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麗憶高原イデラゴエリ、賢者が遺すは虚像の糸編
27.悔恨と境界と般若
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「――――で、話を聞いたってのか」
「うん……」
白い空間の中、俺は卓袱台越しのキュウマに頷く。
粗茶も出すことが厳しい現在の空間では畳しか憩いの場が無いが、そんな畳も今の俺には少し居心地の悪い場所になってしまっていた。
しかし、今はそんなことを気にしている余裕もない。
この空間に帰って来るまでに聞いた話をキュウマに改めて話した俺は、なんとも重苦しい気持ちに苛まれていた。
だって、アーラットさんから聞いた「代々伝わる話」は……なんとも後味の悪いものだったのだから。
――――エショーラを治める領主の一族には、代々伝わる昔話がある。
その始まりは最早定かではないが――ある激しい雷雨の晩、この街にとある男女が逃げ込んできたらしい。
盲いた目を持つ華奢な女と、その女を大事に抱えてやってきた大男。
恋人であろうと一目でわかる彼らの様子は、偶然外を見回っていた兵士に驚かれ館に担ぎ込まれるほど、酷い有様だった。
男は傷だらけで片目と腕を失い、女は奴隷にでもなっていたのか、足の腱を切られ手首や足首に模様のような傷跡を残し非常に憔悴していた。
……あきらかに、何かワケがありそうな様子だ。
しかし、当時の領主は頭を床にこすり付けてまで「女を助けて欲しい」という男の心に打たれて、彼らを匿うことにしたらしい。
――――当時は、現在よりも物騒な事件が多かった。
アコール卿国もその例に漏れず、王都が炎に焼かれたばかりだ。それゆえに、彼らも事件のどさくさで「愛しい者を必死に取り返してきた」ように見えたのである。
なにより男女は、平民ではなく貴族ではないかと疑うほど礼儀正しかった。
ことあるごとに礼を言い、静養中も決して無理を言わない。当時の領主は、そんな彼らの美徳を気に入ったのかも知れない。
ともかく、何か「悪い理由」で怪我をしたのではない事は明白だった。
それを裏付けるかのように、男は女の代わりに領地の事を色々と手伝った。
凄まじい練度の金の曜術を扱う男は、放牧を生業とする領地の為に様々な曜具を創り与え、その能力で今ある領地の富の礎を築いたともされる。
それほど、男の献身はすさまじかった。
当然、そこまでされて報いない領主ではない。
匿った恩以上の恩を返された領主は、男に何か欲しい物は無いかと聞いた。
すると、誰にも迷惑が掛からないよう「隠れ家」が欲しいと言う。
その言葉を聞いた領主は、エショーラの領都からほど近い小川を有する丘に、地下へと潜る家を造ってやった。男と女の要望通りに。
それが、あの現在誰も知る者のいない遺跡である。
とても質素な作りだったが、男達は問題ないと言っていた。
自分達で中を飾りたてる能力が、彼らには存在していたのである。
ゆえに、領主は表立って彼らを支援はしなかったが、それでも「何かあったらすぐに言いに来い」と約束をした。
既に彼らは当時の領主にとって気のいい友人となっていたのだ。
そんな風に親睦を深めていた、ある日。
男が深刻な表情をして館にやって来た。
彼は「仲間を探しに行くから、女に良くしてやってほしい」と言う。
どうも、彼らには他に五人の仲間がいたらしい。
だが、彼らの仲間であればきっと良い人族だろう。そう思った領主は、反対する事も無く、快く女の面倒を見ることを了承した。
男が戻ってくるまで、そう時間はかかるまい。それまで、あの盲いた女は大変なことだろう。ならば、恩の一部を返すつもりで全面的に支援しようと。
――――しかし、男は戻ってはこなかった。
飛脚便で伝えられたのは、無残にも首から下が黒焦げになった男が見つかったという知らせ。明らかに不可解な死を遂げた訃報だった。
こんなことを女に伝えていいものか。当時の領主は深く悩んだという。
だが、結局は伝えないわけにはいかなかった。
