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偏屈令嬢は出会う
04.お母様の記憶
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メイドと二人、笑ったり照れたり、顔を見合わせながら着替えたのは初めてだった。
急いで寝間着を脱いで、髪をまとめて。
気合いが入りすぎていると思われたくなくて、お化粧は簡単に。
本当は駆けていきたい気持ちを抑えて、普通の顔を取り繕いながら、マリアリーゼは先ほどのポーチへゆっくりと歩いて行った。
深緑の屋根が伸びたポーチは板張りで、白いテーブルクロスがピンと張られたアイアンのテーブルセットが用意されていた。
その先には、まるで自然に生えたような配置で作られた庭が広がっている。色とりどりの花々やハーブが繁茂していて、ほんの数歩足を踏み入れるだけでも景色が変わりそうなほど、うねった道が続いている。
「素敵なお庭……昔遊んだ公園みたい」
「奥には小さな池と橋もあるんだ。よかったら食事の後にでも散歩しよう」
そう約束した彼が食事をしながら自慢げに話すのは、この土地の水質や領土、そして庭の植物のことだった。自分に関することを聞かれると顔を赤くするアレクセイに、マリアリーゼは楽しい感情に近い、新しい気持ちを覚えた。
「あの、お庭を見てきてもよろしくて?」
「せっかくだから、案内するよ」
そっと差し出されたその手に、今までほどの緊張感は不思議と感じなかった。彼が年上でエスコートに慣れている様子だからなのか、彼に興味が湧いているからなのか、理由はまだわからない。けれど、高鳴る胸の鼓動が導く先へ進んでみたいと思った。
彼のエスコートで進む庭は、一歩一歩進むごとにマリアリーゼの予想していなかった色の花々が現れ、美しい景色を形作っていた。
「本当に素敵……。まるで絵画の中にいる気分」
「ありがとう。ここは私が小さい頃から好きな場所でね。君が気に入ってくれて嬉しいよ」
この先は飛び石があるから、とマリアリーゼの両手を取ったアレクセイは、後ろ向きのまま一緒にその大きな飛び石を蹴った。まさか一緒に跳ねるなんて思わなくて驚いた顔をしていると、その顔を見たアレクセイがくくくと笑う。
次はこっちだよと案内されたのは小さな池とその中央にかかる橋で、マリアリーゼはふわふわと風に揺れるスカートの裾が汚れないように、ゆっくりと橋を渡った。
「実はこの庭は私の母が管理していた庭でね。彼女が亡くなった後も思い出を守りたくて、この伯爵家を継ぐ話を受けたんだ」
「お母様の思い出を大切にしていらっしゃるのね。どこか安心感があるのは、そのせいかしら。まるで……生きているみたいですわ」
マリアリーゼの言葉に答えるように、爽やかな風に吹かれた木々が一瞬、ふわりと揺れた。
「生きている、か……そうかもしれないね」
アレクセイの、遠くを見つめる瞳がなんだか寂しげで、目が逸らせない。長いまつ毛が少し傾いて、彼が目を閉じて母を思い出しているのだと知った。
「私の家にも、私の母が植えた薔薇の花壇がありますの。毎年綺麗に咲くように手入れしているからか、時々母がそばに居るような気がしますのよ」
マリアリーゼの母はマリアリーゼよりも白に近い髪色だったらしく、自分を忘れないでほしいと願ってバラを用意したと聞いている。母はとうに亡くなってしまったけれど、その話を父から聞く時と、その薔薇が満開になる時期だけは、マリアリーゼは母を身近に感じることができた。
「そういえば昔『君が相手を思っている時、相手も君のことを思っている』……なんて詩を読んだことがある。当時は馬鹿馬鹿しいと思っていたけれど、案外そうなのかもしれないね」
数歩先にいたアレクセイが近づいてきて、マリアリーゼに手を差し出した。
時折吹く風は、次第に強さを増している。
そろそろ屋敷に戻ろうとかけられた言葉に、マリアリーゼは素直に頷いて、彼の手を取った。
風は肌を滑るたびに体温を奪っていくけれど、なぜか心が温かい。心の距離が近づいたような、幸せで、柔らかな気持ちに包まれている。
見合い相手にここまで興味が湧いたのは初めてだった。
できることならもっと知りたいと思っている自分を、不思議に思う気持ちもある。
