異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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麗憶高原イデラゴエリ、賢者が遺すは虚像の糸編

24.遠い昔の悲劇

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 ――――序文にそう綴られた本は、彼女達の顛末てんまつを簡潔にしるしていた。

 点字の本で、ページ数も少ない。
 だが、その制限のある中で必死に伝えたかったことを入れ込んだのだろう。

 ヒナコさんがどうやってこの本を造り上げたのかは分からないが、それだけ彼女が何かを伝えたかったのだろうと思うと、胸がまるようだった。
 ……その内容もあいまって、余計に。

「まず……簡潔に自分達のことを説明しているな」

 キュウマが語ったのは、ヒナコさん達が初めてこの異世界に来た時のことだ。
 しかし、それもまた短い文面でしかない。

 語られたのは、ほんの少しの言葉だった。



 ――――私達は七人で、この異世界に迷い込んでしまいました。

 とは言っても、他の方は顔見知りではありません。みんな日本人でしたが、私達は違う場所から落ちて、このという一つの場所に集められたのです。

 私はアマライ ヒナコ。他に、友人同士のコバタ カオリさんとサロウメ レイナさん、最年少のミナガエ ナギサさん。そして男性が三人。ユザワ ダイチさんと、カヤバ ヒカルさん。それに……アサヅキ リュウヘイさん。

 知っている名前がありますか?
 無ければ、貴方もきっと偶然ここに落ちてきたのでしょう。

 私達は、よくわからない……ナギサさんが言うには「ファンタジーの世界」という所に迷い込んでしまったのです。
 ……ここに来ることが出来た貴方なら、恐らくはご存じの事でしょう。

 貴方もきっと……特別な力を、なにか授かっているんですよね。

 だとしたら、もうこんな事を話しても遅いのかも知れませんが。
 それでも……読んでください。
 失敗談は、多い方が良い。それが次の成功につながるのだと、あの人……ある人が、言っていました。ですから、これからの私の話は、そう思って読んでください。



「七人全員の名前がある……」

 驚く俺を胡坐の上に乗せたまま、ブラックは「ううむ」とうなる。

「きっと、異世界人なら誰か知り合いがいるかもしれないと思って、キチンと記述しておいたんだろうね。……とはいえ、点字ってのは……」
「まあ、一般的じゃないな。だが、このヒナコという人はコレでしか伝えられなかったんだろう。もしくは……文字にする余裕よゆうがないほど、急いで作った物だったのか」
「急いでって……」

 キュウマの言葉に呟くと、相手は俺の方を見て次のページをめくった。
 その先を読んでやると言わんばかりに。

「この先には、彼らが日本に帰るため、この大陸で旅を続けてたってことと……その途中で起こったことが書いてある。だが……」

 そこで区切って、キュウマは何故かブラックの方を見る。
 にらまれたように感じたのか、ブラックは思い切り眉根を寄せてにらかえしたが、そんな姿に突っかかる事も無く、キュウマは淡々と言葉を継いだ。

「……お前達には、あまりよくない話かもしれん。……まあ、そこの中年に限っては、ショックを受ける事も無いだろうが……」
「それでも聞くよ。……だって、その本は俺達に向けての話なんだろう?」
「……まあな。じゃあ、次いくぞ」

 俺が即答したにもかかわらず、キュウマはやっぱり乗り気ではないらしい。
 そこまで読ませたくないと言う内容は、どういうものなんだろうか。
 あの清楚せいそな感じだったヒナコさんが妙な事を書くわけでもなさそうだし……それに、俺だけでなくブラックにまで「よくない」とは、どういう事なのだろう。

 不可解ではあったが、俺は黙ってキュウマの話を聞くことにした。

 続きは……どうやら、しばらく旅を続けたという内容の後の話のようだ。

「彼らは旅を続け、そのうちに……七人全員が、なんらかの特殊な能力……彼らが言うには【魔法】を習得したらしい。それが、途轍とてつもない力だったようだな」
「魔法……? 魔族が使う【魔術】か?」
「いや、違う。厳密に言えばお前達の【曜術】のようなものだろう。もしかすると【法術】の方だったかもしれんな」

