837 / 952
断章 かつて廃王子と呼ばれた獣
29.どんな姿でも貴方なら
しおりを挟む◆
……正直ちょっと、びっくりした。
いや、だって、物凄い刺激で頭がチカチカしかけてる時に、いきなりクロウが「魔王モード」になっちゃうんだもんな。しかも、かなり興奮した感じで……。
だから最初は驚いたんだけど……顔を見ていると、どうにも突き離せなくてなぁ。
だってさ、あの時のクロウは……本当に泣きそうな顔をしてたんだもん。
しかも、なんか……すごく、苦しそうで。
だから俺もワケわかんなくなっちゃって、あ、あんな、ちょっと恥ずかしい提案とか、しちゃったんだけど……。
…………なんつーか、冷静になると何言ってんだってなっちゃうな。
ギュッとして、だなんて俺が言えるガラかよ。女の子とか美少年が言うのならまだしも、俺はどうしようもなくモテない男なんだぞ。
切羽詰まってたとはいえ、もう少し恥ずかしくならない抑え方をすればよかった。
せっかくクロウが全て曝け出してくれたってのに、男らしい慰め方も出来ない自分が不甲斐ないよ。こういう時は、男らしく抱きしめてやるのがスジだろうに。
なのに俺ってば「ぎゅっとして」って……ああ、穴が有ったら入りたい……。
……でも、結果的にはクロウも治まってくれたみたいだし、良かったのかな。
あの時のクロウは、その……が、我慢が出来なくて、挿れちゃいそうだとかナントカ言ってたし、実際そんなことしそうなくらいヤバそうだったんだ。
俺も途中からしかハッキリ覚えてないんだけど、とにかく目がバッキバキで、興奮しすぎてたのか鼻血も出すわ血管も浮くわ鋭い牙で歯を食い縛るわで、正直クロウが白目を剥いて卒倒しちゃうんじゃないかってくらい極まってたからな……。
あんなに黒目が小さくなってヤバい動き方してるクロウ、初めて見たよ。
ちょっとトラウマになりそうなキレ顔だったので、思わず俺も混乱してあんなことを言ってしまったが……結果オーライで良かった。
魔王モードって、確かクロウの感情も行動も欲望優先になっちゃうんだっけ。
だから、激怒したりするとああなって、周りが見えなくなる……とか、クロウは言ってような気がする。性欲の場合だとああいう感じになるんだろうな。
あんな凄い顔をして、汗も涎もだらだら垂らして、お預けを食らった犬みたいに息を荒げながら……あの……デカブツを、すり寄せてくるっていうか……。
でも、そんな欲望丸出しになっても結局理性で打ち勝ったんだもんな!
クロウは本当に凄いよ。俺だったら黒目が点になった時点でもう耐え切れないぞ。真面目にヤッちゃったか、我慢の末にチンコが爆発してた気がする。
…………けどまあ……あの時の凄い顔をした魔王のクロウは……橙色の曜気が体中からオーラみたいに迸ってるのが、集中しなくてもわかるくらいで……ちょっと、戦闘中にゾーン入ったキャラみたいで格好いいかもと思ったのはヒミツだ。
うん。絶対秘密だぞ。
だってそんなこと言ったら俺が大変な事になりそうだからな。
やっとのことでクロウも落ち着いたのに、寝た子を起こしてたまるか。
つーか、恥ずかしくて言えないし……。
……いや、話がそれたな。
まあその、なんだ。
ともかく色々大変な一夜だったが、なんとか俺達は乗り越えたってことだ。
クロウもすっかり落ち着いて、元に戻……ってはないな。
俺が疲れ果てつつも頭やツノを撫でるのを気に入ってしまったのか、クロウは魔王姿のままで、俺に抱き着いたまま甘えて今もそのまんまだし。
後処理の時だって、目に見えてウキウキな様子でシーツも取り替えるし、俺の体を拭くのを手伝ってくれたもんな……。
暖かいお湯を持って帰って来た時、何故か顔が物凄い腫れてたけど、それも今の姿だとへっちゃらなのか、数分で治っちゃったし。
クロウは「愛の力だ」とか大真面目に言ってたけど、どう見ても魔王モードの恩恵だよなアレは。それとも【グリモア】の力なんだろうか。
そういえば、クロウがまだ興奮を抑えられなくてヒンヒン泣いてる時に「グリモアの影響で我慢が出来なくなった」と言ってたな。
……もしかして、【銹地の書】を取り込んだから、性欲が爆発したんだろうか。
いや、だってさ、【グリモア】って……【黒曜の使者】から無尽蔵の曜気を取り出せるから、それが気持ち良くなって取りまくった結果【黒曜の使者】を殺す……っていう、最悪のサイクルを送るように、誰かさんが設定したらしいじゃんか。
だとしたら、クロウがその衝動に飲まれかけてた可能性もあるよな。
【グリモア】ってのは、欲望や悪心を増幅する効果もあるらしい。
ヒトの形をした四つの種族の中でも欲望が強い獣人族のクロウには、その増幅が強く効き過ぎてたのかも。
そう考えると……やっぱり、クロウの精神力ってヤバイくらいに強いな。
あれだけ色々バッキバキだったのに、最後は抑えきってたし……。
うーむ……さすがはクロウだ。
やっぱり、魔導書に選ばれるだけあるよな。
能力も超一流だけど、精神力も人一倍なんだ。そういう強さもあるから、他の曜術師よりもワンランク上にいるんだろう。
クロウも曜術師の試験を受けたら、一級以上の実力だよ絶対。
なんせ、何だかんだでブラックも欲望の抑制は出来てるからな。
そういう能力が高いのも、強い曜術師の条件の一つに違いない!