女の将来のことを思えば、そうせざるをえなかったのだ。
けれど、そうしたことで、今度は女が「遺体を引き取ってくる」と言い出した。
愛した者が無残な死を遂げたことに耐えられなかったのだろう。領主は引き留めたが、女は「必ず戻って来るから」と約束して出て行ってしまった。
数日、領主は眠れぬ夜を過ごしたという。
今度は女が死んで舞い戻るのではないかと。
だがその考えは杞憂であった。
いや……
「もっと酷い事になった」というべきか。
女は、帰ってきた。
だが一人では無かった。
領主に報告もせずひっそり“家”の方へ帰って行ったという女の話を知り、領主は“家”へと使いを出したが、帰ってきたのは半死半生の使いと、震えた字で記された手紙のようなものだけだった。
手紙には「私は大丈夫です。申し訳ないが、もう関わらないでほしい。貴方達の命の保証が出来ない」という、歪んだ文字だけが書かれていた。
盲いた目で必死に書いたその文字は斜めになったり重なったりしていて、綺麗な字を書く事すら困難だったのだろう。
きっと、大変な事になっているのだと思った。
だが何度“家”を訪ねても、彼女が出てくることは二度となかったのである。
――――出てくるのはいつも、やけに身なりの良い二人の男。
帰って来てから連日通っても、どちらかの男が出てくるだけだった。
そのうち、その男達すら出てこなくなって。
三日の後、ようやく中に侵入した兵士達が見た“家”の中は――
滅茶苦茶になっていた。
……いや、元は温かい家庭を模していたのだろう家は、その家主を苛むように、壁を傷付けられ家具をめちゃくちゃに崩され、設備を破壊されていたというべきか。
とてもではないが、一月住んでいられたのが不思議なほどの有様だった。
その惨状は、あの男達がやっただろうことが容易に想像できる。
内部に入って初めて、饐えた嫌な臭いがあることも、そこで女がどんな苦痛を受けていたのかも把握した。領主と兵士は発狂しかけたという。
当然、すぐに兵士を派遣し女を連れ去った男達の後を追った。
だがもう全てが遅かった。
兵士達が彼らの痕跡を追うように下山して、その二日後。
南東の街道近くの森が大規模に陥没し、樹木が枯れ果て消失するほどの“事件”が起きたという。最近各国で巻き起こる不可解な現象の一つのようにも見えたが、兵士達はその事件を見逃さなかった。
何故なら、女は土と木を操る“日の曜術師”だったからだ。
椀のようにえぐれてしまった土地に参じた兵士は、そこであるものを見つけた。
女がいつも髪を留めていた、男から貰ったという“ヘアピン”なるものだ。
あまりにも特徴的な金属を見て、彼らは悟らざるを得なかった。
女は、男達二人に愛する者を奪われ散々に辱められた恨みを晴らすべく、彼らを道連れにして自殺を図ったのだ。そしてそれは、成功した。
男二人の亡骸は共に心臓の部分を打ち抜かれ、ぽっかりと体に穴を開けたまま椀の中に転がっていたという。
だが、女の亡骸はどこにも見当たらなかった。
おそらくは、限界を超える力を使って肉体が消失したのだろう。
……領主はそれを深く悲しみ、国主卿に事件の原因であろうことを報告したあと、男女二人の遺品を回収し、手厚く葬った。
もう二度と彼らが離れることの無いようにと。
そして代々、彼らを葬った日には【代々伝わる呪文】を用いて、領主のみが男女に許された領域へと入り【ホウヨウ】と呼ばれる供養の儀式を行うことになった。
『もし、私のように背丈が小さく子供のような、黒髪か……もしくは、染めた髪の子が来たら、どうか私達の家に案内してください。そして、寺へと続く道を示してやって下さい。……きっと彼らも、苦しみ辛い思いをしているはずです』
旅立つ前に女が伝えた遺言。
その切なる願いを守り、領主一族が決してその悔いを忘れぬために。
「…………それが、本来の【グリモア】に追われた【黒曜の使者】の末路か」
「そんな言い方しないでくれよ……」
何に対してなのか分からないくらい、胸が痛くなる。
ブラック達への申し訳なさか、それともヒナコさん達に対する申し訳なさか。
