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迷宮都市ヘカテクライオ、秘めたる記憶と誘う手編
4.笛を吹きて君を呼ぶ1
しおりを挟む散々迷ったが、やはり彼を探す目的でも必要だと思い“ヌエさん”との出会いから、その特殊な能力によって引き起こされた予想外の事態も、包み隠さずイライザさんに話して聞かせた。
そして大鐘楼の異変と……その鐘の音が全く通用しない、謎のモンスターと戦った一部始終も。
――――勿論、本当にヌエさんが原因かどうかは分からない。
その注意点や、討伐の際に協力して貰った俺の【守護獣】の事も説明しておいた。
モンスターのことはともかく、ヌエさんのことは不確実な事が多いからな。
ブラックの名前を憶えて貰った後も、結局俺達が【水牢】を解除したのはヌエさんがいなくなってからだったし……。
というワケで全部話し終わると、イライザさんは「ふぅ」と息を吐いた。
「なるほど……。確かに、にわかには信じがたい話だが……君達がでたらめな虚言をまき散らしている訳ではないことは分かった」
「え……信じてくれるんですか?」
さすがに前半の話は疑われるだろうと思っていたので、覚悟をしていたんだが……意外な事に、イライザさんは俺達が弁明するよりも先に頷いてくれた。
語った側が言うのもなんだが、そんなにすんなり信じて良いんだろうか。
心配になって顔を緩めてしまうと、相手は何故か微笑んだ。
「ふふっ、自慢じゃないが私も数えきれないほど罪人を見て来たものでね。自慢にもならない事だが……人が嘘をついているかどうかくらいは、軽く見分けられるのさ」
「あっ……言われてみれば確かに……その道のプ……達人ですもんね」
警備兵ってのは、戦争がなくなって百年以上経つこの世界の兵士の名称だ。
国同士で戦う必要がなくなった今は、人が暮らす場所の治安維持や、街を襲いかねない近隣のモンスターを討伐するなど、まさに「警備」を行っている。
今では警察みたいな立場になってるってワケだな。
まあ異世界だと兵士が治安維持をするってのは普通なイメージだけど、こんな風に治安専門で動いている兵士の軍団ってのもそうは無いと思う。
でも、だからこそ総兵士長であるイライザさんが尋問をする時間もあるんだろうな……いや、下積み時代の話かもしれんが。
ともかく、そういう経験から俺達を測ったというのなら、彼女がすんなりこちらの言う事を信じてくれたのも納得がいく。
しかし、こんな突拍子もない話なのに本職の人ってのは本当凄いなあ……。
有能な美女、うーんそんなの惚れない方が無理なのでは。
「そんなに熱のある眼差しで見つめられたら困るな。勘違いしてしまうぞ?」
「す、すみません」
「つーかーさーくーんー? 女だとすぐ鼻の下伸ばしてええええ」
「わーごめんごめんってば!」
今のは一から十まで俺が悪うございました。許して。
でも美女にこんな誘い文句を言われたらドキッとしちゃうじゃない。俺は元々女の子が好きだったんだから、そりゃ無意識に反応しちゃいますよ。
けど今は真剣な話をしてるワケだし、ドキドキしてる場合じゃないよな、うん。
……にしてもイライザさん、ヤケに男っぽい事ばかり言ってくるけど、まさかオスの女性なのかな。だとしたらちょっと反省しないとな。
もしこれがラスターだったら、俺も真顔だっただろうしな。
男女で違いがあるのは不公平だ。イライザさんがオスで伊達男的なセリフを日常的に紡いじゃう美女だとしたら、俺もラスターに対する時のように反応せねば。
…………出来るかな。
いや、真面目な話をしてるんだからやるんだよ!
俺は一気に息を吸い込み、気合いを入れ直してイライザさんを見やった。
頼む持ってくれ俺の理性。
「と、ともかく……そんな感じで謎のモンスターを討伐したので、分析して貰おうと思ってコレを持って来たんです」
そう言いながら、俺は大きな瓶を机の上に置いた。
高価なガラス瓶の中には、モンスターの不可解な肉片と……その皮膚に出来た口のような穴からデロンと伸びた舌(もちろんペコリア達によって半分以上切除済み)が詰め込まれている。
皮膚の下の肉の色は薄ら紫色に染まった腐肉のような色で、最初は赤い血液だと思っていたものは絵の具のような紫の汁になって滴っていた。
……あれ? い、いつのまにこんな色に……!?
