異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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迷宮都市ヘカテクライオ、秘めたる記憶と誘う手編

5.異なる展開

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「にしてもぉ、久しぶりに喚んでくれて嬉し~! なになにナニ? ツカサちゃん、俺に何を頼みたかったの~? まあ、なんだってツカサちゃんのためなら、ホンキで頑張がんばっちゃうぜ~!?」
「だーっ! 離れろクソナンパ妖精いぃいいいい」

 青筋が浮くブラックの手が、リオルをついにがす。
 軽い攻防のせいでうっすら地面に白い物が舞ったが、リオルは抵抗もせずにブラックに首根っこをつかまれてびてしまった。

「ブラックの旦那のけちんぼ~。そんなんじゃメスにモテませんよぉ?」
「僕はツカサ君にモテてればいーんだよ!! ……ったく……ツカサ君、早く用事を命令してさっさとコイツ返そうよ」
「お前なぁ……まあでも一刻をあらそう事態だしな……」

 しかしもう少しリオルに優しくしてやれよな。
 そこんとこは注意しつつ、俺はリオルに今までの事と頼みたいことを説明した。

「はぁ~ん、なるほど……。つーか、ツカサちゃんたらまーた変なヤツにツバけられてたんだ? なんつーか下僕げぼくとして心配だなぁ」
「ツバつけられたって……ヌエさんはただの迷子だよ」
「ただの迷子があんなハタ迷惑なクソ野郎のわけがないでしょツカサ君」
「なんでそうお前はくちが悪いんだ」

 昨晩別れたばかりの相手を心置きなくディスるオッサンに思わずツッコミをいれてしまったが、まあいつもの事だし沙汰ざたしているヒマもないな……。
 でもヒマが出来たらちゃんと指導しよう。ブラックのくちの悪さを更生させるのも俺の役目だろう。……ま、まあ、曲がりなりにもその……指輪を貰った仲だし……。

 と、ともかく!
 今はリオルに文官のファムさんを探して貰わねばならないのだ。
 リオルとマーサ爺ちゃんにも仕事の手を止めてきて貰ってるワケだし、手間を掛けさせないためにも、会話は手短にしないと。

 などと考えていると、急に目の前にリオルの顔が割り込んできた。

「ギャッ!!」
「ツカサちゃんてばホント下僕げぼく思いだなぁ……俺やマーサのことまで心配してくれてさぁ……。っていうかギャッてひどくない? 俺、けっこうな美男子だよ? ツカサちゃん美男子に顔近付けられてギャッてひどくない?」
「てか何も言ってないのになんでわかったんだよ!? また心を読んだのか!?」
「いやだからツカサちゃん顔に出まくるんだってば……」
「離れろクソ妖精そろそろ殺すぞ」

 だーもー話が進まない!!
 もうこうなったら俺が距離を取ればいいんだと思い窓際まどぎわに移動すると、オッサンと“びせいねん”とやらはしょげた犬のような顔をしていたが、ほだされると負けだ。
 俺は毅然きぜんとした態度でたりながら話を続けた。

「で、その文官さんのことなんだけど! セレーネ大森林の近くに来てないか、少し様子を見てきて欲しいんだけど!!」
「うーんもう、ツカサちゃんのいけずぅ」
「もう良いからからかうなってば! ……で、そのファムさんの容姿なんだけど」

 俺が本腰を入れて話そうとすると、ようやくリオルは真面目に話を聞く態度を取る。何故それを最初からやってくれないんだとなげきそうになったが、何とかぐっと飲み込んで、俺も真剣に話を続けた。

「イライザさんから聞いたその文官さんの名前は、ファム・ジャスティロウ。二十代のお兄さんで、髪の色はミルクっぽいだいだい……夕陽ゆうひ色、でっかい丸眼鏡をかけてて、細身のメスのお兄さんだよ。服装は神父さんみたいな神官っぽい服装なんだって」
「神官? 人族の宗教の?」
「熱心なナトラ教の信者だかららしいよ。似顔絵は凄い優しそうな人だった」

 そう言うと、リオルは何だか嫌そうなしながら「あーねー」とギャルみたいな相槌あいづちを打った。やめろ、お前らは何故にオス丸出しなのに俺の好きな属性の言い方ばかり使うんだ。夢が減る、やめるんだ。

「あのキラキラした宗教の信徒かぁ……俺、一応魔族だから、ガチ信者ならあんまりお近付きになりたくないんだけど……まあでも見てくるなら大丈夫か」

 女性専門だからか、それとも純粋な魔族だからなのか、リオルはメスっ子が相手なのにあまり乗り気ではないようで、頭をポリポリと掻いている。
 魔族は神聖なものが苦手……ってのは俺の世界じゃ良くある話だけど、この世界の魔族もそうなんだろうか。そういえば、リオルは“魔素”を浄化する木には近付けない感じだったっけ。だから、同じように魔素に効果がある聖水を販売しているナトラ教は、リオル達魔族にとってあまり関わりたくない存在なんだろう。

