22 / 30
22 家族団欒
しおりを挟む
目を開けると、ユーリと眼が合う。
「おはようございます、フリーデ様っ」
「おはよう、ユーリ。ふぁ……」
と、ユーリの肩ごしに、ギュスターブと目が合う。
朝日を浴び、彫りの深い顔立ちに艶っぽい影ができ、色気が立ちこめる。
「おはよう、フリ-デ」
半ば枕に顔を押しつけたフリーデはくぐもった声で、「お、おはようございます……」と応じた。
「ユーリ。約束通り、フリーデが起きるまで待ったんだ。そろそろいいだろ」
「はいっ」
ユーリが手を離すと、苦笑しながらギュスターブがベッドから立ち上がった。
「約束?」
ねぼけ眼をこすりながら、聞く。
「お前が起きるまでここにいてください、って言われたんだ」
「だっていつもギュスターブ様は僕たちが起きると、いませんから。だから今日くらい、みんなで『おはよう』って、挨拶したいなって思ったんです!」
「ふふ、そうね」
笑顔のフリーデは、ユーリの頭を優しく撫でる。
ユーリの嬉しそうな顔を見ると、フリーデも嬉しくなる。
「みんなで、このまま朝ご飯に行きましょう!」
「私はいいけれど、ギュスターブ様は」
「構わない。行こう」
フリーデとギュスターブは顔を見合わせ、「外で待っている」と彼は部屋を出ていく。
「さ、行きましょう!」
「そんなに焦らないで。今から着替えるから……っ」
フリーデは侍女を呼んで、着替えの準備をした。
着替えをして朝食の席につくと、他の使用人たちと共にいたルードが、「おや?」という顔をし、それから微笑ましそうに目を細めた。
これまで三人がてんでばらばらに食堂に来ることはあっても、こうして三人一緒にやってくるのは、初めてのことだからだろう。
メイドたちが朝食を並べていく。
いただきます、と手を合わせて、食べ始める。
「ギュスターブ様、今日の予定は?」
ウインナーを頬張り、ユーリが尋ねる。
「執務とそれから訓練だな。特別な予定はない」
「フリーデ様は?」
「私もギュスターブ様と執務をして、あとは特に予定はないわ」
「じゃあ、またみんなで出かけませんか?」
「街へ?」
「どこでもいいです。とにかく、みんなで……」
「私は構わないわ」
「俺も、問題ない」
「じゃあ、行きましょう! 約束ですよっ!」
ユーリは期待に目を輝かせると、フリーデたちもまた笑顔になった。
※
「フリーデ様……っ」
「どうかした?」
「服は自分で着られますっ」
そろそろ出かけるという時間にユーリの部屋を訪れたフリーデは、出かけることに浮かれる彼に上着を着せようとしたのだ。
ユーリのサイズに合わせたもこもこの毛皮のジャケット。
「分かってるわ」
「じゃあ」
「今は服を着させてあげたいの……ダメ?」
「…………だ、ダメじゃありません」
フリーデはわざと少し残念そうな顔と上目遣いを向けた。
ユーリは頬を染め、大人しくなすがままになる。
そんな様子をメイドたちが微笑ましそうに眺めた。
「ちゃんと手袋も。マフラーもね」
あっという間にユーリはもこもこに埋まるような格好になる。
訓練場で騎士たちと一緒に稽古に励む姿は、子どもながらに成長したあとの彼の風格を漂わせているが、今の姿は目の中にいれても痛くないくらい可愛い、年相応。
「ふふ、可愛い」
「……可愛いって言われても、うれしくありません……っ」
嫌がっているというよりも恥ずかしがっているみたいだ。
こんな風に何気なくユーリと会話を楽しめることが幸せだ。
子どもの成長は早い。
特にユーリは物語の主役だし、精神的にも早熟だから、同年代の子どもだちよりも早く親離れしてしまうかもしれない。
こうして甘やかすことができるのは今のうちだけだろう。
「準備はできたか?」
ギュスターブが部屋に顔を出す。
「今行きます」
ユーリはフリーデとギュスターブと手をしっかり繋いで外に出ると、馬車が停まっていた。周囲にはスピノザをはじめとして騎士団の護衛がしっかりとつく。
伯爵夫妻が出かけるのだからか、護衛は仰々しい。
ただの散歩なのに。
