異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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麗憶高原イデラゴエリ、賢者が遺すは虚像の糸編

  観測

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「じゃあ、一つ目は何だ?」

 タタミに手をついて楽な姿勢を取るキュウマに、ブラックは息を吐く。
 一目ひとめ見ただけでは生意気な青年だが、この男は千年以上生きるいにしえの神だ。その姿がツカサに近くても、腹の中は何を考えているか分からない。

 そもそも、この男は最初ツカサを強制的に異世界へ帰還させようとしたのだ。
 ツカサが言うには「それがキュウマの優しさ」とのことだが、ブラックはいまだにその身勝手で迷惑な行動を実行したこの男を許せない。

 それもあって、つい敵意を向けてしまうのだが――――くやしい事に、この男は自分が知らないツカサのことや、この世界の深淵をすでに知っている。

 ツカサのことを思うなら、今は頭を下げて大人しく対話をするしかなかった。

 ――……しかし、イラつくものはイラつく。

 なので、ブラックは深く寝入ったツカサの体をひざの上に乗せて抱きながら、キュウマとの問答を開始した。

「…………一つ目は、ツカサ君の体の事だ。記録していると言ったが、それなら当然ツカサ君の“変化”も見ていたんだろ。ベーマス大陸でのことを」

 一番大切なのは、そのことだ。
 もし一つだけしか問いかけを行えないのなら、何を置いてもそれだけはキュウマに答えて貰うつもりだった。

 だが、相手は何故か予想外だったようで、目を丸くする。

「変化……? ちょっと待て、なんだ。何があった。……ああいや、お前らはこっちの事情を知らんか……すまんが、俺はベーマス大陸での事に関しては全く分からん」
「はぁ?」
「……情けない話だが、俺は……というか、今現在の神としての観測領域は、獣人大陸や魔族の棲む大陸まで届いてないんだ」

 そう言って、バツが悪そうに頭をぼりぼりと掻く相手。

 ……どういうことだろう。
 神というものは、世界の全てを統括とうかつしている存在ではないのか。

 そう思ったが、しかし人族の大陸に存在する各宗教の神々は、そもそも「慈愛」だの「混沌」だのとつかさどるものが分かれていて……そういえば、明確に「世界を統治している」と分かる神では無かったような気がする。

 ならば、そもそも神は世界全体を観測する存在では無かったのかも知れない。
 ではなぜ自分は無意識にそう思っていたのか。

 思い返して――――ブラックは、ある過去にぶち当たった。

(そうか……僕が漠然ばくぜんと『神は世界を支配している』と思ったのは、ツカサ君と一緒に旅をして【文明神アスカー】が、頭のおかしい虐殺をしていたと知ったからだ。情報として知っていただけの頃は、そんな風に思ってなかった気がする……)

 聖典などの門外不出もんがいふしゅつとされる文献ぶんけんにどう書いてあるかは分からないが、少なくとも「この世界の人間」のほとんどが「世界」という概念がいねんを認識していない所からしても、神が世界を監視しているという考えは一般的ではないのだろう。

 まあ「我々のおこないを見ている」程度ていどの教えならどこの宗教にも有るだろうが……今まで見てきた実物の神の所業は、そんな可愛いものでは無い。

 「監視している」と眼前の神が言うのだから、それは文字通りの行為のはず。

(……まあ、そういう風に世界を管理してるってことなら、何ら不思議はないし納得も出来るけど……でも、アスカーの胸糞悪い話を聞いたら管理どころの話じゃなかったから、何か身構えちゃうんだよなあ)

 【文明神アスカー】は、人族の大陸を完全に管理し、自分をおびやかす存在だと考えていた【黒曜の使者】を抹殺するために……世界を“設定し直し”ていた。
 確実に、自分に有利になるように。

 …………その証拠を突きつけられたからこそ、ブラックは「神とは、世界を支配し、管理する存在である」と認識を改めたのだが……。

 まさか、その「支配」も人族の土地のみの物だとは思ってもみなかった。

(いや……もしかすると、まだ“管理権が無い”だけかもしれないが)

 甘く考えてはいけない。神の能力を甘く見れば、死に直結するだろう。
 この男がどこまで本当のことを言っているかは分からないが……ひとまず、「獣人の大陸を監視できない」という情報だけは確かではないか、とブラックは思った。

