異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

文字の大きさ
上 下
930 / 952
迷宮都市ヘカテクライオ、秘めたる記憶と誘う手編

  笛を吹きて君を呼ぶ3

しおりを挟む
 
 
「はぁ~……! なんかすごい、良い家だな……カントリーハウスっての?」
「かんとり……? まあとにかく入ってから話そう」

 ブラックに言われてさらに近付くと、家はその輪郭をはっきりさせる。
 薄いモスグリーンの不思議な煉瓦れんがで組み上げられた二階建ての家は、しっかりした三角形の屋根からいくつかの煙突と出窓が突き出ている。

 二階建てとは言うが、恐らく屋根裏部屋もあるのだろう。
 薄いモスグリーン色の壁のせいか、白くふちどられた群青色の屋根は際立きわだっていて、他の家よりもなんだか落ち着いた感じに見える。

 鎧戸よろいどは閉じていてその中身までは分からないが、そのたたずまいだけでも欧米の田舎にあるような素敵な家に思えた。
 【トランクル】で貸して貰った家もだったけど、こういう素朴な感じの西洋の家ってホントに良いよなぁ。王道の赤茶けた煉瓦れんがの家もイイが、こういうのも素敵だ。

 しっかり綺麗な庭もあるし、なんと馬屋まである!
 もしかして藍鉄あいてつの事も考えてここを選んでくれたんだろうか。

 だとしたら、ブラックにはお礼を言わなくちゃいかんな。
 そう思いながら顔を見上げると、相手は再び弱ったような顔をこちらに向けて、家の方をじっと見つめる。……どうも、複雑な感情が有るみたいだ。

「……入る? 大丈夫か?」

 無理しなくてもいいんだぞ、と背中をさすると、ブラックは首を振って馬屋の方へと歩き出した。そのままついて行くと、ブラックは藍鉄あいてつつないでくれる。
 綺麗に手入れされていたのか、それとも何らかの曜術で綺麗にたもたれていたのか、馬屋には嫌な部分が一切ない。

 藍鉄あいてつも喜んで入ってくれたので、俺達は玄関の方へと向かった。

「い……今、開けるね」

 俺を背にして、ブラックがふところから鍵のようなものを取り出す。
 どこに隠し持っていたのだろうかと思いつつ、ブラックが覚悟を決めて扉を開けるのを待っていると――背中越しに、弱々しい声が聞こえてきた。

「ツカサ君……」
「ん?」
「……さっきはああ言ったけど……答えられることがあったら、答えるから」

 それって、過去のこと?
 俺が家の中の物に何か疑問を持ったら、聞いてくれるってことなのか?

「え……でも、アンタ……」
「……開けるね」

 自分でも整理がつかない事なのだろう。
 本当に良いのか、と問いかけるように声をかけた俺を無視して、ブラックは慎重しんちょうに家の扉を開いた。

 ――――中は、鎧戸よろいどが締め切られていて薄暗い。

 明るさが違いすぎて、ここからでは何も見えないなと思っていると、ブラックが俺の手を引いて家の中に入った。
 すこし、ほこりっぽい感じがする。

 窓を開けた方が良いのではと思ったが、それもブラックを過剰に動揺させてしまう事になるかなと思い、黙って引かれる手に従う。

 と……何故か、自動的に扉が閉じた。
 その音に思わず振り返ると、ブラックも足を止める。

 視界が暗さにれきれず、俺がしば戸惑とまどっていると、ブラックは「少し待って」と言い離れた。そうして、ガタガタと立てつけの悪い物を動かすような騒音を立てながら、光を俺の視界に当てて来た。

 窓を開けたんだ。
 一生懸命にまばたきして、今度は光に慣れる。すると、次第に俺達が居る場所の詳細が分かってきて……俺は、今までと違う作りの部屋に息をのんだ。

「ここは……」
「…………ちょっとほこりっぽいね。窓、全部開けようか」

 そう言って、ブラックは残りの窓も開けにかかる。
 次々に光が当てられていく広い部屋には、様々な物が置かれていた。

 大人数用のテーブルに、座り心地の良さそうな七人分のソファ。
 壁には絵画だけでなく地図や何かの図面、いかつい武器や防具……呪術的なお面などの不思議なモノも飾られている。

