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七鳴鐘楼モンペルク、月蝕は混沌の影を呼び編
30.奇妙なイイワケ1
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ペコリア達を念入りに水洗いして、しっかり綺麗にしてあげた後。
そよ風が出てくる“気の付加術”の【ブリーズ】で体毛を念入りに乾かし、ふかふか状態へ戻してから、俺達は一旦宿に帰る事にした。
夜が明ける間にあのモンスターに異変が起こりはしないかと心配だったが、そんな心配でボスペコちゃんやロク達の実力を否定するのは失礼だ。
せっかく気遣ってくれているんだから、たまには甘えないとな。
……いや、まあ、いつも甘えているような気がするんだけど。
ともかく、一休みすべく宿に戻った俺達だったのだが……。
「ツカサ君、そろそろコイツの能力について聞いても良いんじゃない?」
「う?」
玄関ドアを閉めて一言、ブラックがそう言ってきた。
ヌエさんは首を傾げているが、これは「何を言ってるのか分からない」というより「どういう意味か分からない」という感じだろう。
……ってことは、ヌエさんも今は俺達の質問にある程度答えられるはず。
驚異的な学習スピードでびっくりだけど、まあ悪いことではないし……ひとまずは、ブラックの提案通りソコを済ませておいた方が良いだろう。
明日ヌエさんを冒険者ギルドに連れて行くにしても、今起こっていることをキチンと理解してもらい、この部屋に留まっていてもらわなきゃいけないしな。
というワケで、俺達は再びリビングへ戻り、一息入れてからヌエさんに今後の事を説明することにした。
紅茶やコーヒーなんて高級な物は無いので、温めた麦茶で我慢して貰おう。
簡易の台所……じゃなくてオシャレなキッチンで沸かした麦茶をリビングに持って行くと、既にブラックが何かの話を進めているようだった。
二人の前に麦茶を置きながら聞き耳を立てると、どうやらこちらの話を完全に理解できているかを試しているらしい。
なんか「規約」とか「生活」とか幅広い話を捲し立てているみたいだが、そんな風に話聞かせてヌエさんは付いていけるのだろうか。
俺だと無理……というか、絶対に覚えきれないのだが。
ブラックの隣に座り、しばらくその会話を流し聞きしながら茶を啜る。
……ヌエさんは真面目に聞いているようだけど、これでブラックの話の全てを理解してしまったら、俺は二人の会話に置いて行かれてしまうのではなかろうか。
これはヤバいぞ。
俺は赤点スレスレ常習犯なのだ。
自慢じゃないが難しい事はわからんぞ。ふふ。
「ツカサ君なに無意味に勝ち誇った顔してるの」
「な、なんでもない。それで……ヌエさんとの話は済んだ?」
ブラックの顔を見上げると、少し難しそうな顔をしてヌエさんを見る。
俺もつられて確認するが、相手は目を瞬かせながら俺達を見返していた。
「うーん……まあね……。的確な言葉を返せるかどうかはともかく、簡単な日常会話程度なら、理解はできるようになったんじゃないかな」
「今のブラックの言葉も把握出来てるってこと?」
「ぼんやりとは……って感じだろうけどね」
それだけでも上々じゃなかろうか。
やっぱりヌエさんは頭がいいんだろうなぁ。
つい羨んでしまうが、それでも新しい物事を覚えるのは大変だっただろう。
羨ましがるより労わる方が大事だろうなと思い、俺はヌエさんに惜しみなく称賛の言葉を贈った。……とはいっても語彙力なんてないので、凄い!とかだったが。
しかしヌエさんは「褒められている」と理解したようで、なんだかむず痒そうに肩を縮めて、口をもごもごさせていた。
照れてるのかな。ちょっと可愛いじゃないか。
「むっ……ツカサ君また他のオスに目移りして……」
「人聞きの悪いことを言うな! 褒めてただけだってのにまったく……。とにかく、今後の事を話し合うぞ。それで、俺達はどうすればいいんだ?」
真面目にやってくれと会話を促すと、ブラックは不満げに口を尖らせながらも渋々本題に入った。