どちらにしても、気持ちの良いものではない。この感傷が独りよがりな物だと解っていても、ちくちくする痛みは拭いきれなかった。
だけど、キュウマも同じなのか、会話をしようとして来るがその表情は暗い。
……当然だ。キュウマにも大事な七人の嫁が居たんだもんな。
その人達のことを思うと、こんな話を聞くのはつらいんだろう。
でも、どこまでもその言葉は冷静だった。
「どう言おうが真実だろう。……何度も言うが、俺やお前は運が良かったに過ぎない。いや……お前の場合は、特殊すぎて何とも言えんが……ともかく、元々【グリモア】は俺達の曜気を食らい尽くして暴走するよう“設定”された欲望のバケモンだ。強大な力を求めて暴走した結果、こうなっちまったんだろう」
総括するようなキュウマの言葉に、俺は慌てて訂正を入れる。
その「元々」という認識だけは何としてでも指摘したかった。
「ち、違うだろ。元々の【グリモア】は昔の【黒曜の使者】が創った最強の騎士みたいなモンだっただろ! それを【文明神アスカー】に捻じ曲げられて、そのせいで俺達の曜気を死ぬまで吸い尽くして自滅しちまうようにされただけだし……」
自分で言ってて、語尾が小さくなってしまう。
ブラック達もまた俺達のように“捻じ曲げられたもの”という認識を持つたびに、俺の事よりもブラック達の事の方が深刻なような気がして、気持ちが沈んでしまうのだ。
でも、そんなこと言ってられない。
とにかく、元々の【グリモア】は俺達にとって善なる存在だったんだ。
それだけは覚えておきたかった。
ブラック達の存在を、悪い言葉ばかりで塗り立てたくなかったから。
――――そんな俺に、キュウマは髪を掻くと「すまん」と短く頭を下げた。
「……そうだったな。だが、変質し欲望のバケモンになったのは変わりない。この時の【グリモア】は、確かにそうだった。……地の果てまで追いかけて、辱め尽くした後に、使者と共に自滅する。……まったく、よくできたシステムだよ」
もちろん、褒め言葉ではない。
【文明神アスカー】が【黒曜の使者】を徹底的に潰すべく“改変した”設定は、相手の殺意を明確に感じる。……その残虐性も。
だから、キュウマは吐き捨てるように「褒め殺し」したのだ。
正直、俺も同じような気持ちだった。
……ブラック達だって、好きで「悪心」なんて呼ばれてるわけじゃないだろうし。
「…………ともかく、そういう話があって、エショーラ領の領主は代々あの“遺跡”の話を語り伝えてきたんだって」
「つまり、お前らに偽依頼をしたのは、あの遺跡の本当の中身を知っていたからって事だったのか。何も知らんような言い方で随分性格が悪いな」
「う……ま、まあ……遺跡の本当の中身は知られちゃいけないみたいだったし……。それを考えると、俺達だけが知れるようにってニセモノのゆるゆるな依頼を出したのも納得が出来るかなって」
最初から依頼内容が緩すぎて変だなとは思っていたけど、俺達が自力であのお寺空間を見つけ出せるようにと期間を長く見積もってたなら納得がいく。
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キュウマもその考えに納得しているのか、腕を組んでウムと頷いた。
「領主と国主卿が内容を伏せたのは、水麗候のためだけじゃないってことだな。……【グリモア】全員のためだ」
「うん」
「こんな話がバレれば、下手をすると、今折角マトモな活動をしている【グリモア】達の精神力にヒビを入れる事になりかねん。残りの【アルスノートリア】と接触したら、心の弱い部分に付け込まれる可能性もある。今は、他の奴には伏せておくべきだろう」
「……ブラックもそう言ってた」
いくら無敵な【グリモア】だからと言っても、属性の相性はよほどの力量差でもないと覆せないし、感情が乱れたら術を発動することも出来ないのだ。
【アルスノートリア】がデタラメな力を持っている以上、不安な要素を増やすわけにはいかない。……今は大人しくしているみたいだけど、いつ関わり合いになるかは俺達にも分かんないしな……。