 暖炉の上には可愛い動物のミニ彫刻が置かれているが、反対に棚には高そうな貴金属や何かの不可解な装置などがぎっしり詰め込まれていて、ミスマッチだ。ふと壁の上の方を見やると――――つたが這っていたらしい、枯れた跡が見えた。

 よく見れば、所々に鉢植えが置いてあり、昔は緑いっぱいの広いリビングだった事がうかがえる。ブラックが「触れないように」と言ったのも理解できるほどに、とは思えない様々な物が残されていた。

 けど……人の気配は、ない。
 恐らく、誰も――――ブラックでさえも、何年も放置していたのだろう。

 そのちぐはぐさが、何だか胸をざわつかせる。
 とてもホコリが積もるような家とは思えない、誰かがすぐに帰って来そうなほどに人の痕跡が色濃く残っている、不思議な家だった。

「さあ、これで少しはマシだろう。……まずは、アイツを呼ぼうか」
「あ、ああ、そうだな! ロク~、もう出てきていいよ~!」
「ゥキュ?」

 例のモノを出すのと同時に、ロクにも解放宣言を出す。
 すると、今まで大人しく眠っていたお利口りこうさんなロクは、バッグの中からもぞもぞと這い出てきて、俺の肩によじ登ってきた。非常に可愛い。

 そんなロクの可愛さに胸のざわつきがやわらいで、俺はようやく人心地着くとバッグの中から例のモノ……アイツを呼ぶための“笛”を取り出した。

「じゃあ、呼ぶぞ」

 オカリナのような形をした笛を口元くちもとに持ってきて宣言する。
 良いかと目配めくばせしたブラックは無言でうなずいたが、本当は心中おだやかではないのかも知れない。だってここは……恐らく、ブラックにとって大事な家だろうし。

 けれど、それでもここが俺達にとって一番いい場所だと思ったから、色んな思いを抑えながら連れてきてくれたんだ。

 その信頼に感謝しながら、俺は笛にくちを付けた。

 ――――吹き方は、笛が教えてくれる。
 特定の五つの音を順番通りに吹くだけの、簡単な契約なのだ。

 だけど……この“呼び笛”で飛んできてくれる相手は、簡単な存在ではない。

 この“笛”が召喚するのは、かつてヒトと一緒にこの世界を旅した優しい魔族。

 自然から生まれる“元素妖精”とは違う、魔族としてまれでる“妖精族”の中でも、人にくして人を愛する優しい魔族だ。

 一人は、三角帽をかぶった小人の妖精のような老人。
 一人は、背が高く異性を誘惑するために生まれたような青年。

 表裏一体のその姿は、どちらの姿でも俺の大事な仲間だ。

「――――……!」

 目の前に、三つの光点が現れる。

 どこかからレーザーポインタが当てられたかのようにはっきりとした、光の点。

 つどったそれらは規則的に動いて、その軌跡が一気に魔方陣を形作っていく。複雑な円形の紋様が目の前の床に刻まれたと、同時。

 魔法陣が強く光り、その中からゆっくりと、胸に手を当て軽くお辞儀じぎをしているかのような相手が、浮き上がって来て……――――
 閉じたまぶたを開けた。

「お呼びでしょうか?」

 やけにうやうやしい声。
 その相手の態度に、俺が“呼び笛”からくちを離した途端とたん

「ツカサちゃーーーーん! 会いたかったぁああ~~!!」
「わ゛ーっ!!」

 なんと、魔法陣も完全に消えやらぬ中で、相手が一気にこちらに飛び掛かってきたではないか。ってやめろ、やめんかこらー!!