 なにせ、この男はベーマス大陸では一度も姿をあらわさず、船に乗ってからやっと出てきたのだ。その時のあせった様子は演技ではなかった。
 それが「今まで干渉かんしょうできなかったから」なら、辻褄つじつまう。
 ……とはいえ、本人のくちから説明を受けなければ確信は難しい。

 ブラックは脳内で冷静に振り返りながら、キュウマの言葉に合いの手を打った。

「人族大陸以外に届いてない、とはどういうことだ」
「……言葉通りだよ。そもそも、人族大陸以外の陸地は、本来“想定されてないもの”なんだ。そのせいで、いまだに神の手が届いていない。だから、今回はお前達をリアルタイム……あー、ええと……常に追跡するように記録できなかったんだ」

 想定されていないもの?

 随分ずいぶんと重要そうな単語をポロッと出してくれるが、どういう意図か判断がしづらい。
 隠す意味も無いから話しているのか、それともたかが人族ごときにどうこう出来る話ではないと思い、ぺらぺらと重要事項をらしているのか。

 どっちにしろ、胸糞悪い。
 だが今はその部分をつつく場合ではないだろうとブラックはくちはさんだ。

「じゃあ、獣人大陸でのツカサ君の行動をお前は把握はあくしてないんだな」
「……ああ。獣人大陸にいる間のことは……お前達の記憶の残滓ざんしを採取して、後程のちほどつけることになるが……まあそれは気にするな」

 それは、人の記憶を勝手にのぞいて記録するということだろうか。
 のぞ極まれりだなと思ったが、自尊心の高そうな相手なので言わないでおく。
 黙るブラックを余所よそに、キュウマは続けた。

「ともかく、俺にはそのあいだの事が把握はあくできていない。だから出来るだけ細かく、『俺に問わねばと思った事象』を教えてくれないか」
「…………わかった」

 あまり思い出したくないが、ツカサの体の異変は見逃せない懸念事項だ。
 ブラックは素直に「獣人大陸で起こったこと」を、駄熊の証言をまじえて話した。

 ――――ツカサが【黒曜の使者】のちからを使うと、今までは“ひじの部分まで”に伸びていた“光のつた”が、いつの間にか肩口まで伸び背中に到達しようとしていた。

 そして、その現象が起こったせいなのか……ツカサが明確に苦しみだしたのだ。

 まるで“光の蔦”に侵食されて体に根を張られていたかのように。

 ……そのせいか、それとも曜気にとぼしい獣人大陸で何度も無理をしたせいか……ツカサは、再び【黒曜の使者】のちからを使うと失神するようになってしまった。
 長く旅を続けるうちに、彼自身の耐性も成長したのか、一度能力を使ったくらいでは倒れなくなったというのに。

 それが、ブラックには何より不安だった。

くやしいけど……ツカサ君が持つ【黒曜の使者】の能力に関しては、僕には何も分からない。だから、不安なんだ。……いつか、ツカサ君が能力を使い果たして、ぜんぶ消えちゃうんじゃないかって……)

 だから、必要以上に激しいセックスを求めてしまうのかもしれない。
 愛しているからこそ際限なく愛し合いたいという思いもあるが、最近はその思いに加えて、ツカサに曜気を補給させたくて執拗しつようにツカサの中に出すようになった。

 そうしていれば、少なくともツカサは【黒曜の使者】として存在出来るだろうし、体に彼の支配者たる【グリモア】の精を吐き出されれば、ツカサの体は【グリモア】である自分の望みどおりに存在することになる。

 自分達は、恋人であり婚約者である……というだけではない。

 そこには、内包された嗜虐心をあおる関係性がある。

 ――――支配者と、首枷くびかせはめめられたあわれな至宝しほう

 そう、ツカサは神にもひとしい力を持ちながら、その力を【グリモア】によって食い尽くされて支配される存在でもあるのだ。
 不老不死の体も、【グリモア】が死を望み彼を殺せば簡単に死んでしまう。

