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七鳴鐘楼モンペルク、月蝕は混沌の影を呼び編
10.大鐘楼の街1
しおりを挟むそれにしても……こんな状況で街中をほっつき歩くなんて、ブラックは本当に肝が据わってるよなあ。危険かもしれないとか言われたら、俺なら部屋にずっと籠ってると思うんだけど、これも強者ゆえの余裕と言うやつなんだろうか。
なんてコトを思いつつ、俺達は再び秘密っぽい通路から裏口に出て、宿の従業員さんの指示に従い人気のない路地へと抜けた。
高い壁に囲まれた宿を振り返ると、やっぱりというか何と言うか、ちょっとしたビルのような高さの宿が目に入る。白亜の漆喰で塗り固められた外壁は美しいが、無機質という訳ではなく、ところどころ漆喰を盛って花などの模様が描かれていて、窓辺の植物や壁を伝う青々とした蔦が、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
なんかこう……オシャレな欧風って感じだな。
周囲の建物は木造の落ち着いた家屋ばかりなので、余計に目立つ感じだ。
でも、路地を通って大通りに出ると、左右に並ぶ建物は木造だが白く塗られた壁になっていて、高級宿も特別な感じには思えなくなってくる。
大通りから奥に入ると普通の家屋なのに、通りに並ぶ建物は全部外壁が白いのか……。なんというか人前では化粧をしてますって感じがするな。
もちろん悪いことじゃないんだけど、ギャップにちょっと驚いちゃうぞ。
「路地の木造民家と大分違うなあ」
吊り看板が並ぶ大通りを歩きながらキョロキョロと見回していると、隣で歩いているブラックが俺の呟きに答えてくれた。
「ここは王都近くの街だからね。旅人や滞在する貴族の印象が良くなるように、大通りの建物はこうして綺麗に整えるように命じられているんだ。とはいえ、この建物達は、別に白く塗ったわけじゃないんだけどね」
「え?」
「ほら、近付いて壁を見てみて」
ブラックに言われるがまま、老舗の食堂らしき建物に近付いて外壁をじっと見やると……その壁が、木目のハッキリ浮き出た木材で造られていることに気が付く。
まさか、この建物も木造なのか。
でも漆喰とかペンキを塗ってる感じじゃないぞ。
「もしかして……木の色自体が白い……ってこと?」
「そう。これは【エレマニ】っていう木材を使った建物なんだ。【エレマニ】は樹皮や枝だけじゃなく、中まで真っ白の不思議な樹でね。かなり高価な木材なんだけど……大通りの店は全部【モンペルク】の代官に支給して貰ってるらしい」
「えっ、偉い人から補助金とか出るの? でもなんで……景観条例とかあるのか?」
「条例っていうか、まあ……それは“鐘楼”があるから……かな」
鐘楼があるから、大通りの街に高価な白い木材を使わせる……?
どういう事なのか意味が分からなかったけど、行ってみれば分かるとブラックが言うので、俺達はとりあえず街の中央にある一際高い鐘楼へ向かう事にした。
……にしても……大通りの真正面に見える塔は、近付けば近付くほどとんでもなくデカい建物だって事がわかってくるな……。
スカイ○リーくらいとは思わないし、多分東○タワーよりも小さいとは思うんだけど、それでも十階以上もあるんなら普通にデカいとしか思えないよな。
そもそも、この世界って高い建物があまり存在しない世界だし……そう考えるとこの七つの塔はとんでもない建築物だと言える。
まあそれでも、オーデル皇国にある【ホロロゲイオン】と比べたら小さいとは思うけど……普通の施設だって事を考えれば充分高い部類だよな。
しかし、どうしてこんな高い塔を作ったんだろう。
ブラックはデートしてれば分かるとか言ってたけど、観光案内宜しく説明してくれるんだろうか。コイツこういうところ勿体ぶるからな~。
まあでも、実物を見た方が分かりやすいと言うなら、それに従うしかない。
なんだかんだでブラックの説明って俺には分かりやすいからなあ。
「お、見えて来たね。あそこが大鐘楼の広場だよ」
ブラックが指さす前方には、円形に開けた広場がある。
そして、その奥には――――途轍もない大きさの壁が聳え立っていた。
いや、あれは高く伸びた壁ではない。あれこそが鐘楼……いや大鐘楼なのだ。
……って、なんで今更「大」をつけたんだ?