 【法術】って……確か……高位の曜術師が、ある日突然さずかるっていう、物理法則も属性も無視した、とんでもない威力を持つ術のことだっけ。
 俺は直接見た事が無いけど、ラスターの御先祖様が使ってたって聞いたぞ。
 あと……ライクネスのいけ好かない王様もそうだっけ……忘れて居たかったのに、思い出しちまったぞ。

 ともかく、その【法術】レベルのモノを習得したっていうなら凄い話だ。
 それも異世界人に授けられた特別な力って事なのかな。

 …………あの【文明神アスカー】も、次々に人を召喚した時は、ショボい能力だけどちゃんと能力をさずけてたもんな……。

 ……でも、アイツが転移者に持たせたのは、途轍とてつもない力じゃないよな。
 【黒曜の使者】を排除するために、あえて弱い能力ばかり持たせてたはず。

 だとしたら……この七人の転移者は、アスカーの時代の人ではないのかな……。

「そんな術を七人全員が……? にわかには信じられないな。誰かが【黒曜の使者】で、その力を分配してたってことじゃないのか」
「俺にもソコは分からん。……だが、実際使っていたのは確からしい。ヒナコの文書には、色々な場面で活躍したと書いてあるからな。だが……問題は、その後だ」

 ああ、やっと「俺達には読ませたくない部分」なのか。
 しかし……この感じだと、追手も軽くいなせそうなのにな。

 途轍とてつもない能力があるのに、どうしてヒナコさん達は大事な仲間を一人失い、逃げなければならなかったんだろう。

 そんな俺の疑問に答えるかのように、キュウマは再び語り出した。



 ――――私達は、こうして長い旅を続けてきました。

 その、途中。
 私達は南東のとある国で……一人の男に出会ったのです。

 彼は私達を見てこう言いました。

 『やっと見つけた。キミ達が、そうだったのか』

 ……その時は、わけが分かりませんでした。
 ですが、彼は一見すると普通の貴族で……よそ者を嫌うと言うその国で、唯一と言っていいほど私達に優しくしてくれました。
 最初は、そうだったんです。

 ですが彼の本性は、そんな優しい人ではありませんでした。

 …………ある日、彼の館に一人の男の人が訪ねてきました。
 その人は、とても美しい人で……館の主の“彼”とはあまり仲が良くなさそうな風でしたが、私達には柔和にゅうわな笑みを見せてくれました。

 その後に、次々に人がやってきて……最後には、館の主である“彼”を合わせて、私達と同数の七人がそろいました。

 今思えば、その時になにかおかしいと気が付くべきだったんだと思います。
 ですが……私達は、平和にれきっていました。この世界の事を、まだ、お話の中の風景だと……思い込んでしまっていたのです。

 だから、私達は……だまされて、仲間を奪われてしまいました。

 ――――最初の犠牲者は、ダイチさんでした。

 彼は私より年下の大学生で、とても明るくて……自分の使う【魔法】と同じ、土属性の【曜術】というものを使う客人の男性に、とてもなついていました。
 この世界では土の属性は馬鹿にされがちなのだそうですが、ダイチさんは凄い力を持っていて、その男性も同じように強い能力のかたでした。

 だから彼は、自分をあなどらず評価してくれる異世界人のあの人に……心を許してしまったんだと思います……。

 ふと、気が付いた時にはもう、遅くて。
 消えた彼を探し、館を歩き回っていたリュウヘイさんが……――

 ダイチさんに、酷い暴行をしている“土の男性”を目撃したのです。
 ……あまりの恐ろしさに隠れてしまったそうですが……夜半に男が水を飲みに出て行ったすきに、ダイチさんを救出した時には、もう手遅れでした。

 丸一日男性に暴行を受け続けていたらしいダイチさんは、心が壊れて「自分は女じゃない」と泣きじゃくりながら、元気な声も失ってしまいました。
 あんなに明るくて、元気だったのに……。

