異世界日帰り漫遊記!

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幻実混処ユーダイモ、かつて祈りを唱えし者編

  幸福の魔女の物語2

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 ユーダイモの街の幸福な夫婦から生まれた娘、それがクリスだった。

 ……最初の出会いは、他の人々となんら変わりは無い。
 親が他の街から流行病はやりやまいを貰い、その病を治す薬を頼みに来た彼女は、最初他の少女達のように、可愛らしい普通の乙女のように思えたのだ。
 実際、彼女の振る舞いは女性そのもので、何の変哲へんてつもなかった。

 だが何かと理由があってクリスが訪ねてくるたび、フェリーチアは不思議な違和感を覚えたのである。そう、まるで……男性のように曜気を身の内に溜めこみ、自在にあつかえる器を持っているかのような、そんな感覚を。

 ――――あまり人に執着しないように生きてきたがゆえ気付くのが遅れたが、どうやら森の外の人族じんぞく達には大きな変化が起こっていたらしい。

 かつて、術師としては対等たり得ない存在だった女性が、いつの間にか男と同等の“器”を手に入れ、そして……性別を超越していた。
 逆に、女としての機能を手に入れた男も存在し、それらは新しい区別を付けられて、いつの間にか浸透していたらしいが……今でもこの辺りの事は、よくわからない。

 ともかく、ヒトは男女と言う性別すら曖昧あいまいな存在になった。
 クリスもまた、このような人族の中で言う「オスの女性」という存在だったのだ。

 最初は驚いたが、あの狂乱の世界を思えばこの程度ていど些細ささいな事である。
 なにより、気にする意味も無い。
 ヒトのことわりから外れた魔女である自分は、彼らとはまじわれないのだ。

 だから、そんな事は考えるだけ無駄だと思っていた。
 ……三日とを置かず親しげに訪ねてくるクリスが、自分とは違い徐々に大人へと成長する姿を見ながらも、彼女のその行動の意味すら考えていなかった。

 だからだろうか。
 フェリーチアは、クリスに思いを告げられるまで、彼女が自分に好意を持っていた事に気が付かなかったのだ。

 ――立派に成人したクリスは、子供の頃に無邪気さをよそおって聞いた、フェリーチアにとって“好ましい異性”の姿をした。

 短髪で上背のある、男に近しい姿。
 彼女が女の姿を切り捨てた事には驚いたが、オスにはよくあることらしい。

 全てのオスの女性がそのような姿になるワケではないが、クリスの姿は珍しくない姿だったようだ。

 だが、彼女はフェリーチアのために体をきたえ、男を凌駕りょうがする腕力と曜術の使い手になったのである。そう、全ては幼い頃からの恋心のためだった。

 ――――純粋で、一途いちずな愛。
 訪れるたびに愛をうたい、不器用だが決して強引にせまって来ることは無いクリスに、フェリーチアは次第しだいに心を開いて行った。

 いつの間にか、フェリーチアも彼女を愛するようになっていたのだ。

 二人が完全に結ばれるのに、そう時間はかからなかった。
 もちろん、街の人々はそのことを心を込めて祝福してくれた。

 特に、クリスの長い片思いを知っていた両親や友人達は、諸手もろてを上げて喜び、森の中で幾晩いくばんも宴を開いていた事を覚えている。

 ――街の自警団のかしらとして頭角とうかくを現していたクリスと、幸福の街【ユーダイモ】をいつも見守ってくれている、ひとりぼっちの優しい魔女。
 二人が共に街を見ていてくれれば安心だと、きっとそう思っていたのだろう。

 …………だが、その幸せもクリスの片思いほどは長く続かなかった。

 かつてフェリーチアが住んでいた村を襲ったあの“黒いきり”によって、再び森の外のモンスター達が凶暴化し、人々を襲うようになったのである。
 特に、夜に現れる“飛竜”の災害は筆舌ひつぜつくしがたく、風のような速さで伝わってきた話は、フェリーチアの中でうすれかけていた少女の頃の記憶を呼び起こした。