馬車に乗り込む。座席はギュスターブの向かいに、フリーデとユーリが座る。
今日は風も弱く、日も出ていて、寒さは和らいでいた。
最近はこうした穏やかな天候が続いている。
「もうじき春がきますね」
フリーデは真っ白な雪原、その向こうにかすかに見える民家から出る炊煙を眺めながらぽつりと呟く。
今日の外出は領地をぐるっと一周する予定。
「春と言えば、久しぶりに祭りに参加するな」
ギュスターブと迎えるはじめての春。なんだか妙な感じだ。
――そう言えば去年の晩春、ギュスターブがユーリを連れてきたのよね。
もうそろそろユーリが領地に来て一年も経つ。早いものだ。
「春にお祭りがあるんですか?」
ユーリが興味津々に聞いてきた。
「今年もまた寒い冬を乗り越えられたことを祝う北部を上げての祭りだ。他の地域からも商人が来て、大きな市場が開かれて、そこでは各地の珍しい品物が並べられたり、人形劇や演劇、パフォーマンス……色々な催しが開かれるのよ」
まるで毎年のように参加しているような口ぶりで、フリーデは説明するが、参加したのは北部に嫁いだ最初の何年か。参加と言っても、使用人たちに連れられ、戦争に出ているギュスターブの代わりに座って、領民の挨拶を聞いているだけだった。
「楽しそうですね!」
ユーリはわくわくした顔をする。
「今年はみんなで行きましょう。ね、ギュスターブ様」
「そうだな」
「こんなに春が来るのが待ち遠しいのは、はじめてですっ!」
「ね、ユーリ。もっとくだけた話し方をしてもいいのよ」
「え……?」
「いつまでも、そうして丁寧な言葉じゃなくてもいいってこと。私たちが一緒に暮らすようになってそろそろ一年なんだもの」
笑いかけると、ユーリは戸惑ったようにフリーデとギュスターブを見つめる。
「でも僕は引き取ってもらって……お二人に色々としてもらってるので……」
「ユーリは、私たちにとってはもう立派な家族の一員なんだから」
「家族……」
ユーリはギュスターブに目をやる。彼も力強く頷いた。
「うん……わ、分かった」
――可愛すぎて我慢できない!
頬を赤らめながら、たどたどしく言う様に、フリーデは我慢できず、ユーリを抱きしめる。
前世で結婚したことがなかったから余計に愛おしさが募る。
抱きしめるだけでなくて、膝の上にしっかりのせる。
「ふ、フリーデ様!?」
「もう、家族に、様づけはないでしょ?」
たしか原作で、ユーリは本当の母親のことをママと呼んでいた。回想シーンでそんな描写があったはずだ。
「あうぅぅ」
「なーんてね」
ユーリのきょとんとした顔に、くすりと微笑んだ。
「ごめんね。つい昂奮しちゃって。好きに呼んでいいわ。いきなり何もかも変えろなんて無理な話だもん。好きに呼んでいいし、敬語が混ざっても大丈夫。ゆっくり馴れていきましょう。――あ、見て。ユーリ、ウサギよっ」
雪をかぶった平野に動くものがあって、偶然、見つけることができた。
「あ!」
「ギュスターブ様、私はウサギが好きなんです」
ギュスターブにもしっかり教えておこう。
昨夜お互いを知り合いましょうと提案したのは、フリーデなんだから。
ギュスターブは「そうか」と微笑ましそうに頷く。
「僕は、馬っ」
「本当にローランが気に入ったのね」
「ローランだけじゃなくって、他の馬も大好きです……じゃなくて、好きっ」
フリーデとユーリは二人して、向かいに座るギュスターブを見る。
「俺は、そうだな……昔、父親に連れられていった野営の訓練の時に見た、雪蛍、だな」
「ユキボタル?」
フリーデは「知ってる?」と聞くように、ユーリを見る。ユーリは首を横に振った。
「蛍っていうことは虫ですか? 夏の蛍みたいな?」
「そうだ」
「どこで見られるんですか? もし見られる場所があるなら」
「……そうだな」
ギュスターブはふっと頬を緩めると、「森のほうへ行け」と御者に指示を飛ばし、さらに護衛としてついてきているスピノザにもなにがしかを命じる。スピノザはすぐに行動に移った。
――蛍を見に行くだけ……だよね?