 ――……私達は、だまされていた。
 彼ら七人は、私達を優しく迎えてくれた異世界人じゃない。

 私達を「喰らう」ために、ここへ呼び寄せ退路を断ったのです。

 ……私達は、すぐに館から逃げ出しました。
 さいわい、その時に館に残っていたのは、土の男性と炎の女性だけでした。
 彼らは酒に目が無いのですが、その二人は輪をかけて酒豪で、レイナさんの能力で強く彼らに幻覚を味わわせて、それが解ける前に脱出したのです。

 ですが、彼らはどこまでも執拗しつように追ってきました。
 七人全員が身勝手なのか、連携を取って追ってくるというようなことはありませんでしたが、それでも……常軌じょうきいっした能力を持つ彼らに追われることで、私達の精神は徐々に摩耗まもうしていきました。

 もう、逃げてばかりもいられない。
 そんな追い詰められた気持ちになって、そうして……――

 最終的に、彼らと戦う事になった私達は……
 卑怯ひきょうな手を使い、その“土の男性”と“炎の女性”を、殺してしまったのです。

 …………そう。
 この異世界では、普通の事です。
 けれど私達は、自分の事を殺人者としか思えなかった。

 どんなに嬉しい事が起こっても、私達は喜べなくなってしまいました。
 ……そのうちバラバラになって、行方もわからなくなって。

 気が付けば私は、リュウヘイさんと二人で、この高原にていました。

 以前、みんなでキャンプをした、この美しい高原に。

 そうして。
 そうして……私は、リュウヘイさんに捜索をまかせ、ここで待つことにしました。

 今度はみなさんが安全に暮らせる家を造り、また六人……いえ、七人で……楽しく暮らそうと。元の世界に戻れないのなら、せめて家族のように暮らしたいと思って。
 だから、私はリュウヘイさんを送り出しました。

 …………けれど、それが……間違いだった……。

 ある日、領主さんに知らせが届きました。
 リュウヘイさんが、無残な状態で発見されたという知らせでした。

 ……この世界では、珍しい事ではありません。
 それどころか、私達がこの世界に来てから、あの七人と戦ってから、時折この大陸のどこかで「虐殺」や「大爆発」が起きたという話を聞きます。

 そのうちの二つは、私達のせいです。
 私達が彼らに見つかってしまったから起きたことだったのです。

 けれど私は、逃げてしまった。
 リュウヘイさんにまかせきりにしてしまった。

 ここで待たずにみんなを必死に探せば良かったのに、リュウヘイさんの優しい心に甘えて、自分の境遇きょうぐうに甘えて、一緒に探しに行くとも言えなかった。

 私のせいです。
 私は「探しに行こう」と言えなかった。

 リュウヘイさんさえ無事でいてくれれば、もう他に何も望まないと、彼がいてくれたら、もうそれでいいんだと……思ってしまった……。

 私がそんな自分勝手なことを願ったから、一人で旅に出たリュウヘイさんは“あの人達”に見つかって、酷い目にわされた挙句あげくに……。

 …………領主さんの所に届いた知らせは、何故かリュウヘイさんが死亡した場所が、事細ことこまかにしるしてありました。

 遺体を引き取りに来てほしいと連絡があったそうです。
 ……きっと、もう私の居場所も知られているのでしょう。

 なら、私がおこなう事は一つしかありません。

 愛する人に甘えて自分だけ逃げた臆病者の私を、誰も許しては下さらない。
 ですから、今から私は……あの人の所へ行きます。

 刺し違えてでも、私を追う“陽光の男”を止めるために。
 リュウヘイさんの体を……これ以上、あの人達に蹂躙じゅうりんさせないために。


 …………これを読んだ貴方が、どんな立場に居るのか……この世界から消えた私には分かりません。
 ですが一つ言える事があります。

 どうか、彼らには近付かないで。
 貴方に近付き、貴方を凌駕りょうがするほどの力を持った人が出てきたら、どうか関わらずに逃げて下さい。今すぐ、えんを切って下さい。

 そうしなければ、貴方もきっと……食べられてしまう。

 あの七人の人達の名を、私は今も覚えています。
 彼らは、自分の称号をこう名乗りました。



 【グリモア】と。



 ――――どうか。
 どうか、逃げて。

 貴方だけは、私達のような結末を迎えないために。











 
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