「大鐘楼って、どういうこと?」
「真ん中のあの鐘楼は、周囲の塔より一際大きいんだ。あそこに登れば他の塔の事も見えるから、頑張って登ってみようか」
「のぼっ……!? お……おう。やったろうじゃねーか」
明らかに十階以上ある高さの塔を登るだと……とか思ってしまったが、ここで無理だと言うのはさすがに男が廃る。
俺は運動音痴だが、ここで「いや無理です」と言うのは頼もしくないだろう。
お、俺だって体力付けるのをサボってるわけじゃないんだからな。
最近は体育の授業だってそれなりに真剣に受けてるし、こうして異世界でも色々と歩き回ってるんだから、長い螺旋階段を登るくらいなんてことない……はず……!
いくらブラックが体力お化けだからって、俺に体力がないってわけじゃない。
俺だって男なんだから。女の子を守れるくらいには力は強いはず。
だから、塔を登るくらいの体力は有るんだからな! たぶん!
なので任せなさい、と胸をドンと叩いてアピールしたのだが……ブラックはニヤリと笑って、俺の顔を面白そうに覗き込んでくる。
「本当に大丈夫ぅ? 僕がお姫様抱っこで運んであげようか~?」
「はぁ!? だ、大丈夫だし! 高校生なめんなっ!!」
ザコだザコだと言われるけど、俺はアッチの世界じゃフツーの学生なんだからな。階段を上るくらいの人並みの体力は持っとるわい。
バカにすんじゃねえと怒るが、ブラックは余程俺の体力を軽視しているのか「はいはい」と軽い調子で流そうとするばかりだ。
ぐううう……ここまでコケにされては黙っていられない。
これは俺の意地だ。何としてでも登り切ってやるからな!!
「ふ~ん、大丈夫なんだ? じゃあ、早速行ってみようか!」
「わっ!? おっ、おい押すなって!」
俺が決意表明をすると、ブラックは何がそんなに嬉しいかったのか上機嫌で俺の手を掴んで塔の方へズンズン歩いて行く。
ちょっ、ちょっとオイ。せめてもうちょっと歩幅を考えろって。
足の長さが違うから、アンタの一歩がデカすぎてこっちは小走りになるんだよ!
だが、そんな事を言うと、自分の足の短さを暗にアピールしてしまうことになる。
それだけは避けたい……とか思っているうちに、とうとう俺達は大鐘楼の前に辿り着いてしまった。ああ、もう目の前には白い壁しか見えない。
どっかの灯台に行った時もこんな感じだったなぁ……などと思い出している間にも、ブラックは俺の手を引いて入口の方へ歩いて行く。
大鐘楼の入口は兵士が警備していたが、しかし入場料があるワケでもないようで、俺達はすんなり中へ入ることが出来てしまった。
街のシンボル的な存在って前に、魔物除けの大事な存在だろうに、そんなにザルな警備で大丈夫なんだろうか。
ちょっと心配になりつつも、薄暗い内部に目を凝らす。
すると――大鐘楼の中は意外とシンプルな造りで、内部もがらんどうというワケではなく、螺旋階段の先には幾つか階層があるみたいだった。
それなりに昇った所に天井が有るので、あそこが二階って感じなのだろう。
休憩所があるなら比較的楽に登れるのかな。
そんなことを思いつつ、俺達はとりあえず登ってみる事にした。
二階三階と登る分には、全然つらくはない。上の階は思った通り休憩所のようになっていて、椅子やソファなどには街の住人らしき人達が座って談笑していた。
どうやら、この塔は憩いの場にもなってるみたいだな。
微笑ましいなあと思いつつ、四階五階と登って行くが……階を増すごとに、休憩所で寛ぐ人が少なくなってきた。
いや、まあ、窓もないし、そら似たような場所なら二階くらいで丁度いいもんな。
別に狭いわけでもないから、わざわざここまで来る必要もないと言うか。
それに……なんか、登るごとに階段を登る距離が長くなっているような……。
「…………あれ……ろ、六階、まだ上の方だな……」
「六階とは言うけど、階段の距離的には三階分くらい伸びてるからねえ」
なにその情報聞きたくなかった。
っていうか、アンタなんでそんな冷静なの。なんで息切れしてないの。
俺もう正直キツいんですけど、肺が死にそうなんですけど!?
