異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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幻実混処ユーダイモ、かつて祈りを唱えし者編

  どれほど時間を経たとしても2

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「クッ……!? 貴様ッ、どうして元の姿に……!!」
「うるさい死ね早く死ね鬱陶うっとうしいんだよテメェはぁああ!!」

 大きな何かが一瞬で切り落とされた音がする。
 野菜を包丁で一刀両断したような、明快かつ爽快な音にも似ているが……これは、ブラックが外の太いつるを切り捨てたって事で良いんだろうか。

 やっぱりブラックの攻撃力は半端じゃない。

 確実に強い……んだけど、台詞セリフが強者っていうか、何か……こう、何故こんなにも山賊と言うか、ヒーローっぽいことを言えないのだろう……。
 たぶん、外の光景はかなり格好いいはずなのに。

「戻って、きたわね……」
「はい……。と、とにかくブラックが来てくれたなら一安心です! でも、これからどうするべきか……」

 一番いいのは【翠華すいか】を撃退することだが……この状況でそれは叶うのだろうか。
 森の中は依然いぜんとして相手にとって有利な状況だ。……というか、この植物が豊かなライクネスでは、俺達が有利なフィールドなどは存在しないだろう。

 この国全域が、相手にとっては途轍とてつもなく戦いやすい場所なのだ。
 ……正直、いつ形勢逆転されてもおかしくないんじゃないか。

 逃げる……にしても、逃げ場所は無いだろうし……いやでも、だからってチアさんのご厚意にずっと甘えるワケにもいかないよな。
 ここに居たら、外にいる影のチアさんにも被害がおよぶ。

 彼女だって、ここにいるチアさんと同一の存在なんだ。
 いくら襲われて食われそうになったとしても、チアさんは俺の事を助けてくれたし、こちらの事情に巻き込んだりはしたくない。

 …………せめて草原の方が、戦いやすいだろうか。

 あの謎のおぞましいモンスターと戦闘した時みたいに、上手く行くのかは分からないけど……少なくとも、チアさんの領域を荒らすよりはマシなはずだ。

 しかし、今出たら確実に【翠華すいか】にバレるよな。
 それに……家の中に入る手段を知られたら、チアさんも危ないかも。これじゃ外に出ようとする時点でみってヤツじゃないか。
 ああもうどうすりゃ良いんだ、俺にも転移の術が使えれば……

「…………ん? 待てよ……転移の術……」
「どう、したの……?」

 俺が頭を抱えている姿を心配してくれたのか、チアさんが隣から俺の顔をひかえめに覗き込んでくる。ううっ……び、美少女……いやそんな事を言ってる場合じゃない。
 俺は今しがた思いついた事を、チアさんに説明した。

「あの、チアさん……このままだと、俺達はチアさんに迷惑をかける可能性があるので、一旦いったんここから離れようと思ってるんですが……この家の中って、俺の仲間の魔族をんだりしても大丈夫ですか?」
「魔族……ああ、あの小人さん……?」
「はい。その仲間に家の外に出して貰おうと思って。そうすれば、チアさんの家の中にまではつるも入ってこないと思いますし……」

 これなら、チアさん達は大丈夫なはずだ。
 そう思って話をすると、彼女は少し心配そうな雰囲気ふんいきで俺を見つめて来た。

「だい、じょうぶ……? 戦うなら、私も……」
「いえ……俺達のせいでチアさんにも迷惑がかかってるし……何より、チアさんにはブラックを助けて貰ったんです。これ以上助けて貰ったらバチが当たりますよ」

 それに、チアさんは、この場所で静かに祈り続けて居たかったかもしれない。
 俺達に親切にしてくれてはいるけど、彼女の心の痛みは計り知れないはずだ。今もクリスさんの事を待ち続けているし、感情的な方のチアさんの影は「待ち続けられるように」と俺達を喰おうとした。