 ツカサは、神の半身たる存在だというのに、【グリモア】の奴隷であり……自分達を際限なく欲望に走らせる生贄いけにえでしかない。

 その事実に、愉悦が腹の中をくすぐるが……今となっては、命綱でもある。
 非情な“設定”を背負った可哀相なツカサだが、皮肉にもその生殺与奪せいさつよだつをブラックににぎられているからこそ、ツカサがどんなことになろうと“存在”を繋ぎ止めていられるのだ。

 少なくとも、ブラックはそう思っていた。

 だが、最近は……そのちからもってしても、不安で。
 自分達が想定し得ない異変を前にして、何も解決方法が思い浮かばない事が、何よりも腹立たしくくやしかった。

 …………こんな体たらくで、なにが「物知り」だと言うのだろうか。

 ほぞみ、そんなことを思っておのれにくむブラックの話を黙って聞いていたキュウマは、しばし静かに考え込んでいたが――――真剣な顔を、こちらに向けてきた。

「……俺が知らない間に、そんなことが起こっていたとは……。すまん、もっと早く俺の力が戻っていれば、対処も出来たんだろうが……しかし、こればかりは何とも言えなかったかも知れん」
「どういうことだ」

 説明しろ、と、目を向けると、キュウマはブラックが抱いているツカサに視線を落とし、それから沈痛の面持ちでひたいに指を当てた。

「今の俺は、前代の頃に残された記録や情報をもとにして、この世界の管理者としての役割をまっとうしようとしているが……その情報の中には、破損した……いや、が多くてな。その最たるものが【黒曜の使者】関連の事で……正直、俺も【黒曜の使者】の“本来の姿”が分からんのだ」
「……だから、ツカサ君の異変も分からない、と?」
「いや……ある程度ていどの推測くらいなら、出来る」

 ならそれを話せとにらむブラックに、キュウマは手を差し出した。
 何をするつもりだと思っていたら「ツカサを寄越よこせ」ということらしい。

 どうして駄眼鏡神にツカサを渡さねばならないのかと顔を歪めたが、それがツカサの異変を解くカギになるらしい。
 必死に言い募られて、ブラックは渋々……本当に渋々、ツカサを差し出した。

「ツカサ君に欲情したらぶっ殺すからな」
「お前らじゃあるまいしそんな簡単に発情せんわクソが。妻帯者舐めんな」

 ふざけた事を言いながらツカサを受け取った駄眼鏡神は、そっと自分の前にツカサを横たえると――――安らかに眠るその顔を見て、少し笑う。

 その時点でブラックは嫌な感覚を覚えていたのだが、相手はこちらにかまわず、片手をツカサのほおにあててジッと彼の顔を見つめた。
 ――――途端、彼らの周囲に金色の光の粒子が舞い上がる。

「ああクソ、テメェの曜気のせいで探りにくい……! 体格差が有んだから、もうちょいツカサの体を気遣きづかってセックスしろよテメェらはよ!」
「うるせえ駄眼鏡。僕は枯れてるお前と違って精力旺盛なんだよ」
「チッ、ああいえばこういう……」

 ぶつくさ言いつつも、キュウマは手を抜かずツカサを見つめ続け――――ある所で、不可解そうに顔を歪めて「ん?」と妙な声をらした。
 何か発見したのだろうか。

 身を乗り出しそうになったが、ぐっとこらえて回答を待つブラックに、キュウマは視線を向けず答えた。

「……ツカサの曜気の流れに、なにか……妙な痕跡がある」
「痕跡……?」
「ああ。……なんというか……まるで“光のつた”が、背中側に寄り集まるように曜気の跡が強く残っているというか……。おっと、そういえばの話だが……ツカサの手に巻きつくつたが、具現化した曜気だってのはお前も想像がついてるよな」
「まあ、それは」

 今まで、ツカサが極大曜術を使った時に、様々な色のつたを目撃したのだ。
 それくらいは普通の人族でも予想はつくだろう。

 うなづくブラックに、キュウマは深刻そうな顔を上げて見せた。

「どうも……その光のつたとなった曜気は、執拗しつように背中に集まろうとしててのひらから腕を伝っていたみたいなんだ。……本来なら背中に集まるべき、と言わんばかりに」
「は? なんだそれ、背中から曜術を出すのが本来の形だってのか?」
「俺もよくわからん……ただ、もしそれが【黒曜の使者】の“本来の姿”だとしたら……今のツカサは、長い事失われていた姿を取り戻そうとしているのかもな」

