異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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七鳴鐘楼モンペルク、月蝕は混沌の影を呼び編

2.説明できない事を人は不安に思うから

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   ◆



 明けて月曜日。
 あの後、結局神社に行くすきすら見極められなかった俺は、どうすることも出来ずに授業を粛々しゅくしゅくと受ける羽目になった。

 ……ホントは一刻も早くブラック達の所に行きたいんだけど、こちらで学生の本分ほんぶんまっとうすると決めた身としては学校もおろそかに出来ない。
 それに……おふだやら青柳あおやぎさんのことやらで有耶無耶になってしまったけど、シベにはキュウマのことも頼まなきゃいけないんだからな。

 あの神社から跳べば、それほど時間はかからないはず。
 だから、今はあせらず落ち着いていつも通りに下校しようと思っていた。のだが。

「おい、本当にコイツと帰るのか。親を呼ぶことは出来んのか?」

 すでに俺達以外の生徒は下校し、校庭で部活動にいそしむ奴らの声が聞こえてくる廊下の一角いっかく。そこで、俺はけわしい顔のシベに凝視ぎょうしされていた。

 だが、別に悪い事をしたわけじゃないぞ。
 シベがこんな風に俺の事を見ているのにはワケがあるのだ。

 そのワケというのが……俺の背後でちぢこまっているヒロと、徒歩で帰る……という、帰宅方法を伝えたからで……。

 …………いや、まあ、シベが言いたいことはわかる。
 先輩達のちょっかいが解決したと思った矢先、たったの二日前に何やら状況が再びヤバくなったっぽくて、シベが別荘に連れ出してくれたばかりだもんな。

 俺には何が起こったのかいまだに分からないけど、シベの方には色々と情報が入ってきているらしい。多分、また先輩達が何か企んだんだろう。
 だから、シベはいつも以上に俺達の事を心配しているのだ。

 あのヤカラな先輩達が、まだ何らかの手を打って嫌がらせしに来ないとも限らないし、俺達は一度リンチに遭ってるわけだもんな。
 ヒロはそのせいで数日謹慎きんしん状態だったワケだし……。

 そう考えると、本当に二人で大丈夫かと聞かれてしまうのも無理はない。
 だけど、シベにばかり負担ふたんをかけるのも申し訳ないじゃないか。

 思えば“神隠し”の時からずっと助けてくれてるのに、それを当然に思ったりなんてしたくはない。相手の都合が悪いなら、俺もそれ相応そうおうの覚悟で帰るつもりだった。

 ……っていうか、「車の都合がつかないが、何とかして呼ぶ」なんて言われたら、俺でも流石さすがに遠慮しちゃうよ。俺のために無茶なんてして欲しくないんだってば。
 今だってシベには色々と良くしてもらってばっかなのに……。

 だから、人が多いうちに帰ろうと思ったのだが……シベは、俺とヒロ二人きりで帰る事が物凄く心配らしい。

「で、出来るだけ人の多い道を通って帰るつもりだし……」
「いや安心できん。やはりタクシーか俺の家の車を呼ぶから待て」
「し、シベ……流石さすがにそれはちょっと……。それに、タクシーとか呼ばれたら母さん達にバレちゃうよ。……事件のことは、親には知られたくない……」
「ぐ……そ、そうか……だが……しかし……」

 シベは、そう言って悩むように腕を組む。
 そんな相手の様子に、ヒロは心配そうに俺の肩に手を置いて覗き見しているようで、時折吃音きつおんじりの声を「あ」とか「うう」とらしていた。

 背後のあせるような小声を聞きつつ、俺はシベがどう出るのかと顔を見上げていると――ようやく腕組みをいた相手は、俺の目を見て答えた。

「…………仕方ない。今日は、お前の家に邪魔するていでついて行く。そうすれば、俺がお前のマンションに車を寄越よこしても不自然にならないし、今後も周囲に牽制けんせいできるかもしれんからな」
「えっ、ええ!? 急に!?」
「あっ、えっ、えぁ、つ、つーちゃんのい、家にっ、ほうきしべ、くんが……っ」

