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七鳴鐘楼モンペルク、月蝕は混沌の影を呼び編
12.食えないヤツと頂けない話1
しおりを挟む「おやおや、そう警戒しないでくれたまえよ。小生が恐ろしいモンスターにでも見えるのかいキミ達は」
「恋人との逢瀬に邪魔者が出てきて誰が嬉しいと思うんだよ」
ブラックの憎々しげな返答に、相手はハッハと軽く笑う。
この、相手が嫌がっているのを解っているのかどうか判断がつかない感じが何とも取っ付き辛い。解っていて笑っているのなら意地悪ってところだろうか……。
いや、ギーノスコーは悪い人じゃないし、こっちの事も気遣ってくれる所がある良い人ではあるんだけど……何故か苦手に思ってしまうんだよなぁ。
こういうのが、馬が合わないってヤツなんだろうか。
まあでも、サービニア号では色々お世話になったし袖振り合うも多生の縁だ。
相手も偶然俺達を見つけて懐かしかっただけかもしれないし、そう邪険にするのも悪いよな。俺だって久しぶりに会った人に邪険にされるのはイヤだし。
そう思い、ブラックを宥めつつギーノスコーのテーブルに着くと、相手はローブから顔を出して、ニコニコと笑いながら俺達を交互に見やった。
「いやあ息災そうでなにより。ベーマス大陸から帰ってきたんだね」
「ええまあ……ギーノスコーさんは引き返したんでしたよね?」
「ああ、色々と報告しなければならない事があったから。……それにしても、なんだか顔色が優れないね。どうしたんだいつっくん」
「いえ、別に……顔色悪い?」
つい数分前なら空中散歩で間違いなく顔を青くしていたが、今は別に気分が悪くもないし、疲れてもいない。もしかしてまだ顔が蒼かったのだろうかと隣に座るブラックに顔を向けたが、相手は眉を軽く上げて「そうでもないよ?」と表情で返答する。
何故そんなことを言うのかと二人して相手を見やると、ギーノスコーは不思議そうな顔をして頬を掻いた。
「気にならないかい? 小生には……いや、元気ならこちらの勘違いだろう。しかし、長旅からの帰還となれば、気付かぬうちに疲れは溜まっていよう。そうだな……キミ達の素朴な逢瀬を邪魔した詫びに、ここの会計は任せてくれたまえ」
「えっ、いやそんな悪いですよ……っ」
「おーい、こっちに日替わり鳥の丸焼きとダリョウの酒蒸しと一番高い酒」
「さっそく人の金を湯水のように使うな!!」
お前に遠慮と言う物は無いのかと思ったが、ブラックにはそんなものなかったな。
いやでも流石に頼む量考えろよ。
「はっはっは、つっくん気にする事は無い。キミも頼んでいいんだよ」
「いや、でも……」
「じゃあそんなに遠慮するなら、小生の事をギィ君と」
「俺もなんか甘い飲み物お願いしまーす」
「つれないなぁ」
いやその呼び方前にも拒否しましたよね!!
何でそんな「ギィ君」と呼ばせたがるんだアンタは。からかってるのか。この感じだと絶対俺をからかうためだけに言わせようとしてやがるな。
「で……ただの挨拶をしたいから僕達を呼んだわけじゃないんだろ」
一足先に酒が来たのを見計らって、膠着状態の俺とギーノスコーの間にブラックの声が割って入る。我ながら情けないけど、ブラックが会話に加わってくれてホッとしてしまった。だ、だって、この人に口で勝てる気がしないんだもの……。
前も何だか意味深な事ばっかり言われたしさ。
だから、ブラックが助け舟を出してくれて助かった。
しかしギーノスコーも大したもので、特に表情を変える事も無くニッコリと笑ったまま、既に頼んであったらしいエールを口に含む。
数秒間を開けた後、相手はブラックの問いに答えた。
「余暇を楽しむ微笑ましい恋人たちに、少々警告をしようと思ってね」
「警告?」
不機嫌そうな声で聞き返すブラックに、ギーノスコーは再びエールを口に含む。
まるでそれが「そうだ」という返答であるかのように、言葉を継いだ。
「単刀直入に言うと――――この街では今、不審者が徘徊している」
「…………不審者なら目の前にいるが?」
「おや、小生のどこが不審者なんだい。このようなか弱い詩人を捕まえて」
「唸るほどの詩一つ囀った事も無いヤツは不審者と言うんだよ」
「手厳しいなあ……まあ聞いてくれたまえよ」
決して与太話などではないんだよ、とギーノスコーが念押ししていると、丁度俺達のテーブルに料理が運ばれてきた。
「日替わりの鳥の丸焼き」とやらは、何故か四本足で尻尾がトカゲのしっぽを切ったように切断されていたが、まあフォルムは鳥で香草のいい匂いがする。焼き目が白いので、たぶんスパイスが効いた味がするのだろう。
「ダリョウの酒蒸し」の方は、それとは打って変わって飴色の四角い塊だ。酒蒸しとは言うが、恐らく漬け込んだり何度も酒を掛けた料理なのだろう。照り焼きではないけど、ほのかに甘めの香りとアルコールの匂いが漂ってくる。
どんな味なんだろうかと思いつつ、ナイフで切り分けてブラックの皿に渡してやっていると、料理の登場に一旦口を閉じたギーノスコーが再び話し出した。
「キミ達は、小生の密命を覚えているかな?」
そう言われて、俺は頷く。
確か、ギーノスコーは“密命”のためにサービニア号に乗ってたんだよな。
その“密命”というのは「アランベール帝国にある【学術院】から盗まれた研究論文を取り返すこと」及び「犯人を捕まえる事」で……吟遊詩人と言うのが本当かどうかは知らないが、ともかく貴族として船に乗り込み犯人を捜してたんだっけ。