 本来の、姿。
 それはどういう物なのか想像もつかない。

 ブラックは唖然あぜんとしながらも、キュウマに問いかけた。

「お前は使者だった時に同じ現象になった事が無いのかよ」
「無い。……恐らく、前代のナトラも同じだろう。俺達は【黒曜の使者】の頃、お前達と同じように【グリモア】と親密な協力関係にあったが……ツカサほどに、異常な執着をされていた記憶はない。俺も【グリモア】七人全員と婚姻関係を結んでいたが、俺達は普通に仲のいい夫婦程度ていどの微笑ましい関係だったからな」

 お前の惚気のろけはいらん、と言いたかったが、要するに「今の自分達の関係はいびつだ」と言いたいのだろう。
 さもありなん。メスのシアンはどうだか知らないが、少なくともオスのグリモア全員――いまだ【金のグリモア】は見つかっていないが――ツカサに対して並々ならぬ執着心を抱いている。その筆頭が、【執着】の悪心をあらわす【紫月しげつ】である自分だ。

 他の者達も、異質な自分達をそのままそっくり受け入れてくれたツカサに、いつかは自分の欲望をぶつけたいという異常な感情を向けていた。

 …………確かに、それらは「普通の良好な関係」ではないだろう。

 仲のいい一夫多妻だった駄眼鏡スケベ神からすれば、自分達の関係は、獣が極上のエサをめぐって牽制けんせいし合っているように見えるのかも知れない。

「僕達の関係が原因だって言いたいのか?」
「……正直、それくらいしか原因が見当たらないんだよ。お前ら、どうせベーマス大陸でもエっグいセックスしてたんだろ? だったら、外から曜気を取り込めず望まれるがままに吐き出していたコイツが、お前の気を大量に摂取させられて一時的に“支配”された状態と同じになってもおかしくはない。それが長く続いたせいで、俺達の代で発現しなかった【黒曜の使者】の何かが解除されちまった可能性がある」
「…………」

 確かに、理屈はすんなり通る。
 というかいくつかは思い当たる節があった。

 だが一番、思い当たる事と言えば――――

 “ツカサではないツカサ”が、駄熊を【グリモア】として認定した事だった。

(熊公が言うには、あの時のツカサ君の目は夕陽色だったと言っていた。ということは、それも“支配”と一緒の状態だったんじゃないか? ……僕達がツカサ君を使役できるのと同じように、本の状態の【グリモア】でも……ある程度ていど、説明させるくらいのは可能なのかもしれない。……だとしたら……確かに、ベーマスでのツカサ君は、ずっと僕達の曜気に染められて支配状態だったことになる)

 【紫月しげつ】の曜気と【銹地しょうち】の曜気。
 本来ならツカサの中に存在したはずの、ツカサ自身の曜気の欠乏けつぼう

 それが偶然かさなったことで……ツカサの中の【黒曜の使者】が、変貌へんぼうか、はたまた本来の姿を取り戻そうとしている。そういうことなのだろうか。

 けれど、キュウマが言う「解除」という単語が、何故か不気味に感じた。

「まあ、それも推測でしかないが……お前が言うように、しばらくは【黒曜の使者】の力を使わない方が良いかもな。……ツカサの中の曜気は、ベーマス大陸での戦いによってほとんど残っていない。しかも途中でアッチの世界に帰ってるからな……今は、お前達の欲望まみれな曜気が循環してる状態だ。……元に戻るには少し時間が必要だろう。……曜気が潤沢じゅんたくなライクネスで静養できればいいんだが」
「戻らないワケじゃないんだな?」
「ああ。しかし、つたの問題は変わらん。……もしかしたら、ツカサの自身の曜気が元に戻れば、痛みも少しは緩和かんわするかもしれんが……」

 どちらにせよ、経過観察くらいしかしてやれることがない。
 それほどまでに【黒曜の使者】の情報は抜け落ち、自分達には分からないのだ。

 ……たのみのつなのカミサマとやらがこう言うしかないのだから、これ以上ツカサの体を楽にしてやる方法はないのだろう。

「じゃあ、とにかくツカサ君を休ませるしかないってことか……」
「ああそうだな。出来ればお前との強姦まがいのセックスもひかえて欲しいんだがな」
「は? 僕とツカサ君のセックスは愛にあふれてるんですけど? 愛があふれすぎて穴に入りきらないほどなんですけど?」
「普通のセックスは濁点だくてん付きの喘ぎ声なんてださねえんだよ死ね」
「お前が死ね」

