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七鳴鐘楼モンペルク、月蝕は混沌の影を呼び編
31.炎髪と庇護の子1
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「……結局、夜通し探しちゃったな……」
「だから言ったじゃない、どうせもう街にはいないって」
どうすることも出来ず、数時間。
俺達が諦めて宿に戻ってくるころには、空が白み始めていた。
「ヌエさん、どこ行っちゃったんだろう……」
ガラスが抜けた寂しい窓を見るたび心配になるが、何度街を探し回っても見つからなかった以上どうしようもない。ブラックですら気配を感じ取れなかったのだから、もう打つ手なし状態だった。
こうなってしまったら、もうヌエさん抜きで話をするしかない。
最悪の場合俺達が疑われてしまうだろうが、それも仕方がないだろう。
正直に話しても、たぶん冒険者ギルドの人達はすぐには信じないはずだ。
いくらモンスターを退治していたとしても、街の人達が大鐘楼の鐘の音に気付かず眠っていた説明が付かないし、何故誰が眠らせたのか、という部分についての考察が面倒なことになるからだ。
……というか、俺達が犯人でないとすぐ考える方に無理がある。
仮に俺達がモンスターを討伐しただけだと解って貰えても、今度はその手柄を独り占めしたいがために何らかの手段で眠らせたと思われるかも知れないのだ。
そんなバカなと言われるだろうけど、相手も予測できなかった緊急事態だからな。
ブラックが言うには、かなり疑われるって話だったから……まあ、仕方ない。
俺だって「貴方は知らない内に眠らされていて、その時ちょうどモンスターが来てました。でも、僕達は何故か眠らなかったので、ソイツを倒しておきました」なんて言われても、普通に怖いし信用できないもんな。
だから、疑われるのは仕方ないけど……証拠をお出しできないのがキツい。
モンスターの死骸は有るけど、それ以外の証拠は全部消えちゃったしなぁ……。
どうしたもんかねと息を吐きつつ窓を眺めていると、【水牢】を破ったブラックが大きな欠伸を漏らしながら近付いてきた。
「もう少ししたら冒険者ギルドに支部長が来るから、朝食を食べてから出ようか」
「なんか余裕だなぁ……窓の弁償や疑われそうな危機が待ってるのに」
というか、俺の不安の半分はアンタが予測して話してくれたことだろう。
どうしてそんなに落ち着いていられるんだと顔を見上げると、ブラックは伸び伸びになった髭をぞりぞりと擦りながら、眠たげな眼で「んー」と喉を鳴らした。
「正直ちょっと焦ったけど……そう言えば、僕らには“ズル”をする方法があったことを思い出したからねぇ」
「ズル……?」
「まあ、僕がって言うか……ツカサ君が、だけど」
「俺って、どういうことよ」
イマイチよく分からなくて眉間に深い皺を作ると、ブラックはちょいちょいと自分の手首を指さして見せた。
ん? 手首?
ブラックの……っていうか、俺の手首か。それがどうしたんだ。
つられるようにして、リストバンドをつけた自分の手首を見て――――
俺は、ようやくブラックの発言の意味が分かり「アッ」と声を出した。
「ようやく使いどころが見つかったよね、それ」
高級宿の支配人さんに窓の弁償の話をした後、俺達は一度外に出て昨晩の死骸が残っていることを確認してから、改めて冒険者ギルドに向かった。
支配人さんは「陛下に全ての費用は頂いておりますので大丈夫です。それに、よく貴族様がお連れのネコなどが部屋を壊すので……よくある事なんです。だから、気に病まないで下さいね」と言ってくれたが、本当に弁償しなくて良かったのかな。
というか、支配人さんの話では「貴族のネコはよく部屋や窓を壊す」ということだったが、ニュアンス的にどうも「部屋が半壊する」レベルっぽかったんだよな。
…………異世界の猫、そういえば獣人さん以外は見た事が無かったが……もしかして、この世界のネコって俺が思ってるネコの姿ではないのかも……。
いや、うん。そこは深く考えまい。
ともかく俺達は、一抹の不安を抱えつつも冒険者ギルドにやって来たのだった。
「おお……流石はでっかい街の冒険者ギルド……なんか豪華だなぁ」
王都を守る都市のひとつだけあって、モンペルクのギルドはやはり別格だな。
俺達が見上げるその建物は、白い壁が眩しい三階建ての建物……しかも、お洒落なことに入口の脇にはギリシャ神殿にあるような柱が建っており、ちょっとしたお屋敷にも見える。でも、ガラス窓の向こうは普通に冒険者ギルドなのだ。