 かつて自分の幸せを奪った災厄。
 それと同じものが、大陸に再びりかかっている。

 だが、おのれの制約を逸脱できない魔女であるフェリーチアには、街と森を守るちからしかなく、人々が遠い街の話を聞いておびえるたびに苦悩するようになっていた。

 彼らの不安や恐れは、魔女としてのちからを減退させる。
 初めておのれちからの不確かさに恐怖を覚えたフェリーチアをクリスは献身的にはげまし、また『私も街を守るから』と【ユーダイモ】の人々を安心させるようつとめた。
 フェリーチアのちからが弱まり、街が災厄にさらされぬように。

 しかし、それもまた短い間の話だった。

 ――――災厄の知らせから一年った、る時。

 国王の使いが【ユーダイモ】に現れ、こう告げた。

 いわく、近々凶暴化したモンスターの群れとの大規模な防衛戦が行われるため、有能な曜術師であるクリスが必要だという。

 災厄の被害を最小限に抑えるため、モンスター達を一か所に集めるさくったが、その群れとの戦によって恐らく戦う者の大半が命を落とすだろう。
 それでも、国を守るために戦ってほしい……と。

 ……街の者にはそこまで詳しく伝えなかったようだが、クリスだけには「死ぬ覚悟をしてほしい」とハッキリ言ったのだそうだ。
 当然、フェリーチアもクリスのくちからそれを告げられた。

 ――――……クリスが……死ぬかもしれない。
 考えるだけで、恐怖と絶望が心を苦しめた。

 いくらクリスが強いとはいえ、凶暴化した群れに立ち向かって勝てる保証はない。
 なにより……フェリーチアの記憶には、あの時の赤に染まる村が刻まれている。
 愛しいものをまた失ってしまったら、もう耐えられそうにない。

 当然、フェリーチアはクリスを引き留めた。
 それほどまでに、クリスのことを愛してしまっていたから。

 だがクリスはその願いを聞き入れてはくれなかった。

 『私は、キミを守りたいんだ。それに、このままだと幸せなこの街にもヤツらはやってくるだろうし……なにより、私は他の人々が苦しんでいるのに……自分だけが幸せに暮らしているのに耐えられないんだ』

 そう、繰り返しフェリーチアに言っていた。

 …………クリスは、幼い頃からとても優しい子で。
 人の不幸を人一倍いたみ、人の幸福を人一倍喜ぶことができる人だった。

 だからだろうか、外の惨状を放っておけば、回り回って街に災厄が降りかかる事になるかも知れないと考えてしまったのは。
 きっと、クリス一人が加わったところで何とかなるものでもないだろうに。

 フェリーチアは、過去の災厄が長く続いた事を思い出し、そう思った。
 けれども、「無駄だから行くな」とは言えなかったのだ。

 真っ直ぐで、お人好しで、優しい。そんな彼女を愛していたから。
 彼女が死を覚悟して人を救おうと言うのなら、それが望みであるのなら……恋人として、幸福を望む魔女として……彼女を、送り出すしかなかった。

 ――――戦いの最前線へと向かった恋人を見送ったあと、フェリーチアは毎日彼女の無事を願って祈りをささげた。

 今まで神に祈った事も無く、名を貰った事に感謝する程度ていどだったように思う。
 だが、今は神にでもすがりたかったのだ。

 初めて出来た愛しい人を、失いたくない。
 例え彼女が先に去ってしまう定めだとしても、その命が苦しみの中で消えてしまうのは、フェリーチアにとってはがたい悲しみだったのだ。

 だからフェリーチアは、毎日祈り続けた。

 彼女が無事に帰ってきますように。きっと帰ってきますように、と。
 けれど、春の月が一度終わり、夏の月が二度終わり、秋と冬の月が三度終わってもクリスは帰っては来なかった。