たしかに伯爵家の当主が予定外の行動をとるのだからそれなりの準備や、ルードたちへの連絡など必要なのかもしれない。
フリーデはあまりに気軽にお願いしてしまったかなと反省してしまう。
「ギュスターブ様、やっぱり蛍は別の機会に」
「ダメだ」
「な、なぜです?」
「お前がはじめて、俺に何かを望んでくれたんだ。それを叶えないわけにはいかないだろう。それに、こいつらにも野営の訓練にもなる。だから自分の一言のせいで大事になった、なんて思うなよ」
「う」
お見通しだったらしい。
馬車は森のほうへ向かっていく。
針葉樹林の木々の中、差し込む夕日の茜色が樹木の褐色や、葉の緑、雪の白さと絡みあい、美しく森の中を照らし出している。
しばらく進むと、馬車が止まる。
「ひとまずここで野営だ」
ギュスターブが言った。
「野営? 蛍を見に行くのではないんですか?」
「見るさ。でも蛍が活動するのは夜だからな」
しばらくすると、スピノザが援軍の騎士を引き連れて現れた。
スピノザがテキパキと彼らにテントを張るよう命じ、また馬の世話などに他の騎士たちが当たる。
騎士たちは木々を伐採して手に入れた木材を乾かし、火を熾す。
「奥様、テントの準備が整いましたので、どうぞ」
スピノザが報告をする。
「ユーリ、行きましょう」
「うん」
スピノザに案内されてテントに入る。
「え、これがテント、ですか?」
「すごい。普通の部屋みたい……」
ユーリもびっくりしたように目を大きくする。
見た目はテントだが、中身は居間と変わらない。テーブルセットに、地面にはフカフカの絨毯が敷かれ、中央には即席の暖炉が設けられ、テントの中をぽかぽかと温めてくれていた。
「ここでおくつろぎください」
「ありがとう」
「では、失礼いたします」
テントから外を覗くと、ギュスターブが騎士たちにあれやこれやと指示を飛ばしていた。 てきぱきと動く騎士たちの様子を、ユーリは興味津々に眺める。
完全に日が沈むと、獣よけの篝火や暖を取るための焚き火の明かりが、夜の静まり返った森を鮮やかに照らす。
ギュスターブがテントに入って来る。
「居心地はどうだ? 屋敷と比べると不便だろうが」
「い、いいえ! これだけしてくれて本当にありがたいのですが……やりすぎ、というか……。とてもテントの中だとは思えないくらいくつろいでおります」
「そうか。……茶を淹れた。ユーリと飲んでくれ」
カップを二つ渡してくれる。
「ありがとうございます。ここまでしてくださるなんて」
「せっかくの家族団欒で、風邪を引かせるわけにはいかないからな」
外からいい香りがしてきた頃、スピノザと他の騎士たちが野菜スープ、肉料理、パンなどを届けてくれる。パンには溶けたチーズが載せられていた。
「スピノザさん、色々とすみません。私が不用意に口走ってしまったせいで、手間を色々とかけさせてしまって」
「お気になさらず。ギュスターブ様がご家族のためにここまでされることが、私には嬉しいんです」
スピノザはにこやかに言った。
「そうなんですか?」
「ええ。ずっと、お二人の仲を、騎士団一同、気に掛けておりましたので」
「……それは……あの、ありがとうございます……」
「では奥様、失礼いたします」
スピノザはきびきびとした動きでテントを出ていった。
「おはようございます、フリーデ様っ」
「おはよう、ユーリ。ふぁ……」
と、ユーリの肩ごしに、ギュスターブと目が合う。
朝日を浴び、彫りの深い顔立ちに艶っぽい影ができ、色気が立ちこめる。
「おはよう、フリ-デ」
半ば枕に顔を押しつけたフリーデはくぐもった声で、「お、おはようございます……」と応じた。
「ユーリ。約束通り、フリーデが起きるまで待ったんだ。そろそろいいだろ」
「はいっ」
