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5 聖女の力
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翌日、やってきた家庭教師の先生はいつもの人とは違った。
前の先生は怪我をして来られなくなったと朝食の席で公爵様が仰っていた。
新しい先生は、元々ヨハネ君が教わっていた先生らしい。
ヨハネ君が公爵様に、今の家庭教師は気に入らないと言ったから交代になったみたい。
今の先生は前の先生みたいに間違えてもムチを振るわず、私の習熟度に合わせて教えてくれるからすごく気持ちが楽になった。
なにより、ちゃんと眠れるようになったのが嬉しい。
どうしてヨハネ君はこんなにいい先生が気に入らなかったんだろう。
先生によると、ヨハネ君の家庭教師を五年ほど続けていたらしい。
これまで不満は言われたこともなかったし、関係性も良かったと先生は残念がっていたけど、「あの年頃のお子さんは気まぐれなところもありますからね」と仰っていた。
でもヨハネ君は教会にいる子たちみたいに移り気には見えないどころか、精神的にはどんな人よりも大人に見える。
そんな子がわがままや気まぐれを起こしたりするのだろうか。
『ね、寝るな! ちゃんと勉強しろっ!』
ヨハネ君から言われた言葉。
私たちの関係性はぜんぜん進展がないどころか、情けないところを見られてしまったせいか、ますます開いてしまったように感じる。
「はぁ」
「何か心配事ですか?」
溜息をついているところをジャスミンさんに見られてしまった。
「少し疲れちゃったなって思って」
「お茶の時間にしますか?」
「お願いします」
私が何度も誘ったおかげか、アリシアさんとジャスミンさんも一緒にお茶を飲んでくれるようになっていた。こうして同年代の三人でお茶を飲むのはやっぱり一人で飲むより、ずっと楽しい。
ジャスミンさんは噂好きで、お屋敷に出入りする業者から聞いた色々な話を教えてくれる。その話は日常的なものから不思議な話、怖い話だったり。
それまで教会とその近所が世界の全てだった私にとって何もかもが新鮮だった。
「今日はとっておきの話をしちゃいますね!」
「もう、いいわよ。どうせ眉唾でしょ?」
アリシアさんが呆れたように言うと、ジャスミンさんは頬を膨らませた。
「そんなことないから。すごい話なんだから!」
「はいはい、じゃ聞かせて。大したことなかったら逆立ちでお屋敷の周りを一周してもらうからね」
「いいわよ。――実は、ここ最近、空が真っ赤になったかと思うと、人を飲み込むっていう不思議な現象が起きてるんだって。吸いこまれた人たちは跡形もなく消えちゃうみたい」
「そんな作り話を考えてて寝不足なわけ?」
アリシアさんはぜんぜん信じてない。
「ちーがーうー! 寝不足なのは恋愛小説が面白すぎるから……って、そんなことはどうでもよくって! 果物を納入してくれるおじさんが実際、見たんだって。空に赤い裂け目ができたと思ったら、そこに動物とか植物とか、とにかく色んなものが飲み込まれていったんだって! 吸いこむだけじゃなくって、吐き出したりもするみたい。金色の馬の首が落ちてきたんだって!」
「……明らかにそのおじさんに騙されてるでしょ」
「そんなことないから! おじさんは貴重な情報源だし……! シシカバブーっていう空飛ぶ蛇の話だって教えてくれたんだから!」
「ほーら。騙されてる」
「もう、アリシア、疑り深すぎっ」
「あんたが、信じすぎなんでしょ」
「……お嬢様は今の話どう思います?」
ジャスミンさんが、捨てられた子犬のような顔で見てくる。
え。
まさか話を振られるとは思わず、固まってしまう。
「……本当なら怖いですね。まさか魔物の仕業なんですか……?」
魔物はもう千年以上前に、滅びてるはずだけど。
「さあ、どうなんでしょう。とにかく空が赤くなったら全力で逃げるしかないですね! 他にも……」
こうしてお茶会は賑やかに過ぎていった。
※
「お、お嬢様!」
いつものように髪を整えてもらっている時、アリシアさんが昂奮した声をあげた。
人に髪をいじられる心地よさに目を閉じていた私は、はっとして目を開ける。
「どうしました?」
「聖痕の花が開いてます! ご覧下さい!」
鏡に映してもらうと、たしかに花の蕾が開いていた。
「お嬢様、おめでとうございます!」