 だとしたら、頼んだら悪かったかな。
 そう思ったとたん、リオルは「いやいや!」と両手を振って否定した。

「あいつらは苦手だけど、ツカサちゃんの命令なら喜んでやるよ! それに、探してくるだけなら別に近付かないで済むしな。あと、トランクルの近くにいるんならすぐ見つけられると思うぜ」
「え……ホント?」
「もっちろん! ついでにツカサちゃん達の用事を伝えればいいんだろ? セレーネ大森林に来るってんなら道は一つだし、トランクルに通じる街も一つしかないからな。今は観光客が増えてるから人が多いけど、それだけ特徴的な見た目なら、見つけるのは簡単だよ」

 家事妖精というタイプの妖精だが、リオルは索敵さくてきも得意なのか。
 いや、でも、俺達と敵対している時は透明化とか色々使ってたもんな。家事妖精の能力をうまく利用して、人探しも可能にしているのかも知れない。

 うーむ、流石さすがは前のご主人様と一緒に色んな所を旅をしていた逸材だ。

「じゃあ、よろしく頼むよ。カンランの実のお世話もお願いしてるのにごめんな」
「いいって! あの木もツカサちゃんのおかげで全然れなくて俺のお世話なんてほぼ無いようなモンだしさ。んじゃ、ちょっと見てくるから一刻経ったらまた呼んでよ」
「わかった」

 それだけ言うと、リオルはその場でターンして、小さな旋風つむじかぜを残し消えた。
 ぐう、格好いい消え方をしやがって……。

 大事な仲間とはいえ、やっぱりイケメンには俺のさもしい心が嫉妬してしまう。
 こんなんだからモテないのは自分でも解ってるんだが、それでも持たざる者として持つ者にはどうしても嫉妬してしまうものなのだ。

 これがモテない男のサガなのである……いや、ほこるようなもんじゃないんだが。

 ともかく、これで一応は安心だな。
 ファムさん達がトラブルもなく帰ってきているのなら、きっとリオルはすぐに彼らを見つけてくれるだろう。

 ホッと安堵あんどの息を吐き、俺は静かになった部屋を見た。

 …………やっぱり、何度見てもブラックだけが使う家ではないよな。
 ブラックの趣味ではない物が多すぎるし、ソファの大きさからみてもやっぱりこの場所は“昔のパーティー仲間と暮らしていた家”なんだろう。

 だから、ブラックはここに連れて来たくなかったんだ。
 何故ここに来ることを渋ったのかは、俺には分からないけど……いまだに明かせない過去の一部がこの家に眠ってるのなら、長居してはいけない。

 またブラックが深刻そうになるのはイヤだし、早く外に出よう。
 そう思い、俺は再びブラックに近付いた。

「外で待ってよっか」

 そう言うと、ブラックは意外そうな顔をして眉を上げる。
 どうしてそんな顔をするのか分からず俺も目を見開くと、相手は少し弱ったような顔になって、口をもごつかせた。

「……ツカサ君、いいの?」
「ん、何が?」
「その…………聞きたいこと、とか……」

 あるんじゃないのか。
 そう言おうとしたブラックの上着のすそを俺は引いた。

「俺はアンタにそんな顔させてまで聞きたくないよ」

 だから、さっさと外に行こう。
 そう言外に訴えかけると――――ブラックはグッと口角こうかくを引いて、すそつかんでいた俺の手を外し指を絡めてきた。

 大きくて節くれ立った指が、俺の指の間に割り込んできて握りこんでくる。
 簡単には外れないように手をつないだ相手は、俺に顔を近付けて来た。

 何をするんだろう。という思いと、少し既知感のある雰囲気ふんいきに息を呑む。
 だけどのがれる意気も湧かず、俺はそのまま……ブラックの顔が俺の顔に合わさってくるのを黙って受け入れた。

 いつもより乾燥してかさついたような唇が、ぐっと押しつけられる。
 柔らかくて温かいけど、俺の口の感触とは違う感触。

 相手の熱や吐息も一緒に伝わって来ることに、体の熱が上がってくる。
 こんな風にいつも相手を意識してしまう自分が恥ずかしい。だけど、ブラックの体温や肌の感触、少し触れてくる髪のくすぐったさを感じると、どうしてもこんな風に顔がカッカしてきて、心臓が苦しくなってくるんだ。

 何度キスしたって、全然変わらない。
 それだけ自分が相手の事を意識しているんだと思うと、それがまた恥ずかしくて。
 こんな、ドキドキしてる場合じゃないだろう時にまでドキドキしてしまう自分が嫌になってくる。ブラックだって、そんなつもりじゃないんだろうに。

 そう思ってつい手に力を込めてしまうと、相手は軽く顔を離し、自分の唇を舌でゆっくりと湿らせた。今まで俺に触れていた、その場所を。
 いきなりそんな行動を間近で見せられて、また心臓が苦しくなってしまう。

 だ、だから、そういうえっちくさい行動はやめろって……!