 何故か背後のヒロもかなり驚いているようだ。
 いや、だって、そうだよな。俺達はシベの家に言った事があるけど、シベは今まで俺達の家に上がりこもうとしたことも無かったんだもん。

 俺は、最近まで尾井川やクーちゃんの家にしか遊びに行ったコトがなかったし、家に呼ぶのも最近はとんと御無沙汰ごぶさただった。
 尾井川もクーちゃんも部活でいそがしくなっちゃったからな。遊ぼうと思っても、なかなか時間が合わなくて、おたがいの家に行く機会も減ってしまったのである。

 そんな感じだったから、シベやヒロを「家に呼ぶ」という発想自体消えていた。
 最近二人の家に初めて訪問して、久しぶりにダチの家でお泊り会……とか、難しい所を教えて貰う勉強会の記憶を思い出したくらいだ。
  “神隠し”の事もあって、俺自身人を家に引き入れることを失念していた。

 だから俺も急に言われて驚いてしまったというか……。
 しかし、そんな俺の態度の何を勘違いしたのか、シベは何故か落ち込んだような顔をしてショックを受けているみたいだった。

 な、なにその顔初めて見るんですけど!?
 いかにも女子ウケしそうなショボン顔すんなこら!!

「そりゃ、お前にとっては急な話だが……仕方ないだろう、お前ら二人じゃ心配だし。それともなんだ、俺がお前の家に行くのはイヤなのか……?」
「いやそんな事はないけど……」

 即座に返すと、あからさまにホッとしたような顔になる。
 オイなんだよコラ、どの道イケメンでムカツクな。この顔が女子をきつけるのかと思うと、心配より先にイラッとしてしまったが、今はそんな場合ではないか。

 むかっ腹は立ったが、シベを嫌っているわけではないのだ。
 しかし、急にというのはさすがにちょっと母さんがなんていうかわからないからな。
 まあ待てと手を見せて、俺はスマホを取り出しつつ話を続けた。

「俺は良いけど、母さんがどう言うか分からないからな。ダチ二人連れて来てもいいか聞いてみないと」
「ああ……つ、つーちゃんのお母さん、き、きっちりしてるひと、だもんね……」

 俺の肩に手を置いて、横からぬっと顔を覗き込んでくるヒロにうなずく。
 そうそう。俺の母さんは急に友達を連れてくると、俺に小声で「連れてくるなら言いなさいよ! お菓子しょうもないのしか用意してないわよ!」って耳を引っ張って来るんだよ……。いやお菓子とかどうでも良いし、放っておいてほしいんだけど……俺の友達がよほど気になるのか、母さんはいっつもお菓子を差し入れに来るんだ。

 ……まあ、年頃の息子が非行ひこうに走ってないか気になってるんだろうし、ここ最近は尾井川とクーちゃんくらいしかダチが居なかったからな……。
 顔見知りのヒロはともかく、シベなんて連れて行ったら、間違いなく母さんは頭からけむりいて倒れてしまうかもしれない。シベの顔面に似合うお茶けのお菓子など俺の家には存在しないからな。

 それを思うと、母さんには絶対に知らせたくなかったのだが……このままだと、シベに押し切られて、車が来るまでここで待たされてしまうだろう。
 家に帰る途中で神社に寄ろうと思っていた俺としては、そうなるのはマズい。
 ……でも、シベとヒロがウチに遊びに来ても寄り道出来ないんだよなぁ……。

 どうしたもんかと思ったが、スマホを取り出した手前もう「やっぱナシ」とも言えん。
 仕方なく俺は家に電話をかけて友人を連れて来ていいか“おうかがい”を立てる羽目はめになってしまった。

