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迷宮都市ヘカテクライオ、秘めたる記憶と誘う手編
17.魔女という存在
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「ツカサちゃん!! ブラックの旦那がヤバいってホントかよ!」
街の外でボスペコちゃん達と待機していた俺に、遠くから声が飛んでくる。
振り返ると、俺達が今日歩いてきた人気のない海辺道を、リオルが必死な顔をして走って来ていた。手を振っているリオルの横に、ロクショウが付き添っている。
ロクが一っ飛びして、リオルに知らせてくれたんだ。
その姿に安堵して、俺は力の限り手を振ってリオルの到着を待つ。
ややあって近付いてきたリオルは、俺の姿を見て――何故かギョッとしたようで、慌てて距離を詰めてきた。
「つっ、ツカサちゃん何その血!!」
「え……」
「刺されたのか!? そんで旦那もこんな風に……!?」
目を見開いて心配するリオル。
その視線を追い自分の服を確認して、俺はようやくシャツに血がべっとりと付いている事に気が付いた。
これは、たぶん……吐血……と、もしかしたらあの木の根っこに突き上げられた時に、多少刺されていたのかも知れない。
体内からの強い痛みの方にばかり意識が行ってから気が付かなかったな。
そりゃ、ブラックも心配するか。こんなんじゃ……。
ブラックが殺されるんじゃないかと思ったら怖くて、それ以降ずっと動揺していたし……何より、俺の怪我なんて本当にどうでも良かったから。
「あぁ……ツカサちゃん、こんなんなったらマジでダメだって、ホントにさ……! ただでさえ、ツカサちゃんは……」
「俺は?」
「っ……い、いや、何でもない……。ともかく旦那がヤバいんだったよな」
「そ、そう……リオル、ブラックを宿まで運んでほしいんだ。あの転移術で!」
「よっしゃお任せ! あっでも、旦那がこの状態だと慎重にやんなきゃヤバいんで、他の魔族……モンスターは一緒に連れていけないから戻してくれよ」
「わ、わかった」
リオルの言葉に頷くと、ペコリアとロクショウは「森を見張る」と言い出した。
唐突な申し出に俺は驚いてしまったが、ロク達は頑として引かない。
でも、俺は反対だった。
スイ……さん……が、敵である【アルスノートリア】が追ってくるかもしれないのに、俺の大事な仲間を置いて行くなんて。そんなの頷けるはずが無い。
ロク達まで酷い目に遭うかも知れないじゃないか。
そもそも、相手は【翠華】なのだ。
今俺達がいる草原すら、相手のテリトリーであり俺達を襲う狩場に成り得る。
この“常春の国”に於いて、【翠華】の能力は脅威以上の怖ろしい物なのだ。
だから、残って欲しくない。
そう思って「ダメだ」と言ったのだが、ロク達は聞いてくれなかった。
リオルからも「ツカサちゃん達にこれ以上危害を加えさせたくないから、この場所で見張りたいって言ってるんだよ。……解ってやって」と言われたが……。
言われた、が…………そんな風に、説得されたら……頷くしか、なかった。
……悔しいが、今の俺にはあの人が追ってきても何も出来ない。
だから、ロク達を危険に曝してでもお願いするしかなかったんだ。
…………こんな情けないご主人様じゃ、いつか見限られてしまいそうだ。
でも、今は涙を呑んでロクやボスペコちゃん達に見張りを頼み、俺はリオルの転移術でロッジの目の前まで転送して貰った。
「っ、う゛……ぉえ゛、ぇ……っ」
「あぁああっ、ツカサちゃん無理すんなよ、ゲーしちまいなゲー!」
「う、ぷっ……お、俺は良いから……っ、ブラックを、ベッドに……っ」
魔族の転移術で脳を揺らされて吐き気がこみ上げるが、それ以上に胃液が食道や喉の器官の傷を刺激したみたいで、俺は痛みと吐き気が混じる表現しきれない感覚にロッジの前で伏せて丸まってしまった。
予想以上に、内臓が傷付いている。
俺は、一体なんの術を使っちまったんだ。言い知れぬ気持ちの悪さに再び胃が蠢きそうだったが、何とか堪えて俺はロッジに入った。
血を床に撒き散らさないように靴を脱いで、裸足でブラックが寝かされたベッドの横に駆け寄る。……相変わらず、ブラックは眠っているようだ。
……でも、いつもの寝息じゃない。
とても静かで、心配になるほど深くて……まるで、昏睡しているようだ。
表情には心配になる要素もないが、その安らかさが逆に不安を掻き立てた。
「それでツカサちゃん、ブラックの旦那はどーしてこうなっちゃったんだ?」
「うん……」
簡潔に、要点だけリオルに説明する。
森で遭遇した敵が【グリモア】と同等……もしくは、それ以上のデタラメな能力を持つ【アルスノートリア】であること。
その木属性の敵に「二種類の毒」を浴びせかけられたこと。
一つは“霧の薬”であり、効果は窒息。
もう一つは未知の毒であり、この未知の毒がブラックを蝕んでいることを。
「……なるほど……しっかし、ここでその薬の話を聞くとはなぁ」
「え……知ってるの……?」
思っても見ないことを言い出したリオルの顔を見上げると、相手はチャラ男にしてはヤケに真剣な顔をして腕を組んだ。
「その【翠華】ってヤツが言ってた“霧の薬”ってのは、今から数百年前に作られてた“魔女の薬”っつう特殊なシロモノだよ」
「えと……魔女の薬って……魔女がいたのか?」
「おう。俺も詳しい事は分かんないけど、昔の古い役職? みたいなモンかな。……なんか昔は、その……」
「昔は?」
妙に言い淀んだので鸚鵡返しすると、リオルは何故かちょっと赤面して顔を背け、口のあたりを腕でごしごしと拭った。
……何故そんなに照れてるんだ?
