虹色古書店

カズモリ

文字の大きさ
上 下
1 / 10

1. 朱色①

しおりを挟む
 本は不思議だ。
 作家が膨大な時間をかけ、己の知識と想像力を詰め込んだ言葉の海は読者に多くの感情を与えてくれる。それを読者はたった2000円以下で得られる至極の産物だ。

 だからだろうか。

 ベルによって開発された電話は手のひらに収まる形に改良されてスマートフォンが主流となった。
 だが、この本という産物は電子書籍もあるものの、ほぼ形状が変化していない。
 人間はいくつになっても紙をめくり、物語の中に入り込むこのワクワクと高揚感がとめられないのだろう。
 それゆえに時代が変わろうとも、この本という形状は変わらない。


 小学2年生のアカリは赤色のランドセルを背負いながら、ため息を吐いた。
 これから塾に行って宿題をして、ピアノの練習をして……。遊ぶ時間が全然ない。テレビを見たくてもママに怒られるし。
 本当はみんながやっているゲームとかやりたいけれど、そんなことママが許してくれない。
 少しでいいからゆっくりしたい。

 そんなことを考えながらランドセルの肩ベルトを握りしめていると、目の前にステンドグラスで彩られた花がたくさんある古書店についていた。

「あれ、ここ」

 アカリの通学路にあるこの店はレトロな雰囲気を纏っており、陽に焼けた看板には「虹色古書店」とかかれている。
 店先のガラスは彩り豊かなステンドガラスがあり、薔薇の花や紫陽花、ひまわりなどの花々が模様されており、太陽の光を浴びて緑、青、黄、桃色など反射して地面に美しく映し出している。
 だが、これだけ綺麗なステンドグラスなのに、何故か赤色がない。


 赤なんて青と同じくらい選びやすいし、花模様なのだから、むしろ青よりも赤があっても良さそうなのに、変なの。

 そう思ったものの、アカリはそれ以上気に止めることはなかった。

 この店のステンドグラスが美しいので前々から気にはなっていたものの、友達は本には興味ないと言って、入ったことはないし、ママは古い本なんて不衛生だわ、と言って、通り過ぎたことはあっても入ったことがなかった。
 だから、気に留める以前にじっくりと考える機会などなかった。

 今日は一人だし、誰も止める人はいない。日直で帰りが遅くなったし、周りにランドセルを背負っている子はいないことを確認すると、アカリは何かを決め込んだように、ごくりと、唾を喉に流し込む。

 おそるおそる店の中へと続く扉を押すと、チリンチリンと金属の風鈴の音が鳴ったので、緊張していまアカリは少しだけピクリとと体を動かした。

「いらっしゃいませ」
 店内では10歳くらいの少女が二人カウンターの奥の椅子にちょこんと行儀よく並んで座っており、二人はニコニコしてアカリを見ていた。

 日本人形のようなおかっぱ頭の二人は、双子なのかそっくりだったのでアカリにとっては、少し気味悪く感じたのだが、店内に広がる本の香りに心が踊っていた。

「好きな本を奥の部屋で見ることができますよ」
 少女の一人がそう言って、自身もそうしているのか、カウンターに広げていた本を広げたまま背表紙を持ち上げて見せてくれた。


(すぐ帰っても、ママに勉強させられるし、ゲームをしたら怒られるけれど、本を読んでここで時間潰していても、怒られないし、本を読むのもありよね)

 アカリは店内の奥に歩いていくと、本棚に並べられている本の一つを取ると、それは金糸や銀糸で施された花の模様の刺繍が朱色の布張りの表紙に施されていた。
「うわあ、綺麗」

 ただ、ページの端や表紙の一部が擦り切れており、ページ自体が茶色に沈着していた。
 それを加味しても充分魅力的なオーラを放っているので、アカリはページをめくってみたいという衝動にかられ、思わず背表紙の次のページを開こうとした。

 その時、「読んでみますか?」と背中から声が聞こえ、アカリはびっくりして、肩をピクリと動かした。

 無理もない。
 カウンターにいたはずの少女たちがなぜかアカリの後ろに立っており、アカリは少しびっくりしたものの「うん」と答えると、不安を拭い去るように先ほどの本を抱きしめる。

「案内しますね」
 少女の一人は了解したと言わんばかりに、ニコリと笑顔を見せたので、アカリは少しだけ不安が払拭された。
 少女はこの古書店にあるという本を読める部屋に案内してくれるのだろう。
「ごめんなさいね」
 そう言ってアカリの前を歩いて、奥へと進んでいく。

 もう一人の少女はというと、アカリの持った本の表紙を凝視したかと思うとカウンターにそそくさと戻って行き、何やら帳簿のようなものに鉛筆で認めているのが、歩きながら確認できた。

 アカリが案内された部屋は2畳ほどの広さしかない部屋で、アンティーク調の椅子とテーブルが置いてあるだけで、少しだけ寂しい雰囲気のある部屋だった。

「ここにお掛けください」
 少女が椅子を引いてくれたので、アカリはランドセルをテーブルの端におくと、ゆっくりと腰を下ろした。

 何だかわからないが随分と座り心地の良い椅子で、早く本を読みたいという気持ちに駆られる。
 アカリは本をテーブルに置き、布張りの表紙をゆっくりとめくっていく。

 その間、窓なんてないのに、何故か時が止まったかのような、風が全身を包むようなそんな感覚だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 愛人と名乗る女がいる

音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、夫の恋人を名乗る女がやってきて……

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

(完結)私より妹を優先する夫

青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。 ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。 ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。

未亡人となった側妃は、故郷に戻ることにした

星ふくろう
恋愛
 カトリーナは帝国と王国の同盟により、先代国王の側室として王国にやって来た。  帝国皇女は正式な結婚式を挙げる前に夫を失ってしまう。  その後、義理の息子になる第二王子の正妃として命じられたが、王子は彼女を嫌い浮気相手を溺愛する。  数度の恥知らずな婚約破棄を言い渡された時、カトリーナは帝国に戻ろうと決めたのだった。    他の投稿サイトでも掲載しています。

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

(完)私を裏切る夫は親友と心中する

青空一夏
恋愛
前編・中編・後編の3話 私を裏切って長年浮気をし子供まで作っていた夫。懲らしめようとした私は・・・・・・ 異世界中世ヨーロッパ風。R15大人向き。内容はにやりとくるざまぁで復讐もの。ゆるふわ設定ご都合主義。 ※携帯電話・テレビのある異世界中世ヨーロッパ風。当然、携帯にカメラも録音機能もありです。

(完)「あたしが奥様の代わりにお世継ぎを産んで差し上げますわ!」と言うけれど、そもそも夫は当主ではありませんよ?

青空一夏
恋愛
夫のセオは文官。最近は部署も変わり部下も増えた様子で帰宅時間もどんどん遅くなっていた。 私は夫を気遣う。 「そんなに根を詰めてはお体にさわりますよ」 「まだまだやらなければならないことが山積みなんだよ。新しい部署に移ったら部下が増えたんだ。だから、大忙しなのさ」 夫はとても頑張り屋さんだ。それは私の誇りだった……はずなのだけれど?

好青年で社内1のイケメン夫と子供を作って幸せな私だったが・・・浮気をしていると電話がかかってきて

白崎アイド
大衆娯楽
社内で1番のイケメン夫の心をつかみ、晴れて結婚した私。 そんな夫が浮気しているとの電話がかかってきた。 浮気相手の女性の名前を聞いた私は、失意のどん底に落とされる。

処理中です...