「……まあ、この話を聞いたのがアイツで良かったのかもな。普段の奇行のワリには頭も悪くないし、何が自分にとって最善かを考えられるヤツだ。勝ち確になるまでは、他の誰にも喋ったりしないだろう」
「…………でも、こんな状態で一人にして大丈夫だったかな……。ロクショウと藍鉄が一緒に居てくれるから、落ち込むことは無いと思いたいけど……」
――――あの話を聞いた後、俺達は出発するべく遺跡へ戻った。
でも、お互いなんだか気持ちが重くて、あんまり話も出来なくて。
夕食を取った後もなんというかいつもみたいに楽しい話も出来なかった。
……俺も落ち込んでたけど、ブラックも【グリモア】について色々思う所があるみたいで、いつもより凄く口数が少なくなっちゃってたんだよな。
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……それにしても、クソ国主はないだろおい。
まあ、でも……ロクショウと藍鉄が居てくれるなら大丈夫だよな。
二人とも可愛い上に賢くて思いやりがあるのだ。きっとブラックの気持ちを汲んで、俺が居ない間その可愛さで癒してくれるに違いない。
「あのヒゲオヤジがそんな可愛い感性持ってんのかねえ」
「ちょっと! 人の心読まないで貰えます!?」
おのれ、お前も俺の心を読むのかキュウマめ。
なんでこう俺の周りのヤツらは俺のプライバシーを侵害してくるんだ。
「まあアイツもガキじゃねえんだ、自分の中の蟠りくらい自分で解決するさ。……そんな事より、俺はお前の方が心配だわ。またあの変な所から来るのかよ?」
「あ、いや……今日が日曜日だし、恐らく夕方には家に帰って来られるはず……」
「なら良いが……あの【禍津神神社】以外の神社から出てくるのは、あまり勧められんな。今回は、山の打ち捨てられた廃神社だったから何とかなったが……これが、他の祭神が坐す神社なら、こう上手くはいかんはずだ」
「そういうもんなの……?」
俺はただ、ブラックから貰ったこんにゃ……こっ、婚約、指輪が道を示してくれたから、その通りにやって来ただけなんだけど……何だかそう簡単な話じゃないらしい。
普通の神社ではダメってことなのかな。
疑問に目を瞬かせると、相手は難しそうに口を歪めて唸った。
「うーん……説明が難しいんだが……俺が“繋げられる領域”は、例えばカラッポの祠だとか……そういう“境界が曖昧になった物”でないと駄目なんだ。そういうモノの中で特別なのが、お前と縁を結んだ【禍津神神社】ってことだな。……いまのところ、その神社と全く同じ領域は感じられん。まあ、それはお前と繋がりが無いから今は感じられないってダケかもしれんが……」
途中まで説明しているような口調だったけど、急になんかブツブツ言って一人の世界に入ってしまった。
キュウマの話は、要するに「あの神社以外では同じように時間を調整できない」って事みたいだ。例外はあるらしいけど、俺が直接触れなければその例外をキュウマの方では感知できないっぽい。
よく解らないけど、俺が「通り道」として使える場所は少ないって事なんだな。
「えっと、つまり俺は早く家に帰った方が良いってことだな?」
「まあ有り体に言えばそうだ。……とはいえ、お前も事情があるんだろう? 無理にとは言わんし……まあ、お前が居ない間、俺が嫌々ながらアイツらの動向を監視しておいてやるくらいは出来るから……お前も心配しすぎるなよ」
「キュウマ……。うん、ありがとな」
口は悪いけど、何だかんだで俺達の事を見守ってくれている。
その気持ちは俺達に対する責任感や恩を返す気持ちからなんだろうけど、俺だってお前には凄く感謝してるんだ。
……色々あって大変だけど、でも、やっぱりキュウマにも報われて欲しいな。
これ以上シベに迷惑をかけるのもどうかと思ったけど、やっぱりキュウマの事をすぐに聞いてみるべきかもしれない。
「れ、礼なんて言うなよ気持ち悪い。……じゃあ、お前を返すぞ」
そう言いながら立ち上がって“異世界への穴”を開くキュウマの背中を見ながら、俺は決心を固めていた。