 きっと、まだ彼女はクリスさんのことを信じて居たいんだ。

 …………あの“森のお姫様”のお話でもそうだったけど、チアさんの現状を知れば、誰もが「もう待ち続けるのはめなよ」と言うだろう。

 俺だって……正直、もう悲しんでほしくないから、そう言ってしまうと思う。
 けど、彼女は待ち続けたいんだ。
 好きな人の無事と幸せを純粋に願い続けたいんだと思う。

 それを止める権利は、俺には無い。

 俺も、いつかブラックを失ってしまったら、そう考えたりするのかも知れない。
 ……あまりに遠い世界の話で、考えたくもないと頭が拒否するけど。
 でも、俺がチアさんと同じ立場になったら……いのらずには、いられないだろう。

 そうしないと、心がつぶれて生きていけない。
 自分の幸せを願ってくれた大好きな人が悲しむ死に方をするくらいなら、おろかでもいのり続けて、夢を見て生きていた方が、きっと相手も安心してくれるはずだ。

 そう、思ってしまうから。
 だから……チアさんに、何かを提案するようなことは、出来なかったんだ。

 理解出来るから。
 この人しかいないって決めてしまった気持ちは、俺も一緒だと思うから……。

「…………貴方は……本当に、優しいのね……」

 チアさんが、微笑む。
 まるで俺の考えていることを見透かしたようなその言葉に、俺は目を伏せた。

「そんな……」
「ありがとう……私の、私達のことを……一生懸命に、考えてくれて……。だけどね、もう、いいの。もう一人の私も……もう、分かってるから……」
「え……」

 外からは、つるを切り刻む音や燃える音が聞こえる。
 早く加勢に行かなければとあせる心はあるが、しかし今はチアさんの言葉に相手の顔を見つめずにはいられなかった。

「本当は、ずっと……わかってた……。だけど、受け入れたら、心が壊れてしまいそうで……たった一人の唯一の、愛する人を失った私は……どうすれば生きていけるのか、もう、考える事も出来なくて……」
「…………」
「弱かったの。……いいえ、今でも弱い……あの子を失った事で……私は、街の民の幸福を食べることすら、うとんでしまった……。他の人の幸せが、心底……憎らしく、なりそうで……怖かったから……」

 愛する人を失った悲しみや憎しみで、幸福を奪ってしまいそうだった。
 だから、愛する人が生きていると必死に思い込み願い続けるしかなかった。

 ……いのっているうちは、希望を持っていられる。誰かをにくまずに済む。
 理不尽に、人を傷付ける事だってないと思った。

 しかし、その心の傷は深すぎたのだ。
 深くいのり続けなければ、周囲の人を遠ざけなければ、心は落ち着かなかった。

 その結果が、街の衰退と自分のちからの枯渇。
 どのみち――――幸せになることなど、出来なかった。

 …………チアさんは、そう言って悲しそうに微笑んだ。
 けれど、思わず眉を歪める俺の手を取って、少し冷たい手で優しく包んでくれる。
 そしておだやかな声でこう言ってくれた。

「でも、今はもう……大丈夫。貴方達が……貴方が、過去の私の物語を……届けて、くれた。……だから、私は……自分を、あわれんで、受け入れられたの」

 ひんやりしているけど、とても優しい手だ。
 チアさんの顔を見やると、彼女の表情から悲しみは消えていた。
 俺と同年代のように思えるけど、その微笑みはとても大人っぽくて。

 ……思わずあごを引いてしまった俺に、チアさんは口角こうかくを上げた。

「私には、長い、時間と……理解して、それでも……を、語ってくれる人が……必要だった。……あまりの悲しさに、耐え切れず……私は、いつの間にか石になってまで、いのり続けようとしたから……今まで、おうとしてくれた人すらも、拒絶してしまっていたけれど……」