明日は、領民や使用人からこの土地のことを知りたいと思い立ったマリアリーゼは、彼と屋敷に戻って別れた後、翌日どうしたらこの屋敷を抜けられるかについて、真剣に考え始めた。
急いで寝間着を脱いで、髪をまとめて。
気合いが入りすぎていると思われたくなくて、お化粧は簡単に。
本当は駆けていきたい気持ちを抑えて、普通の顔を取り繕いながら、マリアリーゼは先ほどのポーチへゆっくりと歩いて行った。
深緑の屋根が伸びたポーチは板張りで、白いテーブルクロスがピンと張られたアイアンのテーブルセットが用意されていた。
その先には、まるで自然に生えたような配置で作られた庭が広がっている。色とりどりの花々やハーブが繁茂していて、ほんの数歩足を踏み入れるだけでも景色が変わりそうなほど、うねった道が続いている。
「素敵なお庭……昔遊んだ公園みたい」
「奥には小さな池と橋もあるんだ。よかったら食事の後にでも散歩しよう」
そう約束した彼が食事をしながら自慢げに話すのは、この土地の水質や領土、そして庭の植物のことだった。自分に関することを聞かれると顔を赤くするアレクセイに、マリアリーゼは楽しい感情に近い、新しい気持ちを覚えた。
「あの、お庭を見てきてもよろしくて?」
「せっかくだから、案内するよ」
そっと差し出されたその手に、今までほどの緊張感は不思議と感じなかった。彼が年上でエスコートに慣れている様子だからなのか、彼に興味が湧いているからなのか、理由はまだわからない。けれど、高鳴る胸の鼓動が導く先へ進んでみたいと思った。
彼のエスコートで進む庭は、一歩一歩進むごとにマリアリーゼの予想していなかった色の花々が現れ、美しい景色を形作っていた。
「本当に素敵……。まるで絵画の中にいる気分」
「ありがとう。ここは私が小さい頃から好きな場所でね。君が気に入ってくれて嬉しいよ」
この先は飛び石があるから、とマリアリーゼの両手を取ったアレクセイは、後ろ向きのまま一緒にその大きな飛び石を蹴った。まさか一緒に跳ねるなんて思わなくて驚いた顔をしていると、その顔を見たアレクセイがくくくと笑う。
次はこっちだよと案内されたのは小さな池とその中央にかかる橋で、マリアリーゼはふわふわと風に揺れるスカートの裾が汚れないように、ゆっくりと橋を渡った。
「実はこの庭は私の母が管理していた庭でね。彼女が亡くなった後も思い出を守りたくて、この伯爵家を継ぐ話を受けたんだ」
「お母様の思い出を大切にしていらっしゃるのね。どこか安心感があるのは、そのせいかしら。まるで……生きているみたいですわ」
マリアリーゼの言葉に答えるように、爽やかな風に吹かれた木々が一瞬、ふわりと揺れた。
「生きている、か……そうかもしれないね」
アレクセイの、遠くを見つめる瞳がなんだか寂しげで、目が逸らせない。長いまつ毛が少し傾いて、彼が目を閉じて母を思い出しているのだと知った。
「私の家にも、私の母が植えた薔薇の花壇がありますの。毎年綺麗に咲くように手入れしているからか、時々母がそばに居るような気がしますのよ」
マリアリーゼの母はマリアリーゼよりも白に近い髪色だったらしく、自分を忘れないでほしいと願ってバラを用意したと聞いている。母はとうに亡くなってしまったけれど、その話を父から聞く時と、その薔薇が満開になる時期だけは、マリアリーゼは母を身近に感じることができた。
「そういえば昔『君が相手を思っている時、相手も君のことを思っている』……なんて詩を読んだことがある。当時は馬鹿馬鹿しいと思っていたけれど、案外そうなのかもしれないね」
数歩先にいたアレクセイが近づいてきて、マリアリーゼに手を差し出した。
時折吹く風は、次第に強さを増している。
そろそろ屋敷に戻ろうとかけられた言葉に、マリアリーゼは素直に頷いて、彼の手を取った。
風は肌を滑るたびに体温を奪っていくけれど、なぜか心が温かい。心の距離が近づいたような、幸せで、柔らかな気持ちに包まれている。
見合い相手にここまで興味が湧いたのは初めてだった。
できることならもっと知りたいと思っている自分を、不思議に思う気持ちもある。
明日は、領民や使用人からこの土地のことを知りたいと思い立ったマリアリーゼは、彼と屋敷に戻って別れた後、翌日どうしたらこの屋敷を抜けられるかについて、真剣に考え始めた。
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