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七鳴鐘楼モンペルク、月蝕は混沌の影を呼び編
大鐘楼の街2
しおりを挟む「わ……なんかホントにケーキみたいな街だな……」
白い城壁の中には茶色く落ち着いた家々の区域が円形に広がり、さらにその中に白い建物が規則正しく集まっている。
下から見上げているだけでは分からなかったが、赤い屋根の建物が幾つか存在していて、その様子は本当にケーキのようだった。
こんなに綺麗に区域が分けられているのは、たぶんこの街を支配している代官が綺麗な街並みになるように整備しているからだろう。
でも、木の年輪みたいに区域分けするなんて珍しいな。
やっぱこういうのも観光地だからってことで、見栄えをよくしているんだろうか。
そんな事を考えていると、ブラックが嫌な事を言い出した。
「万が一モンスターに襲われても重要な施設が助かるように、重要な施設は内側に置くようにしてるんだよ。だから、こういう感じの街が出来上がったんだ」
「街の民は捨て石か……いやそれでいいの……?」
「王都のすぐ隣にある街だからねえ。掃いて捨てるほど人が来るんだろうさ」
いや「血も涙も無い状況に絶望して、人がいなくならないの?」っていう問いかけだったんだが、なんでお前は為政者側の気持ちを考えてるんだ。
まあでも……この大鐘楼がある限りモンスターは襲ってこないんだし、いざって時の危険は有るけど基本は安全だから良いやって感じになるのかなあ。
なんかアレだよな、津波は怖いけど海は憧れだから覚悟して住むみたいな……。
「まあ守りが固いってのは確実だから、みんなあんまり気にしてないのかなあ」
「そりゃモンスターの被害なんて、どこに居たってナイとは言えないからね。だけど、【モンペルク】はその点『他より安心できる』から、こんな感じの街でも住もうとする人は絶えないのさ。曜術を戦闘能力として扱える人なんて少ないしね」
確かに、何の能力も無ければ出来るだけ安全な場所にいたいかも。
住民の人達もそう思ったから、こんな感じの人権が無さそうな区分けにしたって人が居なくならないんだろうな。
……ふーむ……この街は、俺が考えるより住みやすいのかも知れない。
大鐘楼の役割も、それだけ街に浸透してるんだろうな。
「みんな大鐘楼の事を信用してるんだなあ……。でも、そんだけ凄いモノがどうして王都じゃなくてここにあるの?」
改めて問いかけると、ブラックは遠くの方を一度見やって俺に顔を向ける。
強風でうねった赤い髪がさらさらと動いて、なんだかいつもより目が離せない。俺の視線に気付いているのか居ないのか、ブラックは薄く微笑みながら口を開いた。
「実は、ここだけじゃないんだ。王都の近くには東西南北に大きな都市が配置されていて、そのどれもが形は違うけど強力な“守り”で固められている。そうやって周囲を守らせることで、強力なモンスターが王都に近付かないようにしてるのさ」
「全部王都のために?」
「そう。とんでもないよね。莫大な費用と時間が無ければ、こんなバカげたことなんて出来っこない。最古の国であるライクネスだから成し得たんだろうねえ」
「うーん、そう考えると何だか軍事都市にも見えて来た……」
ただし、守るのはあくまで「王都」で「国民」は知ったこっちゃない感じだが。
そう考えると、本当にライクネスって変な国だよな。
大陸では最古の国なのに文明が段違いレベルで発展しているワケでもなく、かと言って他の国に後れを取っているわけでもない。
なんというか……巧妙に自分達の実力を隠して、普通に暮らしているような。そんな感じに思えてくる。
確かに、他の国との調和を考えるなら横並びの方が良いだろうけど、ライクネスは他の国に一目置かれる存在なんだし、もっと尊大でも良さそうなモンだけどな。
オーデル皇国は超高層タワーとも言える【ホロロゲイオン】を造ったり、物騒な兵器なんかを作る技術も優れている。プレイン共和国は言わずもがな【曜具】を作る職人である金の曜術師を抱えた技術国家だ。
他の国も、考えてみれば秀でた所はいっぱいあるし……。
そう思うと、ライクネス王国は「常春で曜気や“大地の気”が溢れている」という実にナチュラルな要素意外に特筆するような部分が無いように思えた。
いや、まあ、唯一無二の【勇者】が存在する国ではあるんだけどさ。
なんというか……美味しい物もあるけどメシが妙にまずいのがデフォだし、歴史が長いとはいえ素朴な国って感じが強くてなあ……。
それもこれも、あのいけすかないキンキラ国王が原因のような気がしてくるが、これは俺の個人的な嫌悪のせいかもしれない。
なんか隠してるように思えるのも僻みからくるんだろうか……でも俺あの王様いけ好かないんだもの、仕方ないよな!
