異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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七鳴鐘楼モンペルク、月蝕は混沌の影を呼び編

32.バカップルと夜闇の影

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   ◆



「えーと、ギルマスの証明書に死骸のサンプル……あと忘れ物ない?」
「そんな長旅に出るんじゃないんだから……。今日入れて二日あるんだし、争馬そうば種の足なら数刻かからないんだから大丈夫だって。【庇護ひごの腕輪】さえあれば、さっさと受理してもらえるよ」

 宿の寝室で荷物をゴソゴソしながら、俺は改めて持っていくべきものを確認する。

 絨毯じゅうたんの上に座って荷物を広げているのは少々行儀が悪いような気もするが、準備をしているから仕方がないのだ。

 なんせ、俺達は今から迅速じんそくに行動しないといけないんだからな!

 だからそく用事が済むんなら嬉しいけど、ブラックの言う事は本当だろうか……。

「さっさと受理ねえ……ホントに大丈夫かな……」

 ブラックの言葉に不安になりつつも思い出すのは、つい数時間前のことだ。

 あれから【モンペルク】に戻ってきた俺達とギルマス御一行ごいっこうは、早速冒険者ギルドで「謎のモンスターを調べて貰うための材料」を用意することにした。
 まず、冒険者ギルドのギルドマスターによる、調査要請を含んだ証明書。
 これがあれば、まず門前払いはされないらしい。

 しかも国への要請なのでになっているらしく、しかるべきところに持って行けば即座に書類を通してくれるようになるのだそうだ。
 だが、それだけではスムーズにはいかない。

 そこで、この謎のモノが詰まったビンの登場だ。
 この中には、あの謎のモンスターの死骸の一部が入っているのである。

 そう。現物をさっさと進呈しんていして黙らせてしまおうってワケだ。

 モノがあれば、受付する人も無視せずにはいられまい。
 明らかに「普通のモンスターとは思えない部位」をギルマスに選んでもらったので、コレを見せれば相手も邪険じゃけんにはあつかわないだろう……とのことだった。

 ……とはいえ、本当にスムーズに行くのかどうかは分からない。

 迅速じんそくに事が済むかどうかは、相手の態度次第しだいなのだ。
 もし難色をしめされでもすれば、俺達の待ち時間も相当なものになるだろう。

 だが、ギルマスとブラックは俺が【庇護の腕輪】を持っている限り、大丈夫だろうという確信を持っているようで……。

 うーん、ホントに大丈夫なのかな。
 前に使ってしまった時は、確かに警備兵達をおののかせてしまった記憶があるが、それだって現場の兵士だからかもしれないしなあ。

 お役所に居るようなくらいの高い兵士なら、鼻で笑ってしまうかもしれないじゃん。
 なんせここはお貴族様が幅を利かせてるライクネス王国なんだぞ。
 まともな貴族もいるけど、変な人だって多いのが世の常だからな。人生はそう都合良くいかないのだ。

 ていうかこの世界、かなりの割合で変人が多いんだから、貴族だって変にガンコな人が居ても全然不思議じゃない。

 しかし、だからと言って行かないわけにはいかないもんな。
 不安ではあるが、ここは【庇護ひごの腕輪】を頼りにするしかないか。

「クゥ~?」
「キュキュー! キュ~~……!」

 床に置いたおそろしげなビンを見つめるロクショウ達は、いまだに中の異形を警戒しているのか、ビンをぺしぺしと尻尾で叩いたり、もふもふの小さいお手手でぺちぺちと叩いている。うっ……可愛い……!