ユーリが手を離すと、苦笑しながらギュスターブがベッドから立ち上がった。
「約束?」
ねぼけ眼をこすりながら、聞く。
「お前が起きるまでここにいてください、って言われたんだ」
「だっていつもギュスターブ様は僕たちが起きると、いませんから。だから今日くらい、みんなで『おはよう』って、挨拶したいなって思ったんです!」
「ふふ、そうね」
笑顔のフリーデは、ユーリの頭を優しく撫でる。
ユーリの嬉しそうな顔を見ると、フリーデも嬉しくなる。
「みんなで、このまま朝ご飯に行きましょう!」
「私はいいけれど、ギュスターブ様は」
「構わない。行こう」
フリーデとギュスターブは顔を見合わせ、「外で待っている」と彼は部屋を出ていく。
「さ、行きましょう!」
「そんなに焦らないで。今から着替えるから……っ」
フリーデは侍女を呼んで、着替えの準備をした。
着替えをして朝食の席につくと、他の使用人たちと共にいたルードが、「おや?」という顔をし、それから微笑ましそうに目を細めた。
これまで三人がてんでばらばらに食堂に来ることはあっても、こうして三人一緒にやってくるのは、初めてのことだからだろう。
メイドたちが朝食を並べていく。
いただきます、と手を合わせて、食べ始める。
「ギュスターブ様、今日の予定は?」
ウインナーを頬張り、ユーリが尋ねる。
「執務とそれから訓練だな。特別な予定はない」
「フリーデ様は?」
「私もギュスターブ様と執務をして、あとは特に予定はないわ」
「じゃあ、またみんなで出かけませんか?」
「街へ?」
「どこでもいいです。とにかく、みんなで……」
「私は構わないわ」
「俺も、問題ない」
「じゃあ、行きましょう! 約束ですよっ!」
ユーリは期待に目を輝かせると、フリーデたちもまた笑顔になった。
※
「フリーデ様……っ」
「どうかした?」
「服は自分で着られますっ」
そろそろ出かけるという時間にユーリの部屋を訪れたフリーデは、出かけることに浮かれる彼に上着を着せようとしたのだ。
ユーリのサイズに合わせたもこもこの毛皮のジャケット。
「分かってるわ」
「じゃあ」
「今は服を着させてあげたいの……ダメ?」
「…………だ、ダメじゃありません」
フリーデはわざと少し残念そうな顔と上目遣いを向けた。
ユーリは頬を染め、大人しくなすがままになる。
そんな様子をメイドたちが微笑ましそうに眺めた。
「ちゃんと手袋も。マフラーもね」
あっという間にユーリはもこもこに埋まるような格好になる。
訓練場で騎士たちと一緒に稽古に励む姿は、子どもながらに成長したあとの彼の風格を漂わせているが、今の姿は目の中にいれても痛くないくらい可愛い、年相応。
「ふふ、可愛い」
「……可愛いって言われても、うれしくありません……っ」
嫌がっているというよりも恥ずかしがっているみたいだ。
こんな風に何気なくユーリと会話を楽しめることが幸せだ。
子どもの成長は早い。
特にユーリは物語の主役だし、精神的にも早熟だから、同年代の子どもだちよりも早く親離れしてしまうかもしれない。
こうして甘やかすことができるのは今のうちだけだろう。
「準備はできたか?」
ギュスターブが部屋に顔を出す。
「今行きます」
ユーリはフリーデとギュスターブと手をしっかり繋いで外に出ると、馬車が停まっていた。周囲にはスピノザをはじめとして騎士団の護衛がしっかりとつく。
伯爵夫妻が出かけるのだからか、護衛は仰々しい。
ただの散歩なのに。
馬車に乗り込む。座席はギュスターブの向かいに、フリーデとユーリが座る。
今日は風も弱く、日も出ていて、寒さは和らいでいた。
最近はこうした穏やかな天候が続いている。
「もうじき春がきますね」