 フェリーチアがどれほど祈っても、彼女は森に戻って来ることは無かったのだ。
 つまりそれは――――彼女が、死んだことを意味する。

 だが、フェリーチアは認めたくなかった。

 街の人達が説得しようとしても、森の生き物たちがなぐさめようとも、かたくなに彼女の生存を信じ、ただただ祈り続けた。

 そうでもしないと、生きて行けそうになかったから。

 ……だが、ついに兵士と王族がやってきて、褒賞だけを差し出しながら告げた。

 『彼女は戦場で立派に戦ったと聞いている。これは、その褒美だ。生前、貴方がたに渡したいと言っていたのでな』

 魔女と言う得体のしれない存在であるフェリーチアを前にしても、王族の男はおののく事もなく、ただ、のこされた恋人であるという一点だけを重んじ気遣きづかってくれた。
 どのような存在であれ、今は愛しい者を失くした遺族なのだと言わんばかりに。

 しかし、フェリーチアは彼らの言葉を聞き入れようとはしなかった。

 褒賞を断り、いたむ言葉に耳をふさぎ、ひたすらにクリスの帰還を祈り続けたのだ。

 もう誰も、両親でさえもあきらめ受け入れた事実に背を向けて。

 ――――そう、あきらめきれなかったのだ。

 だから祈って、背を向けた事実を忘れるかのように必死で祈り続けて。
 いつしか、森に人が訪れなくなり、時間もわからぬままひざをついて祈り続けていると――――ある日、自分の体力が極端に落ちているのに気が付いた。

 術も使えず、動きもにぶく、ただの少女のように非力になっていて……その事に驚き、街を森の影から急いで覗きにいったのだが……最早もはや、そこに自分が知っている街は存在していなかった。

 幸福と花々にあふれた明るい都市、ユーダイモ。
 だがフェリーチアが見たのは、かつての建物をそっくりそのまま使ってはいるものの、幸福の力を失ったように色褪いろあせた都市。

 知らぬ人々の気配だけがう、知らない場所になってしまっていた。

 祈り続けた挙句あげくに、フェリーチアは全てを失ったのだ。
 ……いや、ちからだけではない。

 いつの間にか……
 愚かなおのれの体さえも……。





「……そうして私は、魂の姿で彷徨さまよう事になりました。といっても、既に私の全ては人族より魔族に近い存在になっていたので……自我もハッキリしたまま、体有るヒトと同じように物をつかみ動かす……人魂ひとだまのモンスター、みたいなものですが」

 チアさんはそう言って、軽くうつむいたまま寂しそうに微笑む。
 視線は机に落ち、誰も見ていなかったが、確かに後悔の色が見て取れる。

 だけど俺は……やっと気が付いた“あること”に驚くあまり、ただ間抜けな顔で彼女の姿を見ている事しか出来なかった。

 でも、仕方ないだろう。
 だって今、やっと気が付いたんだ。

 ――――ずっとずっと、森の中で愛しい人を待ち続けた話。

 待ち続けて、石になってしまった……悲しい、お姫様のおはなし。

 それって。
 その、昔話って……――

 “森のお姫様”じゃないか。

 ……ああ、そうだ。今まで何故か思い出せなかったものだ。
 でも、無理もないと思う。

 だってこのお話は、俺が記憶も感情も失った状態の時に読んだから。
 俺が……レッドに“支配”されていた時に読んだお話だったから、無意識に記憶の扉を閉ざしていたんだろう。

 あの時の事は、正直あまり思い出したくないからな……色んな意味で。
 なにせ、レッドに同棲を強制されていた時の俺は、奴隷状態で“レッドが好ましいと思う姿”になっていたせいもあるが……本当に、らしくなくて自分でもキモいと思ってしまうような、純粋ぶった状態だったんだからな。

 そりゃ、記憶の奥底に沈めてしまいたくなるってもんだよ。

 けど、その中でも“森のお姫様”は、何故か俺の心に深く刺さっていた。
 だからこそ、ブラックとも合流できたと言えるのだが……ともかく。

 あの別荘で繰り返し読んだあの話は、事実にもとづいたものだったのだ。

 お姫様は、チアさん。そして、王子様はクリスさんだった。
 ……たぶん、どこかで話を知った誰かが脚色したんだろうけど、それでも……彼女が何故石になったのか、どうして「幸福」が失われたのかの辻褄つじつまう。