「あ、ありがとうございます」
すぐに公爵様に知らせに行くと、喜んで下さった。
いよいよ私の能力が何か分かる時がきたのだ。
大聖堂へ出かける日のために、公爵様はわざわざ街一番のデザイナーを呼んで、ドレスと装飾品を仕立ててくれた。
大聖堂へ出かける当日は、朝からその準備に大わらわ。
今日ばかりはアリシアさんとジャスミンさんにお願いして、普段以上に念入りに髪や肌のお手入れやお化粧をしてもらった。
「お嬢様、こちらでいかがでしょうか」
姿見の前に立った私は、これまで以上に本当に自分なのかと思うくらい綺麗になっていた。
自画自賛というわけじゃなくって、自分だということが信じられない。まるでお姫様。
「これだったら公爵様に恥をかかせるなんてことはありませんよね」
「もちろんです。とても素敵ですよ、お嬢様」
「お嬢様は素材がいいんですから、もっと自信を持って下さい!」
「あ、ありがとうございます」
私は二人にお礼を言って、公爵様が待っていらっしゃる玄関ホールへ向かう。
「遅れて申し訳ありません」
階段を下りていくと、ホールには公爵様とヨハネ君がいた。
お二人とも正装姿がばっちり決まっている。
そしてお二人とも、びっくりしたような顔で見つめてくる。
あ、あれ? どこかおかしいかな。
私は不安になって俯いてしまう。
「私がこんな素敵な格好、変ですよね。やっぱり着替えて――」
「ああ、いや、違うんだ。とても素敵で驚いてしまったんだよ」
公爵様は笑顔でそう仰って下さる。
「本当ですか? 公爵家の一員として恥ずかしくないでしょうか?」
「むしろ、誇らしい!」
「あ、ありがとうございます」
私はヨハネ君を見るけど、やっぱり顔を背けられてしまう。
へこみそうになるけど、今日は晴れ舞台だ。
俯いてはいけないと、弱気を押さえて顔を上げた。
今日から私は正式に聖女になるんだから。
「さあ、急ごう」
「はいっ」
私は気合いを入れ、馬車に乗り込んだ。
気持ちいい青空を背景に、大聖堂が日射しを浴びて白銀色に輝く。
公爵様とヨハネ君を先頭に、私は馬車を降りた。
大聖堂へ入ると、人の熱気が凄かった。
参列席には王国中の貴族たちが勢揃いしている。
赤い絨毯の先には、私以外の聖女たちが二人揃っている。
彼女たちのかたわらにいるのは、後見役をつとめている貴族の当主たち。
「は、はじめまして」
私は聖女のお二人に頭を下げるが、そっぽを向かれた。
(なにか気に障ることをしてしまったのかしら)
同じ聖女なんだから仲良くできればと思っていたんだけど。
気まずさを覚えつつ、前を向く。
そこへ白い司祭服をまとい、立派な口ひげと顎ひげをたくわえたおじいさん――大司教様が、何人もたくさんの司祭様たちを伴って現れる。
大司教という人には会いたくてもあえない、とシスターは常々仰っていた。
そんな方をこんな間近で見られるなんて!
私たち聖女をはじめ、公爵様たちもまた深々とお辞儀をする。
「それではこれより聖女の儀式をはじめたいと思います」
教皇様の前に、大人の男の人が両腕で抱えるくらいの大きな水晶玉が運ばれてくる。
「この聖なる水晶に手をかけると、聖女たちがどんな力をもっているのかが分かる仕組みになっております。ではまず、聖女カトレア。こちらへ」
「はい」
聖女のうちの一人、鮮やかな水色髪に金色の瞳をもった女性が階段を上がり、大司教様の元へ。
真っ白なドレスを美しく着こなす様子は、まるで絵本に出てくる雪の妖精みたい。
カトレアさんが水晶へ手をあてると、透明だった水晶玉が金色に輝く。
「聖女カトレアは、治癒魔法!」
大司教様の傍らに控える司祭様が宣言した。
会場がどよめくと同時に、カトリアさんを後見している貴族家の当主がにんまりと微笑んだ。
治癒能力は聖女として最も格が上とされている能力。
どんな傷もたちどころに治してしまうのだ。
次は真っ赤な髪に神秘的な緑色の瞳の大人びた女性。
きっと私とカトレアさんよりも年上で、二十代くらいだと思う。
セクシーな紫色のドレスがとてもよく似合っていた。
水晶に手を乗せると、その髪の色よりもずっと鮮やかな赤い輝きが生まれる。
「聖女イリーナの力は、火魔法!」
属性のついた魔法は治癒魔法には及ばないけど、それでも十分素晴らしい力。
かつて属性魔法を持った聖女は戦争で王国の勝利に貢献していた。
そしていよいよ私の番。
(どうか私にも素晴らしい力がありますように!)
