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第1章

第6話 運命、サダメ

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「ここが……大陸屈指の名門、フィレニア学園!」

 人類ヒューマン妖精エルフの築き上げた歴史と奇跡の英智を全て凝縮した、高貴と神聖の在地である学園の門をくぐった先に広がる、自分がこれから身を置く新天地。

 目の前には大きな噴水が、まるでこの学園に訪れた者を出迎えるかのように設置されており、その周りでは数人の学生とおぼしき人類ヒューマン妖精エルフが、それぞれの好きなようにいこいの時を過ごしている。

 その学生達が身に纏っている学生服は、白を基調とした清潔感のある色合いながらも、細部には美しい装飾が施されており、純白ながらも華やかさのある間違いなく一級品の代物だ。

 また、美麗な噴水に目が行きがちだが、その奥には言葉が詰まるほどに雄大な学舎が不動の貫禄をかもし出している。

 いずれにしてもこの都市——否、この大陸全土がこの学園と妖精剣士シェダハという、それそのものに多大な期待を向けていることが分かる作り込みと迫力。

 互いに意気込み決意を改めたはずなのに、この学園の圧力オーラに凄み、二人して自然と足がすくんでしまう。

 そんな俺達の様子を見ていたファルネスさんとミラさんは、言葉こそ発さなかったものの、柔らかく微笑みながら肩にそっと手を置いてくれた。

 俺は、まばたききをする。自分の視界が先程よりも少し鮮明に色付く。
 もう一度、瞬きをする。ユメルの息遣いが聞こえる。

「よし……ッ!」

 そっと呟き、重い足を前方へと踏み出す。

「目の前の第一棟を真っ直ぐ抜けたら本館へと入る通路がある!そこに職員がいるから、その人達に新入生だということを伝えるといい!案内してもらえるはずだ!」
「はい!丁寧にありがとうございました!俺達、立派な妖精剣士シェダハになって見せます!」

 俺は言葉で説明のつかない高揚と、鼓動の高鳴りのままに走り出す。

 衝動的に走り出した俺より一足早く駆け出していたユメルは、俺以上に興奮を抑えられないといった様子だ。

 小走りで向かっている学舎の、壁面の高い位置に設置されている不思議な造形をした大きな時計の針が鈍い音を立て動く。それに合わせ、ゴーンゴーンと古びた鐘の音が鳴り響いた。

「……ん?」

 走りながらチラッと後ろのファルネスさんとミラさんの様子を窺うと、二人はまだ先程から位置は変えず何か話していた。だが、それを気にしている暇など無いので、すぐに正面へと視線を移し走る速度を少し上げた。







「……ねぇ、あなたはあの子——リオ・ラミリアがこの学園に来ることを知っていたの?」
「さぁ?」
「……そう。あなたがあの子達を親切にするのは、ただのお節介か……それとも、ね?」
「……ミラ。私は奇跡や運命というものを意外と信じるタチなんだ。ただし、そんなものに頼ったりはしない。希望を抱くが、夢は見ない」
「…………」
「彼らはいづれ知ることになる。俺は、その時に彼らを導く義務がある……それがあいつとの約束だ」



 ✳︎



「ふむ……君達が例の新入生か……」

 冷や汗が止めどなく背中をつたる。この部屋の温度は適温だし、なんなら少し暑いくらいなのにも関わらず背筋は凍え、恐怖が体中のありとあらゆる体温を奪っていく。

「は、はい……」

 チラッと隣を窺うと、俺以上に冷や汗を垂れ流しているユメル。

 何か言葉を発しようと口を微動させているが、声帯を引き抜かれたかのように音の振動は伝わって来ず、ただ茫然としているようにしか見えない。

「あぁ、紹介が遅れたね。ワタシはフィレニア学園校長、ダイナ・レイジュードだ。この校長室に呼ばれた理由は……分かっていると思うが、その件での君達の処分が決定した」

 生唾をごくりと呑み込む。

 唾が喉を通り抜ける音がこの静かな空間では鮮明に聞こえ、なんだかとても不気味だ。

——もしかして、俺達このまま退学になるんじゃ……

 いや、そもそも、入ってるのかすらもまだ怪しけれども……って、何俺は冷静に今の状況を分析してるんだ!?

 学園の門を跨ぎ、ユメルとこれからの健闘を誓い合った数分後。まさか、こんな事態になってしまうとは。
 そう、あれは不運が不運を呼んでしまっただけなのだ。
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