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第1章

第3話 動き出した悪戯。芽吹きの新芽

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 男は唐突に叫んだ俺を見て、少しバツの悪そうな表情を浮かべて首を傾げる。

「もしかして……ファルネスさんですか!?」

 俺は高揚と興奮のまま、ファルネスさんに勢いよく詰め寄った。

「え、何?知り合いなの?」

 明らかに沸き立っている俺の様子を見たユメルが、先程打った頭をさすりながら尋ねてくる。

「あぁ!前に話したろ?六年前の……あの災厄の日、魔人に殺されかけた所を助けてくれた、命の恩人の!」
「……それが、この人なの?」

 どこからか吹っ飛んできて、頭の上が砂埃にまみれたファルネスさんを、上から下へ目を細めながら凝視するユメル。そして、何かに気がついたのか、途端にハッと目を見開いた。

「も、もしかして……『獄炎』の妖精騎士シェダハ——ファルネス・ウィロアさん!?」
「おぉ、私を知っているのか!いやー、名前が広がったもんだな!」

 少し照れくさそうに笑うファルネスさんを前に、唖然と立ち尽くすユメル。

「ユメルも、ファルネスさんと知り合いだったの?」
「バカッ!知り合いなんて恐れ多いわ!この方は、たった一人で魔族二百体を総殲滅した、妖精騎士シェダハの中でも歴代最強格の人だよ!?そこら辺にいる人なら皆知ってるよ!リオが昔助けてもらった人って、ファルネスさんだったのか……凄いな……」

 前のめりになりながら、熱狂的に語るユメル。

 俺自身ファルネスさんにはずっと憧れを抱いており、尋常じゃなく強いのはもちろん分かっていたけれど、そこまで名が通っている妖精剣士シェダハだというのは今ここで初めて知った。

 ファルネスさんは、ユメルの話に耳を傾けながら照れくさそうな笑みを浮かべ、頬をぽりぽりとかきながら口を開く。

「噂が色んな所で誇張されてそう言われてるけど、実際のところは百五十体くらいなもんなんだよな……」
「いや、充分すぎるくらい凄いですよ!魔獣とか……魔人なんて特にそうですけど、何人かの妖精騎士シェダハがチームを組んで、やっと倒せるものじゃないですか!それを一人で……しかも百五十体って……」

 飄々ひょうひょうと流れていた噂話がほぼ真実だったという事実を知り、一人愕然としながらハハッと乾いた笑いを漏らすユメル。

 まぁ、これが普通の反応だろう。

 一人で魔族を相手にするだけでも馬鹿げているのに、百体を超える魔族を全て討伐したとなると、全く現実的じゃないし、おとぎ話に出てくるどこかの英雄と間違えてしまいそうなもんだ。

 だけど俺は、ファルネスさんがおとぎ話に出てくる英雄ではなく、化け物じみた強さを誇った現実いまを生きる妖精剣士シェダハだということを知っているし、先の噂の真実を聞いてもさして驚きはしない。

 六年前。出現するはずの無い地帯に突如魔族が侵攻してきて、襲われていた俺が完全に死を覚悟した状況で救いの一太刀を振ってくれたのが、何を隠そうファルネスさんなのだ。

 多彩な魔術や、常軌を逸脱した身体能力の魔人相手に一歩も引けを取らず、絶命寸前まで追い込んでいた豪鬼の姿をそこに見た。
 幼く命からがらの俺でも、その剣捌きに魅入ってしまった、まさに天才の所業。

「ファルネスさん、あの時は本当にありがとうございました。改めてお会いできて、本当に嬉しいです!」
「六年前…………?もしかして、あいつの弟の……?」
「……はい」
「……てことは、ローネアの生き残りで────」

 ファルネスさんは、何かをボソボソと呟いていたが、これ以上は声が小さくて聞き取るのが難しい。

「つかぬ事伺うが、もしかして君達は、フィレニア学園に用があるのかな?」

 俺とユメルの荷物と、手の甲に描かれた妖精紋から察したのか、ファルネスさんはイリグウェナの方角に親指を掲げながら尋ねてきた。

「はい!俺達、妖精騎士シェダハになるために、この先のイリグウェナに入って学園に向かおうと思ってます!」

 手の甲の妖精紋を前に差し出し、頷きながら答える。

「そうか……なるほど。これは……凄いことになったな。必然的な因果か、はたまた、運命の仕掛けた悪戯イタズラか……」

 青空を流れる雲が丁度日差しを切り、俺達が立っている場所を影が覆った。

 そんな空を眺めて、ファルネスさんは宙を仰いでいる。

「えっと、どういう……」

 俺は言葉の意味が汲み取れず聞き返すが、ファルネスさんは「なんでもないよ」と言い、首を横に振った。

 そして、手をパチンと叩くと、

「よし!実は、私もこの都市に用があってね。見たところ、ここに来るのは初めてのようだが?」
「はい。初めてです」
「それなら、私が案内してあげよう!土地勘のない君達じゃ、まず間違いなく道に迷うだろうしね!」
「ほんとですか!凄く助かります!」

 ファルネスさんは胸を張りながらそう言い、そんな願ったり叶ったりの素晴らしい提案に、俺とユメルは深々と頭を下げた。右も左も分からない俺達にとっては本当に有難い話だ。