同じ世代に同じ能力はないから治癒魔法は無理でも、他の属性の魔法であれば、公爵様にも喜んでもらえる。
「水晶に手を」
水晶玉に手を置けば、光輝く。その色は白銀。
「聖女ユリアの力は、浄化魔法!」
どよめきが起こった。しかし治癒魔法、火魔法とは趣が違う。
溜息がほうぼうから聞こえるのだ。
私は倒れそうになるのを両足で踏ん張って必死にこらえていた。
浄化能力はかつては上位とされている能力。
魔物がはびこり、世界が病み、世界中が汚染されていた時代は。
でもそんな時代は千年以上前に終わり、今となっては使い道がほとんどない、ハズレ能力。
とても公爵様のほうを見ることができない。
「――外れの聖女」
「っ!」
カトレアさんは満面の笑みを浮かべ、私にだけ聞こえる声で囁き、妖しく笑った。
冷たい手で心臓を握られてようにドキッとし、私は表情を強張らせる。
「所詮、下賤な孤児の身よね。お似合いだわ。役立たずの聖女サン」
言い返すこともできず、俯いてしまう。
「では、聖女および後見役の皆様、これより王家主催のパーティーがございますので、王宮への移動をお願いいたします」
案内役の男性に言われ、私たちは再び馬車に乗り込んだ。
公爵様は難しい顔をしたまま黙っていて、馬車の空気は重苦しい。
きっとはずれクジを引いたと思われているんだろうな。
王宮でのパーティーの華やかさがより一層、気分を落ち込ませた。
はじめて王宮で貴族の方々に混じってきらびやかなパーティーを経験できるというのに、一刻も早く屋敷に帰りたかった。
カトレアさんや、イリーナさんの周りに大勢の貴族が集まっている。
私の元には申し訳程度の貴族の方々が挨拶に来てくれるばかり。
そんな人たちもすぐに カトレアさんやイリーナさんの元へ行ってしまう。
私は壁の花になることもできず、その場に立ち尽くす。
公爵様は、どちらにもいらっしゃらなかった。
視線を感じてそちらを見ると、ヨハネ君が私のことを見つめていた。
すごい怖い顔で。
無能な聖女だと分かって、やはり公爵家に相応しくないと思っているのかもしれない。
あの目はきっとそう……。
でも何の言い訳もできない。
「か、回復魔法なんて、大したことじゃない……っ」
ヨハネ君が私の目の前にやってくるなり、そう言った。
「え?」
「だいたい回復魔法なんて使えなくても、医者がいればそれでいい。火属性の魔法だってそうだ。この国には勇猛な騎士がたくさんいる。俺だって大人になれば騎士団を率いて、王国のために戦うつもりだ。だから攻撃魔法なんて使えなくたって構わない。で、でも……浄化の力は……代わりがきかないだろ。それはすごい力だ」
これって……。
「……もしかして、励ましてくれてる?」
「はあ!? そ、そんなわけないだろ! 何を聞いてたんだっ! ただ事実を言っただけだ! 励ますとかそういうんじゃない……!」
ヨハネ君は顔を真っ赤にするほど怒る。
「ご、ごめんなさい……!」
私が首を縮めて謝罪すると、ヨハネ君は顔を真っ赤にしたままぐっと押し黙る。
「――まったく。見ていられないな。ヨハネ、不器用過ぎるよ」
「う、うるさいっ」
「?」
私はスカートの両裾をもちあげて、挨拶をする。
「聖女ユリア、おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「難しいかもしれないけど、気になさらないように。あなたが素晴らしい力を持った聖女であることに変わりはないのですから」
「……ありがとうございます」
うまく笑えてるかな。
殿下と話している間、ヨハネ君は私のことをじっと見つめていた。
前の先生は怪我をして来られなくなったと朝食の席で公爵様が仰っていた。
新しい先生は、元々ヨハネ君が教わっていた先生らしい。
ヨハネ君が公爵様に、今の家庭教師は気に入らないと言ったから交代になったみたい。
今の先生は前の先生みたいに間違えてもムチを振るわず、私の習熟度に合わせて教えてくれるからすごく気持ちが楽になった。
なにより、ちゃんと眠れるようになったのが嬉しい。
どうしてヨハネ君はこんなにいい先生が気に入らなかったんだろう。
先生によると、ヨハネ君の家庭教師を五年ほど続けていたらしい。
これまで不満は言われたこともなかったし、関係性も良かったと先生は残念がっていたけど、「あの年頃のお子さんは気まぐれなところもありますからね」と仰っていた。
でもヨハネ君は教会にいる子たちみたいに移り気には見えないどころか、精神的にはどんな人よりも大人に見える。
そんな子がわがままや気まぐれを起こしたりするのだろうか。
『ね、寝るな! ちゃんと勉強しろっ!』
ヨハネ君から言われた言葉。
私たちの関係性はぜんぜん進展がないどころか、情けないところを見られてしまったせいか、ますます開いてしまったように感じる。
「はぁ」
「何か心配事ですか?」
溜息をついているところをジャスミンさんに見られてしまった。
「少し疲れちゃったなって思って」
「お茶の時間にしますか?」
「お願いします」
私が何度も誘ったおかげか、アリシアさんとジャスミンさんも一緒にお茶を飲んでくれるようになっていた。こうして同年代の三人でお茶を飲むのはやっぱり一人で飲むより、ずっと楽しい。
ジャスミンさんは噂好きで、お屋敷に出入りする業者から聞いた色々な話を教えてくれる。その話は日常的なものから不思議な話、怖い話だったり。
それまで教会とその近所が世界の全てだった私にとって何もかもが新鮮だった。
「今日はとっておきの話をしちゃいますね!」
「もう、いいわよ。どうせ眉唾でしょ?」
アリシアさんが呆れたように言うと、ジャスミンさんは頬を膨らませた。
「そんなことないから。すごい話なんだから!」
「はいはい、じゃ聞かせて。大したことなかったら逆立ちでお屋敷の周りを一周してもらうからね」
「いいわよ。――実は、ここ最近、空が真っ赤になったかと思うと、人を飲み込むっていう不思議な現象が起きてるんだって。吸いこまれた人たちは跡形もなく消えちゃうみたい」
「そんな作り話を考えてて寝不足なわけ?」
アリシアさんはぜんぜん信じてない。
「ちーがーうー! 寝不足なのは恋愛小説が面白すぎるから……って、そんなことはどうでもよくって! 果物を納入してくれるおじさんが実際、見たんだって。空に赤い裂け目ができたと思ったら、そこに動物とか植物とか、とにかく色んなものが飲み込まれていったんだって! 吸いこむだけじゃなくって、吐き出したりもするみたい。金色の馬の首が落ちてきたんだって!」
「……明らかにそのおじさんに騙されてるでしょ」
「そんなことないから! おじさんは貴重な情報源だし……! シシカバブーっていう空飛ぶ蛇の話だって教えてくれたんだから!」
「ほーら。騙されてる」
「もう、アリシア、疑り深すぎっ」
「あんたが、信じすぎなんでしょ」
「……お嬢様は今の話どう思います?」
ジャスミンさんが、捨てられた子犬のような顔で見てくる。
え。
まさか話を振られるとは思わず、固まってしまう。
「……本当なら怖いですね。まさか魔物の仕業なんですか……?」
魔物はもう千年以上前に、滅びてるはずだけど。
「さあ、どうなんでしょう。とにかく空が赤くなったら全力で逃げるしかないですね! 他にも……」
こうしてお茶会は賑やかに過ぎていった。
※
「お、お嬢様!」
いつものように髪を整えてもらっている時、アリシアさんが昂奮した声をあげた。
人に髪をいじられる心地よさに目を閉じていた私は、はっとして目を開ける。
「どうしました?」
「聖痕の花が開いてます! ご覧下さい!」
鏡に映してもらうと、たしかに花の蕾が開いていた。
「お嬢様、おめでとうございます!」
「あ、ありがとうございます」
すぐに公爵様に知らせに行くと、喜んで下さった。
いよいよ私の能力が何か分かる時がきたのだ。
大聖堂へ出かける日のために、公爵様はわざわざ街一番のデザイナーを呼んで、ドレスと装飾品を仕立ててくれた。
大聖堂へ出かける当日は、朝からその準備に大わらわ。