……まあ、ブラックは普段ならスケベ心丸出しだけど、いざって時は怖いほど冷静だし……俺に対しては常にキャピキャピしてるけど、頭の中では色んなことを考えてるからな。
何かを考える時のブラックは、探偵かって思うくらい頭がキレるし。
だから、クロウもそういう強い理性を持ってるってことだろう。
あれ。俺、何故かブラックを褒めているような気がするな。なんか悔しい。
「ツカサ……何を考えてる?」
「え? あ、うん……クロウは、魔王モードでも理性をちゃんと保てて偉いなって」
ちょっと思考が斜めに進んでしまったが、概ねそういう内容だ。
そんな俺の言葉に、ベッドの上で俺の膝に甘えていたクロウは嬉しそうな顔をして熊耳を大いにぴるぴるさせる。
今のクロウは、長く膨れたモサモサの髪を背中に流し、ツノもそのままだ。
でも、俺を見上げてくるその顔と熊耳は……正直、可愛い……。
…………ぐうっ、く、くそうっ。
相手の顔は間違いなくオッサンなのに、なんでこう思っちまうんだ俺は。
でも仕方ないじゃない、やっぱケモミミは可愛いんだもの。
ぴるぴる嬉しそうに動いたら、そりゃ和んじゃうもの……ッ!!
しかも、しかもさあっ!
今はツノまで生えちゃってるしい!
格好いいんだけど、やっぱこういう感じで甘えてくると可愛く思えてしまう。
ああもう、俺の節操なし。動物ならなんでもいいのか。
こんなんだからオッサンまで可愛いとか誤作動起こしちゃうのに。
「オレを褒めてくれるのか……! んふ……嬉しいぞツカサ……」
上着を脱いで部屋着になったクロウのお尻のあたりからは、馬の尾のように長くてボリュームのある尻尾が生えている。
でも、細い毛ではなくてある程度束になった毛が集まった感じだ。
そんな不思議な尻尾は、クロウが喜ぶとパタパタ動き――――触手のように、その毛束の一本一本がうねうね動く。
……どうも、魔王モードのクロウの尻尾は触手のように使えるらしい。
怖いのであえて何も問うていないが、多分人も楽々捕まえられるだろう。
ま、まあ、今は嬉しそうにパタパタしてるだけなので良いよな。うん。
ともかく……熊ではあるんだけど、こうして見るとやっぱりちょっと違うのだ。
尻尾もそうだが、爪とか肌の紋様とか……あと、肩や肘を覆っている菱形の黒くて艶やかな外殻みたいなパーツとか……。
一部だけ出現しているこの外殻は、一体なんなんだろうか。
もしかして本気になったら鋭利なツノになるのかな。
色々気になるところだが、今はもう疲れていて積極的に質問も出来ないや。
教えて貰っても、ぐっすり寝たらきっと忘れてしまうだろう。
今度教えて貰わねば……と思いつつ、壁に預けていた背中をずりずりと地面の方へ動かすと、クロウは俺が寝転がるのを感じ取ったのか、手伝うように俺の体を下へ引っ張った。しかし、離れる気はないようで、今度は俺の腹に頭を乗せてくる。
「ぐえ。クロウ、頭重いぞ」
「ツカサのお腹を感じたいのだ。もっといっぱい甘えたいぞ」
そう言いながら、クロウは期待に満ちた目で俺を見つめてくる。
キラキラ輝くその橙色の瞳は、俺が拒否するなんて思ってもいない。
……そんな顔をされたら……そりゃ、まあ……何も言えないよな……。
「もー……俺がつらくなったらやめろよな?」
「んぐぅ……グゥウ……もちろんだぁ……」
毛量がさらに増えてもふもふの頭を撫でて、熊耳を指で揉みツノも撫でると、クロウは気持ちがいいのか喉を鳴らす。目を細めてご機嫌の顔だ。
これじゃクマじゃなくて猫だな。
そう思い、思わず苦笑すると、クロウは嬉しそうに顔をお腹に擦り付けてきた。
「いっぱい、いっぱい甘えたいぞツカサ……。今は、甘やかしてくれ」
低い大人の声で、子供のような望みごとを言う。
