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第二章 盗賊団フライハイト
衝撃は続く
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「よォし、レイラの娘! これで今日からお前さんも、フライハイトの一員だ……って、そういや名前も聞いてなかったなァ」
ひげ面の男は豪快に笑いながら立ち上がり、リディアのもとへと歩み寄ってくる。
リディアはその場で立ち尽くしたまま、ひげ面の男が近づいてくるのをぼんやりと眺めていた。
盗賊団の一員になるという事態を、どう捉えれば良いのかわかりかねていたのだ。
ふと彼女が我に帰ると、ひげ面の男は目前まで迫ってきていた。
ぴくりと震えると、彼は柔らかく目を細めていく。
その仕草に、リディアの心はわずかばかり緩んだ。
「何も心配せんでいい。おれは、レイラの恩義に報いたいだけだ。信じてくれ」
まっすぐに見つめてくる瞳は澄んでいて、とても嘘を言っているようには見えない。
リディアはひげ面の男を見つめ返して、静かにうなずく。
すると、ひげ面の男は安心したように、ほっと息をついた。
「おれはライリー・バレット。あっちの無愛想なのは二番手、ファルシード・クロウ。見た目はキツそうだが、悪いヤツじゃない。ああ、そうそう。おれはフライハイトの団長をしてい……」
「だ、団長!?」
顔を上げて大声を出すリディアは、丸まっていた背すじを勢いよく伸ばした。
薄々そうではないかと感じていたものの、まさかこの男が本当に団長をしているとは思わなかったのだ。
――嘘でしょう……! 噂と違いすぎる。
リディアは、ライリーとファルシードを交互に見つめる。
繰り返し見たところで、ファルシードよりも背が低いという事実は変わらない。
――お腹を出していびきをかき、部下から叱られていたこの人が……団長?
酒瓶の転がるやかましい音も手伝って、ひどい頭痛がしてきそうだ。
「おう、急にどうした。三メートルの大男が団長をしているという噂話を本気で信じてたわけじゃないだろう?」
リディアを見つめ返してきたライリーは、くつくつと笑う。
冷静に考えれば、三メートルの男などいるはずがないとわかったはずなのに――と恥ずかしさのあまり、リディアはうつむく。
意思とは反対に熱が増していく顔を、両手でおおった。
「信じて、ました」
「フン、まさか金の船で、乗員千人ってのも、信じてるんじゃねェだろうな」
盛大な勘違いをファルシードに鼻で笑われ、リディアは耳まで真っ赤に染まり上がる。
「ううぅ……信じてました」
恥ずかしさのあまり、いたたまれなくなってしまったリディア。
そんな彼女に、ライリーは父が娘を励ますかのごとく、そっと肩に手をあててきた。
「お前さんには悪いが、おれは見ての通り三メートルはない。それに、この船もそこらの貿易船と形は変わらん。夢を壊して悪かった。それで、そろそろお前さんの名前を教えてくれんかい?」
ゆったりとした声に落ち着きを取り戻したリディアは、ライリーをまっすぐに見つめる。
リディアの瞳からは、怯えや緊張の色は消失しており、真剣さだけが溢れていた。
危険を顧みず、ミディ町から救い出してくれたライリーに、きちんと向き合わなければならないと思ったのだ。
リディアはしっかりと背を伸ばして、堂々とこう言った。
「私の名はリディア。リディア・ハーシェルです」
「リディア、か。いい名だ」
ライリーは、もっさりとしたひげを、手ぐしでとかしながら微笑む。
少しも偉ぶらない態度にリディアはライリーのことを、情に厚く度量が広い……小さいけれど大きな男だ、と、そう思った。
ライリーに希望の光を感じたリディアは、柔らかく両の口角を上げて、深々と頭を下げた。
「ライリー団長、ありがとうございます。ご恩を返すため、私にできることは何でもします」
「そうさな。この船には客人なんてもんは存在しない。働かざる者食うべからず、だ。近々お前さんの係分担表を作ってやるよ、アイツがな」