今日ばかりはアリシアさんとジャスミンさんにお願いして、普段以上に念入りに髪や肌のお手入れやお化粧をしてもらった。
「お嬢様、こちらでいかがでしょうか」
姿見の前に立った私は、これまで以上に本当に自分なのかと思うくらい綺麗になっていた。
自画自賛というわけじゃなくって、自分だということが信じられない。まるでお姫様。
「これだったら公爵様に恥をかかせるなんてことはありませんよね」
「もちろんです。とても素敵ですよ、お嬢様」
「お嬢様は素材がいいんですから、もっと自信を持って下さい!」
「あ、ありがとうございます」
私は二人にお礼を言って、公爵様が待っていらっしゃる玄関ホールへ向かう。
「遅れて申し訳ありません」
階段を下りていくと、ホールには公爵様とヨハネ君がいた。
お二人とも正装姿がばっちり決まっている。
そしてお二人とも、びっくりしたような顔で見つめてくる。
あ、あれ? どこかおかしいかな。
私は不安になって俯いてしまう。
「私がこんな素敵な格好、変ですよね。やっぱり着替えて――」
「ああ、いや、違うんだ。とても素敵で驚いてしまったんだよ」
公爵様は笑顔でそう仰って下さる。
「本当ですか? 公爵家の一員として恥ずかしくないでしょうか?」
「むしろ、誇らしい!」
「あ、ありがとうございます」
私はヨハネ君を見るけど、やっぱり顔を背けられてしまう。
へこみそうになるけど、今日は晴れ舞台だ。
俯いてはいけないと、弱気を押さえて顔を上げた。
今日から私は正式に聖女になるんだから。
「さあ、急ごう」
「はいっ」
私は気合いを入れ、馬車に乗り込んだ。
気持ちいい青空を背景に、大聖堂が日射しを浴びて白銀色に輝く。
公爵様とヨハネ君を先頭に、私は馬車を降りた。
大聖堂へ入ると、人の熱気が凄かった。
参列席には王国中の貴族たちが勢揃いしている。
赤い絨毯の先には、私以外の聖女たちが二人揃っている。
彼女たちのかたわらにいるのは、後見役をつとめている貴族の当主たち。
「は、はじめまして」
私は聖女のお二人に頭を下げるが、そっぽを向かれた。
(なにか気に障ることをしてしまったのかしら)
同じ聖女なんだから仲良くできればと思っていたんだけど。
気まずさを覚えつつ、前を向く。
そこへ白い司祭服をまとい、立派な口ひげと顎ひげをたくわえたおじいさん――大司教様が、何人もたくさんの司祭様たちを伴って現れる。
大司教という人には会いたくてもあえない、とシスターは常々仰っていた。
そんな方をこんな間近で見られるなんて!
私たち聖女をはじめ、公爵様たちもまた深々とお辞儀をする。
「それではこれより聖女の儀式をはじめたいと思います」
教皇様の前に、大人の男の人が両腕で抱えるくらいの大きな水晶玉が運ばれてくる。
「この聖なる水晶に手をかけると、聖女たちがどんな力をもっているのかが分かる仕組みになっております。ではまず、聖女カトレア。こちらへ」
「はい」
聖女のうちの一人、鮮やかな水色髪に金色の瞳をもった女性が階段を上がり、大司教様の元へ。
真っ白なドレスを美しく着こなす様子は、まるで絵本に出てくる雪の妖精みたい。
カトレアさんが水晶へ手をあてると、透明だった水晶玉が金色に輝く。
「聖女カトレアは、治癒魔法!」
大司教様の傍らに控える司祭様が宣言した。
会場がどよめくと同時に、カトリアさんを後見している貴族家の当主がにんまりと微笑んだ。
治癒能力は聖女として最も格が上とされている能力。
どんな傷もたちどころに治してしまうのだ。
次は真っ赤な髪に神秘的な緑色の瞳の大人びた女性。
きっと私とカトレアさんよりも年上で、二十代くらいだと思う。
セクシーな紫色のドレスがとてもよく似合っていた。
水晶に手を乗せると、その髪の色よりもずっと鮮やかな赤い輝きが生まれる。
「聖女イリーナの力は、火魔法!」
属性のついた魔法は治癒魔法には及ばないけど、それでも十分素晴らしい力。
かつて属性魔法を持った聖女は戦争で王国の勝利に貢献していた。
そしていよいよ私の番。
(どうか私にも素晴らしい力がありますように!)