最初は信じられなかったけど、アランベール帝国の貴族ってのは本当みたいだし、双子の従者までつけてたし、胡散臭いけど嘘はついていない……はず。
ともかく、一応素性は確かなのだ。
でも、結局ギーノスコーは犯人を捕らえられなかった。
だからとんぼ返りで人族の大陸に戻ったんだっけ。
じゃあ、今も探してるって事だよな……。
「おや、つっくんは既に察してくれているようだね。そう……小生は今も犯人を捜している。そして……その犯人が、この街に居るんじゃないかと検討を付けたんだ」
「何でだよ。確証はあるのか?」
俺が皿を回した時は「ありがとツカサく~ん!」なんて甘ったれた声でデレッと顔を緩ませていたのに、今のブラックは鳥のモモ肉を齧りながらのやさぐれ顔だ。
まあ言いたいことは分かるけど、なんでそうガラが悪くなるんだよお前は。
「詳しくは言えないけれど、確かな筋からの情報だ。もしかしたら、王都に居る有名な【解読屋】をアテにしているのかも知れないね」
「かいどくや……?」
「世間一般で使われている暗号や、意図的に崩された文字を、普通の文字に直して読めるようにする職業さ。もちろん悪用しないように取り決めや規則はあるが、王都には後ろ暗い連中に優しい組織も存在するからねえ」
なるほど、つまり「関係者以外に読まれないよう作った暗号」を第三者が読めるようにする違法な【解読屋】がいるってことなのか。
やっぱりデカい街には裏稼業なヒトも潜んでるんだなあ……。
しかし【解読屋】ってことは、論文は暗号化されてたのかな。
「たかが論文に随分と強固な守りが組まれてるんだな」
今度は表面が飴色の肉を口に運ぶブラック。
聞いていないようでしっかり話を聞いているところが何とも抜け目ない。
そんなブラックの言葉に、ギーノスコーはフッと息を吐くように笑った。
「密命になるほどのシロモノだから、そりゃあね。……だから、相手も盗んだは良いがどうしようもなくて、今頃どうにか読めるようにしようと動き出したんだろう」
「今頃、ねえ」
「そこは小生に言われてもどうしようもない。まあ、盗人なんて大抵は考えなしの者達だから仕方がないさ。むしろ頭が良かったらこちらが困る」
尻尾を出してくれないネズミほど憎らしい物は無い。
などと言いつつ、相手は大仰に肩を竦めて見せた。
確かに、犯罪者が頭良くたって困る事しかないもんな。
そこは俺も同意するわ、と思っている俺を知ってか知らずか、ギーノスコーは再びエールを飲んで喉を潤したようだった。
「ともかく……そんな相手が、今この街にいるんだ」
「もう既に王都に入ってるってことはないのかよ」
「無いだろう。現在は国主卿の御為に厳戒態勢になっている。論文と不釣り合いなヒトが居れば、目敏く見つけるだろうし、論文も決して小さなものではないからな。そんなシロモノだからこそ、ここで待機しているのだ。国主卿が帰るまでな」
まるで見てきたように言うが、これもまた予想でしかないのだろう。
けど、もし本当にそれがアタリの推測だとしたら、ようやくギーノスコーも犯人を捕まえる事が出来ると言う所なんだろうな。
そう考えて、俺は最初に忠告されたことを思い出した。
「えっと……じゃあ、その犯人が不審者……ってことですか……?」
「うん。まあでも、そうでなくても……妙な雰囲気がこの街にあるのは確かだけど」
「妙な雰囲気……」
なんだなんだ、またよく解らない事を言い出したぞ。
まだ何か不安要素があるってんだろうか。
折角の料理に手を出す気にもなれず、ギーノスコーを見つめていると、相手は俺の視線にニコリと微笑んで更に注目を集めるように人差し指を立てた。
「おっと、根拠がない発言ではないからね? この【モンペルク】の街に入ってからと言うモノ……なんだか、不意にありえない気配を感じるようになってねえ……それもあったから、気を付けて欲しいと思ってキミ達に声をかけたんだ」
「なんだよその“妙な雰囲気”ってのは」
話を聞いていないようでしっかり聞いているブラックの問い。
肉を食べながら合間に言葉を差し込んでくるオッサンに、ギーノスコーは弧に歪めた目を少し開き、笑顔を崩さぬままで静かに答えた。
「…………人のような形をしたモンスター……と言ったら、キミ達はどう思うかな」
――うん……?
人のような形をしたモンスターって……それのどこが“妙な雰囲気”なんだ。
そんなの普通に存在するタイプのモンスターじゃないのか?
ウチのロクちゃんだって竜人みたいな姿になれるし、この異世界にだってオークやゴブリンといった種類は存在するだろう。
もしかしたら、そういう子を【守護獣】にしている人だって居るかもしれない。
なのに、どうしてそれが妙なのか。
ギーノスコーの言いたいことが理解できず眉根を寄せる俺だったが――
ブラックは、俺と正反対の反応をしていた。
「おい、待て……それは確かなのか。冗談なら悪質過ぎるぞ」
あれ何だか凄く真面目に返してるぞ。
それどころか、なんだかちょっと緊張しているような感じだ。
人型のモンスターって、一般的な存在じゃないのか……?
→
※ダリョウ:爬虫類っぽいモンスター わりとつよい
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