 それでも、今こうして微笑んでいられる。
 感謝するかのように美しい笑みを見せてくれるチアさんに、思わず女性に弱すぎる心臓が高鳴ってしまった。

 う、嬉しいけど、今はデレデレしている場合じゃない。
 男ツカサ、ここはオトナの男らしいキリッとした言葉を返さなければ……。

「ち、チアさん……」

 くそっ、言葉がのどに引っかかって出てこない。
 でぇいもう俺の馬鹿野郎、何でこういう時に限って言葉が出てこないんだよ。

「もう、過去には戻れない……。だから、今……私達を、救ってくれた……貴方達の、助けに、なりたいの。……お願い、手伝わせて」
「は……はひぇ……」

 あっ、ああっ、やめてください、やめてください、お顔を近付けられたらとうとすぎて死んでしまいます。至近距離で美少女と見つめ合うなんてどんなご褒美ほうびなんですか。
 いやもうこんな時によこしまな事を考えてしまう自分が情けない。

 違う違う、ピュアな欲望に負けるな俺。
 チアさんが手伝ってくれると言ってるじゃないか。しかも俺達に感謝するために!

 かなり嬉しいじゃないかこれは。でも、手伝うってどうするんだろう。
 今さっき言ったように、手を出せばチアさんを危険にさらすかも知れないのだ。
 アイツの標的は俺達なのに、巻き込んでいいんだろうか。

 そう考えて心配になるけど……――――

「ありがとう。私も、頑張るわ……!」

 憂鬱ゆううつそうに無表情をよそおうより、嬉しそうに笑ってくれるなら……良いか。

 チアさんが思い切って元気になってくれたのなら、それでいい。
 彼女だって、危険は承知の上だろう。だけどそれでも俺を手伝ってくれると言うのだ。なら、俺が必死になって否定するのは間違いだろう。

 そもそも、彼女は強大な力を持つ魔女だ。
 俺より弱い……なんてことは、決してないだろうから。

 ……我ながらちょっと悲しいけども……ええいとにかく戦闘だ。
 ブラックだって今戦ってるんだ。俺達も早く参戦しないとな。

「じゃあチアさん、これからどうします?」
「それ、なんだけど……もしかしたら、私の力で……あの人を、強制退去させられるかも、しれない……。だから、手伝ってほしいの」
「えっ、本当ですか!? 何をすればいいんです!?」

 思っても見ない返答だ。
 もしそれが実現するなら、アイツを簡単に撃退できるじゃないか。

 幸い、あの【翠華すいか】は街を破壊したりっていう悪い事は考えてないタイプらしい。
 そこは評価できるんだけど……ブラック達を排除しようとしているうえ、何故だか俺を執拗しつように連れて行きたがっているから、そこが問題なんだよな……。

 まあでもそれはえると、俺達にしか危害を加えないってことだろう。
 なら、この場から強制的に離してしまえば、俺達が逃げる時間は作れる。

 街でゆっくり出来るかどうかは怪しいが、それでも離れられたらそれでいい。
 またチアさんに頼ってしまって申し訳ないが……ともかく、今は喜んで手伝おうではないか。気合十分でチアさんに問いかけると、彼女は小さくうなずいた。

「まず……貴方達には、して欲しいことが、あるの……」
「して欲しいコト?」

 なんだろう。
 つい鸚鵡おうむがえしして首をかしげた俺に、チアさんが説明してくれる。

 けど、その内容を聞いて俺は頓狂とんきょうな声を上げずにはいられなかった。

「えっ……えぇえ!? こ、この状況でえ!?」

 驚く俺に、チアさんは至極真剣な表情で首を縦に振る。

「それが……私の、力を倍増させる……。あの人、は……貴方と、いるだけで、幸福みたいだから……きっと……」
「う……ううぅ……分かり、ました……」

 何だか物凄くこっ恥ずかしい事を言われた気がするが、それ以上に俺が今から行うことを思うと、何だかもう顔が熱くなって仕方ない。
 けれど、それがチアさんの力になると言うのなら……やらざるを得なかった。

 あ……あんなことで、敵に対抗出来るなら……
 ブラックが酷い目にわされずに済むのなら……――――

 う、うぐぐ……やるしか、ない。
 チクショー、俺も男だ。やるぞ。もう、やってやるんだからな!












 
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