「ええと……ともかく、ちょっと特殊なメス達が居たんだよ。そういう奴らを“魔女”とか呼んで、曜術師とは少ーし違うモンとして区別してたんだってさ」
「昔ってそういう人達も居たんだ」
「そそ。……まあさ、今は絶滅してるだろうし……メスも普通に曜術師扱いされてるから、もうそういう奴らは居ないだろうけど……」
ふむ……?
リオルの言い方からすると、その大昔に存在した“魔女”という存在は、曜術師とはまた違う不思議な存在みたいだな。
でも、そういう素養がある人達も今は曜術師になっている、と……。
……うーん、アレかな。
昔は強い女性の曜術師がいても、曜術師として認められなかった、とか?
そういうよく分からない縛りって、俺の世界にもあるよな。
まあでも、この世界の場合はメスの曜気の許容量はオスよりずっと少ないって話だったし、カーデ師匠も昔メスを曜術師として認めさせるべく動いてたもんな。
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とりあえず、そういう事にしておこう。考えている場合じゃないし。
今は……その消えたはずの“魔女”の薬が何故存在してるかだよな。
「魔女については分かった。でも、もう居ないなら薬も無いはずだよな」
「ツカサちゃんさっすがぁ。その通りなんだよ、いくら魔女の薬でも、数百年経ってたら劣化してて使えないはずなんだ。……それに、人族が覚えてるとしても、なんの薬をどう作れば良いかってのはもう分からないはず」
「製法すら残ってないの……?」
「……その“魔女”ってのは、良い扱いされてばっかりじゃなかったからな。自分達の薬を守るために製法を秘匿してたし……全部、失われたはずだ」
世知辛い昔の情勢が目に浮かぶようだ。
……俺の世界の魔女の人達も、良い悪い関係なく酷い目に遭った時代が有ったんだよな。魔女じゃない人も理不尽に魔女扱いされて死ぬほどの拷問を受けたって言う、想像したくもない恐ろしい時代が。
こちらの世界でもそうなったとは思いたくないが、追求したい気持ちを飲み込んで話の続きを聞く。
「それで……その“魔女の薬”は、ブラックの昏睡とどう関係あるんだ?」
「うん……。旦那に向けられた薬の一つが“霧の薬”だってんなら……もしかすると、今この状態を作ってる“毒”の正体も……その“魔女の薬”なんじゃねえかなって」
「っ……こ、心当たりがあるのか!?」
思わずリオルの服を掴んで詰め寄ると、リオルは何故かグッと言葉に詰まったように喉を動かしたが、自分の服を掴んだ俺の手を握って優しく離した。
「ツカサちゃん落ち着いて。……正直なトコ、俺も絶対そうだとは言えねーけど……俺の記憶に間違いがなければ、これは……“夢遊びの薬”だと思う」
「夢遊び……? それって、どういう薬なんだ」
その“毒”とされた薬の効能が分かれば、ブラックが助かる。
リオルが物知りで良かった。その事に心底感謝しながら顔を見上げるが――相手の顔は、何故か浮かない表情に歪んでいて。
どうしたんだろうとつい俺も眉根を寄せてしまうと、リオルは服から優しく剥がした時に包んできた手に力を込めて、俺の手を少し強く握った。
きっとこれは、無意識の行動だ。それだけリオルも動揺しているのかも知れない。
でも、何に動揺しているのか。
もしかして、ブラックに何か悪い事が起きてるんじゃないのか。
そう思うとまた居ても立ってもいられなくなって、俺の手を握ったままのリオルの手を引く。その行動にやっと我に返ったのか、リオルは数秒黙って俺を見ていたが……覚悟を決めたかのように、口を開いた。
「魔女が作る“夢遊びの薬”の効果は……飲んだヒトの体から意識を切り離して、遠くを見に行くことが出来るようになる……って感じ」
「ぇ…………。なに、それ……」
一言で言われても、理解が出来ない。
思わず顔を歪めてしまったが、リオルは「さもありなん」と何度か小さく頷いた。
「要するに、ツカサちゃん達人族が言う所のタマシイが体から抜けて、そこらを飛び回ってるってカンジ? 元々は魔女が偵察用に使ってた薬だよ、確か。タマシイの姿なら浮いたりできるし、敵に気付かれにくくなるからな」
つまり……簡単に幽体離脱出来る薬ってこと……?