ライリーは、親指で後方にいるファルシードを指し示し、大口を開けて笑う。
一方のファルシードは不機嫌そうな顔を浮かべて、小さくため息をついた。
「よォし、リディア。仲間となったからにはお前さんに部屋をやるぞ……ってああ。男所帯だから悩みどころだな。どいつもこいつも女に飢えてやがる。いくらおれの宝だから手を出すなと言ったところでなぁ……」
「女がいることで風紀は乱れ、余計な争いが生まれる……だろうな」
ファルシードは呟くように言い、リディアを睨み付けてくる。
ファルシードの鋭い瞳と“女に飢える”というライリーの物騒な言葉にリディアの顔は途端に引きつり、身体も強張っていく。
彼女のこれまでの毎日は、農作物を育てたり、近所の家畜の世話をしたり、編み物をしたりという平和なものだった。
護身術なんて、当然身につけてはいない。
自分の身は自分で守れ、なんて話は到底無理なことなのだ。
頭を抱えるライリーに、ファルシードはさも当然のように、人差し指を下に向けていった。
「ジィサンのこの部屋でいいじゃねェか」
父親ほど歳が離れているとはいえ、さすがに男の人の部屋に住むのは――と、リディアは思い悩む。
すると、リディアの意見も聞いていないのに、ライリーがそれを代弁してくれた。
「そういうわけにゃいかんだろ。娘ほどの歳の女を入れてると知られたら、セリーヌに叱られる」
「昔の女を引き合いにだすなっての」
呆れたように息を吐くファルシードに、ライリーは顔をしかめた。
「おれは一途なんだよ、お前とは違ってな」
ケッと不愉快そうな声を出したライリーの言葉には、少しばかりの嫌味が含まれているようにも感じる。
だが、そんな態度も長くは続かず、ライリーは前で腕を組み、考え込む仕草を見せた。
「だが、おんな……なるほど。女、か」
「女が、どうした」
ファルシードの問いにライリーは、にやりと笑う。
その顔は、何かを企んでいるとも思えるような、あくどさが混じるものだった。
ライリーの姿に、リディアはわずかばかりの不安を感じる。
じっと視線を送っていくと、ライリーは無邪気な笑みを浮かべて口を開いた。
「よし、名案が浮かんだぞ。リディア、お前さんはファルシードの女になれ!」
「は!?」
ファルシードは驚きのあまり、がたりと物音を立てる。
一方のリディアは意味がわからずに呆然とし、ライリーの言葉を繰り返した。
「私が、ファルシードさんの女……って、えええええっ!」
ひげ面の男は豪快に笑いながら立ち上がり、リディアのもとへと歩み寄ってくる。
リディアはその場で立ち尽くしたまま、ひげ面の男が近づいてくるのをぼんやりと眺めていた。
盗賊団の一員になるという事態を、どう捉えれば良いのかわかりかねていたのだ。
ふと彼女が我に帰ると、ひげ面の男は目前まで迫ってきていた。
ぴくりと震えると、彼は柔らかく目を細めていく。
その仕草に、リディアの心はわずかばかり緩んだ。
「何も心配せんでいい。おれは、レイラの恩義に報いたいだけだ。信じてくれ」
まっすぐに見つめてくる瞳は澄んでいて、とても嘘を言っているようには見えない。
リディアはひげ面の男を見つめ返して、静かにうなずく。
すると、ひげ面の男は安心したように、ほっと息をついた。
「おれはライリー・バレット。あっちの無愛想なのは二番手、ファルシード・クロウ。見た目はキツそうだが、悪いヤツじゃない。ああ、そうそう。おれはフライハイトの団長をしてい……」
「だ、団長!?」
顔を上げて大声を出すリディアは、丸まっていた背すじを勢いよく伸ばした。
薄々そうではないかと感じていたものの、まさかこの男が本当に団長をしているとは思わなかったのだ。
――嘘でしょう……! 噂と違いすぎる。
リディアは、ライリーとファルシードを交互に見つめる。
繰り返し見たところで、ファルシードよりも背が低いという事実は変わらない。
――お腹を出していびきをかき、部下から叱られていたこの人が……団長?
酒瓶の転がるやかましい音も手伝って、ひどい頭痛がしてきそうだ。
「おう、急にどうした。三メートルの大男が団長をしているという噂話を本気で信じてたわけじゃないだろう?」
リディアを見つめ返してきたライリーは、くつくつと笑う。
冷静に考えれば、三メートルの男などいるはずがないとわかったはずなのに――と恥ずかしさのあまり、リディアはうつむく。
意思とは反対に熱が増していく顔を、両手でおおった。
「信じて、ました」
「フン、まさか金の船で、乗員千人ってのも、信じてるんじゃねェだろうな」
盛大な勘違いをファルシードに鼻で笑われ、リディアは耳まで真っ赤に染まり上がる。
「ううぅ……信じてました」
恥ずかしさのあまり、いたたまれなくなってしまったリディア。
そんな彼女に、ライリーは父が娘を励ますかのごとく、そっと肩に手をあててきた。
「お前さんには悪いが、おれは見ての通り三メートルはない。それに、この船もそこらの貿易船と形は変わらん。夢を壊して悪かった。それで、そろそろお前さんの名前を教えてくれんかい?」
ゆったりとした声に落ち着きを取り戻したリディアは、ライリーをまっすぐに見つめる。
リディアの瞳からは、怯えや緊張の色は消失しており、真剣さだけが溢れていた。
危険を顧みず、ミディ町から救い出してくれたライリーに、きちんと向き合わなければならないと思ったのだ。
リディアはしっかりと背を伸ばして、堂々とこう言った。
「私の名はリディア。リディア・ハーシェルです」
「リディア、か。いい名だ」
ライリーは、もっさりとしたひげを、手ぐしでとかしながら微笑む。
少しも偉ぶらない態度にリディアはライリーのことを、情に厚く度量が広い……小さいけれど大きな男だ、と、そう思った。
ライリーに希望の光を感じたリディアは、柔らかく両の口角を上げて、深々と頭を下げた。
「ライリー団長、ありがとうございます。ご恩を返すため、私にできることは何でもします」
「そうさな。この船には客人なんてもんは存在しない。働かざる者食うべからず、だ。近々お前さんの係分担表を作ってやるよ、アイツがな」
ライリーは、親指で後方にいるファルシードを指し示し、大口を開けて笑う。
一方のファルシードは不機嫌そうな顔を浮かべて、小さくため息をついた。
「よォし、リディア。仲間となったからにはお前さんに部屋をやるぞ……ってああ。男所帯だから悩みどころだな。どいつもこいつも女に飢えてやがる。いくらおれの宝だから手を出すなと言ったところでなぁ……」
「女がいることで風紀は乱れ、余計な争いが生まれる……だろうな」
ファルシードは呟くように言い、リディアを睨み付けてくる。
ファルシードの鋭い瞳と“女に飢える”というライリーの物騒な言葉にリディアの顔は途端に引きつり、身体も強張っていく。
彼女のこれまでの毎日は、農作物を育てたり、近所の家畜の世話をしたり、編み物をしたりという平和なものだった。
護身術なんて、当然身につけてはいない。
自分の身は自分で守れ、なんて話は到底無理なことなのだ。
頭を抱えるライリーに、ファルシードはさも当然のように、人差し指を下に向けていった。
「ジィサンのこの部屋でいいじゃねェか」
父親ほど歳が離れているとはいえ、さすがに男の人の部屋に住むのは――と、リディアは思い悩む。
すると、リディアの意見も聞いていないのに、ライリーがそれを代弁してくれた。
「そういうわけにゃいかんだろ。娘ほどの歳の女を入れてると知られたら、セリーヌに叱られる」
「昔の女を引き合いにだすなっての」
呆れたように息を吐くファルシードに、ライリーは顔をしかめた。
「おれは一途なんだよ、お前とは違ってな」
ケッと不愉快そうな声を出したライリーの言葉には、少しばかりの嫌味が含まれているようにも感じる。
だが、そんな態度も長くは続かず、ライリーは前で腕を組み、考え込む仕草を見せた。
「だが、おんな……なるほど。女、か」
「女が、どうした」
ファルシードの問いにライリーは、にやりと笑う。
その顔は、何かを企んでいるとも思えるような、あくどさが混じるものだった。
ライリーの姿に、リディアはわずかばかりの不安を感じる。
じっと視線を送っていくと、ライリーは無邪気な笑みを浮かべて口を開いた。
「よし、名案が浮かんだぞ。リディア、お前さんはファルシードの女になれ!」
「は!?」
ファルシードは驚きのあまり、がたりと物音を立てる。
一方のリディアは意味がわからずに呆然とし、ライリーの言葉を繰り返した。
「私が、ファルシードさんの女……って、えええええっ!」
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