同じ世代に同じ能力はないから治癒魔法は無理でも、他の属性の魔法であれば、公爵様にも喜んでもらえる。
「水晶に手を」
水晶玉に手を置けば、光輝く。その色は白銀。
「聖女ユリアの力は、浄化魔法!」
どよめきが起こった。しかし治癒魔法、火魔法とは趣が違う。
溜息がほうぼうから聞こえるのだ。
私は倒れそうになるのを両足で踏ん張って必死にこらえていた。
浄化能力はかつては上位とされている能力。
魔物がはびこり、世界が病み、世界中が汚染されていた時代は。
でもそんな時代は千年以上前に終わり、今となっては使い道がほとんどない、ハズレ能力。
とても公爵様のほうを見ることができない。
「――外れの聖女」
「っ!」
カトレアさんは満面の笑みを浮かべ、私にだけ聞こえる声で囁き、妖しく笑った。
冷たい手で心臓を握られてようにドキッとし、私は表情を強張らせる。
「所詮、下賤な孤児の身よね。お似合いだわ。役立たずの聖女サン」
言い返すこともできず、俯いてしまう。
「では、聖女および後見役の皆様、これより王家主催のパーティーがございますので、王宮への移動をお願いいたします」
案内役の男性に言われ、私たちは再び馬車に乗り込んだ。
公爵様は難しい顔をしたまま黙っていて、馬車の空気は重苦しい。
きっとはずれクジを引いたと思われているんだろうな。
王宮でのパーティーの華やかさがより一層、気分を落ち込ませた。
はじめて王宮で貴族の方々に混じってきらびやかなパーティーを経験できるというのに、一刻も早く屋敷に帰りたかった。
カトレアさんや、イリーナさんの周りに大勢の貴族が集まっている。
私の元には申し訳程度の貴族の方々が挨拶に来てくれるばかり。
そんな人たちもすぐに カトレアさんやイリーナさんの元へ行ってしまう。
私は壁の花になることもできず、その場に立ち尽くす。
公爵様は、どちらにもいらっしゃらなかった。
視線を感じてそちらを見ると、ヨハネ君が私のことを見つめていた。
すごい怖い顔で。
無能な聖女だと分かって、やはり公爵家に相応しくないと思っているのかもしれない。
あの目はきっとそう……。
でも何の言い訳もできない。
「か、回復魔法なんて、大したことじゃない……っ」
ヨハネ君が私の目の前にやってくるなり、そう言った。
「え?」
「だいたい回復魔法なんて使えなくても、医者がいればそれでいい。火属性の魔法だってそうだ。この国には勇猛な騎士がたくさんいる。俺だって大人になれば騎士団を率いて、王国のために戦うつもりだ。だから攻撃魔法なんて使えなくたって構わない。で、でも……浄化の力は……代わりがきかないだろ。それはすごい力だ」
これって……。
「……もしかして、励ましてくれてる?」
「はあ!? そ、そんなわけないだろ! 何を聞いてたんだっ! ただ事実を言っただけだ! 励ますとかそういうんじゃない……!」
ヨハネ君は顔を真っ赤にするほど怒る。
「ご、ごめんなさい……!」
私が首を縮めて謝罪すると、ヨハネ君は顔を真っ赤にしたままぐっと押し黙る。
「――まったく。見ていられないな。ヨハネ、不器用過ぎるよ」
「う、うるさいっ」
「?」
私はスカートの両裾をもちあげて、挨拶をする。
「聖女ユリア、おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「難しいかもしれないけど、気になさらないように。あなたが素晴らしい力を持った聖女であることに変わりはないのですから」
「……ありがとうございます」
うまく笑えてるかな。
殿下と話している間、ヨハネ君は私のことをじっと見つめていた。
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公爵であるアルフォンス家一人息子ボクリアと婚約していた貴族の娘サラ。
しかし公爵から一方的に婚約破棄を告げられる。
屈辱の日々を送っていたサラは、15歳の洗礼を受ける日に【聖女】としての啓示を受けた。
【聖女】としてのスタートを切るが、幸運を祈る相手が、あの憎っくきアルフォンス家であった。
差別主義者のアルフォンス家の為には、祈る気にはなれず、サラは国を飛び出してしまう。
そこでサラが取った決断は?
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