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迷宮都市ヘカテクライオ、秘めたる記憶と誘う手編
笛を吹きて君を呼ぶ3
しおりを挟む「はぁ~……! なんか凄い、良い家だな……カントリーハウスっての?」
「かんとり……? まあとにかく入ってから話そう」
ブラックに言われて更に近付くと、家はその輪郭をはっきりさせる。
薄いモスグリーンの不思議な煉瓦で組み上げられた二階建ての家は、しっかりした三角形の屋根から幾つかの煙突と出窓が突き出ている。
二階建てとは言うが、恐らく屋根裏部屋もあるのだろう。
薄いモスグリーン色の壁のせいか、白く縁どられた群青色の屋根は際立っていて、他の家よりもなんだか落ち着いた感じに見える。
鎧戸は閉じていてその中身までは分からないが、その佇まいだけでも欧米の田舎にあるような素敵な家に思えた。
【トランクル】で貸して貰った家もだったけど、こういう素朴な感じの西洋の家ってホントに良いよなぁ。王道の赤茶けた煉瓦の家もイイが、こういうのも素敵だ。
しっかり綺麗な庭もあるし、なんと馬屋まである!
もしかして藍鉄の事も考えてここを選んでくれたんだろうか。
だとしたら、ブラックにはお礼を言わなくちゃいかんな。
そう思いながら顔を見上げると、相手は再び弱ったような顔をこちらに向けて、家の方をじっと見つめる。……どうも、複雑な感情が有るみたいだ。
「……入る? 大丈夫か?」
無理しなくてもいいんだぞ、と背中をさすると、ブラックは首を振って馬屋の方へと歩き出した。そのままついて行くと、ブラックは藍鉄を繋いでくれる。
綺麗に手入れされていたのか、それとも何らかの曜術で綺麗に保たれていたのか、馬屋には嫌な部分が一切ない。
藍鉄も喜んで入ってくれたので、俺達は玄関の方へと向かった。
「い……今、開けるね」
俺を背にして、ブラックが懐から鍵のようなものを取り出す。
どこに隠し持っていたのだろうかと思いつつ、ブラックが覚悟を決めて扉を開けるのを待っていると――背中越しに、弱々しい声が聞こえてきた。
「ツカサ君……」
「ん?」
「……さっきはああ言ったけど……答えられることがあったら、答えるから」
それって、過去のこと?
俺が家の中の物に何か疑問を持ったら、聞いてくれるってことなのか?
「え……でも、アンタ……」
「……開けるね」
自分でも整理がつかない事なのだろう。
本当に良いのか、と問いかけるように声をかけた俺を無視して、ブラックは慎重に家の扉を開いた。
――――中は、鎧戸が締め切られていて薄暗い。
明るさが違いすぎて、ここからでは何も見えないなと思っていると、ブラックが俺の手を引いて家の中に入った。
すこし、ほこりっぽい感じがする。
窓を開けた方が良いのではと思ったが、それもブラックを過剰に動揺させてしまう事になるかなと思い、黙って引かれる手に従う。
と……何故か、自動的に扉が閉じた。
その音に思わず振り返ると、ブラックも足を止める。
視界が暗さに慣れきれず、俺が暫し戸惑っていると、ブラックは「少し待って」と言い離れた。そうして、ガタガタと立てつけの悪い物を動かすような騒音を立てながら、光を俺の視界に当てて来た。
窓を開けたんだ。
一生懸命に瞬きして、今度は光に慣れる。すると、次第に俺達が居る場所の詳細が分かってきて……俺は、今までと違う作りの部屋に息をのんだ。
「ここは……」
「…………ちょっとほこりっぽいね。窓、全部開けようか」
そう言って、ブラックは残りの窓も開けにかかる。
次々に光が当てられていく広い部屋には、様々な物が置かれていた。
大人数用のテーブルに、座り心地の良さそうな七人分のソファ。
壁には絵画だけでなく地図や何かの図面、厳つい武器や防具……呪術的なお面などの不思議なモノも飾られている。
暖炉の上には可愛い動物のミニ彫刻が置かれているが、反対に棚には高そうな貴金属や何かの不可解な装置などがぎっしり詰め込まれていて、ミスマッチだ。ふと壁の上の方を見やると――――蔦が這っていたらしい、枯れた跡が見えた。
よく見れば、所々に鉢植えが置いてあり、昔は緑いっぱいの広いリビングだった事がうかがえる。ブラックが「触れないように」と言ったのも理解できるほどに、一人だけの所有物とは思えない様々な物が残されていた。
けど……人の気配は、ない。
恐らく、誰も――――ブラックでさえも、何年も放置していたのだろう。
そのちぐはぐさが、何だか胸をざわつかせる。
とてもホコリが積もるような家とは思えない、誰かがすぐに帰って来そうなほどに人の痕跡が色濃く残っている、不思議な家だった。
「さあ、これで少しはマシだろう。……まずは、アイツを呼ぼうか」
「あ、ああ、そうだな! ロク~、もう出てきていいよ~!」
「ゥキュ?」
例のモノを出すのと同時に、ロクにも解放宣言を出す。
すると、今まで大人しく眠っていたお利口さんなロクは、バッグの中からもぞもぞと這い出てきて、俺の肩によじ登ってきた。非常に可愛い。
そんなロクの可愛さに胸のざわつきが和らいで、俺はようやく人心地着くとバッグの中から例のモノ……アイツを呼ぶための“笛”を取り出した。
「じゃあ、呼ぶぞ」