「まあ、冒険者ギルドで正直に報告するだけだよ。ただ……その時に、この男の事も説明しなきゃいけない。だからまずは、コイツがどういう手段で人を眠らせているのかを知っておくべきだと思うんだ」
「うん。色々つっこまれそうだし、ヌエさんは敵じゃないって分かって貰わないと、下手したら拘束されそうだもんな。そんなの、ヌエさんが嫌がるかもだし……」
ブラックも同じことを思っていたのか、俺の発言に頷く。
と言っても、ブラックは俺のようにヌエさんが心配ってワケじゃなくて、多分ヌエさんの方が一般人に危害を加えないかを心配しているのだろう。
攻撃的な人じゃないけど、それでもやっぱり高圧的な態度で尋問されたり、いきなり拘束されれば、ヌエさんだって怒ったり抵抗したりするかもしれない。
その時に俺達が知らないパワーを発揮してギルドの人達を斃してしまえば、即座に犯罪者になってしまうのだ。そうなるともう、色眼鏡が外れなくなってしまう。
俺達の証言だって、間違いだったかと思われるかもしれない。
だから、そうならないようにとブラックは慎重になっているんだろう。
……ヌエさんの事をトコトンまで危険視しているけど、まあ……仕方ないよな。
ブラックは昨日まで熟睡してる側だったワケだし。
「正直、面倒臭いんだけどね……でも僕達のせっかくの二人っきり旅を邪魔する物は、積極的に排除しておかないと……」
「こらこら何考えてんだアンタは」
「コラコラじゃないもん、すっごく重要な事なんだからね!? 僕とツカサ君の濃厚な恋人時間が減るのなんて、一番許せないんだから!」
「だあもう謎時間を作るんじゃねえっ! と、とにかく、ギルドに報告するのは決定なんだな!? その前に俺達が先にヌエさんの話を聞くと!」
不満を捲し立てられる前に話を要約すると、ブラックは再びむくれた顔をしながらも、そうだと肯定した。その顔のギャップどうにかしてくれ頼むから。
「ヘタに色々つつかれて、僕達まで怪しまれたら面倒臭いし……。だから、とにかく最低限コイツのことは知っておかないとね」
「どこまで話して貰えるか……ってトコにかかってそうだけどな……」
そう言いつつ、ヌエさんを見やる。
相手は俺達の話が終わるのを待ってくれてたのか、眠そうな目を時折パチパチさせながら、ただ黙って麦茶を啜っていた。
どこまで話して貰えるかは未知数だが……まあ、やってみないと分からない。
とにかくやってみるかと頷き、俺は会話の口火を切った。
「ヌエさん、今の話聞いてたと思うんだけど……。あのヤな感じのモンスターの事をギルドの人に話すために、ヌエさんのことも知っておきたいんだ」
「ン……ヌエのこと?」
「そう、どこから来たのか、とか……ヌエさんはどんな事が出来るのか、とか。それと……今までもずっと、周りの人は眠っていたのかな……とか」
これは、俺が今まで勝手に推測していたことだ。
しかし本人がもし自覚しているのなら、話は違ってくる。
無意識の能力でも、自覚していれば抑えられるかも知れない。
なら、あとは何とでもなる。
実害が出ていないのなら、今の内に能力を制御できるようになれば何も問題は無いのだ。幸い、今回は俺達が危険を回避させることが出来たしな。
だから、まずは「街全体が眠ってしまったのは本当にヌエさんが原因なのか」って所をハッキリさせる必要がある。
そんな俺の問いに、ヌエさんは「ん~……」と、子供が考える時のように声を漏らし、探るような目つきで視線を上に泳がせていたが、やっと理解してくれたのか俺に向き直ってコクンと頭を動かした。
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焦らず、聞き漏らさず、記憶しておかなければ。
そんな風に真剣にヌエさんを見つめる俺達を感じ取ったのか、ヌエさんも話を途中で投げ出したりせず、拙くても最後まできちんと説明してくれた。
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