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七鳴鐘楼モンペルク、月蝕は混沌の影を呼び編
28.ありえない存在1
しおりを挟む「くきゃー!!」
「グォオォォ……」
ペコリア達にもあの異形が見えたのか、かなり怯えてフワモコの毛を倍以上に膨らませている。ロクショウも、目を丸くして唸っているようだった。
さもありなん、大きな音を立ててこちらへと向かってきているモンスターは……森の中で暮らしているような存在には、とても思えないものだったのだから。
「なに、あれ……っ」
絞り出す声など当然聞こえてもいないだろう、まだ遠方に居る相手。
その足は虫のように無数に生えているが、よく見るとどれも「脚」ではない。うねうねと動いていて、タコやイカの触手にも見える。体もなんだか光沢があってぬめっとしているけど、フォルムは……カエルみたいで、酷くミスマッチだった。
背中や目の上にも角がいくつか生えているし、口からは長い舌が出ている。
なのに、体はカエルで足は軟体動物。
一見、ぬめっているという点で似ているように思えるけど、くっつければ絶対的に違うと判る。そんなものが、森から出てきたモンスターを形作っていた。
「ツカサ君、あれ足じゃない。無数の舌だよ」
「え゛っ!?」
ちょっ。ちょっと待て。足だと思ってたものが舌!?
慌てて確認すると、月光に照らされてうねうねと動くソレらは、確かに触手と言うよりも厚みがあって幅広く、見覚えのある動きを繰り返している。
ぶつぶつとした表面の突起は、間違いなく哺乳類の大きなベロだった。
無数の舌が、足。
カエルのような体に哺乳類の無数の舌、って……。
「う゛っ……」
思わず、吐き気がこみ上げてくる。
だがそれはあの生物が不気味だったからじゃない。ある記憶が蘇ったからだ。
――ベーマス大陸で見た、獣人の死体を繋ぎ合わせて作られた操り人形。
あの、ヒトの尊厳を冒涜したモノを思い出して、怒りと共に狂気の産物への強烈な拒否感が胃からせりあがってきたのだ。
それはブラックも同じだったようで、俺の背後で呻くような息が聞こえていた。
「とにかく、街に向かって来ているなら止めないと……っ! ロクショウ君、アレに気付かれないように、上空から距離を取って出来るだけ近付いてくれ!」
「グォオン!!」
ブラックの指示に吠え、ロクは再び空に舞い上がる。
さらに上空の冷たい風が俺達を一気に包んできて、俺は慌ててブラックのマントを自分の方へ手繰り寄せ、ペコリア達が凍えないように体を覆った。
「クゥ~!」
「くぅっ、クゥ!」
怯えたままで更に綿あめのようにモコモコになっていて、まるで顔が中心に寄ってしまったみたいに見えるが、それでもペコリアにもモンスターとしての矜持が有るのか、勇ましげな顔をしてクウクウと威嚇している。
可愛い……じゃなくて、ペコリア達からしても、やっぱりアレは“森のモンスター”とは違う……何か異質なものを感じてるんだな。
俺も怯えてばかりはいられない。
冷たい空気を吸って気合いを入れ直すと、俺は眼下を睨んだ。
「アイツ、やっぱりモンペルクの方に向かってる……」
「どこから湧いたモンスターかは知らないけど、ヒトを襲おうとしているのは確かだろうね。ただ……鐘の音を物ともしてないのは妙だな」
「えっ、普通はあんな感じじゃないの?」
「あれだけ鳴ってるなら、鐘を一つ打つたびに波動で弾き飛ばされるはずだよ。それなのに、七つも“モンスター除け”の鐘が打たれていても、全く怯まず進んでくるのはおかしいと思わない?」
そう言われると、確かに……。
鐘は空に響くくらい強く打ち鳴らされているってのに、異形のモンスターは全く気にしていない。どういうことか、まったく曜具の効果が無いみたいだ。
でも、あれは紛れもなくモンスターだよな……。
つい獣人大陸で見たものを思い出してしまったけど、獣人には爬虫類のヒトなんて居なかったし……なんにせよモンスターには間違いないだろう。
なのに、どうして曜具の影響を受けていないのか。確かに不思議だ。
うーん……モンペルクの大鐘楼って、確か音波?波動?で、モンスターを牽制しているんだよな……?