「おいコラ僕のツカサ君に何してんだこのボンクラ妖精ーッ!!」
「りっ、リオルやめろっ抱き着くなってば!」
「だってだってだってツカサちゃんがずっと呼んでくれないから俺さびしくてさびしくてもうパンパンに破裂しちゃうところだったんだから~~!」

 そんなことを言いながら抱き着いてくる、チャラついた恰好かっこうの青年。

 こいつが、俺の頼もしい仲間の一人。
 魔族のマッサリオルという“家事妖精”の妖精族であるリオルなのだ。

 ……いや、うん、妖精に見えないけど、コイツもれっきとした妖精なのである。

「俺、マーサ爺ちゃんに先に会いたかったんだけどな……」
「えぇ!? そんな~!! ツカサちゃんのイジワルっ、妖精心をもてあそぶなんて悪女になるつもりなの!? そんなの俺新しい魅力にハッとしてキュンしちゃう!」

 キュンじゃないわいキュンじゃ。
 ……久しぶりだけど、やっぱりチャラついた感じはそのまんまだな……。

 召喚しておいてなんだが、久しぶり過ぎてこのチャラいノリにちょっと付いていけなくなってきたぞ……さっきまで少々シリアスだったから余計に。

「いいからお前はツカサ君から離れろぉおお」
「だーっ、良いじゃないッスかこのくらい! ブラックの旦那はいっつも引っ付いてチュッチュズコバコしてるんでしょー!?」
「変なこと言うなばかー!!」

 なにチュッチュズコバコって!!
 ちょっと目を離したすきになんて言葉を覚えてんだよアンタは!
 保養地と化したトランクルで田舎のノンビリ生活してたはずじゃないのか。
 さては、あそこで作業している間にまたモテまくってチャラさをみがいたのか!?

 そ、そんなの許しませんよ!
 お前だけモテるのなんてズルすぎる!

 ……っていやそんな話じゃなくて、ともかく離れてくれ頼むから。
 ああもう、リオルを召喚するとなんでこう一気に空気が壊れちゃうんだよ。これもチャラ男の陽キャ属性が成せる業だってのか。

「はーなーれーろぉおおお!!」
「ツカサちゃんブラックの旦那がいじめるううううう」

 だから喧嘩すんなってばもう!!
 チクショウ、何の話してたかもう忘れちゃったよ!













【マッサリオル】
ウィルオーウィスプから派生した特殊な魔族の妖精。
生まれた時から一つの家に留まる性質があり、
主と認めた物に忠義を尽くしありとあらゆる家事雑務を行う事を喜びとする。
そのため、キキーモラやシルキー、ブラウニーなどの
館や家に住まい“奉仕する事で力を得る”妖精族と同じように、
代々誰かの下に付くのが通例である。

が、完全オス型の家事妖精だからなのか
主人に奉仕する家事妖精としての能力の他に、他種のメスを誘引して
惑わすための麗しい若い青年の姿と心を持っており、
これによりしばしば家事を忘れる性質を持っている。

老人の姿と青年の姿それぞれに人格が有り、魂も二つ存在する。
そのため、体は一つだが転身しそれぞれに役割をこなしており、
必要であれば片割れの魂を分離して、人形などに憑依させることも可能。
その性質は妖精としてはかなり特殊な存在であり
魔族からも家事妖精というよりは遊び好きの妖精と言う認識で
家事妖精としての本分を全うできず消滅する者も少なくない。

(もちろん原典には二心一体とかそういう話はありません…)

 
しおりを挟む
感想 1,046

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

異世界転生して病んじゃったコの話

るて
BL
突然ですが、僕、異世界転生しちゃったみたいです。 これからどうしよう… あれ、僕嫌われてる…? あ、れ…? もう、わかんないや。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 異世界転生して、病んじゃったコの話 嫌われ→総愛され 性癖バンバン入れるので、ごちゃごちゃするかも…

ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

○○に求婚されたおっさん、逃げる・・

相沢京
BL
小さな町でギルドに所属していた30過ぎのおっさんのオレに王都のギルマスから招集命令が下される。 といっても、何か罪を犯したからとかではなくてオレに会いたい人がいるらしい。そいつは事情があって王都から出れないとか、特に何の用事もなかったオレは承諾して王都へと向かうのだった。 しかし、そこに待ち受けていたのは―――・・

処理中です...