「……ツカサ君がそうやって僕を甘やかすから、僕も調子に乗っちゃうんだよ」
「ぅ……。いや、別に甘いとか言う問題じゃないだろ……」

 間近でそういうことを言われるとたまれなくて、思わず視線を逸らす。

 だけどブラックはそれを許さないように再び顔を近付けてくると、今度は耳元に唇を寄せて低い声でささやいてきた。

「でも、ありがと……。ツカサ君のおかげで、元気が出た」
「……そ、それは……良かったけど……」

 チラリと視線を戻すと、言うとおりブラックの顔は嬉しそうに微笑んでいる。
 ……ホントに、ちょっとは元気が出たんだろうか?

「うん。……その代わり、今すぐツカサ君とベッドに行きたくなっちゃったけど……まあ時間もあるみたいだし、少し時間が有るならデートでも……」

 と、ブラックが珍しくまともな事を言おうとしたと同時。
 いきなり天井に見覚えのある魔法陣がカッと現れたかと思うや否や、ブラックの真後ろに、思いっきりホコリを舞い上げて何かが落ちてきたではないか。

「ぶわっ!? な゛ッ……ゲホッ、ごほっ、な、なに……っ」
「い、今の゛……リオ゛、ぅ……っ」
「うわーごめんツカサちゃん、ブラックの旦那! でも大変なんだってば! とっ、ともかく、こっちに来てくれよっ!」

 白くなった視界の中で人影が近付いてくる。
 こっちに来てくれって、なんだろう。大変な事になったというのは、まさかリオルが怪我でもしたのか。思わず声を掛けようとしたが、ブラックと一緒に手を引かれて体がかしぐ。ロクがあわてて俺の肩をつかんだ瞬間――――

 妙な音と共に、目の前が数秒ゆがむ。
 何が起こってるのかも分からなくて思わず硬直すると、急に強烈な吐き気と眩暈めまいに襲われてしまい、あまりの不快感に体が弛緩しかんした。
 やばい、足から力が抜けて受け身も取れない……っ。

 そう思って目を強く閉じたが。

「ツカサちゃんっ」

 完全に倒れ込む前に、何かやわらかい物に突っ込んで勢いが止まる。
 だが、頭の中の揺れがいまだに治まらない。強い船酔いをしたようで気持ちが悪くてその場に崩れ落ちると、すぐ横から声が聞こえた。

「ご、ごめん……っ。人族のツカサちゃんとブラックの旦那には、魔族が使うつらかったよな……でも時間が無かったんだ、ごめんな」
「魔族、の……転移術……っ?」

 俺の前方からブラックの声が聞こえる。
 ブラックも同じようにダメージを受けているみたいだ。

 う、うう、転移、術……ってことは、もしかしてこれって……アドニスが使う【異空間結合エリア・コネクト】と同じような術って、こと……?
 リオルって、そんな術も使えるのか……いや、そんな場合じゃない……ええと……確か、なにか……あわててたような……。

「り、リオル……大変って、なにが……」

 吐き気を手でおさえつつ、ようやく収まってきた頭の揺れに耐え目を開けて問うと、横で俺を介抱してくれていたらしい相手は、またあわてたような声を出した。

「うわっそうだ! ごめん、ツカサちゃんじゃないと無理そうだったんだよ! とにかくあのっ、一緒に来て……ヘタしたら、そのジャムだかファムだかって奴が死んじまうかも知れないんだよぉ!」

 そのリオルの言葉に、一気に吐き気を凌駕りょうがする怖気おぞけが背筋を駆け抜ける。
 バッと顔を上げて横にいるリオルを見やるが、相手は本当にあわてているのか顔に冷や汗をだらだら流していた。

「し、死んじゃうってどういうこと!?」
「とにかく来てっ、ブラックの旦那もロクショウの兄貴もっ!」

 えっ。リオルってロクのこと兄貴って呼んでるの。
 そのことにちょっと気を取られてしまったが、いやそんな場合ではない。

 俺とブラックはよろけつつも何とか立ち上がると、どこに連れて来られたのかすらわからないまま、とにかく暗い路地裏らしい場所から跳び出したのだった。












 
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