フリーデは真っ白な雪原、その向こうにかすかに見える民家から出る炊煙を眺めながらぽつりと呟く。
今日の外出は領地をぐるっと一周する予定。
「春と言えば、久しぶりに祭りに参加するな」
ギュスターブと迎えるはじめての春。なんだか妙な感じだ。
――そう言えば去年の晩春、ギュスターブがユーリを連れてきたのよね。
もうそろそろユーリが領地に来て一年も経つ。早いものだ。
「春にお祭りがあるんですか?」
ユーリが興味津々に聞いてきた。
「今年もまた寒い冬を乗り越えられたことを祝う北部を上げての祭りだ。他の地域からも商人が来て、大きな市場が開かれて、そこでは各地の珍しい品物が並べられたり、人形劇や演劇、パフォーマンス……色々な催しが開かれるのよ」
まるで毎年のように参加しているような口ぶりで、フリーデは説明するが、参加したのは北部に嫁いだ最初の何年か。参加と言っても、使用人たちに連れられ、戦争に出ているギュスターブの代わりに座って、領民の挨拶を聞いているだけだった。
「楽しそうですね!」
ユーリはわくわくした顔をする。
「今年はみんなで行きましょう。ね、ギュスターブ様」
「そうだな」
「こんなに春が来るのが待ち遠しいのは、はじめてですっ!」
「ね、ユーリ。もっとくだけた話し方をしてもいいのよ」
「え……?」
「いつまでも、そうして丁寧な言葉じゃなくてもいいってこと。私たちが一緒に暮らすようになってそろそろ一年なんだもの」
笑いかけると、ユーリは戸惑ったようにフリーデとギュスターブを見つめる。
「でも僕は引き取ってもらって……お二人に色々としてもらってるので……」
「ユーリは、私たちにとってはもう立派な家族の一員なんだから」
「家族……」
ユーリはギュスターブに目をやる。彼も力強く頷いた。
「うん……わ、分かった」
――可愛すぎて我慢できない!
頬を赤らめながら、たどたどしく言う様に、フリーデは我慢できず、ユーリを抱きしめる。
前世で結婚したことがなかったから余計に愛おしさが募る。
抱きしめるだけでなくて、膝の上にしっかりのせる。
「ふ、フリーデ様!?」
「もう、家族に、様づけはないでしょ?」
たしか原作で、ユーリは本当の母親のことをママと呼んでいた。回想シーンでそんな描写があったはずだ。
「あうぅぅ」
「なーんてね」
ユーリのきょとんとした顔に、くすりと微笑んだ。
「ごめんね。つい昂奮しちゃって。好きに呼んでいいわ。いきなり何もかも変えろなんて無理な話だもん。好きに呼んでいいし、敬語が混ざっても大丈夫。ゆっくり馴れていきましょう。――あ、見て。ユーリ、ウサギよっ」
雪をかぶった平野に動くものがあって、偶然、見つけることができた。
「あ!」
「ギュスターブ様、私はウサギが好きなんです」
ギュスターブにもしっかり教えておこう。
昨夜お互いを知り合いましょうと提案したのは、フリーデなんだから。
ギュスターブは「そうか」と微笑ましそうに頷く。
「僕は、馬っ」
「本当にローランが気に入ったのね」
「ローランだけじゃなくって、他の馬も大好きです……じゃなくて、好きっ」
フリーデとユーリは二人して、向かいに座るギュスターブを見る。
「俺は、そうだな……昔、父親に連れられていった野営の訓練の時に見た、雪蛍、だな」
「ユキボタル?」
フリーデは「知ってる?」と聞くように、ユーリを見る。ユーリは首を横に振った。
「蛍っていうことは虫ですか? 夏の蛍みたいな?」
「そうだ」
「どこで見られるんですか? もし見られる場所があるなら」
「……そうだな」
ギュスターブはふっと頬を緩めると、「森のほうへ行け」と御者に指示を飛ばし、さらに護衛としてついてきているスピノザにもなにがしかを命じる。スピノザはすぐに行動に移った。
――蛍を見に行くだけ……だよね?