 感謝の弁を述べられて、最初こそ嬉しそうに笑っていたファルネスさんは、そのうち何かを思い出したようで、次第に表情に暗さが滲み出る。

「うん……まぁ、それは良いんだけど。その前に、少し解決しなきゃいけない問題があってだな……」

 何かを考え込むように、ファルネスさんは眉間に皺を寄せた。

「解決しなきゃいけないこと……?」

 俺とユメルが小首を傾げると、ファルネスさんは静かに人差し指を、街とは逆の方に指し、俺達はそちらの方向へと視線を移す。

 そして、しばらくその指す方向を眺めていると、一人の女性が叫びながら全速力で猛走してきているのが窺えた。

 あ、何か声も聞こえる……

「ファールーネースゥウ!!殺す!!」
「ヒッ!?」

 ファルネスさんは情けない叫声きょうせいをあげながら、俺を自身の体の前に押し出した。そう、それはまるで、凶暴な何かから自分の体を守る盾かのように。

 ん?待てよ。あの人、絶対止まらない勢いで爆走してきてるけど……まさか、ね?さっきのファルネスさんみたいに、スレスレで避けてくれる……よね?

「あ、あの……ファルネスさん……?」
「ミラはさ、一回激怒したら周りが見えなくなるタイプなんだ。……あ、ちなみに、ミラっていうのは、走ってきてる悪魔のような形相をした、あの女ね?」
「何の情報ですか!?」

 ファルネスさんは、聞いてもいないことをやけに饒舌に、こちらへ走ってきているミラと呼ばれたその女性について語りだす。

「あ、あの女の人……空気を握り潰すみたいに拳を握って、今にも振りかぶるような体勢作ってますけど……」
「…………少年。一つアドバイスだ。妖精剣士シェダハを目指すのなら、痛みに強くないとダメなんだぞ!」
「そんな理不尽な!絶対死ぬ!離してください!」

 その場から離脱すべく、本気で暴れるがビクともしない。 

 さすが、大陸屈指の妖精騎士《シェダハ》。体幹も元の力も違いすぎる。俺もこんなふうになりたいもんだ!

「死ぃぃねぇぇえ!!!」
「ぎゃあ────ッ!!」

 叫びながら突き出されたその拳は、迷いなき美しい直線を描き、一寸たりともブレることなく俺の顔面へとめり込む。

 後に、その光景を見た者ユメルは、こう語った。

 その曇り気のない美しい直線で放たれた拳は、まさに正義を具現化したものだったと。

「ぐふぉらッ!!」

 理不尽にも殴り飛ばされた俺は、非情にもそのまま地面へと打ち付けられるのであった。







「あんた……ッ!ほんっと、いい加減にしなさいよ!?」

 理不尽に殴り飛ばされ、地面の上に突っ伏している俺の耳に、女の人の怒声が響き渡る。

「ま、まぁ……落ち着けって。そんなカリカリしてたら、綺麗な顔が台無しだよ?」

 両手を前に出し、怒号を飛ばす女性を宥めながら、一歩ずつ後退するファルネスさん。

「……ッ!どうせアタシは、顔面台無し残念妖精エルフですよ!あぁ!殴り足りない!ぶっ殺す!」

 後退するファルネスさんに対し、力強く地面を踏みしめながら、獣のような形相で詰め寄っていく女性。

「何でそんなに怒ってるんだよ!?もしかして、あれか?さっきすれ違った妖精エルフの胸が大きかったから、つい『ミラと違って、おっぱい大きいなー!お前も、もう少し成長したら女性っぽくなるのにな!』って言って、持ってた棒でお前の胸突っついたからか!?」
「ッ!!あ、あぁぁ……ッ!」

 核心を突かれたのか、女性はこの世の終わりのような表情しながら、膝から崩れ落ちた。

 しかし、ファルネスさんは、そんな女性の様子には一切お構いなく、さらに畳み掛けるように問題発言を続けた。

「そのことなら、別に気にするな!なにも、胸だけで女性の良し悪しは決まったりしないぞ!貧乳でも、充分にミラは魅力的じゃないか!貧乳でも!」

 何故二回言った!?

 俺は地面に突っ伏したままいたたまれない感情でいっぱいになり、ユメルは見ていられなくなったのか視線を下にげている。

 きっとファルネスさんは、この女性が怒っている本質的な部分を、全く理解していないのだろう。理解しないまま、どうにか宥《なだ》めるためだけに言葉を並べているが、完全に逆効果だ。

 てかファルネスさん、俺でも分かるくらいデリカシーないことやってるな……。そりゃ、この女の人がこれだけ怒るわけだ。

「…………そう」
「わ、分かってくれたか!いやー良かったー!一時はどうなることかと思っ……ん?ミラさん?なんで助走をつけるために後ろに下がってるのかな?どうして、今にも蹴りかかってきそうな体勢をとっているのかな?」

 一瞬ニコっと、とても清々しい笑顔を見せたその女性は無言のまま走り出し、静かにファルネスさんの股間へ強烈な蹴りを入れた。

 静寂なる会心の一撃をもらったファルネスさんは、声にならない悲痛の叫びをあげながら、泡を吹いて倒れてしまったのだった。
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