「なるほど……確かにこれは今までに見た事のないモンスターだね……。虫のような多足にも関わらず、その足が全て獣の舌で、体表からも触手のように長い舌が伸びているなんて……。しかも、この血液の色は見たことが無い。少なくとも、ライクネス周辺で見られる一般的なモンスターとは異なるようだな」
「一目見ただけでそこまで詳しく解るんですか」
「ふっ、私達警備兵も、一応はライクネス周辺に生息するモンスターについての座学を受けるからね。まあ……私の場合は総兵士長という立場から、脅威に関する情報を多く受けるからでもあるのだが……なんにせよ、そこいらの三下冒険者よりは詳しいつもりだよ」
なるほど……兵士もそういう勉強をしているのか。
こういう風に勉強してるって聞くと、やっぱり公職だなって実感しちゃうな。
素晴らしい事だとつい感心してしまったのだが、ブラックはそうでは無かったようで、横から不機嫌そうな声を挟んできた。
「随分冒険者を下に見てるな。この国の貴族は同じことしか言わないのか?」
あ……なんかイラッとしてる……。
いや、そうだよな、ただの偏見だと思って流しちゃったけど、ブラックからすれば貴族の見下しムーブはイライラの元だったんだっけ。
貴族が絡むとヤケにスルー出来ないんだよなあ、この人……。
「おっとすまない。君達の事ではないんだ。……最近、冒険者ギルドの新制度が少しゴタついているせいか、モグリで冒険者を名乗っているような粗悪なのが増えてね。その対応で色々とこちらも大変なんだ。失言をして申し訳ない」
「…………」
いやそこ何にも言わんのかい。
怒っても仕方ないけど、そこは大人として話を進めようよ。
もう、仕方ないなぁ……。
「こちらこそ、話の腰を折ってすみません。それで……あのモンスターを一刻も早く調査して貰うために、モンスターに詳しい方を派遣して頂きたいんですが……」
本来の目的を告げ、改めて冒険者ギルドの書類を突き出すと、イライザさんはウムと頷いたうえで、腕を組んで少し難しい顔をした。
「うーむ……こちらとしても、大鐘楼を無効化する謎の脅威を即座に調査したいのはやまやまなのだが……そのモンスターに詳しい文官は、別の土地に派遣していてな。すぐに呼び戻そうにも、どうしても時間がかかってしまうのだよ」
「王都には他に詳しい人はいないんですか?」
「普通のモンスターなら多少は理解できるものも居るが……ライクネスのみならず、他国の獣との類似点もしっかり把握できる調査官となると、その遠征している文官しかおらんのだよ。こちらとしても、死体が腐る前に何とかしたいのだが……」
イライザさんは本当に困っているようだ。
さもありなん。俺達の話を本当だと判定したなら、例のモンスターの調査は最重要のはずだ。この世界には“氷の術”を使える曜術師は存在しないので、モンスターの死体を保存することも難しい。
例え即報告したとしても、腐った死体を調査するのは難しいだろう。
今だって、最初は普通の赤色だった血が紫色になっちゃってるわけだし……。
「その文官とやらはどこにいるんだ。絶対に派遣先に居なきゃいけないのか?」
「いや、そういうワケではない。確か……北西にある海沿いの街で、不可解な事件が起きたというので……海から来るモンスターの可能性も考えて派遣していたのだよ。もう一週間も経っているし、その間にモンスターであったという報告も来ていないから……そうだな、今頃は王都に向かって帰ってきている途中ではないだろうか」
イライザさんのその言葉に、ブラックは鼻から軽く息を吐く。
そうして、ある提案をした。
「もしどのへんか正確な特定ができるなら、僕達が連れてきても良い。ツカサ君が、ディオメデを【守護獣】にしているからな」
そう言うと、イライザさんは目を丸くして机の上に身を乗り上げて来た。
「ほう、君達もディオメデを飼っているのか! あの気性の荒い馬を飼い馴らすとは、さすが限定解除級の曜術師とその恋人だな!」
「い、いや、藍鉄は頂き物なので……」
「とはいえ乗りこなすのは難しいだろう! ふふふ、面白いな。君達にどんどん興味が湧いてくるよ……!」
ああっ、銀色の髪だけじゃなくその綺麗なライトグリーンの瞳が眩しいっ。
キラキラした目で見つめられたら俺の心臓が爆発してしまう……!