 かつて別の名前で「幸福に支配されていた街」は、チアさんとの交流が失われた事で「幸福」を失い、黄昏たそがれた街になってしまった。
 もう誰も、二度と「幸福の街」に帰れず、全ては忘れ去られてしまったのだ。

 こんな話が、そこいらにそうそう転がっているわけはない。
 だから、きっとアレはチアさんの話を脚色した話で間違いないだろう。

 何にせよ、驚くしかない。
 まさか……こんなところで、あのお話に出会うとは思っても見なかった……。

「で、モンスターになったのは良いが、それが僕達とどう関係するんだ」
「……私の、半身は……まだ、クリスを待ち続けたいのだと思います……。だから、貴方達を喰らってちからたくわえ、幸福以外の方法で腹を満たそうとしているのです」
「現実から逃避するためにか」

 ブラックの容赦ない言葉に、チアさんは悲しそうに頷いた。

「私は……いえ、私もフェリーチアではありますが……きっと、もう昔の私ではないのでしょう。だから、こうして冷静な部分の私が……分離されてしまった……。本当なら自分をいさめて、相手をしずめるための存在なのに……」

 私と言う存在フェリーチアは、クリスを想うがあまり現実を拒否し、己のまともな心ですら分離させて……目を閉じ耳をふさいでしまった。

 そう言って、フェリーチアさんは顔を歪める。
 自分の事は、自分が一番理解しているのだろう。
 ……いや、分離したことで、初めて状況を理解したのかも知れない。

 だから、冷静な部分のこのフェリーチアさんは、いるような顔をしているのだ。
 本来であれば、こんな事はさせなかったのに、と。

「もう一人の私は、きっと貴方達をあきらめはしないでしょう。全力で、私を再び操ってまでも、襲ってくるはずです。……特に、魂そのものの存在である貴方は……狙われやすい。また、私達が作る幻覚に、まどわされてしまう……」
「あ……ど、どうにか、この場を切り抜ける方法はありませんか?」

 このままだと、ブラックを街へ返すことも難しそうだ。
 そう返した俺に、チアさんは表情を真面目そうに引き締めて答えた。

「方法は、あります。……ですが、私ではちからが足りません……だから……」

 黄金を散らした緑色の瞳が、俺を見やる。
 どこか覚悟したような、しかしうっすらと不安が垣間かいまえる少女の瞳。

 その色に言葉を飲み込んだ俺に、チアさんは続けた。

「貴方に、助けて貰いたいのです。……ただ、この方法を使うと……私達は、貴方の恋人と一時的に離れ離れになります。そして……この家の守りも、薄くなるでしょう。彼が帰って来るまで……私達で、この家が壊されないように……努力する、必要が、あります。……それでも、良いですか……?」

 要するに、俺が危険にさらされるってことか。

 なんだ、そういうことなら。

「はい。……まかせてください!」
「…………本当に……?」

 驚いたように目を丸くして聞いてくるチアさんに、俺は力強くうなづく。

 俺だって、冒険者だ。こんな事態は何度も経験している。
 だから怖くはないし、むしろ俺達がおとりになってブラックが確実に体に戻れるってんなら、喜んでエサ役になるよ。

 それに……ブラックなら、きっと駆けつけてくれるはずだ。

 いつもの姿で、いつだって堂々として。
 きっと、俺達の事を助けに来てくれるはず。だから、怖くない。

 そう素直に思ってチアさんを見やる俺に、彼女は少し寂しそうに笑った。

「分かりました……。では、彼を体に戻す手伝いを、始めましょう」

 ……彼女が何故寂しそうに笑ったのか、俺はすぐに理解した。
 だけど、こればかりはどうする事も出来ない。

 俺が謝っても卑屈ひくつな態度のようになってしまうだけだし、何よりブラックの事を信頼していることまで悪かったと言っているような感じになってしまう。
 だから、ここで謝っても……誰も、救われない。

 チアさんもそれを理解しているから、何も言わないでいてくれたのだ。

 …………難しいな、こういうのって……。

 なぐさめたいけど、どうにもならなくてなぐさめられない事があるなんて。
 ……この世界に来るまで、知らなかったよ。










 
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