それは、今まで自分を抑え込んできたクロウの偽りない願いでもあるけど……その何割かは、もしかしたら……しばらく離れ離れになるからかもしれない。
……クロウは、【銹地】を完全に操るために、今まで自己流だった曜術ではなく本来の物を学ぶため、しばらくこの大陸に残る事になった。
今のままだと、曜気が豊富な人族の大陸に戻ったら、体内に際限なく曜気を溜めこんで、力を暴走させかねない。だから、曜気が少ないベーマスで体を【グリモア】に馴らして、ちゃんとした制御方法を習うんだとか。
俺はもう既に【グリモア】だった人達しか見ていないから、そういう危険性がある事も知らなかったよ。でも、言われてみるとそうだよな。
クロウが受け入れた【魔導書】は、普通のものじゃない。
欲望や悪心に反応してその感情を増幅する恐ろしい力なのだ。
……普通に考えたら、危険物でしかないもんな……。
だから、クロウがそうしようと決断したのは仕方ない。
誇りを大事にする獣人族ってだけでなく、人に優しくて責任感が強いクロウだから、慎重に事を進める方を選んだのだろう。
とはいえ……離れ離れになると思うと、ちょっと寂しいな。
俺にとって、クロウは仲間以上に隣にいてくれる存在になっちまってたし……。
クロウとブラックの言い合いもしばらく見られないと思うと、しんみりしてしまう。
なんだかんだで、二人も仲が良くなってたから。
「ツカサ?」
猫のように尻尾をぱたんぱたんと動かしてリラックスしているクロウは、俺の顔を腹の上からじっと見つめてくる。
角度的に上目遣いに見えて、またグッと言葉を詰まらせてしまったが、俺は寂しさを振り払い「なんでもないよ」と再び頭を撫でてやった。
「そこで寝るなよ? 寝るならちゃんと横になるんだぞ」
「ンフ」
満足そうな、クロウ独特の笑い声。
雰囲気だけでなく表情も和らいで俺の腹に懐く姿に、俺は再び苦笑してしまった。
まったくもう、仕方ないオッサンだ。
…………でも、引き剥がそうなんて考えられなかった。
この姿とも暫しお別れだと思うと、なんだか離れ難くて……。
俺も、時間までクロウをめいっぱい甘やかしてやりたいと思ってしまっていたから。
→
41
お気に入りに追加
1,010
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

異世界転生して病んじゃったコの話
るて
BL
突然ですが、僕、異世界転生しちゃったみたいです。
これからどうしよう…
あれ、僕嫌われてる…?
あ、れ…?
もう、わかんないや。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
異世界転生して、病んじゃったコの話
嫌われ→総愛され
性癖バンバン入れるので、ごちゃごちゃするかも…

ある日、人気俳優の弟になりました。
雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

甘えた狼
桜子あんこ
BL
オメガバースの世界です。
身長が大きく体格も良いオメガの大神千紘(おおがみ ちひろ)は、いつもひとりぼっち。みんなからは、怖いと恐れられてます。
その彼には裏の顔があり、、
なんと彼は、とても甘えん坊の寂しがり屋。
いつか彼も誰かに愛されることを望んでいます。
そんな日常からある日生徒会に目をつけられます。その彼は、アルファで優等生の大里誠(おおさと まこと)という男です。
またその彼にも裏の顔があり、、
この物語は運命と出会い愛を育むお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる