしたいから」
「そんな子どもみたいなことっ」
「どうやら、俺はユリアと一緒にいると子どもっぽくなるみたいだ。お前を独占したくて、構いたくってしょうがなくなる」
前もこんな風に抱き上げられていたけど、部屋の前で下ろしてくれたはず。
私は赤面しながらじっとこらえる。
でも部屋の前にきても下ろしてはくれず、そのままヨハネは部屋に入り、さらに寝室に入り、ようやくベッドに下ろしてくれた。
「…………」
「…………ヨハネ?」
ヨハネはなかなか立ち去らなかった。
私をじっと見下ろす、その真剣な眼差しは何かを思い起こさせる。
少し考えて思いつく。
(遊んで欲しい犬みたい)
そう言えば、ヨハネはあの時計塔の上で、本当はしたいことがあったけど、止まらなくなりそうだからという理由で何もしなかったんだっけ。
(私にしたいことがあるけど、我慢してるってことよね)
いくら恋愛事に疎くても、恋人たちが何をするのかは分かっている。
ただ私から唇に……というのは、さすがに恥ずかしい。
頭に思い浮かんだのは、子どもの頃にシスターが眠る前に子どもたち一人一人にしてくれたこと。
あれだったら、私からしてもはしたないということにはならないと、思う。
「……今日は助けてくれて、ありがとう」
私はヨハネの頬にそっと口づけをする。
こんな子ども染みたことでも、喜んでくれれば嬉しいんだけど。
「っ!」
ヨハネは虚を突かれたようにしばらく頬を手でおさえながら、私のことを穴が開くほどじっと見つめる。
じわじわとその頬を赤くする。
(え!?)
その予想外の初々しい反応に驚かされてしまう。
「ど、どうして」
ヨハネがどもった。
「……じっと私のことを見てたから、なにかを待ってるのかなって」
説明するのも恥ずかしい。
「離れがたかったから、ユリアの姿を網膜に焼き付けておきたくて……」
「え」
なんて紛らわしいの!
「ユリアからこんなことをしてくれるなんて、感動だ」
ヨハネは私を痛いくらいぎゅっと抱きしめてくれる。
「あなたが私にしてくれたことを考えれば、これくらいじゃ足りないけど」
「ユリアからこんなことをしてくれるなんて、俺は大陸一幸せな男だよ」
真剣な声と目でそんな大袈裟なことを口にする。
(今ので、そんなに喜んでくれるのなら嬉しい)
ありがとう、とヨハネは私の左頬に口づけを返してくれた。それもその口づけは、あと数ミリずれれば、唇に届きそうなくらい近くて。
「っ!」
ヨハネは優しく微笑し、「それじゃ、よく休んでくれ。明日もまた忙しくなる」と言い置いて、部屋を出ていく。
はっきりと、彼の唇の感触が残っている。
(や、休めないよ!)
彼からのお返し(?)に私は俯くことしかできなかった。
※
翌日、私は近衛騎士団に守られ馬車に乗り込もうとしていた。ヨハネは今日も自身の騎士を率いて同行してくれる。
そこへ、二頭の馬に乗った男性たちが駆け込んでくると、ヨハネの前で下馬をする。
「王太子殿下より伯爵様に命令がでました。魔物討伐支援のため、至急、赴くようにとのご命令でございます!」
「駄目だ。これから聖女ユリアの護衛として出かけなければならない」
使者たちがぎょっとした。
「お、王太子殿下のご命令ですが」
「それが?」
ヨハネは全く温度を感じさせない、冷ややかな声音で言う。
明らかに異変を感じ取り、王宮からの使いが顔を青くする。
「他の奴らが行けばいい。それで事足りるだろう」
「それが、応援に出た騎士団たちの手に余る用で……」
「たとえそうであっても――」
「ヨハネ、私のことは大丈夫だから行って。殿下からの命令なんだし……」
「たとえ国王からの命令でも聞くわけにはいかない。今日も魔物に襲われたらどうするんだ」
「そのために殿下は近衛兵を護衛につけてくださったのよ。魔物の被害が増えるのは問題だわ。私のことが心配ならぱぱっと片付けて合流して」
渋面を作るヨハネの顔にははっきりと『嫌だ』と書いてあった。ここまで分かりやすい人も珍しいかもしれない。
「こうして迷っている時間ももったいないわ。お願い。私には私にしかできない務めがあるように、あなたもあなたにしかできない務めがあるんだから」
ヨハネは溜息をつくと、「分かった」と頷いた。
そしてヨハネは、近衛騎士たちに目を向ける。騎士たちがびくっと反応する。
「俺がいない間、ユリアに僅かな傷でもつけてみろ。お前ら全員、その首を刎ねてやるから覚悟しろ! 分かったかっ!」
「は、はいっ!」
こうして私たちは別れ、それぞれの目的地を目指して王都を出立した。
大丈夫、とは言ったものの、やっぱりヨハネがいないと不安だ。
他の騎士を信用してないわけじゃないけど、ヨハネの姿を見ているだけで心強かった。
私は頭を左右に振った。
(何を弱気になってるの。大丈夫って送り出したくせに!)
ここでしっかりやっていないと、次からどんな緊急事態にもヨハネは私のそばを今以上に離れなくなる。
そうしたら大変だ。
その時、ガタン、と馬車が大きく揺れると、急停車した。
何かあったのかと外の騎士に呼びかけようとしたその時、馬車を護衛していた騎士に矢が刺さり、落馬した。
「!」
はっと息を呑んだ次の瞬間、白銀の鎧をまとう一団と、私の馬車を守る騎士たちとの戦いが行われるのを目の当たりにした。
私はただ反射的に車内で頭を守るようにしゃがみこんだ。
馬のいななきや、人の絶叫、刃が肉を断つ生々しい音、悲鳴、甲冑が擦れる金属音――きな臭い音が錯綜した。
(ヨハネ……!)
不意に、音がぴたりとやんだ。
お、終わったの……?
ギッ、とかすかに扉の軋む音と共に、扉が開いた。
「せ、いじょ様……お、おにげくださ……ぐぁっ!」
「っ!!」
王宮騎士がぐったりと地面に崩れ落ちる。その背中には剣が突き立っていた。
騎士の背後にいたのは、白銀の甲冑をまとった男。ニヤリ、と男は笑う。
「これはこれは聖女様。ご機嫌麗しゅう……)
見覚えがあった。
剣術大会でヨハネに呆気なく破れた、大男。
「っ!」
私は逃げようと反対の扉に飛びつこうとするが、それよりも先に襟首を強く掴まれるほうが早かった。
乱暴な力で首がしまり、咳き込んだ。
私は後ろに引き倒される。
「どうか、我々とご同行を」
男はにたりと笑って言った。
※
「さあ、こっちだ!」
「い……痛ぁっ……」
私は大男に腕をねじあげられ、馬車から追いたてられるように外に連れ出された。
そこは見知らぬ屋敷。
敷地のあちらこちらに白銀の甲冑をまとった騎士たちが警備に当たっている。
(この白銀の甲冑って……間違いない。アーヴァンさんのと同じ……)
つまり侯爵の私兵。
(でもどうして彼らが王宮の騎士を倒してまで私のことを)
侯爵がしたことは明らかな反逆行為だということは、私にだって分かる。
私が連れて行かれた先の部屋には、侯爵、そしてカトレアの姿があった。
二人は優雅にワインを飲んでいた。
「侯爵様、ユリアを連れてきました」
「ご苦労」
「さあ、侯爵様と聖女様の御前だ。頭を下げろ!」
「……」
「下げろと言うのが聞こえなかったのかっ!?」
「っ!」
大男によって力ずくで跪かされ、頭を床へ押しつけられてしまう。
「ゴリアテ。そうあんまり乱暴にしないでちょうだい。大切な聖女なんだから」
「は、申し訳ありません」
大男が媚びを売るような笑顔になる。
カトレアは蔑むような笑みを私に向けている。
侯爵もまた同じ顔つきで、私のそばまでやってくる。
「聖女ユリア、ようこそ、我が別荘へ。剣術大会以来、ですかな?」
侯爵は薄気味悪い笑顔を向ける。
「これは一体どういうつもりなんですか……」
「少々、手荒な真似をして申し訳ない」
少々? その目はガラス玉か何か?
これのどこが少々なの!?
「実はあなたにお願いがありましてね、ここまでご足労いただいたわけです。あの水源の浄化ですが、少し待って頂きたいのですよ」
「何を仰っているんですか。あそこを浄化しないと、大勢の人たちが……」
「おい! 侯爵様がしゃべっているだろうがっ!」
私は頭を床に押さえつけられる。
「っ!」
痛みのあまり、涙がにじむ。
「あの身の程知らずの王太子に、その地位を降りるよう言って欲しいんです。さもなければ、力は使えぬ、と」
「……どうしてそんなことを」
「あの男が目障りだからですよ。王太子のせいでどれだけ我々の力が削がれているか……。ここまで王国を支えてきた私や、聖女カトレアを蔑ろにするなんて罰当たりもいいところだ」
「国を支えてきた……? 自分たちの欲望のためでしょう! 金儲けのために聖女の力を利用するなんて、恥を知るべきじゃないですか!」
「何だと?」
侯爵の目に剣呑な光が浮かぶ。
「どこまで身勝手な人たちなの! この期に及んで自分たちの権力のことしか考えられないの!?」
「侯爵様に向かってなんて無礼なことを! 口を慎みなさい、無能な聖女の分際で!」
カトレアが苛立ったように目をつり上げた。
「どうしますか、侯爵」
私を押さえつけているゴリアテが言った。
「地下牢へ放り込んでおけ。所詮は小娘。すぐに音を上げる」
私は髪を掴まれて乱暴に起こされる。
「うぁっ!」
「来い!」
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