「…………っと……やっと滝の外に出られた……」
廃神社……とはいえ俺を異世界に連れて行ってくれた神社には頭を下げてお礼を言い、俺はひいこら言いながら滝の裏から脱出した。
今回は、難しい話を聞いて頭がクラクラしていたので、滝の裏を落ちないように渡るという難易度高めのミッションに苦戦してしまったのだ。
しかし俺もさすがなもので、慎重に足を進める事で見事その難題をクリアしたのである。ふふふ、俺ってばやっぱり運動神経が良いのでは。
この姿を見れば、シベも俺を運動音痴だとせせら笑わないに違いない。
でも……なんかもう、今回はとにかく疲れた……。
スマホの時計を確かめると、あれから三十分ほど経過していたが、もう俺はベッドに行って深く眠りたい気分だった。あっちでも寝たけど……ブラックのことが心配で、あんまり寝られなかったんだよな……。
早く帰ってごろ寝でもしようと思い、遊歩道の方を振り返る。
と、そこには――――般若のような顔をした、背の高い男、いや友人が……。
「アッ。……え、エト……」
「くうううぐぅうるぅううぎいいいいい!! お前帰ってこねえと思ったらなに危ねえことしてんだゴルァアア!!」
「あ゛ーッ! ごめんなさいごめんなさいいい!!」
やめてっ、その般若みたいな怖い顔マジでやめてください泣く!!
ちくしょう滝の裏から出てくるのを見られてしまっていたようだ。このまま逃げようかと思ったけど、滝は遊歩道のどんづまりで逃げ出す所も無い。
そうこうしているうちに俺はシベに捕まってしまい、シャツの首根っこを非常に強力に引っ掴まれてしまった。ぐええ、首が締まる。
「お前もう帰るまで絶対家から出るな。出たら殺すからな!!」
「も、も゛うぢにぞうでず」
「死んだら殺す!!」
そんなムチャクチャな。
でもシベが怒るのも無理は無いので何も言えない。
だって、この前リンチ受けたばっかりの運動音痴が、調子に乗って滝の裏に入って行っちゃってるんだもんな。そりゃ危なっかしくて心配するよ。
そもそも別荘に連れてきてくれたのだって、あのヤカラな先輩たちの事で心配しての事だったんだし……。
にしても、コイツもコイツで俺に対して過保護すぎるような気がする。
いくら遅くなったからって、数十分程度で探しに来るダチが居るだろうか。
せめて一時間くらいじゃないのか。いやスマホで連絡が取れなかったから、それで心配したんだろうか。……でも、それでも何か過保護だよな……。
どうも、最近のシベは俺に対して距離が近すぎるような気がする。
友情と心配が思い余ってってことなんだろうが、逆に俺が心配になってくるわ。
それでいいのかシベ、落ち着こうじゃないか。とりあえずその般若やめて。まだその顔に慣れてないんだって俺。この手足の震えを見て。
ああ、さっきキュウマが言った「一人で考えたい時もあるだろう」っていう言葉の意味が今はよく解るような気がするよ。そうだな、心の準備が欲しい時ってあるよな。
今の俺はものすごくほしい。
頼むからカミナリを落とす前に俺をオトすのはやめてください。
一人にして。っていうかちゃんと歩くから離して。
首根っこ掴まれて俺が一足先にオチそうなんですってば。
「運動音痴のくせして何でお前はあんな危ない事ばかりしやがるんだ! そのうえ、中身が何とも知れん廃社に近付きやがってこの……」
ああもうブツブツ小言を言われ過ぎて全部に対応しきれない。
なんにせよ、別荘に戻ったらもうアッチの世界には行けなさそうだな……。
でも戻れるならこのまま一週間過ぎたとしても、あっちではたった数時間のズレに戻るはずだから、何も心配はないはず……。
ともかく今日は何故かどっと疲れてしまったので、このまま素直に従おう。
……いや、これからもっと叱られて疲れまくるんだろうけども。
そんな恐ろしい未来を想像して思わず震えてしまったが、それでも自分の境遇は恵まれたものなのだと思うと、嘆く気持ちも引っ込んでしまった。
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