かなりオカルトな薬だが、魔法の薬と考えればまあ無くは無い。
けど、そんなデタラメな効果がある薬なんて初めて聞いたよ。
……魔女って人達の薬は、今ある薬よりもっと不思議なものが多かったんだな。
「な、なるほど……。えっ、じゃっじゃあ今のブラックは、眠ってるんじゃなくて魂が抜けてる状態なの!?」
「恐らくは……。けど、旦那のタマシイっぽいのが見当たらないんだよな。特に目的が無い限りは、体から離れずにいて……それこそ、夢見てるみたいに近場でフワフワ漂ってるハズなんだけど……」
「たっ、魂どっか行っちゃったの!?」
思わず体から血の気が引く。
それって、相当ヤバい状況じゃないか。
この世界で「魂」がどれほど重要なのかは分からないけど、少なくとも【翠華】が口を滑らせた限りの情報で推察すると、まず放っておくと死んでしまうはず。
相手はブラックを即座に殺そうと目論んでいた。
だから、少なくともこれは放っておいたらヤバいのは間違いない。
リオルが言うように、この昏睡の原因が本当に“魔女の薬”のせいだとしたら、俺は答えに辿り着けなかったはずだ。死に物狂いで探しても、きっとどうすることも出来なかったはず。……でも敵は、たぶん「ただ眠っているだけ」と思い放っておく事を想定して、こんな“毒”を仕掛けたんだろう。
……確実に、だけど誰にも邪魔をされずにブラックを殺せるように……。
…………殺す……ブラックが、死ぬ……。
その単語を心の中で思い浮かべただけで、体が震えそうになる。
……例え俺が全ての曜気を扱える【黒曜の使者】であっても、魂をどうにかする事は出来ないはず。というか、前例が無くてどうすれば良いのかも分からない。
意識が無い状態の体を癒したって、きっと意識は戻らない。
ブラックの魂を連れ戻さなければ一生このままで、俺は……俺は、何も出来ずに、ただブラックが静かに眠っているのを見ているしかないのだ。
そん……なの……。
そんなの、嫌だ……!!
「りっ、リオル、どうすればいいっ、どうしたらブラックを助けられるんだ!?」
「ツカサちゃん落ち着いて! えっと……普通は人の魂なんて見えないんだけど……ツカサちゃんなら、どうにか見えるかもしれない。……そうだな、まずは魂ってモンの存在を明確に知れたら、ツカサちゃんも反応できるかも……」
「それは、ど……どうすれば、良い……?」
魂を明確に知覚できる方法。
それを俺も習得できれば、ブラックの魂を見つけられるのか。
なら、教えて欲しい。
リオルに縋るように、今まで俺の手を握っていた手を懇願するように握り返す。
……俺より大きいけど、それでも傷一つ感じない節くれ立った柔らかな手。
いつも俺の手に絡んでくる、分厚くて骨が太い剣士の手とは違う。そのことを何故か余計に感じてしまって、胸が苦しくなる。
昨日まで、ほんの数時間前まで握り返してくれた“いつもの手”は、握っても反応もしてくれなくなってしまった。
それどころか……二度と、握り返してくれないかも、しれない……。
…………そんなの、いやだ。
このままブラックを失うのを黙って見ているなんて、耐えられない……!!
だから、救える方法があるなら。
俺に出来る事が有るなら、何でもやる。
お願いだから、その方法を教えてくれ。
リオルにそう訴えかけると――――相手は、何故だか少し難しそうな顔をしたが、真剣な表情を浮かべ直すと俺を真っ直ぐに見て頷いてくれた。
「俺は、ツカサちゃんの従僕だ。……ツカサちゃんのために、なんでもする。それが俺の……俺達の、喜びであり使命……。だから、なんでも……やるぜ」
「リオル……」
「じゃあ、まずは……人形か、ヒトガタになるものを用意してくれないか?」
人形、ヒトガタ。
何故そんなものを用意するんだろうと思ったが、疑問に思うヒマすら勿体無い。
現状、この状況を正確に把握しているのはリオルだけだ。
俺の疑問なんか挟む余地も無い。
今はただ、一刻も早くブラックの魂を見つけ出して取り戻す事を考えるんだ……!
「解った、宿のお婆ちゃんに聞いて買える所を探してくる!!」
用意すれば何かが進展すると言うのなら、言うとおりにしよう。
すぐにそう思い、俺はリオルの手を離すと踵を返した。
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