「音波が効かないモンスター……とか……?」
けれど、そんなモンスターなんているのかな。
疑問符を捨てきれないでブラックに返答を求めると、相手も難しそうな表情で口を歪めた。やっぱりブラックも測り切れていないらしい。
「無くはない、けど……そんな特異な耐性を持ったモンスターが自然に生まれてくるなんて在り得ないし、そもそも北の地域以外は他の国より弱いモンスターばっかりのライクネスでこんなバケモノが生まれてくるはずがないよ」
「そういや前にそんな話してたな……」
ライクネスは、昼間出てくるモンスターに関してはそれほど強くは無いらしい。
なんせ最弱とも言われるヘビちゃんのダハや、本来なら臆病で森の中に隠れ棲むというペコリアも生きていける環境なのだ。穏やかなのは間違いないだろう。
そんな環境で、あんな巨大で特殊なモンスターが生まれるかと言うと……確かに、何かおかしい気がする。
と、考えていると、ブラックの更に背後からひょいとヌエさんが顔を覗かせた。
「う……。ツカサ、ブラッく、アレなんかヘン。う゛ーう゛ーする」
「う゛ーう゛ー?」
何とか後ろを振り返ると、ヌエさんは何だか不快そうに顔を歪めて頷く。
「う゛ー、なる」
そう言いながら、ヌエさんは首から下がすっかり服で隠れた体を、犬が水を飛ばすようにブルブル震わせる。
なんだろう。嫌悪……いや怖気か。それとも違和感が気持ち悪いのかな。
「頭とかお腹がう゛ーって感じ?」
「う。アレきらい。ヌエ……は……アレ、なイしたい……!」
俺の言葉に肯定し、体を斜めに動かして眼下を睨むヌエさん。
よほどあのモンスターが気に入らないのか、ギザギザした歯を噛み合わせて、獣のように唸っている。
そうして、もう一度大きく体を傾けた、瞬間。
ヌエさんはそのまま、ロクショウの体を蹴って空中に跳び出したではないか。
「うわあっ!? ぬ、ヌエさん!!」
「このバカ!!」
俺達が慌てて声を掛けるが、その体は既に下降していて手も届かない。
急いでロクに降りるよう指示するが、追いつけるのだろうか。でも、このままヌエさんを放っておくわけにはいかない。このままだと落ちて死んでしまう……!
「そっ、そうだ、噴水みたいなのを創れば……!」
「ちょっ、つ、ツカサ君!?」
俺の呟きに気が付いたのか、ブラックが何故か慌てだす。
だがもう返答しているヒマもない。俺はヌエさんの落下地点を大まかに捕捉すると、間欠泉のように湧き上がる水柱を脳内で出来るだけ再現した。
いくらヌエさんでも、この高さは危なすぎる。
でも、下から勢いのある水が当たれば、落下の衝撃よりも水圧が上回ってどうにかなるかも……いや、待てよ。水に入ったとしても、勢いが全部消えるわけじゃないんだったか? 結局、落下の衝撃は来るんだっけ?
だとしたら……そう、ブラックが纏っている【水牢】……。この【水牢】のようにヌエさんの体を包む水の球が出来れば、どうにかなるかもしれない。
水の柱で勢いを消しつつ、水の球で体……いや、せめて足元を覆ってあげることが出来れば、ヌエさんが助かるかも。
「かも」程度の可能性でしかないが、願えば叶うと言うこの世界のファンタジーさに賭けるしかない……!