 無駄に顔の整った二人に見つめられながらのおうかがいは……残念ながら、オッケー大歓迎だった。母さん的には連れてこいっていきおいらしい。
 ……まあ、シベにはいつも世話になってるもんな……俺を信頼できる病院に連れて行ってくれた恩などが色々あるから、断る選択肢は無かったのかも知れない。

 くそう。こうなったらもう一緒に行くしかないのか。
 これが尾井川だったら、異世界の事も把握はあくしてくれているし、俺がアッチの世界に行くために協力してくれたんだろうけど……この二人には、説明が出来ん。

 というか、尾井川と違って二人は俺の異世界行きを了承してくれない気がする。

 過保護と言いたいわけじゃないが、シベもヒロも心配性な所があるから、仮に俺が異世界に行く姿を見せて信じさせたとしても、その前に「危ない事をするな」と言われて跳渡を反対される可能性があるのだ。

 尾井川だって頭が良くて面倒見がいいけど、あの時は俺も必死だったし、色んな事を話したから……だから「いってこい」と送り出してくれた。
 要するに、タイミングが良かったとしか言いようがないのだ。

 ……だから、今その必死さを出したり、自分が異世界で何をしていたかを説明するのは……正直、怖い。シベやヒロのことを信頼していないワケじゃないけど、尾井川のように長年気心きごころのしれたヤツに話す事ですら躊躇ためらいがあったことだから。
 それを、最近仲良くなったばかりのヤツに話すのはとても怖かった。

 だって、アッチでの俺は軽蔑けいべつされかねない事をしたし……何より、異世界でのことを二人に話した時、するどい質問をされたりするかも知れない。
 そしたら俺の「言いたくないこと」まで知られて、距離を置かれるかも……。

 …………ヘタしたら、俺がオッサンと乳繰り合ってるという、ヤバい事実までバレる可能性があった。

 ぶっちゃけ、これを知られるのが一番マズい気がする……。
 ……二人の事を信じてないわけじゃないけどさ、でも……その……流石にコレは、話せないって……。だって俺、そもそも男が好きなわけじゃないんだもん。
 ある意味、すんなり「そういう性嗜好です」と言えたら二人も納得してくれるんだろうけど、そう言えなくて否定しなければいけない所がつらい。

 本当に、ブラックが特別なだけなんだ。
 俺としては今だって女体にもれたいし、モテモテになりたい。
 女性への愛が消えたわけではなく、普通にえっちに感じるのだ。

 けど、実際付き合ってるのはオッサンなんだからなあ……。
 そんな特異な感覚を説明しても、「ゲイです、もしくはバイです」とカミングアウトするのと違って、何故そんなおためごかしを言うんだと警戒されるだろうし……そもそもがドンビキされそうな気がして仕方がない。

 俺だっていまだにワケ分かんないんだから、他人が理解できるはずもないだろう。

 ……それで離れていくほど薄情な悪友ではないと俺は思っているけど、それでも、ダチだからこそ言えない。

 だから、異世界でのことを全て把握はあくされそうなほど頭が切れる二人には、このことを洗いざらい話す勇気が出なかったのである。

 しかし……そうなると、やっぱり神社に寄り道することは難しくなるわけで……。

「お母様の許可が出たか。なら良いってことだな。そうと決まれば早く帰るぞ」
「つ、つ、つーちゃん……だ、大丈夫……? ちょっと、か、顔色、わるいよ……」

 ちょっと張り切ってるシベに対し、ヒロは俺の変化にすぐ気付いて心配してくる。
 だけど今はそのきめ細やかな優しさがつらい。

 やっぱり、ヘタに離すと全部あばかれてしまいそうな気がする……。

 …………こうなったら、もう、また夜に抜け出すしかないだろうか。
 それもまた二人を心配させてしまうような気がしたが、それでも……――

 “向こう側”にいる大事なヤツが心配で、どうしても会いに行きたかった。













 
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