オカリナのような形をした笛を口元に持ってきて宣言する。
良いかと目配せしたブラックは無言で頷いたが、本当は心中穏やかではないのかも知れない。だってここは……恐らく、ブラックにとって大事な家だろうし。
けれど、それでもここが俺達にとって一番いい場所だと思ったから、色んな思いを抑えながら連れてきてくれたんだ。
その信頼に感謝しながら、俺は笛に口を付けた。
――――吹き方は、笛が教えてくれる。
特定の五つの音を順番通りに吹くだけの、簡単な契約なのだ。
だけど……この“呼び笛”で飛んできてくれる相手は、簡単な存在ではない。
この“笛”が召喚するのは、かつてヒトと一緒にこの世界を旅した優しい魔族。
自然から生まれる“元素妖精”とは違う、魔族として生まれ出でる“妖精族”の中でも、人に尽くして人を愛する優しい魔族だ。
一人は、三角帽を被った小人の妖精のような老人。
一人は、背が高く異性を誘惑するために生まれたような青年。
表裏一体のその姿は、どちらの姿でも俺の大事な仲間だ。
「――――……!」
目の前に、三つの光点が現れる。
どこかからレーザーポインタが当てられたかのようにはっきりとした、光の点。
集ったそれらは規則的に動いて、その軌跡が一気に魔方陣を形作っていく。複雑な円形の紋様が目の前の床に刻まれたと、同時。
魔法陣が強く光り、その中からゆっくりと、胸に手を当て軽くお辞儀をしているかのような相手が、浮き上がって来て……――――
閉じた瞼を開けた。
「お呼びでしょうか?」
やけに恭しい声。
その相手の態度に、俺が“呼び笛”から口を離した途端。
「ツカサちゃーーーーん! 会いたかったぁああ~~!!」
「わ゛ーっ!!」
なんと、魔法陣も完全に消えやらぬ中で、相手が一気にこちらに飛び掛かってきたではないか。ってやめろ、やめんかこらー!!
「おいコラ僕のツカサ君に何してんだこのボンクラ妖精ーッ!!」
「りっ、リオルやめろっ抱き着くなってば!」
「だってだってだってツカサちゃんがずっと呼んでくれないから俺寂しくて寂しくてもうパンパンに破裂しちゃうところだったんだから~~!」
そんなことを言いながら抱き着いてくる、チャラついた恰好の青年。
こいつが、俺の頼もしい仲間の一人。
魔族のマッサリオルという“家事妖精”の妖精族であるリオルなのだ。
……いや、うん、妖精に見えないけど、コイツもれっきとした妖精なのである。
「俺、マーサ爺ちゃんに先に会いたかったんだけどな……」
「えぇ!? そんな~!! ツカサちゃんのイジワルっ、妖精心を弄ぶなんて悪女になるつもりなの!? そんなの俺新しい魅力にハッとしてキュンしちゃう!」
キュンじゃないわいキュンじゃ。
……久しぶりだけど、やっぱりチャラついた感じはそのまんまだな……。
召喚しておいてなんだが、久しぶり過ぎてこのチャラいノリにちょっと付いていけなくなってきたぞ……さっきまで少々シリアスだったから余計に。
「いいからお前はツカサ君から離れろぉおお」
「だーっ、良いじゃないッスかこのくらい! ブラックの旦那はいっつも引っ付いてチュッチュズコバコしてるんでしょー!?」
「変なこと言うなばかー!!」
なにチュッチュズコバコって!!
ちょっと目を離した隙になんて言葉を覚えてんだよアンタは!
保養地と化したトランクルで田舎のノンビリ生活してたはずじゃないのか。
さては、あそこで作業している間にまたモテまくってチャラさを磨いたのか!?
そ、そんなの許しませんよ!
お前だけモテるのなんてズルすぎる!
……っていやそんな話じゃなくて、ともかく離れてくれ頼むから。
ああもう、リオルを召喚するとなんでこう一気に空気が壊れちゃうんだよ。これもチャラ男の陽キャ属性が成せる業だってのか。
「はーなーれーろぉおおお!!」
「ツカサちゃんブラックの旦那がいじめるううううう」
だから喧嘩すんなってばもう!!
チクショウ、何の話してたかもう忘れちゃったよ!
→
【マッサリオル】
ウィルオーウィスプから派生した特殊な魔族の妖精。
生まれた時から一つの家に留まる性質があり、
主と認めた物に忠義を尽くしありとあらゆる家事雑務を行う事を喜びとする。
そのため、キキーモラやシルキー、ブラウニーなどの
館や家に住まい“奉仕する事で力を得る”妖精族と同じように、
代々誰かの下に付くのが通例である。
が、完全オス型の家事妖精だからなのか
主人に奉仕する家事妖精としての能力の他に、他種のメスを誘引して
惑わすための麗しい若い青年の姿と心を持っており、
これによりしばしば家事を忘れる性質を持っている。
老人の姿と青年の姿それぞれに人格が有り、魂も二つ存在する。
そのため、体は一つだが転身しそれぞれに役割をこなしており、
必要であれば片割れの魂を分離して、人形などに憑依させることも可能。
その性質は妖精としてはかなり特殊な存在であり
魔族からも家事妖精というよりは遊び好きの妖精と言う認識で
家事妖精としての本分を全うできず消滅する者も少なくない。
(もちろん原典には二心一体とかそういう話はありません…)
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