 おぞましいビンの中身があっても、やっぱり俺のロク達は天使でしかないな!
 いつまでも見ていたいが、さっさと行って帰って来るべきだなと思い、俺はペコリア達を撫でてからビンを取り上げ紙袋に入れ、それからバッグにしまった。

 こうすれば書類もビンも一緒に持っていられるから、失くす心配は無い。

「用意できた?」

 ブラックがあきれたように言うのに、俺はうなずいて立ち上がる。
 まだ不安はあるけど、準備は万端だ。

 これから久しぶりの王都か。
 ……あんまりいい思い出はないが、行かねばなるまい。

 まあでも、俺ってばライクネスの城下街なんてほとんど見たことないわけだし……あまり緊張せずに、観光がてら用事を済ませるって気持ちで行けばいいよな。
 俺にとっては初めての王都散策でもあるんだし。

 そう思って気合いを入れていると、ブラックが顔を覗き込んできた。

「……そう言えば、ツカサ君ってライクネスの王都の街は初めてだっけ?」
「う、うん……」

 また心を読んだのかこのオッサンは。
 なんで毎回考えていることが分かるんだろうかと眉間にしわを寄せると、ブラックはその表情を見て、ニコッと機嫌良さそうに笑った。

 な、なに。何で急にハッピーになったのこの人。

「ふふっ、そっか~。初めてか~。……じゃあ、用事が済んだらデートしよっか!」
「は、はぁ!?」
「ツカサ君も気になるでしょ? どんなところなのか……」
「まあ……そりゃ、そうだけど……」

 でもデートだなんだなんて思ってなかったんだってば。
 なんでそこで「散策」とか「散歩」じゃなくて「デート」なんだよ。

 そう言われたら、気になっちまうじゃねーか!
 だから普通に二人で散歩とかで良かったのに!

「あはっ、ツカサ君顔赤~い! 意識しちゃった? ねえねえ意識しちゃったの~!? また僕と二人っきりで色んなコトするんだって考えて~!?」
「ちがわいおバカ!! も、もういいさっさと行くぞ!!」

 バッグを腰にとりつけて、ペコリア二匹をわきに抱えながら部屋を出ようとする俺に、ロクとブラックが付いてきた。

「んも~、ツカサ君たら照れ屋さんなんだからっ」
「ウキュー……」

 ブラックの浮かれた声に、さすがのロクショウもあきれたような声を出す。
 ああもう、このオッサンてば本当に今の状況わかってるのかな!?

 いや……分かってるけど、こんな調子なんだろうな……。

 ブラックにとっては、謎のモンスターの調査よりもデートの方が大事らしい。
 それでいいのか大人よ……とは思うけど……真面目になったらなったでブラックが「いつもの調子ではない」みたいになって、俺も動揺しちまうんだろうな。

 …………俺も大概な気がするが……ブラックが悩むよりはマシか。

 このオッサンがちゃらんぽらんで居る分、俺が真面目になれば良いのだ。
 ブラックがこんな風にだらしなく笑っていられる方が、俺も安心するんだから。

「ツカサ君なに考えてるの? 僕のこと!?」
「だーもーうるさいうるさい!」

 だからいい加減心を読むのはやめろって!












 夜空に闇のとばりのような雲がうごめき、星と月を覆い隠す。

 おだやかな風景を照らす輝きが失われた世界には、ただ風の音しかない。
 生きているものの声や動きは耳に聞こえてこず、音もなくただよってくる生暖かい春の夜風に静かな呼吸の音がれるだけであった。

 そんな静寂の世界で、大鐘楼だいしょうろうの屋根に立つ影が有った。
 ――――二つ。

 一人は重力や恐怖など無関係であるかのように立ち、もう一人は獣のように座り、闇に沈む街を煌々こうこうとした光をたたえる瞳で見つめていた。

「どうでしたか?」

 立つ影がおだやかな声で訊く。
 だが座る影は答えない。しかし影は答えを知っているかのように薄く笑った。

「なるほど、やはり彼は貴方に良い影響を与えたようだ」
「…………」
「こうして目的を達しても、我々だけでは限界がありますからね。これがヒトという下等な種族の限界なのか……それとも、我々がいまだ“至っていない”だけなのか……」

 どこか達観したような男の声。
 だがその言葉には含みがあり、ここに真っ当な存在がいるのなら、不快感か違和感を覚えただろう。だが座る影は何も言わず、ただ首を振った。