 駄熊との言い合い以上にくだらない悪口合戦になってしまったが、とにかくツカサの体の事を少し詳しく知れたことは幸いだった。
 要するに、自分達に必要なのは休息だ。
 特にツカサはライクネスでゆっくり静養するのが良い。それだけは覚えておこう。

「ハァ……本来なら、お前みたいなのとは切り離しておきたいが、ツカサに万が一の事があった時には……くやしいが、お前の常軌じょうきいっした曜気と性欲が必要だ。ダチを変態に売るようでいただけんが、事情も知らんヤツに拾われるよりはマシだろう」
「おい、誰が変態だ。誰が」

 本当にこのクソ神は遠慮がない。
 神殺しを実行してやろうかとこぶしにぎりしめたが、今はツカサの安全と残った疑問を解消するのが先だ。

 ブラックは「もういいだろう」とキュウマからツカサを奪い返すと、再び腕の中にかこみ、異常がないかと触って確かめた。

「んっ……ぅ……」
「む……なんともないみたいだな……」
「おいテメー触診ついでにツカサの乳首をいじってんじゃねーよ! 殺すぞ!!」
「チッ……一々いちいちうるさい駄眼鏡スケベ神だな……」
「スケベをすな!!」

 じゃあ駄眼鏡は良いのかと思ったが、まあそれはどうでも良い事だ。
 ブラックはツカサの乳首いじりを中断されて不服ではあったが、まあ後でじっくり開発すれば済むことだ。邪魔者がいるうちは我慢しておこう。

 ともかく、全部解決とはいかなかったが、ある程度ていどの指針は見えた。
 ……今後は、ツカサを休ませることを最優先すればいい。

 ブラックは息を吐くと、次の問答に必要なモノを取り出した。

「それじゃ、次の質問だ。……お前なら、コレが読めるんじゃないのか」
「これは……点字の本か」
「やっぱりちゃんとのぞきをやってたんだな。話が早い」
「このっ……! ご、ゴホン……どら、貸してみろ」

 手に取り、キュウマはパラパラと中を見始める。
 ツカサが点字の本を見た時と違い、その動きは手馴れているように見えた。

 だが、その手が止まり、ちらりとこちらを見る。
 どうしたのかと思っていると、キュウマはポツリと問いかけてきた。

「……他にも質問したいことがあるんじゃないのか」

 至極当たり前の質問だ。
 しかし、ブラックは息を吐くとツカサを抱き直して静かに返した。

「別に無いよ」
「異世界の事は気にならないのか? お前が行けるかどうか、とか」

 その問いに、ブラックは少し考えないでもなかったが……首を振る。
 結局のところ、結論は決まっていたからだ。

「ツカサ君が特別な存在だってことくらい、僕でもわかるさ。……僕がツカサ君の世界に行くのは、きっと難しいに違いない。……だったら、異世界の事をお前から詳しく聞いても、なにも意味はないだろ。……どうせなら、ツカサ君からの方が良い」

 ずっと一緒にいられたら、どれほど幸せだろうか。
 だが、ツカサが「あちらの世界の住人」である以上、それは叶わぬ夢だ。

 ツカサが向こう側の人々を断ち切る日が来るまで、自分は何とかこの愛しい婚約者を繋ぎ止めて、こちらの世界から離れられないようにするしかない。
 無理に離したり付いて行こうとしても、ツカサが納得してくれないのは解っていた。

 だから、あちらの世界の事を知りたいと思う時は……ツカサから話を聞きたいのだ。
 そうすることで、少しでもツカサが見ていた世界に近付きたい。
 ツカサの話すことを「ツカサの隣にいる異世界の自分」で想像したかったから。

「……ったく、いじらしいのか自己中なのか分かんねえなお前も……」
「うるせえ、さっさと翻訳ほんやくしろ駄眼鏡」
「せめて“神”をつけろやクソオヤジ」

 そんな言い合いも、何故か駄熊の時より空虚な物に感じてしまった。













 
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