ともかく、なんとなく物凄い防衛策のためってのは理解したぞ。
でもなんで鐘なんだろう。
「普通の曜具でも良かったのに、ここは何で鐘の形にしたんだ?」
この展望台の更に上、恐らく関係者しか入れないのだろう鐘撞き台を見上げながらそう問うと、ブラックは顔にかかる髪を掻き上げて答えた。
ぐっ……チクショウ、美形は何しても絵になるな。
「東西南北、いずれの街も“音”を守りの要にしてるんだ。音なら空にも簡単に届くし、例え障害物があっても大きな音と振動を浴びせるなら関係ないからね。【モンペルク】は平原だから、遠くまで響く鐘が最適だと思われたんだろう。他の街は、太鼓だったりオルガンだったり、オルゴールってところもあるよ」
「オルゴールあるんだ!? うーん、確かにどれも大きい物なら凄く音が響きそう」
太鼓はともかく、オルガンはパイプオルガンとかなんだろうな。
オルゴールはよく解らないが、構造的には鉄琴を叩いているようなものだし、そう考えると遠いところまで音が響くのも何となくわかるかも。
それにしても、音の防衛網か……。
……そういえば、クロウの故郷であるメイガナーダ領には「音を打ち消す装置」があったな。よく考えてみたら、あの古代の異物も音に関する装置ではあるんだよな。
ライクネス王国は古い国だし、昔はそういう事を研究する国だったのだろうか。
……しかし、音と色彩の国と言えば聞こえはいいが、ゴリゴリの軍事利用はちょっと怖いな。まあでも、いつもモンスターの脅威にさらされてるワケだし仕方ないか。
「綺麗な街だけど、王都の為に造られたような街なんだなぁ……」
「歴史が長い分、それだけモンスターの脅威を知ってるからね。いくら警戒したってし過ぎは無いだろうという考え方なのさ」
そういえば……一番最初にライクネスに転移した時、弱い魔物が多いって話を聞いたような気がするけど、アレってこの国が徹底的に強い魔物を遠ざけようとして対策を練っていたからなんだろうか。
「というワケで、まあ……人為的な事件が無ければここは安全なんだよ。もちろん、曜術に対しても何も対策してないって事は無いから安心して」
「ふーん……? とりあえず、俺達は安心して出歩いて良いってワケだな」
「そういうこと。……さて、説明も終わったことだし下りようか」
「ゲッ」
そ、そういえば下りがあったんだった。
あの高さを降りるハメになるのかと思ったらつい足が震えてしまうが、下りないと言うワケにもいかない。しかし階段は下りも物凄く疲れるからな……。
しかしダダをこねていても仕方がない。
俺達は自分の力で降りて行かなければならないのだ。
でも、正直もうしっかりした足取りで下りられる気がしない。
まだ足がガクガクしてるし、これ以上酷使したら膝の軟骨が爆発しちゃうよ。
こんな状態で下り階段だなんて、足がマジで壊れるんじゃないかと青ざめていると、ブラックがニヤニヤ笑ってきやがる。いかにも「良いコト思いついた」という顔だ。……コイツ、絶対今俺の心を読みやがったな。
「ふふふ、お姫様抱っこする? ツカサ君が良いなら喜んでやるよ?」
「う……ぐ……」
「抱っこさせてくれたら、一気に下りてあげる。そしたら、ご飯食べに行こ? この街でもマシな食べ物屋があるんだよ~! 美味しいもの食べてデートしようよぉ」
ううう……確かに動いたらハラも減ったし、どこかで座って休みたい。
それに、ブラックが教えてくれるお店は間違いなく美味しいのだ。それを思うと、俺の男としてのプライドがどんどん揺らいでくる。
ここは男として鍛練のつもりで……いや、でも、抱っこして貰えば正直楽だし、メシもすぐに食えるのだ。ここで意地を貫き通しても、後日やって来るのは筋肉痛だ。
いつ襲撃されるかもわからないのに、それでいいのか。
筋肉痛で寝ていていいのか俺。
「ぐ、ぬ……ぐぬぬ……!」
「ツカサ君のその体と心がチグハグになるの本当面白いよねえ」
はっ!?
い、いつの間にブラックににじり寄っていたんだ俺は。
くそう、俺の中の怠け心がこんな時になって出てくるなんて……!