 それに対し、立つ影の男は忍び笑いをらす。

「おや、怒りですか。とてもよろしい! 今までのからっぽな貴方と比べたら随分ずいぶんなったじゃないですか。お父上も喜んでおられることでしょう」
「…………父上……」
「お父上、ですよ? 彼は残念ながら“見合う欲望”を捨て去ってしまいましたが……その点、貴方は将来有望だ。……いや、有望でなければならないのですがね」

 低く吐き出された声に、立つ影はうっすらと笑いを含んだ言葉を続ける。
 まるで希望を押し付けるかのようなその言葉に、座る影は不機嫌そうな声でうなったが、それ以上の抗議を発することは無かった。

「……さて、この街にも“アレ”は無かったようですし、次に行きましょうか」
「…………」
志半こころざしなかばでたおれた仲間のためにも、貴方は完璧な存在でなければなりません。貴方の感知する素質が、我々には絶対的に必要なのですよ。最早もはやを感じ取れる存在は、貴方しかいないのですから」

 さとすように語りかける男に、座る影はゆっくり振り返る。
 顔も姿形でさえも闇に溶けて判然としないが、その雰囲気はいぶかしげか、さもなくば困惑したような頼りない雰囲気をかもしている。

 ――――相手の男が、そんなことを言うとは思っていなかったのだ。

 しかし、そんな困惑すらも立つ影は楽しげに薄く笑いをこぼし、会話を続けた。

「貴方が“アレ”を見つけて下さらなければ、お父上は一生あのままです。生きたむくろ、何の心も持たない可哀相ながら……。それを取り戻すには、あれらの一部が必要なのですよ。わかりますね?」
「……ぬけ、がら……」
「そうです。数日前までの貴方のようにね」

 立つ影の男のその言葉に、座る影の男はしばし黙り込む。
 何を考えているのか、この闇の中では何も分からなかったが……やがて、なにかを思い切ったように、座る男は呟いた。

「見つければ……また、会える……?」

 呟く男に、相手は数秒黙って――――息を噴き出した。

「くっ、ふふ……! そうですかそうですか、会いたいと……! はは、良いですね、実に良い! やはり貴方を彼に引き合わせてよかった!」

 体を痙攣けいれんさせるように笑いながら、興奮したように影は言う。
 だがその動きを困惑もせずに黙る座った男は、ただ相手を見つめていた。
 闇夜にうごめく異形のようにびくびくと震える男の姿を。

 ――――そうして、いつまで笑っていたのだろうか。
 やがて、笑う男は余韻よいんを引きずりながら言葉をこぼした。

「では、そうしてあげましょう。……いえ、いずれはそうなりますよ。なぜなら貴方もまた、彼を得る権利があるからです」
「…………?」

 良くわからない、とでも言いたげに肩を揺らす影に、男は息のみでわらった。

「その前に、我々は必要な物を見つけましょう。貴方が“鉄槌てっつい”を見つければ、残りはあと二つです。といっても、一つは所在が分かっていますが……。ともかく、再び会う日のために頑張りましょうね」

 そう言って、影が何かを言おうとすると――座る男が、不意に言葉をさえぎった。

「ヌエ。……ヌエは、ヌエだ」

 ゆっくりと立ちあがったその男の体は、誰よりも大きい。
 大男としか言いようのないその異様な風体を見上げながら、相手はニヤリと笑ったような息を吐いた。

て貰って良かったですね。貴方の体も、彼との繋がりによってさらに強くなれるかもしれませんよ」

 その言葉と共に、男の影が唐突に消える。
 だが大男は気にせずにゆっくりと体をかがめ――――


 飛び上がるように、大鐘楼だいしょうろうの屋根から姿を掻き消した。










 

※あけましておめでとうございます!
 今年も楽しく頑張ってまいりますので
 引き続き読んで頂けたら嬉しいです~!
 みなさんも良い年になりますように♥

 (*´ω`*)漫画とかもいっぱいやりたい!

 
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