「っ、はっ、ハァッ、か、階数詐欺だ……っ」
「あれあれ~? ツカサ君、息切れして辛そうだけど……お姫様抱っ」
「せっ、せんでいいっ!! っは、ハァツ、はぁあ゛……!」
ううう、叫んだせいで思いっきり肺がギュッてなってしまった。死ぬ。
でも俺はやれる。まだやれるぞ。負けるな俺、燃やせ大和魂。
最近マジで事あるごとに抱えられてたから、こういう時くらい男を見せてブラックを見返してやらなきゃ、ホントにメスでしかないと思われちまうよ。
そりゃ、ブラックにとっての俺は「メス」だし、俺だってそれを受け入れたけどさ。
でも俺はどこまで行っても男だ。格好いいところを見せたいと思うし……ブラックの背中を守れるような、そういう関係に成りたいと思っている。
だから、こういう所でザコに甘んじているわけにはいかないのだ。
チート能力を使いこなせるようになるためにも、こういう細かい所から心身を鍛えていかないと。千里の道も一歩からなのだ。
「んもー、ツカサ君たら意地っ張りなんだから……。まあでも、汗だくで息切れしながら苦しんでいるツカサ君も、そそると言えばそそる気が……」
「おっ、おまえはっ、オニか……っ!!」
っていうかドSじゃねーか、ふざけんなしばき倒すぞ。
でもそう言いたいのにもう肺が苦しくて言葉も出ない。うう、あと何階あるんだ。
もうそろそろ限界だ。足もキツいが呼吸が続く気がしない。肺がギリギリ痛んで、息を吸う事すら出来ないくらい感覚がマヒしてきている。
こんなの、学校で強制的にやらされた持久走の時以来だ。
六階を越えて、もうずいぶんと階段を上ってきた。
上には、もう天井は無い。あるのは外へ通じる眩い出口だけだ。
その光を目指して、ぜえぜえと息を切らしつつ、俺は最後の力を振り絞って――――半ば倒れこむように、出口へ体を傾けた。
「おっと……! 危ない危ない……よく頑張ったねえツカサ君」
倒れる。そう思ったが、横に居たブラックが支えてくれたらしい。
強い風が顔に当たって熱を冷やすのを感じながら、俺は「ありがとう」と言う為に口を開こうとした。が、もう声が出てこない。
「っ、はっ……ハ……ッ、は、ぁ゛ッ、 はっ……ゲホッ、ゴホッ……」
「……やっぱり、前より消耗してるね」
「は……はぇ……?」
前より消耗してるって、どういう意味だ。
俺の体が鈍っているってことなんだろうか。
そう言われてみると……確かに、前よりスタミナがなくなったような気もする。
ベーマス大陸から帰ってきて、筋肉が全部なまけちゃったのかな。まあ、あまりにも大きな事件だったし、解決して一気に気が抜けてもおかしくないか。
そう言えば、キュウマにも色々釘を刺されたもんな……。
自分で思う以上に、俺は気力を失ってしまっていたようだ。
でもブラックは全然そんなことないみたいだし……うう、なんか自分が恥ずかしい。
これじゃ俺だけ腑抜けになってるみたいじゃんか。
「まだまだツカサ君には曜気の補給が必要みたいだね」
「え……?」
「ああいや、こっちの話! さっ、ここが塔の最上階だよ。ほら、見てごらん。すっごく見晴らしが良いからさ!」
呟くようなブラックの言葉が気になったが、しかし相手は俺に考える隙を与えず、体を軽々と持ち上げて欄干の方へ近寄っていく。
強い風に肌が冷たくなるのを感じつつ、ブラックに促されるまま前方を見やると――そこには、鮮やかな風景が広がっていた。
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