駄目だ、このままでは俺はいつまでたってもマッチョになれないじゃないか。こんな風に甘えるより、やっぱりこの長い階段を下りて筋肉を鍛えなければ――……
「…………お願いします……」
「うんうん、ツカサ君のそういう素直なとこ僕好きだよ」
……結局俺は、気が付けばブラックに近付き、お願いしますと敗北の証に頭を下げてしまっていたのだった。
だって仕方ないじゃない、階段長すぎるんだもの……っていうか何でアンタは元気なんだよ。オッサンにしては体力があり過ぎるだろ。語尾にハートマークつける余裕はどこから生まれるんだよ。
「でも、流石に無理になったら途中で降ろせよ? 俺だって運べば重いんだから」
「ふふっ、大丈夫だって。じゃあ……さっそく行こうか!」
「えっ……うわっ!? ちょっ、ちょっと!?」
ブラックは俺を急に抱え上げると、下に人がいない方向へとトタトタ走り、そのまま――――何を思ったか、欄干の上に乗ったではないか。
「うわうわうわ死ぬっ、ばかやめろ死ぬってばブラック!!」
「大丈夫大丈夫。――――我の両脚に万跳の力を与えよ……【ラピッド】――」
軽くブラックが呟いた瞬間、ブラックの両足に大量の金色の光がまとわりつき、染み込むように消える。
だけど俺はそれどころじゃない。強風に曝されている危険な高所に立つ中年に抱えられてる恐怖に耐えられず、その中年の太い首にしがみ付くしかない。
なんでこんな自殺みたいなことしようとしてんだお前はああああ。
「よしっ、手ごろな屋根も見つけたし一気に下りよっか」
「おっ……お゛っ……下りっ!?」
「せーのっ」
「――――っ!?」
暢気な声でブラックがそう呟いた瞬間。
バッ、と、背後から音がして――――俺達は、空中に飛び出していた。
「ぎゃーーーーー!!」
「んもー、こんなの何度もやってるのに、ツカサ君たら相変わらず慣れないなぁ」
「慣れてたまるかこんなのおおおお!!」
こんな高所から覚悟もナシに飛び立ったんだから、そりゃ叫ぶでしょうよ。
だけどあまりに高すぎるのか、下の人には俺達の声なんてまるで聞こえていない。人がいない場所を選んで跳びやがったせいか、誰も気が付いていないようだった。
いやまあ気付かない方がお互いの為にも良いんでしょうけどお!!
っていうかアンタ、さっき【モンペルク】は曜術に対しても何か対策がしてあるって言ってなかったっけ!?
それなのになんで曜術使ってるんだよ、いやさっきのは付加術だけど!
「さっ、さっき曜術とかの対策はされてるって言ってなかったけええええ!?」
「あっそれ僕みたいな【限定解除級】の手練れには通じないんだよ」
「ああああああ対策詐欺いいいいい」
それって、もし【アルスノートリア】の奴らも手練れだったら意味ないって事じゃんか。そんなの……ああもうヤバい、落ちるのが怖すぎて全然考えらんないいぃ。
このままだと数秒で地上に落ちるぞと青ざめる俺を見ながら、ブラックは何事かを詠唱すると――――また、術の名前を唱えた。
「唸れ――【ゲイル】……!」
ゲイル、って、あの強風を起こす付加術か。
そう思ったと同時、ブラックの体が急に上空で制止する。
「えっ……!?」
何が起こったのか分からない俺を余所に、ブラックはそのままもう一度空中を強く蹴って、そのまま……どこぞの屋根の上へと着地した。
落ちている時の風じゃない、まるで足の下からドライヤーでも当てられたかのような、ピンポイントの風が体に当たったような気がする。
これって……もしかして、強風を巻き起こす【ゲイル】を空中で発動させて、強引に風で足場を作ったってことか……?
そして、屋根を壊さないように緩衝材としても使った、と……。
俺が使った事のある【ゲイル】は竜巻みたいなモノだったんだけど、ブラックの手にかかると、かなり圧縮してしまえるみたいだ。
…………こ、これが……熟練の技ってことなのか……。
「ほら~、一気に下りられたでしょツカサ君! えへへ、このままご飯に行こうね!」
「…………おう……」
もう、肝が冷えるわ驚くわでツッコミを入れる余裕すらない。
屋根の上を軽々歩いて進むブラックの腕の中で、俺は今更回り始めた目を抑えるべく、沈痛な面持ちで目を閉じたのだった。
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