思わずときめいてしまったが、いかん。いかんぞ。この人は女性でもオスなのだ。
節度をしっかり持たねば……ガンバレ俺……!!
と、ともかく、ブラックの提案が可能なら、一刻も早く話を進めなければ。
「あのっ、そ、それで、さっきの提案なんですけども……!」
「おっとそうだったな! いや、そうして貰えるとありがたい。我々もディオメデを所有しているが、希少な馬ゆえ有事以外には動かせなくてな……。調査隊は、先日街を出立したと知らせがあったから……そうだな、今頃は【ファンラウンド】領の沿岸部を通って帰ってきているんじゃないか?」
えっ。【ファンラウンド】って……もしかしなくても、ロクショウのお師匠である魔族の美女・ヴァリアンナさんがいる【セレーネ大森林】や、俺達が懇意にしている湖畔の村【トランクル】もある所じゃないか。
そんな場所を通って帰ってきているなんて、なんだか縁を感じるな。
でも……あそこまで藍鉄の足ですぐに到達できるだろうか?
確か、それなりに距離があったような気がするんだが……。
「あの領地か……。どのあたりにいるのか予測は出来ないのか?」
先ほどまで無言だったブラックだったが、土地勘のある場所に目標が近付いていることを知ってか、真面目なトーンでイライザさんに質問をし始めた。
急に態度を変えたオッサンを妙に思っただろうが、イライザさんは特に気にせず、視線を空に彷徨わせながら片眉を歪めた。
「うーむ……恐らくは、定期調査も兼ねて【セレーネ大森林】には立ち寄ると思うぞ。あの場所は【スポーン・サイト】が存在するからな。ボスモンスターが発生する兆候を見逃さないように、常に監視している故……あいつも確認しに行くだろう」
【スポーン・サイト】ってのは、俺達が見つけたボスが湧く場所だな。
この世界にも不思議とゲームみたいな場所が有って、そこからたまに出てくる強いモンスターを、ボスって呼んでるんだ。
俺達が遭遇したのは一回だけだが、また現れないとも限らないしな。
モンスターに造詣の深い文官さんが見に行くのも当然だろう。
「なら、こっちでも確認できるな。……その調査官の身なりや特徴は解るか」
「ほう……それほど君達の馬は早いのか。是非手合せ願いたいが……今はそんな事を言っている場合ではないな。よし、分かった。職員名簿を持って来よう」
言うが早いか、イライザさんはスッと立ちあがって颯爽と去って行ってしまった。
なんだか話がとんとん拍子に進んで行くが、これでいいのだろうか。
っていうか、本当に藍鉄の足ですぐに【ファンラウンド】に行けるのかな。
さすがに休みなしで走らせるのは可哀相だぞ。
そう思ってブラックを見やると、相手は俺が何を考えているのかが分かったのか、軽く「フフッ」と笑って俺に耳打ちをした。
「僕達が今日中に辿り着けなくても、その場所に文官が居るかどうかすぐに分かる術があるでしょ。ツカサ君のソコに」
「ん? ソコ?」
ブラックの視線を辿って顔を向けると……そこには、俺が腰に付けているカバン。
一瞬理解できなかったが、すぐに飲み込んで俺は息を飲んだ。
そ、そうだ。
俺には頼りになる仲間がもう一人いるじゃないか。
【召喚珠】とは違うけど、ロクショウと同じく“笛”を使えば来てくれる二人。
モンスターとは異なる存在だが、今も俺達に協力してくれている人達が。
確かに……彼らに頼めば、すぐに確認してくれるかも!
「そっか、その手が有ったな!」
思わず顔を明るくして振り返ると、ブラックは何とも言い難い顔で頬を掻く。
「ホントなら、頼みたくないんだけどね……。まあでも、仕方ない」
「んん?」
なんでブラックがそう言うのか分からないけども、ともかく真っ当な理由で二人と久しぶりに会えるのは素直に嬉しい。
最近は、果樹園の世話を頼んじゃったせいで忙しいかなと思って、あんまり呼ぶ事が出来なかったからな……。休みの時間だってあるだろうしさ。
でも近況を聞きたかったし、丁度いい。
護国庁から出たら、さっそく二人を呼んでみよう。
嬉しく思う場合じゃないんだが、それでも会うのが楽しみになってしまうな。
いかんいかん、しっかりしないと。
早くしなきゃ、この瓶の中の死肉だってどう変わるか分からないんだから。
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