俺は気合いを入れると、息を吸って心を出来るだけ落ち着かせ、水の曜気を両手に纏わせるイメージを思い浮かべた。
と、即座に青く綺麗な光が俺の両手を包み、腕まで登ってくる。
「ツカサ君、待っ……!」
その手をヌエさんの方へと向け――――俺は、術の名を唱えた。
「強く大地を割り溢れ出でる水の柱よ、落ちるかの者の足を包み命を守る盾となれ! 【アクア・カレント】――――!!」
叫ぶような声で宣言した、刹那。
強風が耳を舐める時の音にも似た轟音が響いたと同時、草原から何の予兆も無く、巨大な水の柱が噴き上がってきた。
「っ……!」
勢いを増してヌエさんを取り込もうと動く水は、想像以上の威力を持って上へ吹き上がる。その衝撃に連動しているのか、触れてもいないのに俺の両手には強く痺れるような痛みが走った。うう、最近感じ始めた痛み、まだ治って無かったのか。
でもやめるわけにはいかない。
このくらいの痛みなら、敵に殴られたり蹴られたりするのより全然マシだ。
なんとか堪えきってヌエさんを見やると、相手は俺の目論見通り水柱の中に足から突っ込んで、思いっきり水飛沫を上げていた。
「やった……っ!」
だが、それだけでは終わらない。
ヌエさんを捕えた水の柱は大きくたわみ、ヌエさんの足に纏わりつくと、その落下の動きを無理矢理に相殺したのだ。よしっ、想像通りだな!
落ちる速度が急激に遅くなり、やがて――ヌエさんが地面に到着したと同時、水は平たくなってそのまま地面に染み込み消えてしまった。
「よ、よかった……っ」
そう呟いたと同時、横から耳に大声が飛び込んでくる。
「もうツカサ君ったら!! 何ともない? 死にそうになって無い!?」
「だ、大丈夫……っていうか、死にそうってなに……」
良く解らないけど、ブラックは俺の事を凄く心配していたようだ。
大丈夫だと目配せして、俺はヌエさんを見下ろした。
「っ……! や、やばい、モンスターが近いぞ!」
「ああもうっ、人がツカサ君の心配をしてる時に……っ!」
俺達がヌエさんのことで夢中な間に、あの異形はずいぶん距離を詰めていた。
ヌエさんにぶつかるまであと数分も無い。
このままだと、ヌエさんが食べられてしまう……などと考えていたら、解放されたヌエさんは、恐れもせずに異形に向かって駆け出したではないか。
「うわあ!! ヌエさんダメだって!!」
「あの野郎何してんだクソッ!! ロクショウ君、遠距離から攻撃できない!?」
「グッ、グォォッ、グオォオン……!」
出来る事は出来るが、この距離ではヌエさんが異形に近付くのを止められず、ロクの攻撃を一緒に浴びる事になってしまう。
それを危惧して及び腰になる慎重で理性的なロクに、ブラックは再び悪態をつくと、仕方ないとでも言うように舌打ちをした。
「じゃあ、敵に悟られない程度に近付いて。炎の術でなんとかしてみる」
「グオォオ!」
それならばと頷き、ロクは降下の姿勢を取る。
俺も何か出来る事があるならやりたい。まだ両腕がビリビリするけど、曜術を出すのに支障はないはずだ。
よし、俺も【黒曜の使者】のチート能力で少し加勢を……
「ツカサ君は一回休み!! 僕が良いっていうまで絶対術を使っちゃダメだからね! 使ったらもう今度と言う今度はすっごいお仕置きするからね!?」
「ひゃいっ!?」
い、勢いに負けて思わず返事をしてしまった。
凄いお仕置きって何だよ……っていうか、なんでそんなに禁止するんだ。
俺の能力だって馬鹿にしたもんじゃないだろう。
なのに、そんな……いや、ブラックは前から俺の体調を気にしていたっけな。
もしかしたら、俺自身は分からないけど、ブラックには不調な姿に見えているのかも知れない。そもそも今の俺の状態って、正常とは言い難いらしいし……?
まあ、術を出す時に腕が痛み始めたのだって不調と言えば不調だもんな。
悔しくはあるが、ここはブラックの言うとおりにしておこう。
でも、いざって時の為に曜術を使う準備だけはしておかないと。
「ったく、なんで僕があんな不審者を助けないといけないんだ!」
やけ気味でそう言うが、俺の背後からは火の粉のように赤い光の粒子がチカチカと輝きながら流れてくる。夜闇に浮かぶその光は、こんな事態であってもとても綺麗で、何より力強さを感じられた。
低く唸るような、詠唱が耳元で聞こえてくる。
その声にすら熱を感じるように思いながら、俺は異形を逃すまいと睨んだ。
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