たぶんアレだな。けーかんじょーれー……そうだ、景観条例とかいうのがあって、建築物の雰囲気を揃えるようにって命じられているんだろう。
そのギャップに違和感を覚えつつも、俺達は朝一番に乗り込むことにした。
どうせ報告するなら、人気のない時間の方が良い。
そう思い、綺麗な受付のお姉さんに「報告がある」と簡易の説明をし、このギルドのマスターを呼んで貰ったのだが……。
「おい、待て待て。まずはそのモンスターとやらを確かめさせてくれ」
出て来たのは、髭がもじゃもじゃして横幅がしっかりとある筋肉質のおじさんだ。
いかにも歴戦の重戦士っぽい姿のギルマスに、久しぶりの冒険者っぽい人だ……と内心感動していると、相手は数人のギルド職員を集めて、俺達に「案内してくれ」とのたまった。……てっきり、話をしてから案内するとばかり思っていたのだが、どうも相手は俺達の話をちょっと聞いただけで信じているらしい。
何故だろうかと不思議だったが、ギルマスの目がブラックにばかり向いているのを見て、俺は「相手はブラックの事を知ってるんだな」と確信した。
だから、ある程度相手もこちらの話を信用しているのだ。
そーだよな。だって若い頃のブラックは凄く有名だったんだもん。
だったら他の冒険者に顔を知られていても不思議じゃないし、オッサンになってもブラックの特徴でピンと来る人はいるはずだ。このギルマスも、多分そのうちの一人だったんだろう。
ならば話は早いなってことで、俺達はギルマスと職員さん達を連れて、件の現場に案内することにした。
「いや、しかし……まさかアンタとこんな所で会うとはなぁ。ここ数年、全然見かけなかったからよ、てっきり引退したもんだと思ってたぜ。窓の外に“炎髪”が見えた時は、まさかアイツかって二度見しちまったもんな!」
「…………」
ギルマスのおじさんは歩きながらガッハハと笑うが、ブラックは無言のまま嫌そうに顔を歪めている。
昨日、冒険者ギルドに関してちょっと思う所があるようだったが、それはこういうことだったのだろうか。ブラック、こういうの苦手だもんなぁ……。
何を嫌がっているのかは俺には分からないが、助け舟を出してやるか。
そう思い、俺はギルマスのおじさんとブラックの間にさりげなく入って、話を遮るように別の質問を投げた。
「あの、ギルドマスターさん。報告しておいてなんですけど……あんなにすんなりと信じて大丈夫なんですか……? しかもこんな大勢連れて来て貰って……」
そう問いかけると、相手は何故か俺を見てニコニコと笑う。
なんだその小さい子を見るような目は。
「ああ大丈夫だ。キミのことは前々から知っていたからな」
「え……」
目を丸くする俺の頭を、ギルマスのおじさんはポンポンと叩く。
だーから子ども扱いしないでくださいってば!!
「はっはっは、ここは王都の傍の街だぞ? 陛下の“寵愛”を賜った珍しい黒髪の子がいるって情報くらい仕入れてて当然さ。ホラ、君のその腕巻きの下にあるだろう? 陛下の“寵愛”の証が」
「あ……」
俺達がいざって時に出そうと思っていた、切り札。
それを早々に見破られて、言葉を失くす。
……そう。俺のリストバンドの下にいつも隠している【腕輪】……それが、今の俺達を救うかもしれない唯一のアイテムだったのだ。
その名も【庇護の腕輪】――――。
王様の権力を一時的に行使できる……つまり、この腕輪を兵士や貴族に見せれば、どんなワガママも通ってしまうと言うヤバい激レアアイテムなのだ。
でも、正直そんなヤバいアイテム使うのも怖くて今まで隠していたのである。
だから、さっきブラックに言われるまで忘れていたのだが……。
まさか王都の御膝元のギルマスが知ってたとは思わなかった。
「まあ、君の事を知ってる仲間は、王都周辺のギルドマスターに限られるだろうが……しかし、お前さんの場合は“炎髪”と一緒にいるからな。例え腕輪が無くとも、素性が知れれば誰も疑わんかっただろう」
「えんはつ……」
さっきからそう言われているが、昔の……若い頃のブラックは、仲間や他の冒険者からそう呼ばれていたんだろうか。
ちらりと横を見るが、ブラックは何も言わずしかめっ面のままだ。
……昔の事を言われるのは、やっぱイヤなのかな。
でも、ブラックの冒険者としての活躍を、少しでも知る事が出来るかもしれないと思うと……悪いとは思ったが、ちょっとだけ期待せずにはいられなかった。
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