たしかに伯爵家の当主が予定外の行動をとるのだからそれなりの準備や、ルードたちへの連絡など必要なのかもしれない。
フリーデはあまりに気軽にお願いしてしまったかなと反省してしまう。
「ギュスターブ様、やっぱり蛍は別の機会に」
「ダメだ」
「な、なぜです?」
「お前がはじめて、俺に何かを望んでくれたんだ。それを叶えないわけにはいかないだろう。それに、こいつらにも野営の訓練にもなる。だから自分の一言のせいで大事になった、なんて思うなよ」
「う」
お見通しだったらしい。
馬車は森のほうへ向かっていく。
針葉樹林の木々の中、差し込む夕日の茜色が樹木の褐色や、葉の緑、雪の白さと絡みあい、美しく森の中を照らし出している。
しばらく進むと、馬車が止まる。
「ひとまずここで野営だ」
ギュスターブが言った。
「野営? 蛍を見に行くのではないんですか?」
「見るさ。でも蛍が活動するのは夜だからな」
しばらくすると、スピノザが援軍の騎士を引き連れて現れた。
スピノザがテキパキと彼らにテントを張るよう命じ、また馬の世話などに他の騎士たちが当たる。
騎士たちは木々を伐採して手に入れた木材を乾かし、火を熾す。
「奥様、テントの準備が整いましたので、どうぞ」
スピノザが報告をする。
「ユーリ、行きましょう」
「うん」
スピノザに案内されてテントに入る。
「え、これがテント、ですか?」
「すごい。普通の部屋みたい……」
ユーリもびっくりしたように目を大きくする。
見た目はテントだが、中身は居間と変わらない。テーブルセットに、地面にはフカフカの絨毯が敷かれ、中央には即席の暖炉が設けられ、テントの中をぽかぽかと温めてくれていた。
「ここでおくつろぎください」
「ありがとう」
「では、失礼いたします」
テントから外を覗くと、ギュスターブが騎士たちにあれやこれやと指示を飛ばしていた。 てきぱきと動く騎士たちの様子を、ユーリは興味津々に眺める。
完全に日が沈むと、獣よけの篝火や暖を取るための焚き火の明かりが、夜の静まり返った森を鮮やかに照らす。
ギュスターブがテントに入って来る。
「居心地はどうだ? 屋敷と比べると不便だろうが」
「い、いいえ! これだけしてくれて本当にありがたいのですが……やりすぎ、というか……。とてもテントの中だとは思えないくらいくつろいでおります」
「そうか。……茶を淹れた。ユーリと飲んでくれ」
カップを二つ渡してくれる。
「ありがとうございます。ここまでしてくださるなんて」
「せっかくの家族団欒で、風邪を引かせるわけにはいかないからな」
外からいい香りがしてきた頃、スピノザと他の騎士たちが野菜スープ、肉料理、パンなどを届けてくれる。パンには溶けたチーズが載せられていた。
「スピノザさん、色々とすみません。私が不用意に口走ってしまったせいで、手間を色々とかけさせてしまって」
「お気になさらず。ギュスターブ様がご家族のためにここまでされることが、私には嬉しいんです」
スピノザはにこやかに言った。
「そうなんですか?」
「ええ。ずっと、お二人の仲を、騎士団一同、気に掛けておりましたので」
「……それは……あの、ありがとうございます……」
「では奥様、失礼いたします」
スピノザはきびきびとした動きでテントを出ていった。
310
お気に入りに追加
3,058
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる